日米同盟の強化と日本エネルギー安全保障(その2)福島の廃炉処理の目途が立たない原発の再稼働は許されない

東京工業大学 名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部・副本部長 平田 賢太郎

 日米協力のもとで進められてきた日本の原子力エネルギー政策に見直しが求められる
この(2017年)2月10日、米国の新大統領に就任したばかりのトランプ氏のもとに早速駆けつけて、信頼関係を築きあげようとした安倍首相は、共同声明の中に、日米同盟の強化を謳うことを要請し、トランプ氏の確約が得られたとしている。
この日米同盟強化の具体的な内容としては、尖閣列島の領有権や北朝鮮の問題などについての日米間の軍事同盟が主体である。
この日米同盟が関係するエネルギーの安全保障の問題については、先に、本稿(その1)で紹介したように、財団法人日本エネルギー経済研究所(以下エネ研)による「日本エネルギー安全保障調査報告書 2014年 3 月」(以下文献1 )がある。
本稿(その1)では、このエネ研の調査報告書で、第一にとりあげられた米国産のシェールガスを日本に輸入する可能性と、第二にとりあげられた中東産の石油の日本への輸入量の確保と、その輸送の際のシーレーン防衛の問題について、私どもの見解を「化石燃料供給安定化のために日米同盟の強化は不要である」として述べた。
ここでは、「日米同盟の強化と日本エネルギー安全保障(その2)」として、この調査報告書(文献1 )で、エネルギーの安全保障の第三の問題として、いま、3.11福島の過酷事故で大きな曲り角に来ている、日米協力のもとで進められてきた、原子力エネルギー政策の問題について、私どもの見解を述べる。
以下、この本稿(その2 )でも、詳細は、私どもの新刊(文献2 )を参照されたい。

 

 3.11 福島の過酷事故の廃炉処理の目途が全く立っていない
いま、3.11 福島第1原子力発電所の過酷事故の後始末に何時までかかるのか、どれだけのお金を必要とするのか、全く見通しが立たない状況が続いている。特に、問題なのは、事故を起こした原発の廃炉処理である。炉心溶融(メルトダウン)を起こした核燃料デブリが圧力容器(炉心)の底部を突き破って原子炉格納容内に飛散している。廃炉処理のためには、この格納容器内に飛散していると見られるデブリを全て取り出さなければならない。そのためには、先ず、その位置や量を知らなければならないが、いま、その探査作業が難航している。
最近の報道(朝日新聞2017/2/19、「実測210シーベルト 廃炉阻む」)によると、この格納容器内は、運転中の圧力容器内に近い放射線量があるので、人が近づけないから、遠隔カメラやロボット(サソリとよばれるこの探査目的に開発された特殊なロボット)が使われている。しかし、高い放射線の影響で、カメラの電子部品が劣化するとともに、事故時に、格納容器内の作業道が破壊されているために、このロボット(サソリ)が思うように動けないだけでなく、圧力容器底部の近くで、駆動部に堆積物がたまって動けなくなってしまった。これが、福島第一2号機のデブリ探査の現状である。すなわち、1号機、3号機を含む事故原発の格納容器内の探査の終了の時期どころか、探査自体が成功するかどうかの目途さえ全くたっていない。
次いで、このデブリの探査が成功したとしても、より困難な問題として、その取り出しがある。米国のスリーマイル島事故では、デブリは、圧力容器内に止まっていたから、固い金属合金としてのデブリを細かく破砕して圧力容器の上部から取り出すことができた。圧力容器内に残存しているデブリの取り出しには、米国の協力によるこの開発技術が利用できるであろうが、福島第一の格納容器内部に飛散して存在するデブリを取り出すことができるのか、さらに、それをどうやって最終処分するのかの方法は、全くの新しい技術開発課題である。もちろん、それが成功するとの保証は何処を探しても見当たらない。
格納容器内のデブリの取り出しが、いくら時間をかけても終わらないと判断される場合には、チェルノブイルのように、原子炉全体を、石棺として原位置に固定して、放射線量が減衰するまで、半永久的に放置せざる方法を採らざるを得なくなるとされているようである。しかし、チェルノブイルと違い、福島の軽水炉原発では、この石棺の冷却水の廃水処理が必要になるから、この廃水処理で分離・除去できないトリチウムを含む廃水の排出が、現状と同じように継続することになる。このトリチウムは、海中に放流する以外にないが、その海中放流に対する一般的な合意が得られなければ、現状の廃水貯留タンクが何時までも増え続けることになる。
これらの廃炉処理の費用は、原発事故に直接的責任を負う東京電力(東電)が負担しなければならないはずだが、事故被災住民への賠償、被災地の除染などの費用負担で、東電の支出すべき金額は、すでに東電の負担可能額を超えているようである。したがって、結局は、この何時までも続くと考えられる廃炉処理を含む福島第一原発事故の後始末の費用は、原発電力政策を推し進めてきた国の責任で、本来、原発事故には何の責任もない国民のお金が使われることになる。
朝日新聞(2017/2/27)が、独自に取材した結果として公表している「福島原発賠償費 一世帯あたり電気代に年 587 ~ 1484円(本社試算)」の記事によると、原発事故の賠償費は、全ての原発を持つ電力会社の電力料金の値上げの形で、広く国民から徴収されており、その一般家庭の負担額は、旧電力の電力供給地域により異なるが年約587 ~1484円と試算されるとしている。なお、同紙によれば、福島第一原発事故の損害賠償費は、3.11事故の直後に制度化された「一般負担金」として、多くの国民が知られないままに電力料金の値上げの形で徴収されている。
国の試算によると、賠償金に除染や廃炉などの事故対応の費用は21.5兆円にも上るとされているが、上記したように、特に廃炉の費用は、どれだけ積み増しされるか、見通しも立たないから、東電以外の電力会社を含めた一般負担金で賄える金額ではない。これに対し、この事故の直接的な責任は、東電にあるのだから、この事故処理の費用を負担できない東電の企業としての存続は許されないとする意見がある。しかし、原発事故の対応には、特に廃炉の処理には、今まで、経験のない全くの新しい技術開発が必要であるから、これらは、東電の責任で行われるべきであるし、さらに、その費用についても、可能な限り、東電の支出が要求されるべきである。その具体的な方法としては、東電の本来の電力生産事業の収益が当てられるべきで、これには、「一般負担金」の場合と同様、原発を保有する東電以外の旧電力会社の協力も要請されるべきである。ただし、この事故対応の費用を捻出するための電力生産の事業では、今回の事故の責任を明確にするためにも、今回のような過酷事故を起こす可能性のある原発の再稼働を含まない電力が用いられることを必須の前提条件とすべきである。

 

化石燃料枯渇後、その代替エネルギー利用での安全保障に、原子力エネルギーの利用は考えられない。
上記したように、3.11 福島第一原発事故後の廃炉の目途が全くつかないにもかかわらず、政府は、運転休止中の原発について、新しく造られた安全基準を原子力規制委員会がクリアしたと認めたものについて、順次、その再稼働を進めようとしている。さらには、法定年数を超えた原発についても、原子力規制委員会は、稼動年数の延長を認めて、政府の原発維持の政策を支持している。
これらの原発規制委員会による原発稼働の認可は、新しい安全基準がクリヤされさえすれば、絶対の安全が保証されるとの前提に立っての認可である。しかし、そこでは、いま、原発についての絶対の安全を言うのであれば、それは、原発を持たないことであるとの誰にでも判る科学の簡単な原理が無視されている。
ただし、どうしても、原発を動かさなければ、われわれの生活と産業用のエネルギーが確保できないのであれば、上記したような大きな事故リスクを冒しても、再稼働を含めた原発の維持も、一つの選択肢になるかも知れない。
しかし、3.11福島以前の原発電力の国内一次エネルギー消費に占める比率は1/8 程度で、さほど大きくなかったうえに、国内発電量のなかの1/4程度に止まっていた。さらには、その値が、図1に示すように、2000年代に入り、年次減少傾向にあった。したがって、3.11福島の事故で、原発電力が失われても、国民の省エネ努力と、火力発電の年間平均設備稼働率を事故前の50 %程度から60 %程度に上げることで、われわれの生活と産業用の電力は支障なく賄われてきた。そのための化石燃料輸入金額の増加も、高価になった石油火力を安価な石炭火力に変換することと、図1に見られるように、便利さの追及のために急増していた民生用の電力消費の節減の徹底で、最小限に止めることができる。
もともと、核燃料廃棄物の処理・処分を次世代に任せなければならない原発を持つことは、原発開発の当初から言われてきた「トイレの無いマンションに住み続ける」ようなものであった。いままでの原発の稼働で出てきた廃棄物の処理・処分が全く行われていない日本で、原発の再稼働で、廃棄物の保管量を積み増すことは、もはや、凡人の頭では考えられない暴挙だと言わざるを得ない。

図 1 国内エネルギー消費部門別の電力消費と原発発電量の年次変化
(エネ研データ(文献3 )をもとに作成)

 

日米軍事同盟のなかで進められてきた日本の原子力産業は終焉を迎えようとしている
日米の軍事同盟のなかで重要な位置を占める米国の核の傘の下での日米原子力協定によって、核燃料廃棄物としてのプルトニウムの軍事転用の禁止などの厳しい規制を受けながら、日本の原子力平和利用としての原発の開発は、米国からの濃縮ウランの供与を受けて、1960年代後半以降、急速に進められた。
その間、米国の原発開発企業のWH (Westinghouse)、GE(General Electric)と日本の日立、東芝、三菱重工などとの日米の原子力産業共同体は、切っても切り離せない関係を保ってきた(文献1 参照)。しかし、スリーマイル原発、チェルノブイル原発事故の影響もあって、米国の原発産業は、図2に示すように、伸び悩むようになった。そのなかで、WHを買収した東芝が、最近、原発の建設事業で大幅な赤字を出して、会社経営の危機と言われる厳しい事態を招いている。原因は、日本での3.11福島事故の影響で、安全対策のための建設関連の費用が大幅に上昇したためとされているようで、東芝は、今後の原子力事業では、原子炉本体の販売等に特化し、建設関連事業から手を引くとしている。

注; 2011年以降の世界の原発発電量の減少は、日本の3.11事故による減少である。
図 2 世界、米国、日本の一次エネルギー消費(原子力)の年次変化
(IEAデータ(エネ研データ(文献3 )に記載)をもとに作成)

と言うことは、米国においても、3.11福島の過酷事故を想定した安全対策を施した原発は、少なくとも軽水炉型原発の新設は、建設費の高騰から、もはや、採算に合わなくなっているのではなかろうか? 日本における新しい安全基準での発電コストは発表されていないようだが、どうやら、いまのところ、政府による国内での原発の新設計画も、採算性の問題からも、見合わされざるを得なくなっていると考える。
しかし、これでは、日米同盟の下で進められてきた日本の原子力政策のなかで育ててきた原子力産業が生きながらえなくなるので、安倍首相は、国内の原発の再稼働とともに、自身がセールスマンになって、日本の原子力技術の海外への売り込みに必死になっている。
そこで、問題になるのは、3.11 福島のような過酷事故の再発である。そんな事故は、もう2度と起こさないと主張してみても、新規の契約を取るためには、万が一の場合の賠償責任には触れざるを得ないであろう。そのためには、どうしても、福島第一の廃炉処理が順調に進んでいることを、見せかけだけでも、示さざるを得なくなるのではなかろうか?
原発産業の生き残りのために、万が一の過酷事故によって日本を滅ぼしかねない原発の再稼働と原発技術の海外売り込みが、成長のためのエネルギーとして使われてきた化石燃料が枯渇に近づいて、世界経済が成長を抑制せざるを得ない厳しい条件下で、さらなる成長を訴えるアべノミクスの経済政策の一環として強行されている。
その結果を全く見通すことのできないままに始められた第二次大戦への参戦と同じことではなかろうか? 恐ろしいことである。

 

<引用文献>
1.日本エネルギー経済研究所;日本エネルギー安全保障調査報告書、2014年3月
2.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する――
電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月5日:
https://kdp.amazon.co.jp/bookshelf?ref_=kdp_RP_PUB_savepub
3、日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット 編;EDMCエネルギー・経済統計要覧2016, 省エネルギーセンター、2016年

 

 ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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