化石燃料資源の枯渇が迫り、世界経済の成長が抑制されるなかで求められた日本の人口減少問題としての「少子化対策」の必要性が、人類にとってのもっと厳しい苦難をもたらしている「新型コロナウイルス問題」の発生によって不要となりました

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

(要約);

はじめに; 2025年までの子育て支援政策などの指針となる政府の新たな「少子化社会対策大綱(以下「少子化大綱」)」が閣議決定されました

⓵ 日本の「人口減少」が国力を削ぐとして、政治の問題とされていますが、この日本の人口減少の原因が解明されないままに、経済成長の指標となる「一人当たりの一次エネルギー消費」が減少するなかで、「人口減少」を防ぐための「少子化対策」が政治的に行われています

⓶ 政治権力を維持するために、経済成長を継続しようとする安倍政権は、「日本の人口減少」に歯止めをかけようとしていました。しかし、世界の経済成長を支えてきたエネルギー源の化石燃料資源が枯渇を迎えるなかでは、政策的に人口減少を制御することで、経済成長を導くことはできません

⓷ 日本経済を支えてきた生活と産業の保全が「新型コロナウイルス問題」により脅かされているなかでの「日本の人口」は、現状の自然の変化にまかせ、それに対応した適切なエネルギー政策を実行することで、世界各国と協力して、人類が平和な世界に生き残る道を探さなければならならないと考えるべきです

 

(解説本文);

 はじめに; 2025年までの子育て支援政策などの指針となる政府の新たな「少子化社会対策大綱(以下「少子化大綱」)」が閣議決定されました

朝日新聞(2020/6/3)の社説に、

少子化大綱 政権の本気度を示せ

の見出しで、安倍首相が「国難」と言っている日本の「少子化問題」を有効に解決する具体策の実行を政府に要求しています。この社説では、先ず、育児休業給付金や児童手当の拡充などが、財源の裏付けのないままに並べられていることが指摘されています。具体的には、5年前の少子化大綱に掲げられた育児教育の無償化では、その対策の実施のために予算が使われた結果、子育て世代が要求する保育園・幼稚園の待機児童の解消が実現されていないとの不満が出ていることが指摘されています。

実は、私どもの本稿は、今回の「少子化大綱」が発表される以前に書かれたもので、この本稿で私どもは、安倍政権が「少子化大綱」をつくるもとになっている、現在の日本の「人口減少の問題」について、どうして、それが起こったのか、今後どうなるのかを科学技術的な見地から、できるだけ定量的に解析した上で、安倍政権が進めている「人口減少問題を政策的に制御すべきではない」とする私どもの主張を提案させて頂きました。

 

⓵ 日本の「人口減少」が国力を削ぐとして、政治の問題とされていますが、この日本の人口減少の原因が解明されないままに、経済成長の指標となる「一人当たりの一次エネルギー消費」が減少するなかで、「人口減少」を防ぐための「少子化対策」が政治的に行われています

いま、日本の国力維持のためとして、日本の「人口減少」の問題が政治的に大きく注目されています。もちろん、これを、戦前の “産めよ増やせよ” の悪夢につなげて考える老人は少なくなっているとは思いますが、政治権力の維持のために日本経済の成長に懸命になっている安倍政権にとっては大きな問題になっています。

いま、日本における「人口減少」は、高度の経済成長の結果として、国民一人当たりの生活費が増加し、かつてのように、結婚しても夫の給料だけでは、ぜいたくな生活ができなくなったためと考えられます。それが、結婚年齢の上昇、未婚者の増加、さらには、共稼ぎの増加による単位夫婦当たりの子供の数の減少などのいわゆる「少子化」の問題として、政権を悩ませています。すなわち、いま起こっている「人口減少」が今後も継続すると、年金生活者の生活を支えなければならない労働人口が減少して、政権の維持にとって必要な経済成長の維持が阻害されることになるでしょう。これを心配している安倍政権は、幼児教育の無償化、託児所施設の増加などの「少子化対策」を行っていますが、その効果は思うようにあがっていないようです。

ところで、日本エネルギー経済研究所編;EDMCエネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データ(文献 1 )と略記)に記載の日本の近代化が始まった明治維新以降の「日本の人口」の長期データを示す図 1 に見られるように、この日本の人口減少が始まったのは、2007~2008年頃からで、つい最近のことです。

図 1 日本の人口の明治維新以降の年次変化(長期変動)

(エネ研データ(文献 1 )に記載の日本の各種経済指標(1871~2018年)のデータを用いて作成)

 

一方、同じエネ研データ(文献 1 )に記載の経済成長をもたらす指標と考えてもよい日本の「一人当たりの一次エネルギー消費」の年次変化を図 2 に示しました。この図 2 を図 1 と比較すると、いま、日本の人口減少が問題になっている今世紀初頭には、この経済成長の指標となっている「一人当たりの一次エネルギー消費」の値が、頭打ちになり、さらには減少し始めていることが判ります。すなわち、図 1 に示す明治維新以降から始まった日本の人口の急激な増加は、その初期においては、一次エネルギー消費の増加とともに起こっていますが、第 2 次大戦後の1950年以降の経済の高度成長以後の急速な「一人当たりの一次エネルギ―消費」の増加は、人口の増加を加速することが無く、この経済成長の増加に続いた成長の停滞が、今世紀に入っての図 1に示す人口減少につながったと見ることができます。

図 2  日本の「一人当たりの一次エネルギー消費」の年次変化 

(エネ研データ(文献 1 )に記載の一次エネルギー消費(1886~2018年)のデータをもとに作成)

 

したがって、いま、政府による「少子化対策」を必要としている日本の人口減少が、上記したように、高度経済成長後のその停滞によって起こったとしても、今後、どう変化していくのか、すなわち、この減少に政策的な歯止めをかけることができるのかどうかには、大きな不確定の要因があることが判ります。

以下、本稿では、先ず、この日本の最近の人口減少の原因について、経済成長を支配する「一人当たりの一次エネルギー消費」の年次変化と関連して、可能な限り定量的に、この人口問題について、解析・検討を加えたいと考えます。次いで、いま、日本だけでなく、世界の経済成長を大幅に抑制することになった「新型コロナウイルス問題」と関連して、今後の日本経済の成長の限界についても論じます。

 

政治権力を維持するために、経済成長を継続しようとする安倍政権は、「日本の人口減少」に歯止めをかけようとしていました。しかし、世界の経済成長を支えてきたエネルギー源の化石燃料資源が枯渇を迎えるなかでは、政策的に人口減少を制御することで、経済成長を導くことはできません

いま、安倍政権を悩ましている「日本の人口減少」の主な原因が、上記(⓵)したように、経済発展による生活の向上と産業の発展の継続の要請からの「一人当たりの一次エネルギー消費」の増加ではないかと考えられます。であれば、日本だけでなく多くの先進諸国でも、同様のことが起こってもよいはずです。

エネ研データ(文献 1 )に記載の「世界の人口」のデータから、2017年の人口の10年前の2007年の人口に対する比率(%)を、「2017年の人口増加比率(%)」として、人口減少の原因となっていると考えられる、それぞれの国の「一人当たりの一次エネルギー消費」の値に対してプロットして 図 3 に示しました。

図 3  各国の「一人当たりの一次エネルギー消費(石油換算㌧/人)」の値と、「2017年の人口増加比率(2017年の人口の2007年の人口に対する比率(%)で表しました)」の関係

(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAデータから、世界の「一人当たりの一次エネルギー消費」および「人口」のデータをもとに作成しました)

 

この図 3 の各国の経済成長の指標としては、「一人当たりの一次エネルギー消費(石油換算値)を用いました。 通常、各国の経済指標の値としては、それぞれの国の国内総生産(GDP)の値が用いられています。その国際的な比較では、世界の金融市場を支配している米国のドルを基準にして、国際間の為替レートを考慮した実質GDPの値が用いられています。しかし、この実質GDPの値と「一次エネルギー消費」の値の間には、図4 に示すような、国際金融市場の操作に関係した、説明困難な関係があるので、本稿では、世界各国の豊かさの指標としては、図 3 に示すように、GDPではなく、「一次エネルギー消費」の値を用いました。

図 4 各国の「一人当たりの一次エネルギー消費」と一人当たりの実質GDPの関係

(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAのデータから、世界の「一人当たりの一次エネルギー消費」および世界の実質GDPの値をもとに作成しました)

 

この図 3は、各国の経済成長の指標としての「一人当たりの一次エネルギー消費」の値が増加するにしたがって、「人口増加の比率(2017年の人口の2007年の人口に対する比率(%)で表しました)」が減少することを示していますが、日本より大きい「一人当たりの化石燃料消費」の値を示す米国、オーストラリア、ニュージーランドなどでは、人口減少が起こっておりません。むしろ、人口増加が継続しています。多分、これらの国では、移民による人口増加が、大きな比率で起こっているためではないかと考えられます。結局、現在、世界中で、実質的に人口減少が起こっているいる国は、日本以外にないことに注意すべきです。すなわち、いま始まったばかりの「日本における人口減少」に対応するとして、幼児教育の無償化などの「少子化対策」に国民のお金(税金)を使って(財政投資を行って)みても、その費用対効果は期待できないと考えられます。

 

⓷ 日本経済を支えてきた生活と産業の保全が「新型コロナウイルス問題」により脅かされているなかでの「日本の人口」は、現在の自然の変化にまかせ、それに対応した適切なエネルギー政策を適用することで、世界各国と協力して、平和な世界に生き残る道を探さなければならならないと考えるべきです

上記(⓶)したように、いま、日本の経済成長を維持するための人口減少をどうやったら止めることができるかは判っていません。一方で、現代文明社会の経済成長を支えてきたエネルギー源である化石燃料資源の枯渇が迫るなかでは、世界の経済成長が抑制されますから、結果として、世界の、そして各国の人口増加比率が減少することも予測されます。すなわち、経済成長が続いていた時の各国の「一人当たりの一次エネルギー消費」と「人口増加比率」の関係を示した図3とは逆のことが起こることも予測されるのです。この経済成長の減退を加速しているのが、いま、にわかに起こった「新型コロナウイルス問題(以下、「コロナ問題」と略記)」です。

この「コロナ問題」で、失業や休業を余儀なくされた人々を救済するためのお金が、政府により支給されようとしています。日本においても、多額のお金が、今年度の補正予算として、基礎的財政収支(プライマリーバランス)を無視して支出されようとしており、結果として大幅な国家財政の赤字が積み増されることになります。本来であれば、このようなプライマリ―バランスを無視した財政支出を規制しなければならない野党やメデイアも、政府と一緒になって、と言うよりは、政府の尻を叩いて、この「コロナ問題」での国民の生活や産業の支援のための財政支出を訴えています。この財政赤字の積み増しは、「コロナ問題」が収束しない限り続きますから、日本は、世界各国とも協力して、一刻も早く、この「コロナ問題」を収束させなければなりません。

幸運にも、この「コロナ問題」を収束することができたら、安倍首相が言うように、日本経済のV字回復ができるかと言うと、そうは行きません。それは、財政赤字の積み増しによる借金を返済するためには、経済成長を回復させなければなりませんが、経済成長のエネルギー資源の化石燃料のほぼすべてを輸入に依存しなければならない日本経済には、もはや、その余力はないと考えるべきです。

ところで、いま、安倍首相をはじめ多くの人が、化石燃料の代替のエネルギーを再生可能エネルギー(再エネ)の開発・利用に求めればよいと考えているようですが、それは大きな錯覚です。例えば、化石燃料を用いた火力発電で得られる電力の一次エネルギー換算値(産出エネルギー)は、この発電に使用する化石燃料の採掘・使用に必要な一次エネルギー消費(投入エネルギ)に較べて、はるかに大きな値を持ちますから、次式で与えられる

(火力発電のエネルギー有効利用比率)

= 1 ― (投入エネルギー)/(産出エネルギー)         ( 1 )

の値は95 % 以上の大きな値を取るのに対して、いま、地球温暖化対策を目的として、化石燃料の代替として開発利用されている再エネ電力では、( 1 ) 式と同様にして計算され(再エネ電量に有効利用比率)の値は、再エネ電力の種類により大きな違いがありますが、60 ~ 90 % と、火力発電の値に較べて、かなり低くなります。特に、日本で多用されている太陽光発電で、変動する出力を平滑化するための蓄電設備を併用する場合のエネルギー有効利用比率の値は60 % 程度にしかなりません。以上、詳細は私どもの著書(文献 2 )を参照して頂きますが、化石燃料の代わりに再エネ電力を用いなければならなくなったときの日本経済は、「コロナ問題」に苦しめられて積み上げると予想される大きな財政赤字(借金)を思うように返還できない苦難の時代が継続するのです。

結局は、第2次大戦後のように、インフレ政策によって、全ての国民の経済的な負担によって、この苦難を乗り越える以外になくなります。この苦難をできるだけ小さくするためには、一刻も早く「コロナ問題」を収束させて、赤字財政の支出額をできるだけ小さくすることが求められなければなりません。同時に、この「コロナ問題」に関連した生活と産業の維持に必要な財政支出をできるだけ少なくするために、緊急を要しない一般財政の支出を廃止することが求められるべきです。具体的には、安倍首相が訴える「コロナ問題」の収束後の経済の復興のために必要な資金の支出は廃止されるべきです。また、「コロナ問題」の収束のために要求された世界各国の協力と真っ向から対立する国家安全保障のための軍事費の増額も削減の対象とされるべきです。

さらには、本稿で問題にした人口減少問題に対処するための「少子化対策」に関連した財政支出も、削減の対象にならざるを得ません。すなわち、いま、人類にとって、人口減少問題より遥かに厳しい苦難をもたらす「コロナ問題」の発生によって、日本の「少子化対策」が不必要になったのです。

 

<引用文献>

  • 日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2019、省エネルギーセンター、2019年

久保田 宏、平田賢太郎 松田 智;「改訂・増補版」 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉 ― 科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する― 電子出版 Amazon Kindle 版 2018 年、2 月

 

ABOUT  THE  AUTHOR

久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。

著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail:biokubota@nifty.com

 

平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail: kentaro.hirata@processint.com

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