原発事故10 年、 菅政権は福島第一原発の事故処理水の海洋放出を決めましたが、果たして、その実行は可能でしょうか?

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

(要約);

⓵ 原発事故 10年、貯まりに貯まった処理水、やっと、その海洋放出が、菅政権の下で決まりました

⓶ 麻生財務相に飲んで頂ける無害な汚染処理水の海洋放出が、何故、国内外の皆さんに賛成して頂けないのでしょうか?

⓷ 原発事故に責任を持つ日本は、世界中が、その低汚染処理水の海洋放出を了解して頂けるようになるまで、お金をかけても、この低汚染処理水を保管せざるを得ないと考えるべきです

 

(解説本文);

⓵ 原発事故 10年、貯まりに貯まった処理水、やっと、その海洋放出が、菅政権の下で決まりました

“ 原発事故後10年、処理水海洋放出決定、政府2年後めど 漁業者らは反撥 ” 2021年4月13日の朝日新聞夕刊の第1面記事の見出しです。10年前に過酷事故を起こした東京電力福島第1原発の敷地内に貯まり続けている浄化処理水について、菅政権は、4月13日、これを、放射性物質の濃度を法令の基準より十分低い濃度まで海水で薄めて海に流すとの処分の基本方針を決めたとの報道です。

さらに、同新聞は、翌14日の朝刊でも、” 処理水海洋放出へ 「風評被害、適切に対応」” の見出しで、この報道を続けています。

この東電福島第一原発の低汚染処理水の海洋放出の問題については、2年前(2019年4月)に、“薄めて海に流す”との当時の安倍晋三政権による安易な処理・処分の方法について、私どもは、その不条理を訴えるとともに、その対案としての具体策を、本「シフトムコラム」欄(文献 1 )に提示させて頂きました。

 

⓶ 麻生財務相に飲んで頂ける無害な汚染処理水の海洋放出が、何故、国内外の皆さんに賛成して頂けないのでしょうか?

ここで、海洋放出の対象とされる放射性物質として、生物濃縮作用がないトリチウムのみを含む低汚染処理水について、菅政権は、海水中で育つ魚介類や藻類などの食品の摂取による健康被害の問題はないとしています。すなわち、菅政権の副総理の麻生財務相は、このトリチウムのみを含む低汚染処理水について、飲んでもよいと発言して物議を醸しました。

このトリチウムのみを含む低汚染処理水は、現在運転中の軽水炉原発においても海洋放出が国際法上認められています。しかし、東電福島第一原発の事故炉におけるこの低汚染処理水の場合は、運転中の原発の場合に較べて、放出汚染処理水量が圧倒的に大きいために、その海洋放出に国際的な合意を得ることは、心理的な影響からも反発が大きくなることが考えられます。今回の福島の場合でも、この低汚染処理水の海洋放出は、日本にとっての隣国、中国が「深刻な懸念」を呈しており、韓国が「強い遺憾」を表明しています(朝日新聞2021,4,14)。したがって、これらの反対を押し切って、現状のままで、この福島の低汚染処理水の海洋放出を強行することは非常に大きな国際関係上の困難を伴う問題が生じると考えるべきです。

現状において、事故原子炉からの低汚染処理水の排出量を決めるのは、メルトダウンを起こした原子炉炉底のデブリを冷却するために、炉心底部(炉底)に流れ込む地下水や雨水の水量によって決まると言ってよいと思います。これは、先ず、炉底に存在するデブリを取り出す廃炉作業の期間にも左右されます。福島の事故炉の場合、3基の事故炉の中に存在するデブリを全て取り出すとして、廃炉作業が行われていますが、それが何時完了できるとの目途が立っていません。したがって、この廃炉作業が完了するまで、汚染処理水の放出が続くことになります。次いで、この汚染水の放出水量は、デブリが存在する炉底への地下水や雨水の流入量によって決まります。この流入地下水や雨水量を少なくするために、事故炉の炉底部分の囲い込みが行われました。この炉底部の完全な囲い込みを行うために有効と期待された粘土遮水壁の建設には、囲い込み部分の面積が非常に大きいために、1 兆円程度の多額の費用が必要になると見積もられたために、土木工事における簡易な遮水工事の際に用いられる、凍土遮水壁が使用されました。その建設費は420億円と大幅に低減されましたが、冷凍用の電力費が嵩んでいるはずです。

それよりも何よりも、いま、問題になっているのは、海洋放出できない低汚染処理水の貯留のための原子力施設敷地内の貯水タンクが一杯になって、新しく貯留タンク用の敷地を用意せざるを得なくなったのが、今回の政府による、2年後を目途に低汚染処理水の海洋放出を決めなければならなくなった理由です。

 

⓷ 原発事故に責任を持つ日本は、世界中が、その低汚染処理水の海洋放出を了解して頂けるようになるまで、お金をかけても、この低汚染処理水を保管せざるを得ないと考えるべきです

科学技術の見地から見る限り、この福島第一原発の低汚染処理水の海洋放出は、国際的な放射線医学の規制基準からは認められてよいはずです。しかし、この大量の海洋放出はいままで例のないことですから、近隣諸国からは、上記⓶したように、言わば、感情的な反撥を受けることは避けられません。また、国内の問題としては、この海洋放出に伴う漁業における風評被害等については、東京電力が全面的に責任を持つとしていますが、全漁連が、この海洋放出に反対している現状では、その被害金額の算定が非常に難しくなることも考えられます。したがって、海洋放出を断念して、何とかして、低汚染処理水の貯留タンクの新設の用地を工面し、在来通り、貯留タンクを増設せざるを得なくなります。

もう一つの方法としては、デブリの取り出しができない事故炉底への地下水や雨水の流入を遮断するために設けられている凍土壁の代わりに、地下水や雨水のより完全な遮断が期待できるとされる粘土壁を新設することです。この粘土遮水壁については、上記(⓵)の私どもの前報(文献 1 )で述べたように、現用の凍土遮水壁に較べ、その設備コストが、30倍以上の1 兆円程度と見積もられたことが、粘土遮水壁の採用が見送られた理由と聞いています。しかし、事故炉の炉底からの溶融デブリの取り出しによる廃炉技術に全く目途が立たない現状では、低汚染水の放出量を大幅に削減でき、その海洋放出が国際的にも国内的にも認められるようになるまで、この粘土遮水壁の建設について改めて再検討する必要があると考えます。これが、世界で最初の過酷な原発事故を引き起こした日本が採るべき責任ではないでしょうか?

 

<引用文献>

  1. 久保田宏、平田賢太郎; 混迷する福島低汚染水問題; “薄めて海に流す”との安易な考えを捨て、”脱原発”を前提とした、汚染水を排出しない、処分方法の根本的な見直しが求められるべきです、シフトムコラム、2019、4、21

ABOUT  THE  AUTHOR

久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。

著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail:biokubota@nifty.com

 

平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail: kentaro.hirata@processint.com

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