日本の エネルギー政策の混迷を正す(その2) 化石燃料の枯渇がもたらす成長の終焉のなかで生きることが、日本の、世界のエネルギー政策の基本でなければなりません

東京工業大学名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田賢太郎 

(要約);

① 日本において、一人当たりの一次エネルギー消費(供給)量に限界が見えるようになり、経済成長の指標となる実質GDPが増加しなくなりました。

② 一人当たりの実質GDPの値と、この値を支配する一人当たりの一次エネルギー消費量との相関を調べてみると、国の経済成長の度合いに応じて、三つの段階があることが注目されなければなりません

③ 先進国(OECD 35)と途上国(非OECD)の経済成長の違いが、両者の一人当たりの一次エネルギー消費の値に大きな違いをもたらしています。この先進国と途上国の間の一次エネルギー消費の大きな違いが、今後の日本の、世界のエネルギー政策の在り方に大きな影響を与えることになります

④ 先進国と途上国の一人当たりの化石燃料消費の値の大きな違いが、両者の一人当たりの実質GDPの違いを、したがって貧富の格差を拡大させて、世界平和の侵害を招いています。この貧富の格差の解消が、先ず求められなければなりません

⑤ 化石燃料枯渇後の再生可能エネルギー(再エネ)のみに依存する社会(世界)では、現状の化石燃料に依存する社会に較べて大幅に経済成長が抑制されます。この再エネのみに依存する成長抑制社会に生き残ることが、今後の日本の、世界のエネルギー政策の基本でなければなりません

 

(解説本文);

① 日本において、一人当たりの一次エネルギー消費(供給)量に限界が見えるようになり、経済成長の指標となる実質GDPが増加しなくなりました。

日本エネルギー経済研究所編のEDMCエネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データ(文献1 )と略記)から、日本における一人当たりの石油資源量換算の一次エネルギー消費と、経済成長の指標となる一人当たりの実質GDP、および原油輸入CIF価格(ドル建て)の年次変化を図1に示しました。ここで、実質GDPとは、為替レートを考慮して、いま世界の基準通貨となっている米ドルで表した国内総生産(GDP)の値です。この実質GDPの値と、化石燃料(石油)資源量換算の一人当たりの一次エネルギー消費の年次変化とは、ほぼ比例関係があるように見ることができます。すなわち、図1 に見られるように、化石燃料(石油)資源量が枯渇に近づき、図1に同時に示した原油輸入CIF価格(産地の出荷価格に運賃と保険料を加算した値)が高騰して、石油換算量で表わした一次エネルギー消費(供給)量が、2000年度以降、減少傾向に入り、実質GDPの値も増加しなくなってきていることが判ります。

注;年号について、原油の輸入CIF価格では、年でなく年度になっています

図 1 日本における原油輸入CIF価格(ドル建て)、一人当たりの一次エネルギー消費および一人当たりの実質GDPの年次変化(エネ研データ(文献1 )に記載のデータをもとに作成)

 

ただし、エネルギー資源として重要な役割を果す原油の輸入CIF価格は、図1 に見られるように大きく変動しています。1980年度前後の原油価格の変動は、世界の石油の主要な生産地の中東における軍事紛争に伴う原油供給量の一時的な低下に伴うものでした。この石油危機時に較べて、2005 ~ 2014年度の原油価格の高騰は、図1 に見られるように、はるかに大きな値を示しましたが、その原因は、石油資源の枯渇が近づくなかで、原油が投機の対象となり、先物市場の商品にされたせいでした。しかし、石油危機後、しばらく続いた原油価格が安定していたなかで、政策的なデフレ対策としての景気浮揚が求められていた時期と重なったために、このバレル100ドルを超す異常高値は、余り大きな問題にはなりませんでした。

それどころが、デフレ対策のための「アベノミクスの物価2 %の上昇」を目標にしていた安倍政権にとっては、この原油価格の上昇は、むしろ好都合だったのではないかと思われます。国内景気の回復のための大幅な金融緩和政策による円安誘導での原油輸入価格の上昇と、この原油の金融投機市場における値上がりとが一緒にされ、「物価2%上昇」の政策目標が達成できなかったのが、2015年度の原油価格の急落のためだとの日銀総裁の釈明の材料にされました。ということは、この原油価格の異常高騰とその後の急落の原因が、いま、起こっている資本主義社会における経済成長の終焉による結果であったことを認識できなかった方が、「アベノミックスのさらなる成長」政策の指揮をとっていることになります。すなわち、この国の経済政策の指導者は、いままで経済成長を支えてきたエネルギー源の化石燃料(石油)の枯渇が迫って、それによる輸入価格の変動が日本経済に大きな影響を与えていることを認識しておられないこという、私ども科学技術者からみて、驚くべきことを示していることになり、日本のエネルギー政策の基本計画には、大きな懸念があることを示していると言わざるを得ません。恐ろしいことです。

 

② 一人当たりの実質GDPの値と、この値を支配する一人当たりの一次エネルギー消費量との相関を調べてみると、国の経済成長の度合いに応じて、三つの段階があることが注目されなければなりません

上記(①)図1に示す化石燃料(石油)換算資源量で表わされる一人当たりの一次エネルギー消費と一人当たりの実質GDPの値の相関の年次変化を図2 に示して見ました。この 図2に見られるように、一次エネルギー消費と実質GDPの相関には、経済発展の度合いに応じて、3っつの段階があることが判ります。すなわち、一人当たりの一次エネルギー消費の値が小さい間は、実質GDPの値は、一次エネルギー消費にほぼ比例していました(第1段階)が、一次エネルギー消費が余り増加しなくなっても、GDPの値は増加を続けました(第2段階)。さらには、化石燃料の枯渇が言われるようになり、一次エネルギー消費が減少するようになって、GDPの増加が止るようになりました(第3 段階)。

注; 図中のプロットの値は、図の左下の1950年から5年毎の値です。ただし。年度でなく年です。また、2011年以降2016年までは、各年の値です。

日本における「一次エネルギー消費」と「実質GDP」の相関(エネ研データ(文献1 )に記載のデータをもとに作成)

 

何故、こんなことが起こるしょうか? それには、先ず、一次エネルギー消費(あるいは供給)の値が、いま、経済成長を支えている化石燃料資源量換算で与えられていることに注目する必要があります。すなわち、エネ研データ(文献1 )に記載のIEA(国際エネルギー機関)の一次エネルギー消費量の単位は「石油換算トン」で与えられています。これは、国内データで用いられている一次エネルギー消費量の単位kcal の値と次のような関係があります。

1 toe(石油換算トン)= 107 kcal、 1 Moe(石油換算)=1013 kcal

この図 2 に見られる、日本における一次エネルギー消費とGDPの相関は、経済の発展に伴って、エネルギーとしての化石燃料資源を使わないで、お金を儲ける(GDPを引き上げる)ことのできる仕組みがつくられて行った(第2段階)ことを示していると考えてよいと思います。具体的には、科学技術の進歩に伴うエネルギーの使用効率の向上がありますが、より、手っ取り早く行うことができたのは、一次エネルギー消費の大きい産業を途上国に移転することでした。これは、移転先の途上国にとっては雇用の促進に繋がる経済的なメリットがあるだけでなく、日本にとっても、安価な労働力を使うことのできる利点がありました。しかし、このような産業構造の改変にも、限界が見えてきたのが、図2 における第3 段階。すなわち、一次エネルギー消費の減少のなかでのGDPの伸びの停滞です。

この一次エネルギー消費と実質GDPの関係は、世界のなかでも見ることができます。すなわち、図2 と同様のプロットを、先進国(OECD 35)、途上国(非OECD)について行ってみました。また、参考として世界の値も示しました。これが図3 です。ただし、図2の国内の一次エネルギー消費と、図 3 のIEAの一次エネルギー消費は、その値を求める方法が違っていますから、正確な量的な比較はできません。

それはさておいて、この図3から、日本を含むOECD 35と、非OECDの経済発展の状況には、非常に大きな違いがあることが判ります。すなわち、1971年以降、現在(2015年)まで、OECO35では、成長の第1、第2段階を経て、第3段階に入っているのに対し、非OECDでは、未だ、第1 段階にあると見てよさそうです。したがって、世界各国のエネルギー政策を考えるとき、この国別の成長の度合いの違いが考慮されなければなりません。

注; 図中のプロットの値は、非OECD、世界、OECD 35それぞれについて、1971, 1973, 1980、1990、2000、2005、2010、2015、2016年の値です

世界における一次エネルギー消費とGDPの相関(エネ研データ(文献1 )に記載のIEAデータをもとに作成)

 

③ 先進国(OECD 35)と途上国(非OECD)の経済成長の違いが、両者の一人当たりの一次エネルギー消費の値に大きな違いをもたらしています。この先進国と途上国の間の一次エネルギー消費の大きな違いが、今後の日本の、世界のエネルギー政策の在り方に大きな影響を与えることになります

いま、日本だけでなく、世界の全ての国のエネルギー政策にとって大事なことは、上記(①)図1に化石燃料(石油)について示したように、その枯渇が近づき、その国際市場価格が年次上昇する化石燃料資源の使用の問題にどう対処するかです。いままで、経済成長を支えてきた有限の資源量を持つ世界の化石燃料の消費量は、図4に示すように、年次増加を継続しています。

4 OECD 35 、非OECD および世界の化石燃料消費量の年次変化

(エネ研データ(文献1 )に記載のIEAデータをもとに作成)

 

しかし、この図4に同時に示した先進諸国(OECD 35)の化石燃料消費の値は、2000年頃をピークとして減少に転じています。これは、OECD 35諸国における経済成長が、上記(③)の図3に示したように、その第3 段階に入っているからです。すなわち、産業におけるエネルギー利用効率の上昇と、エネルギー消費の大きい産業の途上国への移転などが、その原因として挙げられますが、より根本的な原因として、国民の多くの成長意欲の減退が挙げられます。これが、いま、日本で、「アベノミクスのさらなる成長」のための政府によるデフレ対策としての「物価の2 %アップの経済政策目標」が達成できない原因にもなっています。さらに、この平均的な国民の成長意欲の減退は、図4に示すOECD 35の化石燃料消費量を人口で割った一人当たりの化石燃料消費量の年次変化を表わした図5に、より顕著に現れています。すなわち、日本を含むOECD35に所属する先進諸国の国民の多くは、経済成長に促される個人消費の増加よりは、安定な年金や、医療制度など、福祉政策の充実にお金が使われることを望むようになってきているのではないでしょうか?

図 5 OECD 35、非OECD および世界の一人当たりの化石燃料消費の年次変化

(エネ研データ(文献1 )に記載のIEAデータをもとに作成)

 

これに対して、同じ図4に示す非OECD(途上国)の化石燃料消費量の2000年ごろからの急速な増加は、主として人口の多い中国の最近の高度経済成長によるエネルギー消費の増大によるところが大きいのですが、一人当たりの化石燃料消費の値では、図5に見られるように、OECD 35 に較べれば、未だ、余りにも大きな違いがあります。この先進諸国と途上国との間の化石燃料消費量の大きな違いが、今後の世界各国のエネルギー政策の在り方に大きな影響を与えると考えるべきです。

 

④ 先進国と途上国の一人当たりの化石燃料消費の値の大きな違いが、両者の一人当たりの実質GDPの違いを、したがって貧富の格差を拡大させて、世界平和の侵害を招いています。この貧富の格差の解消が、先ず求められなければなりません

経済成長のエネルギーを供給している化石燃料消費の一人当たりの値のOECD 35と非OECDの大きな違いは、経済成長の指標として用いられる一人当たりの実質GDPの値の年次変化を示す図6に、よりはっきり見ることができます。それは、上記(②)の図3に示したように、先進諸国(OECD35)では、エネルギーとしての化石燃料消費が少なくとも成長できる仕組みができているからです。

6 OECD 35、非OECDおよび世界の一人当たりの実質GDPの年次変化(エネ研データ(文献1 )に記載のIEAデータをもとに作成)

 

結果として、2015年の値で、世界の人口比率が17.4 % しか占めないOECD 35 が、世界の実質GDPの60.6 %を占めています(エネ研データ(文献1)に記載のIEAデータから)。この 図6に示す値は、OECD 35および非OECD内の平均値ですから、OECD 35のなかの豊かな国と、非OECDのなかの貧しい国の間の格差はさらに大きくなります。

さらには、同じ国のなかにも大きな貧富の格差があります。この貧富の格差が、いま、宗教と結びついて、アルカイダに始まりISに至る国際テロ戦争をもたらし、世界の平和を侵害しています。これを軍事力で押さえつけることは、本当の解決にはなりません。

この貧富の格差の解消を可能にする唯一の方法は、世界の経済成長を支えてきた、地球上に残された化石燃料資源を、今世紀いっぱい、地球上の全ての国が公平に分け合って大事に使うとする私どもの提案を実行することです(私どもの近刊(文献2 )参照)。

 

⑤ 化石燃料枯渇後の再生可能エネルギー(再エネ)のみに依存する社会(世界)では、現状の化石燃料に依存する社会に較べて大幅に経済成長が抑制されます。この再エネのみに依存する成長抑制社会に生き残ることが、今後の日本の、世界のエネルギー政策の基本でなければなりません

いままで日本の、世界の経済成長を支えてきた化石燃料は、やがて、確実に枯渇する日がやって来ます。この化石燃料資源の枯渇後の社会(世界)に生き延びるには、化石燃料の代替として、風力や太陽光、地熱などの新エネルギーと呼ばれる国産の再生可能エネルギー(再エネ)に依存する社会に移行せざるを得ません。しかし、この再エネのみに依存する社会は、現在の化石燃料主体のエネルギーに依存する社会(世界)に較べて、経済成長が大幅に抑制される世界です。この厳しい現実を認識し、対応することが、化石燃料の枯渇後の経済成長が抑制される世界に生き残るための日本の、そして世界のエネルギー政策の基本でなければなりません。詳細については、私どもの近刊(文献2)をご参照ください。

 

<引用文献>

1、日本エネルギー・経済研究所計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2018年版、省エネセンター、2018年

2.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する――電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月

ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

 

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