故 小川 克郎先生を偲んで

もったいない学会会長
大久保泰邦

小川克郎先生(ご子息の小川暁生様提供)

 

小川克郎先生、謹んでご冥福をお祈り申し上げますと共に、先生との思い出を書かせていただき、ここに哀悼の意を表したいと思います。

小川先生は長らく川崎市の介護施設で病気療養中でしたが、慢性腎不全のため2022年6月13日にお亡くなりになりました。享年83歳でした。
小川先生は名古屋大学理学部地球科学科を卒業され、1964年に同大学大学院理学研究科修士課程を修了され、通商産業省工業技術院地質調査所(当時)に入所されました。1972年には名古屋大学より理学博士号を取得されています。地質調査所時代では、空中磁気探査をはじめとする物理探査の研究で功績を挙げられました。当時は地球科学分野では物理探査屋とか地質屋などのグループがあり、それぞれの専門ごとに分かれて研究を行っていました。しかし先生は、物理探査のみならず地質学にも精通され、物理探査データを使った地質構造の解析も行われていました。そのご研究は「磁気構造と地質構造」(地調月報、1979、v30、p.549-569)などで発表されています。これは私どもにとって大きな刺激となり、新しい研究分野を与えていただきました。
先生の幅広い経験に基づいて、石油ショック以来開始された国家プロジェクトの地熱資源開発において日本をリードされました。当時新しい手法であるキュリー点調査、広域重力調査、リモートセンシングを中心とした全国地熱資源総合調査を先導され、全国の地熱資源量を評価されました。この結果は現在においても、国の地熱資源開発政策の基礎データとなっています。
小川先生はこの頃、故石井吉徳先生(もったいない学会初代会長)と物理探査や地熱資源開発の分野で、親しく活動されていました。
1991年6月には地質調査所所長に就任されました。先生は気さくな方で、所長になってからも研究活動に専念されていました。

1991年所長就任時代の小川先生(地質ニュース(1991、444号)より)。

 

1994年には所長を退任され、名古屋大学理学部教授に就任されました。大学においても精力的に活動され、名古屋大学大学院環境学研究科の初代研究科長に就任されています。2001年の創刊された名古屋大学大学院環境学研究科の広報誌「KWAN(環)」では小川先生の論文を拝読することができます。
https://www.env.nagoya-u.ac.jp/kwan/index.html

名古屋大学大学院環境学研究科創設10周年記念行事におけるご挨拶(2011年11月19日)。

 

2002年には名古屋大学名誉教授に就任され、名古屋産業大学に移られ、その後同大学の副学長に就任されました。さらに2009年に春の叙勲、瑞宝中綬章を受章されました。

2008年には長野県蓼科に移住され、地球温暖化についての研究などさまざまな研究を行われました。有識者は地球温暖化ありきで議論されますが、先生は元データに遡り疑問を持って解き明かすという真の研究者でありました。研究の成果についてメディアからインタビューを受けた様子が、今でも以下のサイトで閲覧することができます。
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/146579

先生は2009年にもったいない学会に入会され、それ以来論文などを投稿され、また例会でも講演され、会員としてさまざまな活動をされていました。以下、シフトムにご投稿された論文の要旨をお伝えします。
https://shiftm.jp/author/ginga999/

信州便り―1 知識階級の思考停止症候群

要旨:学生は、テレビや新聞の環境記事を鵜呑みにしてこれは少々おかしいぞと自分で考えようとしない。しかし、これは同じようなことをテレビで大学の教授が堂々と喋っているからです。日本に、取り分け知識階層に蔓延する思考停止症候群とでも言うべきでしょうか。地球温暖化の話をした時も、研究者が「人為的温暖化物質の排出による地球温暖化はもう常識である」と反論してきました。私は「IPCCのホッケイスティクモデルをご自分で検証してみたのか」と問うと、「その必要はない世界の科学者が認めているのだから」と答えました。この若い研究者は科学の本質を知らないし、思考停止症候群に陥っていると思いました。もったいない学会は枝葉ではなく幹と根を自分の考えを基盤として議論できる今の日本では大変ユニークな学会であると思い入会いたしました。

信州便り―2 ある農業者のTPP感

要旨:長野県の片田舎での生活を初めて3年、有機栽培に奮闘している何人かの農業者と出会った。TPPについて聞いてみた。意外にも「チャンスである。環境、エネルギーの両面から今の農業は何れ行き詰まる。日本ではTPP対応策として耕地を集約して米国と競走しようとする大規模農業化の流れがあるが、これでは、環境、エネルギーの両面でますます悪くなるばかりなので、日本の農業は量ではなく質で勝負すべきだ」とのこと。また、本当に日本を農業の面から良くしようと情熱を燃やし、身体に優しい農作物作りに精を出すこれからの若者たちの支援こそ国の役割だ、と言う。私は農家から畑の野菜をいただき、生ゴミを上げている。曲がった大根、曲がったキュウリだが愛嬌があって、しかもとっても美味しい。

信州便り―3 この10年ほど地球気温は劇的に下がっている

要旨:この図は1882-2009(世界規模で気温観測が始まったのは1882)の地球気温と大気中の二酸化炭素濃度の変化を示します。地球気温変化に与える影響(この場合はノイズ)が大きい都市ヒートアイランド効果を取り除く為に、人口1000人以下の452観測点しか使っておりません。二酸化炭素が継続的に上昇しているにも関わらず、2002年以降著しい気温下降が見られることに注目して下さい。この気温下降が続くと、20世紀後半(1970年頃以降)の気温上昇(巷で言われているいわゆる地球温暖化)のストックは今後数年で使い果たすでしょう。もし更にこのまま下降が続けば、19世紀の寒冷な時代に逆戻りする可能性があることをこの解析結果は物語っています。昨今のTV、新聞、雑誌では今も二酸化炭素の排出は続き(これは正しい)、その結果地球気温がどんどん上昇し続けていると、専門家でさえご自分で検証したかのように言っています。このような誤った思い込みは是非正したいと思います。こうした世間の思い込みは日本の経済社会を誤った方向に誘導すると懸念します。21世紀の日本では地球温暖化ではなく石油文明の終焉こそが非常に大きな問題であることを日本の指導者層に是非理解していただく必要があると思います。本質から物事を考えるもったいない学会の私達も頑張って行きたいものです。蓼科には、もう渡り鳥の初陣がやって来ました。朝、その囀りを聴きながら、八ヶ岳の向側から澄み渡った大空に昇ってきた太陽に向って「君、この頃元気ないね。もっと元気出してよ」と呼びかけています。
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なお、故石井吉徳先生は2013年6月2日付のシフトムで、小川先生のこの論文を紹介しています。

信州便り―4 東北関東大震災で思うこと

要旨:以下は冗談で言っているつもりはありません。
1.東北関東大地震を想像出来なかった地震関係者、原発事故を想像出来なかった原子力関係者は、被災救援活動が一段落したら、みんな坊主になりましょう。
2.日本の全ての原発を一旦(或いは永久に)止めて日本列島規模での計画停電を始めましょう。
3.そして、本腰を入れてプランBの実現に向けて私達みんなで知恵を出し合いましょう。
恐らく10〜20年も我慢すれば、この度の被災者に見られる賢明なる国民が住む日本は低エネルギー・低環境負荷の今よりは貧しいかもしれないけれども健康で心豊かに生きる国に再生されるでしょう。この新たなパラダイムに向けて私達の意識改革を今すぐ始めましょう。

信州便り―5 日本文化の落剝と再生
要旨:「未曾有の災害」という言葉が3月11日以降飛び交っている。関東大震災を超える災害という意味であろうか?関東大震災を徹底的に研究された寺田寅彦先生の「日本人の自然観」にも述べられているように、明治以降の富国強兵を旗頭とした日本の近代化によって落剝した日本の伝統的文化について、真剣に考え直す機会ではないだろうか?政府(自民党政府を含め)や東電の体質について追求する必要があるのは勿論であるが、広い視野から考えれば、政府や東電を含めて今の日本人は近代化による日本文化の落剝の犠牲者と捉えることが出来よう。こうした根っこの視野から考えないと今回の大災害は枝葉の議論に終わり単なる犯人探しに堕して、一件落着で、日本の新しいパラダイムシフトとして結実することはないであろう。・・・

以上のように、小川先生は、もったいない学会の理念をお持ちで、データに遡って真相をつきとめる研究者であります。たくさんの研究者が私と同様に先生をお慕いしています。
わたくしは、地質調査所に入所以来ずっと研究の指導をしていただきました。心より感謝するとともに、突然のご逝去に対し、心よりお悔やみを申し上げる次第です。

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