日本のエネルギー政策の混迷(補遺その7) ノーベル賞を受賞された本庶佑先生が憂える基礎研究費の不足は、何の役にも立っていない国策として進められているエネルギー関連の開発事業を廃止することで賄えます

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田 賢太郎

(要約);

① ノーベル賞を受賞された本庶佑先生が基礎科学研究の重要性を訴えています。いま、日本で基礎研究に従事する若い研究者の数の減少を憂いておられるためでしょう
② 政治の要請で進められている国策事業関連の高額な応用(実用化)研究費につられて、基礎研究に従事する研究者の数が減っています
③ 地球温暖化対策としての国策の開発研究「バイオマス・ニッポン総合戦略」が多額の国民の税金を無駄に使って、消え去ろうとしています
④ 政治が要請するエネルギー政策関連の国策開発事業のために使われている国民の税金は、科学の基礎研究のためにこそ使われるべきです
⑤ 世界平和の象徴としての文化レベルのバロメータ、それが現代文明社会における科学の基礎研究のレベルではないでしょうか?

 

(解説本文);

① ノーベル賞を受賞された本庶佑先生が基礎科学研究の重要性を訴えています。いま、日本で基礎研究に従事する若い研究者の数の減少を憂いておられるためでしょう

今年のノーベル医学・生理学賞を授与された本庶祐先生が、最初に口にされたのが、「基礎研究の重要性」でした。ここで、基礎研究とは、「短期間で実用的な成果をもたらされると期待されることの無い科学の研究」のことです。今回の本庶先生の免疫学の研究が、まさに、これに当たると思います。

本庶先生が言われるように、今回、ノーベル賞の対象になった独創的なご研究は、決して、ノーベル賞を貰おうと思って、なさったものではないと思います。結果的に、画期的な抗癌剤が開発され、実用的な成果が得られたことで、ノーベル賞につながったことを、先生は、「運が良かった」とおっしゃっておられます。すなわち、基礎研究のなかで、実用的な成果が得られる確率は、決して高くないのです。しかし、優れた基礎研究の成果は、多くの優れた研究の中から出て来ることは確かです。これが、本庶先生が、できるだけ多くの人が、科学の基礎研究に携わるべきだと訴える理由です。

いま、日本の現状をみると、この基礎研究の成果の指標となる論文数が少なくなっているようです。ネットで調べてみた大学ジャーナルONLINEによると、国際的な科学雑誌に掲載された論文の数で、最近、日本の順位が下がり続けているようです。これは、日本における科学の基礎研究の質が低下しているのではなく、基礎研究に従事する研究者の数が減少しているためではないでしょうか?また、この日本における基礎研究に従事する研究者の数の減少は、お金の問題、研究費の配分の問題につながっていると私どもは考えます。

 

② 政治の要請で進められている国策事業関連の高額な応用(実用化)研究費につられて、基礎研究に従事する研究者の数が減っています

もともと、科学の基礎研究は、主として大学や国公立等の公的機関で行われ、その研究費は、主として国民の税金(国費)で賄われてきました。その金額が十分であるかどうかを考える時に問題になるのは、最近の新しい高性能の計測機器等の出現に伴う、その購入金額の上昇と、そのために必要な研究経費の値上がりです。これらの高額な機器の使用により、研究の効率化は図れますが、各研究者当たりに必要な研究費(研究単価)が上昇しています。

研究費として国費を使用する際の困った問題として、1973年と1978年の中東の産油地における国際的な軍事紛争に触発された石油危機以来の石油代替エネルギー源の開発、また、1990年代に始まった地球温暖化対策としての温室効果ガス(CO2が主体)の排出削減対策として、ともに、政治の要請によるこれらの国策事業の推進に、多額の国費が使われていることが指摘されなければなりません。すなわち、いま、基礎研究を行う研究者が、このお金につられて、基礎研究から、この国策事業関連の応用研究に、研究テーマをシフトするようになっています。また、大学の研究制度についてみれば、それを可能にするような、文部行政上の制度変更も行われたのです。

すなわち、約30年近く前の法人化される以前の大学では、科学研究費は、原則として、文部省からの研究費に限られていました。しかし、その金額が少ないために、実用的な成果が求められる応用研究の分野では、企業等からの受託研究費に依存せざるを得ませんでした。いわゆる、産学共同研究です。それが、法人化された大学では、研究費は研究者が自分で稼ぐようにすべきとの国の方針で、文部省以外からの国費も使えるようになったのです。それ自体は、悪いことではないのですが、問題は、その研究テーマと金額です。研究テーマとしては、政治の要請に従った、地球温暖化対策などの国策事業関連の研究テーマが主体となるとともに、その金額が、一研究テーマ当たり、在来の文部省の科学研究費に較べて一桁程度以上高い値になったのです。当然、このお金につられて、多くの研究者が、本来果たすべき役割を放棄して、この国策事業関連の研究に従事するようになり、結果として、基礎研究の従事者が減ってしまっているのではないかと推定されます。

 

③ 地球温暖化対策としての国策の開発研究「バイオマス・ニッポン総合戦略」が多額の国民の税金を無駄に使って、消え去ろうとしています

私どもが専門としているエネルギー政策関連分野での国策事業の失敗例についてみれば、その典型例は、一時、国を挙げて熱狂的に騒がれた国策「バイオマス・ニッポン総合戦略」があります。1990年代から顕著になった地球上大気温度の上昇、すなわち、地球温暖化を防止するためとして、IPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)が各国の政策決定担当者に要請して始められた地球温暖化防止を目的とした、バイオマスのエネルギー利用の国策事業開発です。具体的には、温室効果ガス(CO2)の排出削減を目的とした「カーボンニュートラル(バイオマスは、大気中のCO2を吸収して成長するので、そのエネルギー利用(燃焼)によるCO2の排出は、地球大気温度の上昇、すなわち、温暖化を促進することはないとする)」の科学の妄想を根拠にした、バイオマスのエネルギー利用事業の開発(実用化)でした。具体的には、バイオマスを原料とした自動車用の燃料、バイオ燃料の生産、食品残渣や蓄糞尿などのバイオマス廃棄物のメタン発酵、バイオマスプラスチック(プラスチック廃棄物処理の問題を解決するための生分解性プラスチックともよばれる)の製造、さらには、バイオマスエネルギーを利用して地方創生を謳ったバイオマスタウン構想など、バイオマスの総合的な利用を目的とした、この国策事業は、多額の国費を浪費しただけで、殆ど何の成果もあげることができませんでした。

平成23年(2011年)2月に発表され、総務省によって、国策事業成果の評価事業として、はじめて行われたと言われるのが、この「バイオマスの利活用に関する評価」の報告書でした。この評価報告書によれば、平成15年度から20年度にかけて、バイオマス利用関連の施設建設、調査研究開発、実証・普及開発の214事業が、総務、文部科学、農林水産、経済産業、国土交通、環境の6省にわたり、6年間で予算総額6兆5495億円をかけて実施されたこの国策「バイオマス・ニッポン総合戦略」は、その開発事業の8割が、効果的に目標が達成できないでいると評価されています。しかし、私どもに言わせれば、そのほぼ100 % が、実用的な成果をあげていません。詳細は省略させて頂きますが、それは、企業の開発事業であれば、事前に、必ず行われなければならない「事業化の可能性評価(フイジビリテイスタデイ、FS)」が行われていれば、100 % 否定されるべき、その成果が全く期待できない、バイオマスエネルギー利活用事業のテーマが選ばれていたからです。その理由は、この国策事業を主導された日本の最高学府の長を務められた「地球環境学者」を自称される先生のおっしゃることだから間違いがないとされたためでしょう。なお、この総務省の評価報告書は、その発表の直後に起こった3.11福島の原発事故での被害額との比較で、その損失額と、この損失の責任とが、殆ど、問題にされることなしに、うやむやにされてしまいました。

私どもは、科学の基礎研究を実用化につなげるために行われる科学の応用(実用化)研究については、その必要性を否定するものではありません。それは、科学の基礎研究の成果を、科学技術の進歩の形で、現代文明社会の発展とともに、この発展に取り残された多くの人々を貧困から脱出させるためにも役立てる重要な役割を担っていると考えるからです。ここで、私どもが問題にするのは、上記の国策事業「バイオマス・ニッポン総合戦略」のなかで行われた「調査研究開発」の事業で、研究の成果を科学技術の進歩の形で、何ら社会に貢献することなしに、多額の国費(国民の税金)が使われたことを問題にしているのです。いや、この「調査研究開発」費は、この国策「バイオマス利活用」の国策事業全体の事業費のほんの一部に過ぎません。この国策事業全体では、上記(③)の「バイオマス・ニッポン総合戦略」の例に見られるように、とんでもない額の国民の税金が、国民に知らされないままに消失されて行ったのです。

 

④ 政治が要請するエネルギー政策関連の国策開発事業のために使われている国民の税金は、科学の基礎研究のためにこそ使われるべきです

科学の基礎研究の場合、その研究テーマは、研究者の自由な発想による独創的なものでなければなりません。そのためには、この研究の目的に自由に使えるお金が必要ですが、それは、その研究の成果が、いずれは、実用化につながり、社会に貢献することを期待して使うことが許される国費、すなわち国民の税金以外にはないと考えざるを得ません。また、その金額についても、研究者が必要とする全額を国が支給することは困難ですから、その時々の国の経済力に応じてその額が決められることになるでしょう。

現在の日本で、国家財政が大幅な赤字が続くなかで、そんなお金があるとは考え難いとおっしゃる方が居られるかもしれません。しかし、そんなことはありません。上記(③)の「バイオマス・ニッポン総合戦略」の例に見られるように、いま、政治の要請で進められている、エネルギー関連の国策事業開発では、多額の国民の税金(国費)が、当然のように使われているのです。科学者、科学技術者の目から見て、これらのはっきり無駄だと評価できる国費の支出を廃止すれば、ささやかな金額に過ぎない科学の基礎研究費は、容易に出て来るはずです。

また、例え、その金額が、必ずしも十分でなくとも、科学の研究で、自分が希望する研究テーマを選んで研究できることは、研究者にとっては、大きな喜びになります。ただし、自分が望んでいた輝かしい成果が得られるには、本庶先生が言われるように幸運が左右しますが、たとえ、そのような幸運に恵まれなくとも、その研究の結果は、必ずや、次世代の科学の進歩に役立つはずですから、これを幸せだと考えればよいのです。

これに対して、国策事業関連での研究は、上記した「バイオマス・ニッポン総合戦略」に見られるように、いわば、政治的な要請によって決められますから、この国策事業関連の研究者は、自由で独創的な発想によって研究を進める喜びを得ることはできません。その代わりと言ってはおかしいですが、国策関連の応用研究では一桁近く違う研究費が手に入りますから、それを使って、自分の好きな研究を行うことができるかもしれません。しかし、それは邪道です。そんなことをして、良い研究ができるはずがありません。科学の真理を探究する基礎研究とそれに繋がる応用研究の研究者には、研究費の取得の問題を含め、もっと自由な研究環境が与えられなければならないはずです。

 

⑤ 世界平和の象徴としての文化レベルのバロメータ、それが現代文明社会における科学の基礎研究のレベルではないでしょうか?

科学の基礎研究の重要性を言うとき、それは、何の役に立つのかと問われるかもしれません。確かに、基礎研究は、科学のための科学の研究と言ってよく、直接、それが何かに、役立つことを目的として行われることはないかも知れません。しかし、この科学のための科学の研究が、たまたま、社会発展のために必要な応用研究につながり、さらにそれが市場における商品の開発にまで発展すれば、その基礎研究の成果が、例えば、ノーベル賞の対象として、国際的にも高く評価されることになるのです。それは、その研究者の個人的な栄誉となるとともに、その研究者の所属する国家の文化的レベルを図るバロメータにもなるのです。

よく、ノーベル科学賞受賞者の数が、その国の文化レベルの高さの評価指標になると言われますが、この基礎研究の研究費が、国民の税金から支払われる以上、この文化レベルを左右するのは、科学の基礎研究費(科学研究費)の支給に責任を持つ国の文部行政の責任だと言ってよいでしょう。本庶先生も、今回のノーベル賞の受賞に際し、文部大臣を訪ねて、いままで研究費を頂いたことのお礼を述べるとともに、科学研究費の増額をお願いしたと報じられました(朝日新聞夕刊(2010/10/10))。

しかし、国家財政の赤字が継続する日本経済のなかで、文部省が所管する科学研究費の増額を図ることは、容易なことではないと考えます。国家財政の仕組みには疎い私どもですが、本稿で指摘したように、エネルギー政策関連の国策における実証試験の費用等として、大きな金額が無駄に使われています。さらに、無駄なお金と言えば、国家安全保障の名目で毎年増額されている防衛費もあります。北朝鮮からのロケット攻撃に備えて装備されようとしているイージスアショアなどの使用を中止すれば、潤沢な科学の研究費が捻出できるはずです。防衛のための軍事費を使わない国際平和の実現こそが、基礎科学研究の発展の前提条件なのです・

ノーベル賞の受賞に際して、先に、ニュートリノの研究の小柴昌俊先生、オートファージの研究の大隅良典先生も、科学の基礎研究の重要性を訴えておられます。基礎研究にお金を沢山使えば、ノーベル賞受賞者を多く輩出できるでしょう。また、戦争に備えて防衛のために軍事費を使わないことが基礎研究にお金を沢山使える前提条件になるのです。

今回の本庶先生のノーベル賞の受賞を契機に、平和な日本で、科学の基礎研究に使えるお金を増やして、ノーベル賞受賞者を増やそうではありませんか。

ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

 

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