“何故いま日本は原発を廃止できないのでしょうか?”  自然エネルギーの利用を条件にしないことが、小泉元首相らの訴える、いますぐの「原発ゼロ」実現の道です

東京工業大学名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田賢太郎 

(要約);

① 国民の多くが「原発は廃止しなければならない」と考えていますが、公益事業として進められている発電事業の性格上、3.11福島事故以降も、原発を所有する電力会社には、原発廃止を言い出せない事情が存在します

② いま、政府は、恒久的に政権を維持するための「アベノミクスのさらなる成長」により日本を豊かな国にするために、3.11以降、稼動を停止している原発の再稼働を進めています。しかし、原発を再稼働しても、日本を豊かな国にすることはできません

③ 3.11 以降、その能力があるのに、稼動を停止している原発は、もったいないからとして、政府による「原発の再稼働」を支持する声をよく聞きます。しかし、3.11から7年後の現在、原発電力無でも国民は電力に不自由していません。その方法が確立されていない核燃料廃棄物の処理・処分のコストの支払いを次世代に先送りする原発の再稼働は、いますぐ中止すべきです

④ 安倍政権は、日本を、他国の侵略を許さない軍事力を持った「普通の国」にするためにも、「原発を廃止できない」としているようです。しかし、日本経済の現状を考えると、軍事的な安全保障のために、憲法を改正して防衛力を強化するお金は、どこにもありません

「原発の再稼働」を実行可能とするために、今夏、「第5次エネルギー基本計画」が閣議決定されました。しかし、いま、「再稼働の可否」が争われている裁判で、「原発の安全は、原発を動かさないこと、原発電力無でも国民は電力に不自由していないこと」を、判事の先生方に確認していただければ、この裁判の結果は、自ずから違ってくるはずです

⑥ いま、小泉元首相らの原発ゼロの訴えは、自然エネルギーの利用を前提条件としています。しかし、いま、地球温暖化対策として進められている自然エネルギーの利用は、温暖化とは無関係ですから、政治を原発ゼロに導くための前提条件にはなりません

 

(解説本文);

① 国民の多くが「原発は廃止しなければならない」と考えていますが、公益事業として進められている発電事業の性格上、3.11福島事故以降も、原発を所有する電力会社には、原発廃止を言い出せない事情が存在します

3.11 福島事故の厳しい現実から、国民の多くは、「原発の即時廃止」を願っています。原発事故の被災地の住民は、住み慣れた故郷の地を追われて、一生、戻れない人も居られます。こんなことは、二度とあってはいけません。

もし、原子力発電事業が、一企業体の収益事業として進められるのであれば、このように大きな事故リスクのある事業は、すぐにも廃止すべきと考えるでしょう。それが、そうならないのは、電力の生産事業が国民のための公益事業として進められているからです。

すなわち、国民の生活や産業にとって欠かすことのできない電力の生産(供給)事業であれば、今回のような事故時には、国家賠償を含む国による経済的な支援を受けてでも、事業を継続しなければならないと、原発電力の生産事業に携わる人々が考えるのは、止むを得ないことかもしれません。それが、3.11 の厳しい現実に目をそむけて、事故を起こした東京電力だけでなく、他の旧一般電気事業者(いままでの電力会社)が、その連帯感からも、国の原子力事業継続の方針に従わざるを得なくて、原発の廃止を自分達では言い出せない理由になっているのではないかと考えられます。

3.11原発事故の影響を受けて、電気事業法が改正されて、2016年度以降、電力の自由化が制度化されました。すなわち、原発を持たない新しい電力生産企業の存在が許されるようになったのです。しかし、新しく電力供給事業に参加した企業は、いままで、電力生産事業を独占していた旧一般電気事業者(電力会社)に較べて、未だ、電力生産量が圧倒的に小さいため、「原発ゼロ」の実現のためには、現在、原発を持っている電力会社が、その気になって貰うことが必要です。

もちろん、日本経済にとって、原発電力は不要だと政治が判断し、政治主導で原発廃止を決めて頂ければ話は別です。その意味で、いま、小泉元首相らが訴えている政治を変えるための「原発ゼロ法案」の成立には、大きな期待が持たれています。

 

② いま、政府は、恒久的に政権を維持するための「アベノミクスのさらなる成長」により日本を豊かな国にするために、3.11以降、稼動を停止している原発の再稼働を進めています。しかし、原発を再稼働しても、日本を豊かな国にすることはできません

第2次大戦の敗戦によるどん底から、つい最近、中国に追い抜かれるまで、日本を、米国に次いで世界第2位の経済大国に押し上げるために用いられてきた化石燃料資源、そのなかで最も貴重な石油の枯渇が近づき、その国際市場価格が高くなって、日本経済は成長を抑制されるようになってきました。

そのなかで、旧民主党から政権を奪回した安倍自民党政権が、「デフレ対策のための2 %物価上昇」の公約を実現するためのエネルギーの取得に必要だとしているのが、「アベノミクスのさらなる成長」戦略です。この「さらなる成長戦略」を成功させるためのエネルギーとして、3.11以降、稼動停止を余儀なくされている「原発の再稼働」による電力が必要だとしています。しかし、考えてみて下さい。物価の上昇を喜ぶのは、それによって、金融投資利益を上げることのできる一部の富裕層の人々だけでしょう。所得の少ない人々は、物価上昇分だけ貧乏になり、国内の貧富の格差が拡大するだけです。

いま、3.11 福島第一原発の事故後、殆どの原発が稼働を中止している現状で、国民は、生活や産業用の電力に不自由はしていません。3.11以降、原発電力代替の化石燃料の輸入金額が増えたと言われていますが、それは、化石燃料(石油)資源の枯渇が懸念されるなかで、2005年以降、原油が金融市場における先物取引市場の商品とされて、その国際市場価格を高騰させたためです。この原油価格も、2014年暮れには急落し、その後、安定しています。

したがって、いま、原発を再稼働させても、アベノミクスが要求する「物価の2%アップ」、政権維持のための「さらなる成長」は達成できませんし、日本をこれ以上豊かにすることもできません。

 

③ 3.11 以降、その能力があるのに、稼動を停止している原発は、もったいないからとして、政府による「原発の再稼働」を支持する声をよく聞きます。しかし、3.11から7年後の現在、原発電力無でも国民は電力に不自由していません。その方法が確立されていない核燃料廃棄物の処理・処分のコストの支払いを次世代に先送りする原発の再稼働は、いますぐ中止すべきです

確かに、未だ寿命(法的使用年数)が来ていない原発を使用しないのは、もったいないから、その新増設の問題はさておいても、現在休止中の原発は再稼働すべきとの声をよく聞きます。しかし、いま、原発を再稼働するためには、新しく決められた原発稼働での安全性の基準をクリアするための再投資金額が必要です。原発の残された使用年数(法定使用年数から、いままでの使用年数を差し引いた年数)の間に、この投資金額を回収できる原発の数は、大きく制約されます。問題は、このような経済収支の計算が行われないで、いわば、「再稼働のための再稼働」が行われ、そのために必要なお金が、国民から徴収される仕組みができていることです。

それだけではありません。本来、化石燃料の枯渇後、その代替と期待されていた原発電力が3.11以前に大幅に用いられていたのは、その発電コストが、化石燃料を用いた火力発電のなかで最も安いとされている石炭火力の発電コストよりも安いとされたためでした。しかし、これにはトリックが隠されています。すなわち、政府や、電力会社が公表している原発の発電コストには、核燃料廃棄物や廃炉の処理・処分のコストが含まれていません。これらの方法が技術的に確立していないので、コスト計算のしようがないのです。しかし、だからと言って、これらのコストを含まない原発の発電コストが石炭火力より安いとして、原発の使用を優先することは許されるべきではなかったはずです。特に、核燃料廃棄物の処理・処分については、いま、小泉元首相ら言うように、「トイレの無いマンション」住まいが次世代に押し付けられたままになっています。すでに、このマンションのなかに仮置きされている廃棄物の山が満杯に近くなるなかで、再稼働によって、さらに、その積み増しが行われようとしているのです。恐ろしいことです。

 

④ 安倍政権は、日本を、他国の侵略を許さない軍事力を持った「普通の国」にするためにも、「原発を廃止できない」としているようです。しかし、日本経済の現状を考えると、軍事的な安全保障のために、憲法を改正して防衛力を強化するお金は、どこにもありません

いま、安倍内閣が原発を持たなければならないもう一つの理由として、日本を、他国の侵略から守るために、軍事力を持った「普通の国」にしようとしていることが挙げられます。

第一次安倍内閣以来、安倍首相は、大きな経済力を持った日本が「普通の国」になるためには、経済力に見合った「防衛のための軍事力」を持つことが必要だと主張してきました。この「普通の国」の条件を妨げている日本国憲法、なかでも、「戦争の放棄を定めた憲法9条」を改訂しようと躍起です。いや、現有憲法のもとでも、日本を戦争ができる国にするための「集団的自衛権を行使できる安保法制」を国会で強行採決しました。あとは、軍備をどんどん拡張して、「強い国」を創るだけです。自衛の名目で軍備拡張の資金を得るエネルギーを獲得するためにも原発の再稼働が必要だとしているのです。

以上から判って頂けるように、原発電力の利用は「アベノミクスのさらなる成長」を実行可能にする安倍政権の都合によるものでしかありません。しかし、軍事力を拡張するためにはお金が要ります。そのために、すでに、世界一と言われる国家財政の赤字が積み上げられています。この財政赤字分をカバーしていると言われる年金生活者の預金が失われる5年先が、日本経済が破綻する時だとも言われています。いや、それは、もっと早く来るとも言われています。このような恐ろしい日が来ないようにするためにも、成長には役に立たない原発の再稼働を含む、原発依存のエネルギー政策は、即時廃止すべきです。

 

⑤ 「原発の再稼働」を実行可能とするために、今夏、「第5次エネルギー基本計画」が閣議決定されました。しかし、いま、「再稼働の可否」が争われている裁判で、「原発の安全は、原発を動かさないこと、原発電力無でも国民は電力に不自由していないこと」を、判事の先生方に確認していただければ、この裁判の結果は、自ずから違ってくるはずです

今年の夏(7月3日)に閣議決定された、「第5次エネルギー基本計画」では、日本のエネルギー政策として、2030年度の原発比率(総発電量のなかの原発電力の比率)を20 ~22 % にするとしています。しかし、これは、「アベノミクスのさらなる成長」が必要としている「原発の再稼働」を実行可能とするための政策決定と言ってよいでしょう。

いま、「原発再稼働」の可否を巡って、その安全性が、裁判で争われています。しかし、科学技術の視点からの絶対の安全があるとしたら、それは、原発を持たないことです。また、すでに持ってしまった原発は動かさないことです。先(③)にも述べたように、3.11の過酷事故からすでに7年余り経ったいま、原発電力が殆ど失われた状態で、国民は、生活と産業用の電力に不自由していません。すなわち、日本経済にとって、この原発の再稼働を含めた原発電力生産の必要がないことは明らかです。したがって、この「原発の絶対の安全は原発を動かさないこと、原発電力無でも国民は電力に不自由していないこと」の誰にでも判る当たり前のことを、司法の場で、良識のある判事の先生方に確認して頂ければ、いま、原発立地の方々を原告として行われている「原発再稼働の差し止め要求」を審議する裁判の結果は自ずと変って来るはずです。

 

⑥ いま、小泉元首相らの原発ゼロの訴えは、自然エネルギーの利用を前提条件としています。しかし、いま、地球温暖化対策として進められている自然エネルギーの利用は、温暖化とは無関係ですから、政治を原発ゼロに導くための前提条件にはなりません

もう一つ大事なことを指摘しなければなりません。それは、いま、小泉元首相らが、「原発ゼロ」実現の条件として、「原発電力の代替に、自然エネルギー(再生可能エネルギー)の利用」を訴えていることです。しかし、いま、新エネルギーとも呼ばれる風力や太陽光発電などの再生可能エネルギー(再エネ)電力の利用を、いますぐ増加させるために、市販電力料金の値上につながる「再生可能エネルギー全量固定価格買取制度(FIT制度)」と呼ばれる制度を使って、全ての国民から広くお金が徴収されていますが、得られる再エネ電力量は、「原発の再稼働」で得られるはずの発電量に、とても追いつきません。安倍政権はこれを理由に、小泉元首相らの「原発ゼロ」実現の要求を撥ねつけているのです。すなわち、「自然エネルギー利用」を前提条件とする限り、小泉元首相らの「原発ゼロ」の要求は、安倍政権に受け入れてもらえません。

実は、自然エネルギーとしての再エネ電力が、いますぐ用いられなければならないとされたのは、前世紀末から、大きな問題になっている地球温暖化の脅威を防ぐために温室効果ガス(化石燃料の燃焼に伴う二酸化炭素、CO2 )の排出を削減しなければならないとするIPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)の主張に従う必要があるとされているためです。一方で、このCO2の排出削減には、原発電力の利用が有効であることから、「原発の再稼働」を中止するためには、再エネ電力の利用が必要だとされています。

しかし、このIPCCによる地球温暖化のCO2原因説は、科学の仮説なのです。すなわち、CO2の排出を削減するためにお金をかけて、再エネ電力を利用しても、温暖化を防げるとの保証はありません。また、現在、世界のCO2の4 % 程度しか排出していない日本が、再エネ電力の利用でCO2の排出量を削減してみても、その効果は殆どありません。

地球にとって、また、人類にとって、温暖化より怖いのは、化石燃料の枯渇によるその国際市場価格の高騰に伴う貧富の格差の拡大が世界の平和を侵害することです。これを防ぐ唯一の方法は、世界の全ての国が協力して、地球上に残された化石燃料を、公平に分け合って大事に使うことです。これは、実は、私ども以外誰も指摘していないことですが、私どもの計算では、世界の化石燃料の年間消費量を、今世紀いっぱい、現在(2012年)の値に抑えることができれば、今世紀中のCO2の排出総量は、2.9兆トンとなります。また、いま、地球上で、現在の技術力で経済的に採掘可能な化石燃料の総量(確認可採埋蔵量と呼ばれます)を消費し尽くしたとしても、CO2の排出総量は3.2兆トンと計算されます。これに対して、IPCCは、気候変動のシミュレーションモデル計算結果に基づき、適切なCO2の排出削減対策をとらなければ、今世紀中のCO2排出量は7兆トンに達し、大気温度上昇幅は4.8℃に達するとしています。しかし、私どもが主張するように、化石燃料消費を節減することで、CO2の排出量3 兆トン以下にすることは可能ですから、IPCCのシミュレーションモデル計算の結果が正しかったとしても、それとは無関係に、地球気温の上昇は、IPCCが人類の歴史から、地球温暖化の脅威が起こらないとしている2 ℃以内に止めることができます。すなわち、小泉元首相らが訴える「原発ゼロ法案」の実行に、自然エネルギーの利用を前提とする必要は何処にもありません。

 

⑦ この自然エネルギーの利用の条件を除いた、いますぐの「原発ゼロ」の実行こそが、「核燃料廃棄物の処理・処分」が問題にされる「トイレの無いマンション」からの脱出を可能にします

話が少し難しくなりましたが、日本にとって、そして、人類の未来にとって、本当に怖いのは、その処理・処分の方法が無いままに、放射性核燃料廃棄物の排出を続ける「原発の再稼働」を含む「原発利用の継続」です。したがって、小泉元首相らが訴えるように、現在、および未来の国民に、一刻も早く、「トイレの無いマンション」から脱出して貰うためにも、いますぐの「原発ゼロ」を政治に決断して貰う必要があります。

そのためには、小泉元首相らの「原発ゼロ法案」の前提条件になっている「原発電力代替の再エネ電力の利用」を外して頂くことが必要です。この前提条件が無くても、この小泉元首相らの「原発ゼロ法案」は、その価値を減じることはありません。いや、この「再エネ利用の前提条件の削除」こそが、国民の多数が願う「原発ゼロ」の実行を政治に決めて頂く唯一の道なのです。

ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

 

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