改めて「危機突破の戦略」

 国家戦略も企業戦略も、ある種の継続的な環境―たとえそれが複雑さを増し、不確実性が避けられなくとも―への信頼性を基本にして考えるという枠を、なかなか超越することができない。勿論、変化の時代、イノベーションの重要な時代として認識されていたにもかかわらずである。経済危機は、金融と実体経済の相違を楽々と乗り越えた。しかも、金融工学という現在考えられる最高レベルのリスク分散の科学を駆使した結果であった。経済の崩壊は極めて早い影響を国際的に与え、実体経済もこれまでの打ち手をなくして、当面の人件費や経費削減に追われ、国家も経済再生のための資金注入政策やセイフティー政策を緊急に行いつつ、環境関連投資等、次世代のイノベーションに向けて、転換しているのが実情である。しかし、こうした危機は、新たな機会であることも事実である。経済危機によってもたらされた緊張の結果、これまでのコアとなる諸活動の継続が絶たれるが、一方危機の結果もたらされる状態を乗り越えながら、新たな転換や新たな環境変化や新しい芽が起こる。経済危機の起こる以前から、石油ピーク問題があり、現在の生産システムによる需要の拡大が石油生産量を越えており、石油価格の高騰をもたらし、同様に希少資源や穀物の価格高騰等有限資源の危機的な状態や温暖化等の気候変動問題、世界人口の増加による食糧問題等底流にはいくつかの世界的な課題を内包した時代でもある。その点を踏まえて、経済危機以前から、世界的には、イノベーション政策、イノベーション戦略の重要性が検討され、時代を乗り切るためには、新たな変革や知の再編が緊急であった。米国の科学技術や新規事業への重点投資や人材育成投資、EC統合等の新たな市場創出やアジアの高付加価値産業育成や事業の重点投資等すでに長期視点に立って、戦略の展開がなされていた。我が国も当然長期視点の上で、政策や戦略の転換がなされなくてはならなかったのである。
その前提の上で経済危機の克服を踏まえて、危機突破の構造を再構築する上で、検討するべき戦略は、
1.有限資源国家として、持続的な成長を可能にする有限資源の最適活用による低エネルギー社会の実現と
高付加価値産業の創出とその転換である。
石油、エネルギー源、希少資源等の使用の最小化・最適化を進め、自然エネルギーや再生エネルギーの開発を推し進め、我が国全体が低エネルギー社会の実現を図ることである。
我が国の知恵の技術である資産を発掘し、また再開発を行い、生活全般の低エネルギー社会への展開を強化することが重要になる。ものづくりの現場においても低エネルギー生産システムや設計段階からの低エネルギー製品開発、リサイクル条件を加味したものづくりや生産輸送システム等重点的な開発が必要である。さらに中国、インド等アジアの発展途上国の展開は迅速で、これに対応するためには「限界突破型」の新たな高付加価値技術事業(環境技術、省資源技術、ナノスケール商品技術、画像・制御・インターフェイス等きめ細かな感性置換技術、微細加工技術、再生医療技術、脳機能解明技術、ITC技術及び応用技術、知の統合領域技術等)の創出や顧客への価値を創造する「持て成し」や「気遣い」等日本人の特性を基本とするサービス産業や、その生産性高度化を含めての世界競争戦略としての産業育成等、国民の付加価値を高め、雇用と安定を図る産業・事業の創出が急務である。さらに、知識社会を構成する高度な知を活用するソフトやコンサルティング等の専門知識産業の創出である。専門知識は、農業や林業等第一次産業での新たな科学技術の活用等産業全般に亘るものであり、有機的な産業の知の連携が必要になってくる。この産業連携は新たな産業連関表を基本にして、知のトランスファープログラムとして強化実行していく必要がある。このような社会インフラや産業転換を産官学が一体となって推進していく必要がある。
2.豊かな自然資源の再開発と豊かに生きる生活の連携をする。
我が国は、世界的にも自然資源を比較して、大きな資産を保有している。取り囲む海洋を含めて、新たな国土開発をすることが重要である。現在海洋国家としての体系的な開発もまたそのための教育体系も存在しない。個別の開発のみではなく、海と陸が一体となっての整備計画等が必要になっている。我が国は、森や山や海等美しい景観に恵まれ、四季折々の変化も豊かで、気候の温暖な風土である。こうした、豊かさは、人工的には作りえないものであり、そこに育まれた風土は、人類の財産である。しかし、戦後こうした日本の美しさを認識し、国民の豊かな生活基盤の構築の視点を欠いた国土計画でしかなかった。環境問題や自給率問題及び資本主義の弊害が叫ばれる今日、取り戻す価値として豊かな自然資源を地域のあり方を含めて、再開発するべきである。しかも開発の基本は、経済成長を第一義とするのではなく、自然資源と人生の価値を目標とするものでなくてはならない。現在国土総合計画は存在しないが、政権交代を機会に、海洋開発を含めて、各地域の自然資源の再評価と自然資源を国民の新たな長期的投資対象の資産として位置づけ、都市及び地域との連携や生活ネットワークを定着させ、将来は都市からの移住を推進することで、生命圏エリアを創造し、広域社会インフラネットワークとして、新たな生活基盤形成及び新たな文化の特性を醸成する場として確立させる必要がある。また地場産業を新たな科学技術連携を含めて形成し、生活と研究及び産業の両立可能な「知恵技術広域創造圏」として、再構成することを実施する。高齢社会での地域の衰退を、経済的な衰退にとらわれることなく、自然資源を豊かに活用する生活圏として捉え直し、自立したコミュニティーの実現を行う。
そこでは、インターネットを駆使した情報交換、遠隔医療システムによる健康診断や維持、Eラーニングでのキャリア教育や新たな職業の指導と創出、TV会議システム等世界的な知の交換、自然エネルギーを動力とする社会インフラシステム、コミュニティー別の交流の場や未来課題解決のためのフューチャーセンター、スポーツやアミューズメントを通しての年齢を超えた交流や相互教育、若年層の多様な教育の実践と創造性開発の思考土壌の構築等、新たな多様な社会観の共生する構造が、生きる意味合いを深め、豊かさの目標や意義を深めることで、なお一層長期的な危機対応能力を強化することが可能になる。国民ひとりひとりの自立こそ、本質的な危機突破への建設的な目標設定と実現の能力を高めることになるのである。
3.さらに、教育の変革と人材の育成を本格的に進める。
 危機突破を行うためには、これまでのパラダイムを変革する発想と実行する意思や志が大きな梃になる。我
が国の教育は、基本的には底上げであり、平均化した人材育成を目標にしてきた。しかし今後の環境激変下の教育は、未来課題に対して、新たな解決策を発見し続ける能力や執念、既成の専門分野や既成の学問体系のみでなく、異質な知を融合する能力や再構成する創造的な体系化の能力が必要になる。したがって、初等教育から本質的なものを見抜く能力、比較検討し自ら結論を導くための情報収集と分析能力、多様な思考が存在し、その多様性が現実の現象を解決する的確性を見極める能力、異なる意見を交換しながら説得性のある結論に導く能力、国際的な知の交換に必要な基礎的な教養、歴史観や哲学や芸術に対する志向能力等をカリキュラムとして編成し直し、中等、高等教育では、自らの研究の深堀や大学教育と連携した新たな学的成果のトランスファー等常に知的好奇心を揺さぶり、社会的価値の形成や未来課題解決を推進するプロセスを伝達し、進路指導や問題解決の専門家による支援システムを構築し、社会や世界に開かれた教育体系を構成することが緊急である。人間の能力の発展や興味のあり様は人によって異なる。この相違は、集団教育では困難なところもあり、現在の画一的な学校制度を多様な能力開発、人材開発の場として、蘇らせることが必要になる。さらに大学教育も専門性の弊害が指摘されて久しい。大学及び大学院において、科学技術の個々の問題が複雑化しているだけでなく、問題間の相互作用がより複雑化しているため、従来の分化され専門化された学問体系や知見では、解決が極めて難しくなっている。しかし、知識の深まりは、分化され専門化されてこそ、極められ深められてきたことも事実である。したがって、問題解決には、より深い専門知識とその組み合わせ(融合、統合)または横断的な知識が重要になっている。
では一体今後または未来の課題を解決することの出来る知識は、いかにして形成育成するすることが、可能になるのであろうか。
まず必要なことは、専門知識を問題解決に向けて上手く使いこなすマネジメント(方法・人)能力であり、専門知識を融合し、新たな問題解決の知識が創造され、これを体系化することであり、問題解決のプロセス及び解決結果から導き出される新たな蓄積やツールの構築が必要になる。さらに、企業等の現場では、科学理論や知見(基礎科学及び応用科学)と技術の融合が、緊急でもある。国際競争に打ち勝つためには、社会価値と科学知見及び先端技術との統合による新たな価値の創出が求められ、また新たな社会インフラの変革
(ソーシャルインフラストラクチャー・チェンジ)も重要なファクターとして、認識される必要がある。このような、専門分野を深めると同時に、新しい課題の解決に対応する俯瞰的な知識や知を融合・統合する方法を、現場の課題解決のプロセスを実践させることや、企業においてもプロジェクトの経験等を行いながら、リスクを負いつつ、夢の実現に向けて苦闘する経験を積み重ねること及びその風土を伝授することが必要である。
今や世界はオープンイノベーションの時代であり、世界中から優秀な創造的解決型人材を集積し、国際的な競争戦略を乗り切るための方策が図られている。人材の集まる所に、高付加価値の集積が出来、持続的な課題解決の頭脳ネットワークが形成されようとしている。
我が国は、人材を支援する環境を緊急に整備し、知の宝庫を形成することが緊急でもある。
4.評価システムの変革と評価人材の育成及び課題解決ノウハウの集積等の新たな仕組みを作る。
これまでも我が国はいくつかの危機的状態に直面して、これを克服した経験がある。だが、常に立ち上がりが
遅れているということでもあった。また危機的な状態に対応して、どのような打ち手を行い、その結果がどうであったのかのプロセスの記録や分析が明確に行われないことは、国家や企業の重要事項の評価システムが十分に機能していないことでもある。我が国はいわゆるシンクタンクの育成される土壌が脆弱である。米国等のシンクタンクは、政策策定支援や政策の評価を競争する仕組みでもある。その財政的な基盤は、寄付金や献金が半分以上を占めている。我が国は、こうした寄付金や献金の優遇措置や知の成果物への資金提供の習慣が少なく、シンクタンクの育成が難しい風土を形成している。政府官庁の政策評価が開始されているが、あくまでも第3者評価ではなく、内部的な評価であり、また評価の基準もあいまいな尺度となっている。政策に限らず、大学や研究機関、国が推進する科学技術テーマの評価、莫大な予算が投入される公共資本投資の評価等専門的な第3者の評価を行うことが新たな課題解決能力を醸成させるためには重要である。評価において、従来の視点を脱却し、目標及びビジョンによる視点や、イノベーション戦略に基づく、新しい総合的な視点で構成される必要がある。新たな発展は、当然新しい社会概念や学問体系を必要とする。特に総合的な俯瞰的な観点を必要とし、人間的な観点や地球的な観点が確立され、人類や生命の尊厳を第一義とする世界観が導入されなくてはならない。こうした観点は、知の成果を取り入れ、長期観点によるあるべき目標に向っての成果の評価の基本となる。我々はこの重大な時期に、時代の転換や変化に対応するイノベーションの重要性を認識しながら、視点や方法を模索することを開始しなくてはならない。
 評価のためには、中立的な評価能力と評価できる人材の育成が不可欠でもある。
教育機関や研究機関、また官公庁、企業を通して、プロ集団が知恵を結集できるシステム及び仕組みを持ち、評価体系を確立するために、評価に必要な研究やノウハウの蓄積を切磋琢磨できる環境が重要でもある。
企業は、基本的には、売上高や収益等の結果評価がなされ、株価等市場評価が反映したり、経営者自身も業績に照らして、外部からの厳しい評価を受ける。しかし経営者の危機克服のプロセス、厳しい環境やグローバルな経営における戦略内容や経営改革及び迅速な意思決定内容等を評価蓄積する仕組みは少ない。企業においては、危機に直面して実施した戦略等を正しく継承し、有効な戦略の構造や状況に合わせた戦略と実施のノウハウの蓄積は必要である。こうした戦略の有効性の蓄積が事業特性も加味して、積み重ねられる必要がある。さらにトップ人材の流動化は、今後の経営の基盤として重要である。リーディング産業の立ち直りが遅れている中で、次期産業育成にはすぐれた経営者の必要性が高まり、このためには、トップ経営者の流動化によって、経営者陣容の強化がなされなければならない。
5.社会インフラ構築戦略と新産業創出を含む企業戦略との一体的推進を行う。
 米国や欧州でのイノベーション戦略は、情報通信技術、バイオ技術、ナノ技術、環境技術、新素材新機能技術、シミュレーション技術、ソフト技術等の進展とその応用による社会課題解決のための融合テーマの開発を拡大させ、また戦略遂行への資金配分や人材育成を強化している。またこうした環境変化に伴い、複雑性が増し、新たな創造的な課題解決のための社会インフラの創造がますます重要になってきている。企業の戦略遂行においても、一企業の経営資源ではスピーディーな課題解決が困難になりつつある。そのためにはグローバルな経営資源の調達が行なわれ、知の再配置や人材の流動化を進めてもいる。大学においても、知の源泉としての強化が推進され、分野融合的な新領域拡大やカリキュラム強化が行なわれている。しかも新たな産業育成や事業育成のための産学官連携等の交流の場も多く創造されている。今後ますます世界危機を克服し、未来文明を構築するための新たな知が必要な時代でもある。人材もメタ・ナショナル化しており、世界から優秀な人材の集積を強めているのである。世界的な創造人材争奪や人材交流が国家戦略として行なわれていくのである。また多視点で、多面的な知を集積することが必要不可欠になっている。
 このことは、専門分野の限界を越えて、横断的な人材のマネジメント要素が重要な役割を果たしていくことが予想されるのである。今後もますます世界的な重要課題を乗り越え、新たな産業を創造するためには、多くの技術や人材の活用が不可欠である。つまり今後の新たな世界の創造には、科学・技術、社会価値を結合する広範囲の知識の融合・統合と横断的な結合のためのマネジメントが必要な時代である。
産業政策も、分野を融合・統合し、総合的な政策を策定することが重要な要素となる。我が国の政策は、政策分野の枠を細かく区分し、境界領域を狭くした政策策定を行うことで、効率化や予算等の明瞭な達成区分を明示する傾向にあった。しかしながら課題解決の政策は、俯瞰的横断的な視点に立って、個別分野の枠を越えて、総合的統合的な政策の方向付けがむしろ必要で、その政策目標を明示した上での新たな調整や分野創造を含めての推進の仕組みが求められる。したがって、専門分野を越えた多面的な視点や人脈を持ち、多くの専門分野を活用して課題解決をマネジメント出来る人材育成が国家戦略として強化されることが緊急なのである。すでにこうした創造的人材の世界的な獲得競争が激化しているが、人材集積のための研究環境、教育環境、都市生活環境の整備や充実、優遇措置や制度や税の仕組みの大きな変革をし、知の獲得の条件を作り、重要な競争要素を位置づけることが必要である。人材や企業は、世界的に事業のための成功条件を作り上げることができるかを見極めつつ行動や展開を行っている。我が国の社会インフラが、こうした条件整備を戦略的に行い人材の知の集積を構築することが重要である。
6.未来価値創造の戦略を実現する。
 国家戦略及び企業の経営戦略の遂行にとって、今後の未来価値の形成に対応し、その価値を把握し、どう迅速に実現するかが、優位な競争条件を構築する決め手でもある。
未来価値を創造するマネジメントは、未来価値を設定し、実現すべき夢としての目標の強さにまで設定した未来価値を熟成し、国家及び企業の将来の進化と実現遂行能力を具体的体系的に把握しながら、建設的に基本構造の成功ステップをどう意識して、経営の変革を迅速に行うかが重要になってくる。国家や企業は、取り巻く環境や競争環境において、コアとなる未来価値創造のための資産やコアとなる諸政策及び経営活動を戦略遂行プロセスとして、組織的に構築することが今後の未来価値創造能力であるが、この能力との関係付けがどう変化しているのかを見極めることが必要になる。先ず、実現プロセスをある程度実行することによって、市場を構成する組織主体のもつ役割や機能に変化が現れる。
そこでは役割や機能が安定的な存在から、国民や顧客との関係の不安定さが生じ、新たな役割や機能の再認識が開始される。それによって、政策や企業の諸活動の中のコアとなる活動に変化が生じるのである。この未来価値の実現すべき内容の変化に経営主体が注目しなければ、未来価値実現のコア活動能力を強化することはできない。そこでは安定的な役割や機能から、やがて変化に応じて、新たな組織主体も加わり、代替となるべき機能を投入しながら、次第に未来価値を実現するための主力となる機能を構築するというプロセスが追加されるのである。この実現能力強化を戦略的な思考で行なわない限り、やがて、世界的な競争からは大きく立ち遅れることになり、企業でいえば、技術構築力、製品コンセプト構築力、価格決定力、市場顧客支配力、販売ルート編成力、情報収集力、新知識の導入、テリトリーの構成力、顧客コンタクト力等を次第に喪失させることになるのである。
 特に企業においての未来価値実現の経営構造は、経営の仕組みに、未来価値創造の戦略を支える要素として、事業環境の見極め、技術の目利き、戦略連携、事業競争条件の強化支援、市場立ち上げのギャップの解決等のバックアップの仕組みが必要である。
 戦略推進には、事業モデルの構築、市場検証、知の統合、実現条件のインフラ整備(国際標準化等)、コア技術(融合技術)強化、資源展開の整合性、高付加価値化、実行プログラムの整合性等の経営構造を強化することが重要になる。当然、開発プロセス、生産製造プロセス、販売サービスの方法の革新等目標実現に向けての新たなプログラムが必要である。この準備とともに、さらには、新たな競争条件や競争相手の出現等によって、これまでとは異なる経営モデルが緊急な時期に備える必要がある。
我が国は、今未来価値を創造するための鋭い感覚を磨き、「志」を強くし、実現のためのプロセスを風土として、文化として、強固に推進するため、知の結集を行わなければならない。

Add a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です