やがてやって来る化石燃料の枯渇後、その代替としての利用が期待される「水素エネルギー社会の創設」は、日本経済のマイナス成長を加速します。安倍晋三元首相の後を引き継いだ菅義偉首相により進められようとしている「はじめに燃料電池ありき」に導かれようとしている日本のエネルギー基本計画のなかの「水素エネルギー社会の創設」は幻想に終わります

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

(要約);

⓵  いま、世界の多くの国は、IPCC ( 気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)の主張に従って、地球温暖化対策の脅威を防ぐためとして、2050年の温室効果ガス(その主体は二酸化炭素(CO2))の排出削減ゼロを目的とする「脱炭素化社会」の実現のためにやっきになっています。この世界の流れに遅れまいとする日本は、やがて確実にやって来る化石燃料の枯渇後、その代替として、再生可能エネルギーから造られる「水素エネルギー利用の社会」がやってくるとしています

⓶ 現在、世界の経済成長のために用いられている化石燃料の消費で得られているエネルギーを、地球温暖化対策のための脱炭素化の目的で、いますぐ、再エネ電力から造られる水素エネルギーに変換することは、人類にとっての生き残りのためのエネルギー政策にはなりません

⓷ 地球温暖化を防止するためとして、IPCCが再エネ電力を用いて創ろうとしている水素エネルギー社会は幻想に終わらざるを得ません

⓸ 海外で造られる水素エネルギーの輸入・利用は、日本経済の成長をマイナスに導きます

⓹ 何故、IPCCは、地球温暖化を防止する目的で「パリ協定」の実行のために、脱炭素化を実行しなければならないと考えるのでしょうか?

 

(解説本文);

⓵ いま、世界の多くの国は、IPCC ( 気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)の主張に従って、地球温暖化対策の脅威を防ぐためとして、2050年の温室効果ガス(その主体は二酸化炭素(CO2))の排出削減ゼロを目的とする「脱炭素化社会」の実現のためにやっきになっています。この世界の流れに遅れまいとする日本は、やがて確実にやって来る化石燃料の枯渇後、その代替として、再生可能エネルギーから造られる「水素エネルギー利用の社会」がやってくるとしています

世界の経済成長を支えてきた化石燃料資源は、やがて確実に枯渇します。この化石燃料資源の枯渇後、その代替として、その利用が期待されているのが、原子力エネルギー(現在、実用化されている軽水炉型原子力発電)、および、風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギー(再エネ電力)の利用とされています。

世界の経済大国の一つとしての日本も、この原発電力や再エネ電力を用いて、「CO2ゼロの社会」を創る努力をしなければならないのでしょうか? 東京電力福島第一原発の過酷事故を経験した地震国日本では、国民の多数の反対から、原発電力の大幅な利用は困難と考えるべきでしょう。したがって、化石燃料資源枯渇後そのエネルギー利用の主体は再エネ電力になると考えられるべきです。すなわち、いま、日本のエネルギーの基本計画のなかで、具体的に実行されるべきと考えられているのが、「再エネ電力」による水の電気分解から造られる「水素のエネルギー社会の創設」だとされているのではないでしょうか? いままで、経済成長のためのエネルギー資源の化石燃料の大部分を輸入に頼ってきた日本経済が、このような、「再エネ電力に依存する水素エネルギー社会」のなかで生き延びて行くことが果たして理にかなった選択と言えるでしょうか?

本稿において、私どもは、この「再エネ電力のみに依存する水素エネルギー社会の実現」について。科学技術の視点から、その可能性について厳しく検討して、人類が生き残る道を探して行きたいと考えています。

 

⓶ 現在、世界の経済成長のために用いられている化石燃料の消費で得られているエネルギーを、地球温暖化対策のための脱炭素化の目的で、いますぐ、再エネ電力から造られる水素エネルギーに変換することは、人類にとっての生き残りのためのエネルギー政策にはなりません

地球温暖化対策として、脱炭素化を訴えるIPCCの要請に応えるための化石燃料代替の水素エネルギーの利用を、最初に言い出したのは日本の安倍晋三元首相ではないでしょうか(引用文献 1参照)?

確かに水素を、化石燃料代替のエネルギー源として使うことができれば、IPCCの要請に応えて、地球大気中へのCO2排出量を削減することができます。産業革命以来、世界の経済成長のためのエネルギーとして、化石燃料を使い、大気中へCO2を排出してきた人類にとって、地球温暖化を防止するためには、この化石燃料代替のエネルギー源として、水素エネルギーの使用が好ましいことになります。そこに出てきたのが、水素を燃料として電力を生産する「燃料電池」を自動車用に用いた燃料電池車(FCV)の実用化です。トヨタ自動車が燃料電池車ミライを市販した2015年を、日本政府は、「水素元年」として捉えました。

いま、日本では、この燃料電池の利用を、運輸部門以外の生活用および産業用にまで拡大して、その枯渇が迫っている化石燃料の代替として利用しようとしています。家庭用では、燃料電池により電力を生産する「エネファーム」が実用化されています。都市ガスから造った水素を燃料とする燃料電池で、家庭用の電力を供給するとともに、都市ガスから燃料電池用の水素を家庭で造る時に発生する廃熱を家庭の給湯用エネルギーとして有効利用するものです。しかし、現在、燃料電池用燃料の水素を造るための天然ガスが枯渇した時には、この「エネファーム」に導かれる「水素エネルギー社会」の実用化の経済性は成り立ちません。

すなわわち、当然のことですが、化石燃料資源の天然ガスの枯渇後は、家庭で、都市ガスか造れなくなるからです。都市ガスのパイプラインを使って水素を運ぶことが考えられますが、非常に漏洩し易い水素用には、都市ガス用のパイプラインは使えません。また、いま、愛知県では、トヨタが造った燃料電池を使って、燃料電池車用の水素から産業用の電力を生産するという、科学の常識では考えられないような実証試験が行われているようです。「水素元年」以降、燃料電池車用の燃料電池が生産過剰になったので、産業界が、トヨタに協力して、こんなことをやっているいるのではないでしょうか?

現在、燃料電池用の水素は、化石燃料(天然ガス)から造られています。それが、最も安価な水素の製造法だからです。私どもの一人、久保田らの著書(文献 2 )にありますように、産業革命によって、化石燃料の利用で、世界経済が急速な発展を遂げるとともに、世界人口の急増によって、18 世紀末には、世界の食料危機が大きな問題になりました。この食料危機を救うための化学肥料としての空中窒素(N2)の固定によるアンモニア(NH3)の合成が化学工業の重要な課題となりました。1913年、ハーバー・ボッシュ法のアンモニア合成法が成功して以来、安価な工業用の水素(H2)の製造法が追及されてきました。アンモニア合成の工業化試験の段階では、水力発電の電力による水の電気分解で造った水素が用いられましたが、工業化生産の段階では、先ず、石炭が、次いで、より安価な中東石油の発見以降は、その石油が、そして、現在では、天然ガスが水素製造原料として用いられています。

上記(⓵)したように、やがて確実にやって来る化石燃料としての天然ガス資源の枯渇が迫るなかで、その代替として、太陽光や風力発電などの再エネ電力を用いなければならなくなるまでの化学工業における水素エネルギーは、当分の間、これら再エネ電力による水の電気分解で造られる水素よりも安価な、地球上に残されていた天然ガスから造られる水素でなければなりますせん。

これを言い換えれば、科学の非常識としか言いようのない「地球温暖化対策としてのCO2の排出ゼロのための「パリ協定」の脱炭素化の実行による水素エネルギーの利用を目的としたIPCCの要求は廃止されるべきと考えざるをえません。これが、私どもが主張する「はじめに燃料電池ありき」に導かれる水素エネルギー社会の否定です。

 

⓷ 地球温暖化を防止するためとして、IPCCが再エネ電力を用いて創ろうとしている水素エネルギー社会は幻想に終わらざるを得ません

上記(⓶)に、私どもが訴えたように、科学の常識に反する地球温暖化の脅威を主張するIPCCによる再エネ電力を用いての水の電気分解から造られる水素エネルギーを用いる場合には、大気中のCO2濃度を削減する必要があります。この方法の一つとして考えられるのは、大気中に僅か0.04% 程度しか含まれていないCO2を濃縮し、この濃縮CO2を、触媒を用いて水素と反応させて炭水化物を作ることです。しかし、このCO2の濃縮に必要なエネルギーと、濃縮CO2を用いた炭水化物の製造コストを考えると、このような方法による炭水化物の工業的製造法には、経済性が成り立たないと考えざるを得ません。

また、これは、IPCCが提案している方法ですが、化石燃料の燃焼により排出されるCO2を、その燃焼排ガス中からCCS技術とよばれる方法で、抽出、分離、濃縮して、再利用するCCUS技術の利用も考えられています。しかし、この方法も、上記(⓶)の再エネ電力で造った水素を用いる方法におけると同様、私どもが提案している「パリ協定」でのCO2排出削減の方法を、化石燃料消費を節減する方法に代える場合に較べて、経済性のない方法と言わざると得ません。

実は、つい最近まで、この水素エネルギー社会と同様の国家プロジェクトとして、農作物を原料として、自動車用のバイオ燃料を開発・利用するエネルギー政策が、多額の国民の税金を使って進められていました。いまでは、殆ど顧みられなくなった、このバイオ燃料の開発でリーダーシップを取っていたのが、我が国の最高学府の長をなさっておられた、化学工学の専門家の先生であることを、私どもはどう考えたらよいのでしょうか(私どもの一人久保田らの著書(文献4 参照))?

いずれにしろ、再エネ電力を用いて造った水素を化石燃料の代わりに用いる水素エネルギー社会は、幻想に終わると言わざるを得ないのです。化学工業の実用化を研究する化学工学を学んできた私どもには考えられない妄想でしかないからです。

 

⓸ 海外で造られる水素エネルギーの輸入・利用は、日本経済の成長をマイナスに導きます

いま、この再エネ電力から造られる水素エネルギーの利用が、日本経済の発展に貢献するとの考えから、海外で造られる安価な水素を輸入して国内で利用することが実行されようとしています。国内で安価で安定に供給される再エネ電力が生産できないのであれば、世界の化石燃料資源枯渇後、その代替としての海外産の水素をエネルギー源として輸入することも考えなければならないかも知れません。しかし、2011年に環境省の委託事業として発表された、「再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査報告書」を基に、私どもが計算した(文献4参照)経済的に利用可能な洋上と陸上を合わせた風力発電での発電量は、現在の国内総発電量の約4.6 倍程度と推定されます。

したがって、この再エネ電力を、そのまま、電力として、例えば、運輸用の電気自動車(EV)のエネルギーとして使えばよいのです。この再エネ電力で造った水素を、上記(⓶)したように、化石燃料代替のエネルギーとして利用する非常識なことを実行する必要はありません。

日本経済の成長をマイナスに導く、海外で造られる水素エネルギーの輸入・利用は幻想に終わると言わざるを得ません。

 

⓹ 何故、IPCCは、地球温暖化を防止する目的での「パリ協定」の実行のために、脱炭素化を実行しなければならないと考えるのでしょうか?

いま、世界各国のエネルギー政策は、スウエーデンの少女グレタ・トウンベリーさんの「温暖化を止めて」の世界の全ての人への訴えに通じています。この訴えは、2007年のゴア米国元副大統領とともに、ノーベル平和賞に輝いた、IPCCが創り出したものに他なりません。

世界中の多くの国の政治は、これを科学の原理だと信じていますが、このノーベル賞は平和賞で、科学賞ではありません。しかし、グレタさんだけでなく、一般の人が、IPCCに集まった世界の気象学者の多数が言うことだから間違いないと信じ、いま、起こっているとされる地球温暖化が継続すれば大変だと考え、温暖化を防止するためにIPCCが訴える脱炭素化のエネルギー政策に協力すべきだと考えるのは仕方のないことかもしれません。

しかし、最近、日本では、IPCCの日本国内委員のお一人でありながら、IPCCが主張する地球温暖化防止を目的とした「パリ協定」の脱炭素化の行動、「2050年までのCO2排出セロ」のエネルギー政策の実行を厳しく否定しておられる杉山太志氏が居られます。この杉山氏は、、IPCCが「パリ協定」の「2050年までのCO2排出ゼロ」を主張するのは、IPCCの研究での気候変動ミュレーションモデルのスーパーコンピューターを用いた解析のためには、多額の研究費用が必要とされるためだとしています。さらに、杉山氏は、このIPCCの行為は、科学のモラルに反する犯罪行為だとさえ訴えています。

私どもは、IPCCに所属する研究者の皆さんが、そのような方々だとは思ってはいません。しかし、世界のCO2の排出量の3 .5 % 程度しか排出していない日本だけが、削減の努力をしてみても、地球温暖化を防止できるとの科学的な証拠は、どこを探しても見つかりませんでした。そこで、私どもは、世界の全ての国に訴えて、地球上に残された化石燃料を公平に分け合って大事に使いながら、化石燃料資源枯渇後の世界に、再エネ電力のみに依存する世界を創る技術開発を行うことを世界の政治に訴えるべきことを提案しています。詳細については、私どもの近刊(文献5 )をご参照ください。

しかし、現状では、この再エネ電力のみに依存することは、日本経済の成長をマイナスに導きます。したがって、当分の間、最も安価で安定な電力を供給してくれる石炭火力発電を利用すべきとしています。ところが、いま、この石炭火力発電が、IPCCの手によって、地球上から消え去ろうとしているのです。すなわち、いますぐ、再エネ電力による水の電気分解から造った水素を利用する必要はないのです。

いや、これは、日本だけの問題ではありません。当面は、地球上に残された石炭火力発電に依存しながら、やがて、その枯渇後の、再エネ電力のみに依存する世界に、ゆっくりと移行すればよいのです。これは、人類にとっての貧富の格差の解消のなかで平和な世界に生き残るための理想論かもしれませんが、これが実行できなければ、人類は地球上に生き残れないと知るべきです。

 

<引用文献>

  1. 久保田 宏; 「水素元年などとはしゃいでいるのは、化学工業の歴史を知らない人の妄想である、シフトムコラム、2015,3,24
  2. 久保田 宏、伊香輪恒男; ルブランの末裔―明日の科学技術と環境のために、東海大学出版会、1975年
  3. 久保田 宏;科学技術の視点から原発に依存しないエネルギー政策を創る、日刊工業新聞社、2012年
  4. 久保田 宏,松田 智;幻想のバイオ燃料―科学技術的見地から環境保全対策を斬る、日刊工業新聞社、2009年。
  5. 久保田 宏、平田賢太郎;  温暖化物語が終焉します いや終わらせなければなりません、アマゾン電子版,2019年、11月

 

ABOUT  THE  AUTHOR

久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。

著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail:biokubota@nifty.com

 

平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail: kentaro.hirata@processint.com

Add a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です