地球温暖化対策としてのCO2排出の削減が必要だとしても、いま、世界の貧富の格差の解消に貢献している日本の石炭火力発電量を、9割も削減する必要は何処にもありません
|東京工業大学名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎
(要約);
⓵ 地球環境を守るための世界の「脱石炭火力の潮流」に引っ張られて、2030年までに日本が石炭火力の90 %減を実施しようとして、世界一効率の良い日本の石炭火力発電を休止させようとしています
⓶ もし、地球環境保全(地球温暖化防止)のために、CO2の排出を削減する必要があったとしても、世界一高い発電効率を持つ日本の石炭火力発電の利用が排除されるべき理由は何処にも存在しません
⓷ 日本のエネルギー基本計画が、エネルギー供給の安全保障を目的とするのであれば、エネルギーの使用での経済性(安価な石炭火力の使用)と、その利用目的が競合する温暖化防止(地球環境保全)対策としての「日本の脱石炭火力政策」を実施する必要はありません
(解説本文);
⓵ 地球環境を守るための世界の「脱石炭火力の潮流」に引っ張られて、2030年までに日本が石炭火力の90 %減を実施しようとして、世界一効率の良い日本の石炭火力発電を休止させようとしています
朝日新聞(2020/7/3)の報道です。経済産業省は、二酸化炭素(CO2)を多く出す低効率の石炭火力発電所における発電量を2030年までに9割削減する方針を固めたとありました。具体的には、現在、日本には140基の石炭火力発電所がありますが、そのうち効率が悪い110基の旧式の発電所を、2030年までに休止するとしています。電力の生産に用いられている発電所は、法定の使用期間の後、発電効率の悪いものから、順次、発電効率の高い新しい発電設備に更新しているはずですが、これから10年先の2030年までに、世界一優れている(発電効率が高い)と言われる日本の優れた石炭火力発電所を、低効率のものから90 %を運転休止に追い込もうとすることが、政府の手によって行われようとしているのです。
私ども科学技術者から見て、もったいないとしか言いようのないことが、当然のこととして行われているのですが、それが、この朝日新聞(2020/7/3)の記事では、「脱石炭火力が世界の潮流になっているから」の一言で片付けられています。いま、この潮流を作っているのは、「石炭火力が大量にCO2を排出して、地球温暖化の脅威を引き起こす」とするIPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)の主張です。この主張が、世界の政治を動かして、脱石炭火力の潮流を作っていますが、この「温暖化のCO2原因の仮説」を掲げるIPCCが、ノーベル平和賞を授与されたものだから、世界の科学者の多くも、この「温暖化の仮説」を科学の真理だと信じて、この政治の動きを加勢しています。
しかし、もし、このIPCCの主張が正しかったとして、この温暖化の脅威を防ぐために、CO2の排出を削減しなければならないとしても、それをすぐ石炭火力発電の休止に結びつけるのは余りにも非科学的な行為としかいい言いようがありません。すなわち、地球温暖化防止のためのCO2の排出削減の方法には、石炭火力発電の廃止以外にも、いろいろあるので、それぞれの方法の利用での必要な金額と、この際の温暖化防止による経済的なメリットを比較して、最も経済的に有利な方法が選択・利用されるべきなのです。
ところで、このCO2排出削減対策として、最も、経済的な(お金を使わなくてすむ)方法は、CO2の排出源となる化石燃料消費を節減する対策です。石炭火力発電の休止も、その一つですが、より安価な方法と省エネ(節電)の実施の徹底です。これで、温暖化防止のために必要なCO2排出削減の効果が得られない場合に太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー(再エネ)、新エネルギー(新エネ)ともよばれる電力を利用すればよいのです。ただし、現状の再エネ電力の発電コストは、いま、最も安価だとされる石炭火力の発電コストより高価です。したがって、いずれ、化石燃料としての石炭の枯渇が迫り、その国際市場価格が高騰し、この石炭を用いる火力発電の発電コストより、安くなってからの再エネ電力を利用すればよいのです。
日本エネルギー経済研究所計量分析ユニット編:エネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データー(文献1 )と略記)に記載の一般電気事業者(旧電力会社)の火力発電の燃料種類別発電量の年次変化を図 1 に示しました、
注;参考として、原子力エネルギー(原発電力)の発電量の年次変化についても示しました。
図1 旧一般電気事業者の火力発電の燃料種類別発電量の年次変化
(エネ研データ(文献 1 )に記載の「電力需給」データから、旧一般電気事業者の発電電力量の年次変化のデータをもとに作成しました)
この図1 を見て頂いて判るように、1970年代に主力を占めていた石油火力発電に代わって、石炭火力の発電量が、総発電量のなかで一定の比率を占めるようになったのは、1990 年頃以降と考えられます。
同じエネ研データ(文献1 )の旧一般電気事業者の石炭火力発電用燃料(石炭)消費量のデータから、発電効率の値を
(発電効率)={(発電量 kWh)×(860 kcal/kWh)}
/[(燃料消費量㌧)×(燃料発熱量kcal/㌧)] ( 1 )
として計算して、その年次変化を図2 に示しました。
図 2 旧一般電気事業者用の石炭火力発電の発電効率の年次変化
(エネ研データ(文献1)に記載の旧一般電気事業者用の石炭火力の発電量と石炭消費量のデータから本文中の ( 1 ) 式を用いて計算し作成しました)
この図2 に見られるように、日本の石炭火力発電の発電効率の値は、1990年頃以降、ほぼ、40 % 程度の一定値を示しています。先の図 1 に見られるように、石炭火力発電が総発電量のなかで一定量用いられるようになってから、経済的な理由から更新を迫られる発電所は、あるとしてもその比率は、せいぜい、20 %程度に止まると考えられますから、電力供給での経済性を考えるときに、世界の潮流に従って、石炭火力発電量の9割を削減するとの今回の資源エネルギー庁の決定は、電力生産事業の経済性を考えるとき、余りにも不合理と言わざるを得ません。
では、なぜ、日本が、このような、非科学的で不合理なエネルギー政策を発表しなければならないのでしょうか? それは、京都議定書に基づく「パリ協定」における地球温暖化対策としての各国の2030年のCO2排出削減目標を決める昨年の(2019年暮の)COP 25(第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議)において、日本の石炭火力発電所の新増設計画が、地球温暖化対策としてのCO2の排出削減の要請に逆行するとして、国際環境NGOなどから激しい非難を浴び、化石賞を授与されたことに対し、同会議での日本政府の代表が何の反論もできなかったことの反省から、「新型コロナウイルス問題」で次年(2021年)に延期されたCOP 26に備えての新しい提案だと考えることができます。
これに対し、私どもは、実行の不可能な、このような提案に替わって、COP 26 では、下記(⓶,⓷)するように、日本の優れた石炭火力発電を保持しながら、「パリ協定」のCO2排出削減目標の達成を可能にする、「私どもの化石燃料消費の節減対策」の実施を提案すべきことをCOP 26で、世界のエネルギー政策の担当者に訴えることをお願いしたいと考えています。
⓶ もし、地球環境保全(地球温暖化防止)のために、CO2の排出を削減する必要があったとしても、世界一高い発電効率を持つ日本の石炭火力発電の利用が排除されるべき理由は何処にも存在しません
いま、脱石炭火力発電が世界の潮流だとされていますが、それは、下記⓷するように、世界のエネルギー政策のなかに、地球環境保全(地球温暖化防止)の目的が入り込んで、世界のエネルギー政策の担当者が、何が何でも、地球温暖化の脅威を防ぐために、世界のCO2排出を削減しなければならないと思い込まされているからです。しかし、上記(⓵)したように、CO2の排出を削減しても、温暖化の脅威を防ぐことができるとの科学的な保証がないとともに、このCO2の排出削減の実施には、お金がかかります。お金をかけないでCO2の排出を削減できる方法は、私どもが提案するように、世界の全ての国が協力して、「化石燃料消費を節減する」以外にありません。したがって、化石燃料消費の具体策について、総合的に検討して、必要な対策を講じればよいのです。すなわち、石炭火力発電だけが、特に世界一発電効率の高い日本の石炭火力に対し、その使用を規制することには問題があります。以上、詳細は、私どもの主張(文献2 )をご参照下さい。
日本で用いられている石炭火力発電では、超臨界発電技術が用いられて、高い発電効率を持っています。すなわち、海外の石炭火力の発電量に対して化石燃料の消費量が少なくて済む、すなわち、CO2の排出量が少ないことになります。したがって、電力の生産における、この優れた日本の石炭火力の使用は、その使用量が、他国に較べて、相対的に、特に大きくない限り、世界の脱石炭化の潮流に逆らうものだとして非難される理由は存在しません。
エネ研データ(文献 1 )に記載のIEA(国際エネルギー機関)の世界の電源構成データから、世界および各国の火力発電の発電効率の値は、次式を用いて計算できます。
(火力発電の発電効率)=[(発電量 kWh) ×(860 kcal/kWh)]
/ (燃料投入量 (石油換算㌧)) ( 2 )
ただし、(石油換算算㌧) =107kcal
エネ研データ(文献 1 )の最新( 2020年)版に記載の2017年の値として計算した世界および各国の石炭火力の発電効率の値を表1 に示しました。
表 1 日本、世界および各国の石炭火力の発電効率の値、2017年の値、%
(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAデータの世界の電源構成のデータをもとに、本文中の( 2 ) 式を用いて計算、作成しました)
注; * 1 ;燃料投入量の単位は、(石油換算㌧)=107 kcal
この表 1 に示した発電効率の値は、それぞれの国がIEAに提出したデータをもとに計算したもので、精度には問題がありますが、日本の値が、他国に較べて、かなり高い値を示すことには間違いがありません。
次いで、同じエネ研データ(文献 1 ) から、世界および各国の石炭火力発電量の総発電量に対する比率 (%) の値を計算して表 2 に示しました。
表 2 世界および各国の石炭火力発電量のそれぞれの総発電量に占める比率、%、2017年
(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAデータの世界の電源構成の発電量データをもとに計算し作成しました)
注; *1;発電量の単位は TWh、 *2;石炭火力発電量の総発電量に占める比率% の略
この表 2 に見られるように、日本における石炭火力発電量の総発電量に対する比率が、他国に較べて、大きいとは言えません。さらに、表 1 に示した世界および日本の石炭火力の発電効率の値から、日本の石炭火力発電によるCO2排出量の世界に対する比率が、日本の石炭火力発電量の世界に対する比率に等しいとすると、その値は。僅か
352/9,863 =0.0347 = 3.47 %
にしかなりません。したがって、日本の石炭火力発電によるCO2の排出が、世界のCO2の排出に大きく寄与するとして、昨年(2019年)のCOP 25でバッシングを受ける理由はなかったのです。
さらに、来年(2021年)のCOP 26 に向けての日本の石炭火力発電バッシングのなかには、日本の石炭火力技術の世界、特に新興・途上国への輸出の問題もあります。しかし。この表2 に示す高い発電効率を持つ日本の技術を世界に輸出して世界の石炭火力発電効率を現在(2017年)の36.1 % から41.8 まで上げることができたと仮定すると、世界の石炭火力発電に必要な燃料石炭の量を、表 1に示す現状(2017年)の2,352(石油換算㌧)から、
2,352(石油換算㌧)×(0.418 – 0.360 ) = 136(石油換算㌧)
減少させたと同じことになります。この値は、2017年の日本の石炭火力発電用の燃料石炭の消費量 71.4 (石油換算㌧)の2 倍近い量になりますから、日本が石炭火力発電を全量排除した場合の2倍近いCO2排出量が削減できたことになるのです。
⓷ 日本のエネルギー基本計画が、エネルギー供給の安全保障を目的とするのであれば、エネルギーの使用での経済性(安価な石炭火力の使用)と、その利用目的が競合する温暖化防止(地球環境保全)対策としての「日本の脱石炭火力政策」を実施する必要はありません
日本のエネルギー供給政策を決める「エネルギー基本計画」は、3年ごとに更新されています。2018年につくられた第5次エネルギー基本計画は、資源エネルギー庁の資料(文献3 )に見られますように、3 E+Sを基本として、官僚主導で進められていると言ってよいでしょう。ここで、3 E とは、安定供給(Energy security)、経済性(Economic efficiency)、環境(Environment)で、S は安定供給(Safety supply)です。
いま、この3 Eの一つ経済性(Economy efficiency)の目的で、重要な役割を果たしている日本の石炭火力発電の利用が、3Eのもう一つの環境(Environment)を守る目的と矛盾するとして、排除されようとしている世界の潮流に、日本も乗らなければならないととして、日本だけでなく、世界のエネルギーの安全供給に重要な役割を果たしている日本の石炭火力発電が排除されようとしているのです。しかし、これでは、日本のエネルギー供給の在り方を決める基本計画が成り立たなくなります。これを言い換えると、3 年ごとに更新される次回の日本のエネルギー基本計画では、この世界の貧富の格差を解消し、世界平和に貢献している日本の石炭火力発電を守るために、第5次エネルギー基本計画のなかの環境保全(温暖化防止)の目的は排除されなければなりません。
環境保全(温暖化防止)目的が新しいエネルギー基本計画のなかから排除されるべきもう一つの重要な理由があります。それは、温暖化を防止するとしてCO2の排出削減を行っても、いま、IPCCが主張する地球大気温度が人類の生存を脅かすとされる気温上昇幅を2 ℃ 以下に抑えることができるとする科学的な保証が得られていないのです。また、もし、IPCCが主張する温暖化のCO2原因説が正しかったとしても、化石燃料資源の枯渇が迫っている現状で、米国や中国のようなエネルギー消費大国が経済力に任せて化石燃料資源を大量に採掘すれば、残された化石燃料資源に頼って経済成長を継続しようとしている新興・途上国の経済成長が阻止されて、世界における国際的な貧富の格差が現状以上に拡大します。
これを避ける唯一の方法は、私どもの近刊(文献2 )に記したように、地球上に残された化石燃料資源を、全ての国が、公平に分け合って大事に使うとの私どもが提案する「化石燃料消費の節減対策」を、いま、トランプ米大統領以外の全ての国の合意の下で進められている「パリ協定」における世界の全ての国の「CO2排出削減の目標値」を、私どもが提案する「化石燃料の節減目標値」に替えることを、 CGP 26 において日本の正式な提案として、その実施を世界のエネルギー政策の決定者にお願いすべきことを重ねて訴えさせて頂きます。
<引用文献>
- 日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2019、省エネルギーセンター、2008 ~ 2019年
- 久保田 宏、平田賢太郎;温暖化物語が終焉します いや終わらせなければなりません 化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります 電子出版 Amazon Kindle 版 2019 年、9月
- 資源エネルギー庁資料;2030年エネルギーミックス実現に向けた対応について―全体整理、平成30年3月
ABOUT THE AUTHOR
久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。
著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。
E-mail:biokubota@nifty.com
平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。
E-mail: kentaro.hirata@processint.com