政府は科学技術的なトラブルで暗礁に乗り上げていた原発の使用済み核燃料廃棄物から再利用できる核燃料を取り出す再処理工場を造ろうとしています。しかし、3.11福島の過酷事故により稼働を停止していた原発を再稼動しなければ、再処理工場は必要ありません。

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

(要約):

⓵ 3.11福島の過酷事故により稼働を停止している原発を再稼動しなければ、原発の使用済み核燃廃棄物は、出てきませんから、この核燃料廃棄物から再利用できる核燃料を取り出す再処理工場を造る必要はありません

⓶ 3.11福島の過酷事故により原発電力が殆ど失われた状態で、わが国の電力は、化石燃料を用いた火力発電の電力量で賄われていますが、電力料金は上昇していませんから、稼働停止中の原発を再稼動する必要はありません

⓷ 新しい安全性基準をクリアして再稼動できる原発の発電量には大きな制約があります。原発を再稼動しなければ、使用済み核燃料は出てきませんから、その再処理は必要がありません

⓸ 核燃料サイクル政策の中核施設としての再処理工場の建設には、多額の国の財政支出の支援を必要としますが、いま、「新型コロナウイルス問題」で、危機にある日本経済には、その余裕がありません

 

(解説本文);

⓵ 3.11福島の過酷事故により稼働を停止している原発を再稼動しなければ、原発の使用済み核燃廃棄物は、出てきませんから、この核燃料廃棄物から再利用できる核燃料を取り出す再処理工場を造る必要はありません

 

朝日新聞(2020/05/14)は、

再処理工場 必要なのか

の見出しで、13日(2020年5月)に原子力規制委員会が、日本原燃株式会社(以下、原燃と略記)が六ケ所村に建設している核燃料廃棄物の再処理工場について、新規制基準に「適合」するとの審査書案を了承したことを報道すると同時に、この新基準に「適合」した再処理工場の稼働は、日本のエネルギー政策にとって必要がないことを主張しています。さらに、同日の朝日新聞の社説(以下「朝日社説(2020/5/14)」と略記)でも、

核燃料サイクル政策 理のない「国策」と決別を

と、この再処理工場建設の反対を訴えています。

以下、本稿で、私どもは、先ず、この「朝日社説(2020/5/14)」が主張するように、なぜ、この六ケ所村の再処理工場の稼働が、理のない「国策」として、その決別が求められなければならないのかについて、若干の私どもの解説を交えて述べさせて頂くとともに、それ以前の問題として、いま、政府が進めている、3.11福島の過酷事故により稼働を停止している原発の再稼動を強行しなければ、この再処理工場から使用済み核燃料廃棄物は出てきませんから、この再処理工場を造る必要がないとの私どもの主張を述べさせて頂きます。

現在、世界中で実用化されている原発(軽水炉)では、資源としての天然ウランの99.3 %を占めるウラン238は、エネルギー利用されていません。このウラン238を、高速中性子によってプルトニウム239に変換してエネルギー利用するのが、夢の原子炉とよばれる高速増殖炉です。この高速増殖炉が実用化されれば、人類にとって必要なエネルギーが半永久的に供給できるとされています。しかし、この高速増殖炉では、現用の軽水炉に較べて、出力密度が大きい炉心からの熱除去が必要とされるために、の冷却材として液体の金属ナトリウムが用いられますが、実験炉試験を経て、商用化の一歩手前の実証炉の「もんじゅ」が、ナトリウム漏れの事故を起こして廃炉になったために、この高速増殖炉の実用化開発が当分断念された状態にあります。

したがって、いま、政府が進める再生処理工場で抽出される、本来は高速増殖炉用の燃料として用いられるプルトニウムを、ウランと混合したMOX燃料として普通の原子炉で燃やすプルサーマルの技術が用いられようとしています。しかし、この方法の利用も思うように進んでおらず、プルトニウムを大量に消費するのが困難な状況にあります。

にも拘らず、すでに、日本は、英国やフランスに依頼して、再処理工場が稼働できないでいる日本の核燃料廃棄物から抽出したプルトニウムを、原爆約6千発分も所有しています。政府は、このプルトニウムが核兵器に転用されるのではとの国際社会からの批判を防ぐために、プルトニウムの保有量を、これ以上増加しないことを2018年に決めています。したがって、プルサーマルで消費される量以上のプルトニウムを再処理で製造することができないのです。これが、今回の「朝日社説(2020/1/14)」が、核燃料サイクル政策のための再処理工場の建設を、理のない「国策」だと批判する理由です。

ところで、日本のエネルギー需給政策において、原発の使用済み核燃料の再処理を行う必要がないことは、下記(⓶)に、私どもが主張するように、3.11 福島の過酷事故以降、安全性の確保の要請から稼動停止を余儀なくされている既設の原発を再稼動させなければ、使用済み廃棄物が出てきませんから、いま、政府が進めようとしているその再処理工場を造る必要がありません。すなわち、いま、多くの国民が反対している原発の再稼動を行わなければ、政府が「核燃料サイクル政策」として進めようとしている核燃料廃棄物の再処理の「国策」から決別できるのです。

さらには、下記(➂)するように、この再処理工場の建設と稼働には、多くの技術的な困難があるとともに、多額の費用が使われるので、国の資金援助が必要で、そのための国家財政の支出が求められます。この財政支出による財政赤字の積み増しが、いま、にわかに発生した「新型コロナウイルス問題」で大きな危機に陥っている日本経済には、その余裕がなくなっていることを付記しなければなりません。

 

⓶ 3.11福島の過酷事故により原発電力が殆ど失われた状態で、わが国の電力は、化石燃料を用いた火力発電の電力量で賄われていますが、電力料金は上昇していませんから、稼働停止中の原発を再稼動する必要はありません

3.11 福島の過酷事故の後、安全性を考慮して、稼働中の原発は、法律により決められている定期検査による稼働停止後、その再稼動が認められず、相次いで稼働停止に追い込まれました。日本エネルギー経済研究所編;EDMCエネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データ(文献 1 )と略記)に記載の「国内電力需給」のデータをもとに作成した図 1 に示すように、2011年以降、原発電力の発電量は、一時(2014年度)ゼロにまで落ち込みました。この間、失われた原発の発電量に相当する電力量は主として火力発電量の増加で賄われており、国内総発電量は、ほぼ一定値を保ち、生活と産業用の電力に不自由はしていません。

 図 1  国内電力種類別発電量の年次変化

(エネ研データ(文献1 )に記載の「国内電力需給」のデータをもとに作成)

 

いま、3.11福島の過酷事故により稼働を停止した原発の再稼動を進めようとしている旧電力会社を含む原子力村の住人とよばれる人々は、この図1に示す原発の代わりの火力発電量の増加で、火力発電の燃料として用いられる化石燃料の輸入金額が増加したと主張しています。しかし、それは、原発の再稼動を進めるための「ウソ」と考えてよいようです。

エネ研データ(文献 1 )に記載のIEA(国際エネルギー機関)のデータによる一部の主要国の電力料金(産業用)の値の最近の年次変化を図 2に示します。この各国の電力料金の値には、「再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT制度)」の適用による電力料金の値上がり分が入っています。すなわち、現在、発電量の主体を占めている火力発電用の化石燃料の代替としての再エネ電力の利用・拡大を目的としたFIT制度の適用では、この再エネ電力の生産が収益事業になるように、現状の発電コストより高い再エネ電力を、その実際の発電コストの値で配電事業者に買い取らせ、その差額を市販電力料金に上乗せして回収する仕組みができています。したがって、図 2 に見られるように、再エネ電力の導入量の多いドイツでは、電力料金の値上がりが大きくなっています。これに対して、日本では、未だ、再エネ電力の国内総発電量に対する比率が数%程度と小さいので、この再エネ電力へのFIT制度の適用による市販電力料金に及ぼす影響は余り大きくないはずです。すなわち、図 2 に示すように日本の電力料金は、乱高下があるもの2010以前と2011以後であまり変わっていません。これは、日本での原発電力と火力発電の発電コストが余り変わらないとしているためで、少なくとも現状では、原発の再稼動による国内電力料金の値下がりは期待できません。

図 2 主要各国の電力料金(産業用)の年次変化

(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAデータの「世界主要国の電力料金」データをもとに作成しました)

 

⓷ 新しい安全性基準をクリアして再稼動できる原発の発電量には大きな制約があります。原発を再稼動しなければ、使用済み核燃料は出てきませんから、その再処理は必要がありません

原発電力の発電コストは、原発設備の建設費に左右されます。したがって、原発電力の生産が収益事業として成立するためには、原発設備の建設費が、原発の法定使用年数 40年間で賄うことができるように、電力料金が決められることになります。すなわち、3.11福島の過酷事故によって稼働を停止した原発を、安全性に問題があるからとして再稼働させないでいると、原発電力の生産が収益事業として成立しません。それで、原発電力生産事業を行っている電力会社は、何とかして、稼働停止中の原発を再稼動させようとしているのです。しかし、再稼動した原発が3.11福島のような過酷事故を起こしたのでは元も子もありません。

そこで、政府は、新しい安全基準を設け、原子力規制員会がこの基準に合格したと認めた原発について、順次、その再稼動を認めるとしています。しかし、この新しい安全基準を満たした原発の再稼動のためには、既存の原発に多額の設備建設費を付加する必要が生ずるために、残された法定使用年数の再稼動が実現しても、採算が取れなくなる原発があるために、政府は、原発の法定使用年数を20年延長しています。しかし、それでも再稼動の採算が合わないとして、3.11以前に54基あった原発の4割に近い約20基が廃炉に追い込まれようとしています。

さらには、新しい基準に合格した原発でも安全性を認めるわけにはいかないとする地元住民らによる再稼動の差し止めを求め裁判の影響もあり、2015年度以降の再稼動原発による発電量は、図1に示すように余り伸びていません。2018年度の再稼動原発の発電量は、国内総発電量の僅か3.9 % に止まっています。

ところで、1990年代以降の原発電力の利用の主な目的は、やがて枯渇する化石燃料の代替から、地球温暖化防止のための温室効果ガス(その主体は二酸化炭素(CO2)で、以下CO2と略記)を排出しないためと変わってきましたから、その同じ目的に、再エネ電力が使えれば、安全性に問題のある原発電力の再稼動は不要だったはずです。それを、現状では、再エネ電力の発電コストが、原発電力より高いために、その利用量の拡大が思うように進まないとして、IPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)が主張する2030年の地  球温暖化防止のCO2排出の削減目標に合うようにと決められたのが、日本のエネルギー基本計画における電源構成のなかの原発電力の総発電量に対する比率の20 ~ 22 %なのです。しかし、現在、世界のCO2排出量の3.5 % 程度しか排出していない日本がCO2の排出量を減らすとして、危険で発電コストの高い原発の再稼動電力を使っても、温暖化を防止できるようなCO2の排出は削減できないのです。

世界のCO2排出を削減する方法、それは、唯一、私どもが提案する、世界の化石燃料消費量の今世紀いっぱいの平均値を、2012年の排出量に等しくすれはよいのです。具体的には、世界の全ての国の一人当たりの化石燃料書費量を2012年の世界平均の値にします。ただし、この一人当たり化石燃料消費量の2050年の各国の目標値は、それぞれの国の2050年の2012年に対する人口の増減に対応した補正を行います。この私どもの「化石燃料消費の節減対策」案を、いま、トランプ大統領以外の全ての国の合意で進められている「パリ協定」の各国のCO2排出削減目標に代えて頂ければ、 IPCCが主張するCO2に起因する地球温暖化の脅威は防止できるのです。

以上の詳細については、私どもの近著(文献 2 )をご参照頂きますが、いま、大きな社会問題になっている地球温暖化の脅威を防ぐための原発電力利用の必要が無ければ、原発の再稼動は必要はありませんし、原発を再稼動させなければ、核燃料廃棄物の再処理は必要が無いのです。

 

⓸ 核燃料サイクル政策の中核施設としての再処理工場の建設には、多額の国の財政支出の支援を必要としますが、いま、「新型コロナウイルス問題」で、危機にある日本経済には、その余裕がありません

「朝日社説(2020/5/14)」では、経済性の面でも、「核燃料サイクル政策」にこだわるのは不利益が大きいとしています。すなわち、六ケ所村の再処理工場の建設費は当初の4倍の2.9兆円に膨らみ、今後の運転や廃止措置を含む総事業費は14兆円近くになるとされています。すでに、先進諸国の多くは核燃料サイクルは割に合わないとして撤退しています。

それでも、日本が、この多額の事業費を必要とする核燃料サイクル政策の中核施設である再処理工場の建設を断念できないのは、本稿のはじめ(⓵)に引用した朝日新聞(2020/5/14)の解説によれば、この再処理工場の建設事業者の原燃が、青森県および六ケ所村との間で、「再処理事業が著しく困難になった場合は、使用済み核燃料の施設外への搬出の措置を講ずる」との覚書を結んでいるためとされています。したがって、再処理工場の建設を中止すれば、再処理工場のプール内に保管されている使用済み核燃料が各電力会社に返還されることになりますが、各地の原発では、燃料の保管場所が逼迫しており、原発の再稼動ができなくなります。もちろん、この再処理工場の建設を進めるための資金を国が支援することも考えられますが、今年に入ってから突然起こった「新型コロナウイルス問題」で、感染を防止するための3密の回避での国民への「外出自粛要請」に対する「休、失業補償対策」として、基礎的財政収支(プライマリーバランス)を無視して、多額の財政支出が行われており、これにより大きな財政赤字の積み増しが行われているのが現状です。

このように、進むも地獄、退くも地獄の状態にある、この再処理工場の安全対策についての新基準への適合を認める審査書案を原子力規制委員会が了承したことは、地元の六ケ所村に、再処理工場稼働への期待とともに、それが中止される不安とが交錯しているようです。人口約1万の村内の就労人口の1/2が原燃関係の仕事に従事しているとの現実から、原燃は、この再処理事業撤退後、例えば、現存の核燃料廃棄物の安全な貯留事業を継続することなどで、村民の雇用を確保する責任があると考えます。

 

<引用文献>

  1. 日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2019、省エネルギーセンター、2019年
  2. 久保田 宏、平田賢太郎;温暖化物語が終焉します いや終わらせなければなりません 化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります 電子出版 Amazon Kindle 版 2019 年、9 月

 

ABOUT  THE  AUTHOR

久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。

著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail:biokubota@nifty.com

 

平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail: kentaro.hirata@processint.com

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