海水ウランは資源になりうるのか

エントロピーからの問題意識
最近、海水中のウランを採集するための、実用的に極めて有望な捕集材が開発された、との報道(日経ビジネス2010/12/14 など)が目に付く。
海水中のウランは、海水1kgあたり3.3×10-9kgにまで拡散されている物質で、エントロピーが非常に高い状態にある。これをエントロピーの低い状態に、人工的に濃集して資源化するには、大量のエネルギー、あるいはお金が必要なではないかと考えるのが普通である。
膨大なエネルギーとお金をかけて、海水ウランを資源化し、電気エネルギーを得ようとしても、EPRは低いのではないか。海水ウラン利用が文明を支えるエネルギーの一部を担えるのは、安くて、EPRが高い場合だけであり、石油ピークが進行し高騰する時代に、海水ウランにそれが可能であろうか。
そのような問題意識で、海水ウランの研究者でない素人であるが、日経ビジネス2010/12/14 の日本原子力研究開発機構の関連記事のなかのデータ等をもとにして、実用可能性の検討を試みた。細部はともかくとして、基本的な考え方のところで、ご指摘いただければありがたい。
海水ウラン捕集の原理概要

 海水中のウラン採集のための有望な捕集材の仕掛けは、以下のように説明されている。

 捕集材は、ポリエチレン繊維の不織布に放射線を照射してアクリロニトリルをグラフト重合させ、これにアミドキシム基をつけたもの。この2つのアミドキシム基で海水中の1個の炭酸ウラニルイオン(ウラン酸化物と炭酸イオンの錯体)を挟むようにして捕らえるという仕掛けになっている。
 日経ビジネス2010/12/14 の記事が伝える試算によれば、捕集材1本の長さを60メートルとして、1回の係留期間を60日、年5回係留によって、捕集材1キログラム当たりのウラン回収量を年間2グラム可能である。そして、海底の深さが約100メートルの海域に少なくとも173万本の捕集材を係留すると、年間1200トン(1.2×109グラム)のウランが捕集できるという。 従って、捕集材の総量は、6×108kgとなり、捕集材1本当りの年間ウラン回収量は693グラム、長さ60mの捕集材1本の重量=6×108kg /1,730,000=347kg(1m長あたり:5.78kg)となる。
ウラン1kg回収の捕集材コストは、捕集材を8回再利用の場合、32,000円と、現在、見込まれている。すると、年間1200トンのウランの回収の捕集材コスト3.2×104×1.2×106kg
=3.84×1010円~400億円である。

 机上での海水ウラン捕集設計とその問題点
日経ビジネス記事他によると、捕集材の比重は海水と同じ。捕集材1本の長さは60メートル、係留間隔は8メートルで可能とのこと。係留方法は、捕集材をアンカーで海底に着底し、アタマにブイをつけて浮遊係留させる方式である。係留間隔8mで173万本の捕集材を配置するには、水深100m程度の海域に、13.84km×8km規模の係留面積が最小に必要である。
しかし、173万本の捕集材の投入・回収を多数の作業船で、連続的、長期的に行うことになり、その航走、停船、転回を含むスムーズな作業を考えると、捕集材の係留間隔8mではとても無理であり、50m間隔は必要であろう。その場合、係留面積は、87km×50kmという、広大な海域を占めることになり、船舶航行、漁業活動の大きな障害になろう。
173万本の捕集材の投入・回収を50日で行うと仮定するする。あとの10日は、出港準備、捕集材整備、動復員日とする。作業船1隻・1日あたり50本の回収・投入とすると、作業船692隻が必要。傭船料金50万円/日×365日借上げ=1,200億円。しかし、IEA試算をもとに、2015年以降、石油減耗が進むと、重油が大幅に高騰するだろうし、重油不足で出航できないリスクが十分ある。
海水ウラン捕集作業の現実的な問題

173万本の捕集材で間に合うであろうか。水温が年中20℃以上の日本の太平洋側、とりわけ適地の沖縄海域は、台風、低気圧による荒天、荒波の期間が多い。このような海域での作業において、配置した捕集材の破損・制御不能な場合、回収・投入作業が不能な場合等を計算にいれるべきで、それを見越して、捕集材設置の増加(例えば、20%)、待機傭船数の増加(例えば20%)必要であろう。
  年間1200トンのウラン回収の捕集材コスト、および8m間隔配列の173万本捕集材の投入・回収の海上作業費の合計は、約1,600億円である。しかし、これは理想的な最低コストだと思われる。この20%増しで1,920億円。操業の現実性から50m間隔配列、重油の高騰、品不足に対する手当てを加味すると、5,000億円をくだらないのではないだろうか。

海水ウランとウラン取引価格

このようにして、海水中に拡散した高エントロピーウランは三炭酸ウラニルの形で捕集材に付着する。これを精錬工場に搬送し、精製して、イエローケーキ(重ウラン酸アンモニウム)が得られて初めて、陸産ウラン鉱のイエローケーキと争う国際取引の対象となる。
 ウラン取引価格は急騰している。2010年11月初旬のスポット価格(イエローケーキの転換工場渡し)は1ポンド58.5ドル、即ち1kgで130ドルである。すると、1200トンは、1.5億ドル=150億円ということになる。海水ウランは、この市場価格と競争することになる。石油減耗の時代であり、「そのうち技術で何とかなる」では済まない価格格差であると思うが、いかがであろうか。

代替エネルギーの可否を占うエントロピー
有限な石油がいよいよ制約の時代。代替可能なエネルギー・資源を見出す努力は重要である。しかし、拡散した物質を濃集すること、人工的にエントロピー減少させるプロセスには、思いがけなく多量のエネルギー、お金がかかることをわきまえるべきであろう。
このあたりの事業仕分けの基準がしっかりしていないと、有限な国費等の浪費、優秀な頭脳の浪費に繋がってしまう。

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