東京電力福島第一原発の敷地内に貯まる処理済み汚染水について、政府は “ 海洋放出 ”することで、最終調整に入りましたが、本当に、それができるのでしょうか?

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

(要約);

⓵ 福島第一原発の事故後の放射性汚染処理水の海洋放出が関係閣僚会議で月内にも決定すると報じられましたが、政府には、これを実行できる秘策があるのでしょうか?

⓶ 処理水の “ 海洋放出 “ の実行を可能にするには、政府は “ 海洋放出 “ が科学の常識にかなう方法であることを、” 風評被害 “ を訴える漁業関連者に認めて貰う必要があります

⓷ “ 風評被害 ” を防いで、処理水の “ 海洋放出 “ を可能にする方策として、私どもは、トリチウムのみを含む処理水の排出量を最小限にする方法を提案させて頂きます

⓸ 補遺; ” 風評被害 “ を和らげるために、政府は、” 海洋放出 “ の月内決定を見送りました

 

 (解説本文)

⓵ 福島第一原発の事故後の放射性汚染処理水の海洋放出が関係閣僚会議で月内にも決定すると報じられましたが、政府には、これを実行できる秘策があるのでしょうか?

 朝日新聞(2020/11/17)の報道ですが、その1面に、“ 処理水海洋放出へ調整 関係閣僚会議で月内にも決定 ” とあり、さらに、3面に、“ 近づくタンク満杯・意見聴取は事実上終了 処理水放出迫る政治決断 “ とありました。

具体的には、東京電力福島第一原発の過酷事故から10年近く経ついま、メルトダウンした原子炉炉心の溶融核燃料に原子炉構造物が混ざり合った固化物のデブリが取り出せていません。そのために、このデブリの核分裂崩壊熱を除去するための冷却水から放射性汚染物質を取り除いた後に残存するトリチウムを含んだ処理水の最終処分ができないとして、原発敷地内に保管されたままに、年々、その量が増加しています。このままでは、2022年には、保管タンクの容量が限界に達するために、その最終処分の方法として、有識者が推薦する ” 海洋放出 “ の方法の採用が関係閣僚会議で月内にも決定されると報じられました。

この福島第一の事故原発の処理水の ” 海洋放出 ” の方法は、放射性物質として、科学的に有害性が認められないトリチウム(三重水素)水以外の放射性物質は、多核種除去設備(ALPS)で除去されるので、生物濃縮されることが無く、化学的性質が水(H2O)と変わらないため、その水中からの除去が困難なトリチウム水(HTO)しか含んでいません。したがって、通常の稼働中の軽水炉原発の廃水処理・処分の方法として、国際的にも、その使用が認められている方法、すなわち、この原発廃水中のトリチウム濃度を、国が決めた基準値以下に水で希釈して水域に放出することが許されてもよいはずです。ただし、この “ 海洋放出 ” を福島第一原発の敷地内で実施する場合、海洋に放出される処理水量が、現在、原発敷地内に保管されている処理水を含めると、現有の軽水炉型原子炉の廃水処理後の排出量に較べて非常に多量になるために、” 風評被害 “ を生み出すことになり、福島県近辺だけでなく、日本全体の海産物が販売できなくなるとして、下記(⓶)するように、地域漁業者を含めた全国漁業協同組合連合会(全漁連)の強い反対があり、この ” 海洋放出 “ の実行が困難になるからとして見送られてきたのです。

しかし、このような、現状を何時までも続けるわけには行きませんから、政府は、処理水保管タンク容量が無くなるまでの2022年度内には、何としても、この “ 海洋放出 “ を実行しなければならないとしたのが、今回の菅政権による関係閣僚会議での月内決定です。

 

⓶ 処理水の “ 海洋放出 “ の実行を可能にするには、政府は “ 海洋放出 “ が科学の常識にかなう方法であることを、” 風評被害 “ を訴える漁業関連者に認めて貰う必要があります

トリチウムを含む福島第一原発の処理水の “ 海洋放出 “ が、漁業関連者に認められない理由は、政府には、彼らが訴える ” 風評被害 “ を防ぐための具体策が存在しないからです。すなわち、この処理水が海洋に放出されていない現状で、生産を停止していた地域漁業者が漁業の生産を再開しようとしていた矢先の今回の ” 海洋放出 “ の政府決定では、いわゆる “ 風評被害 ” を防止することができません。もちろん、政府は、いままで、漁業者を主体とする地域住民を対象にして、処理水の ” 海洋放出 ” が、国際的にも認められた方法であるとの説明会を何度も行ってきました。しかし、この “ 風評被害 “ による漁業生産物の不買を恐れる地域漁業関係者を納得させることができていません。また、韓国や中国による福島近辺の海産物の輸入規制も解除されていません。

確かに、福島第一原発の処理水の “ 海洋放出 “ を “ 風評被害 “ が避けられないとして拒否することは、科学の常識を逸脱した行為だと言えます。しかし、この福島第一原発の処理水の “ 海洋放出 “ は、いままで、世界中で行われたことのないことです。この世界で初めての ” 海洋放出 “ に対して、科学の常識が通用しないのは、現用の軽水炉型原発の処理水の排出量に較べて、その量が余りにも大きいからと言ってよいでしょう。したがって、この処理水の排出量を最小限に止めることができれば、何とか、地域漁業関連者が訴える ” 風評被害 “ を排除して、処理水の “ 海洋放出 “ に漁業関連者の同意を得ることができると考えられます。また、もし、いますぐの同意が得られなくても、原発敷地内に貯留しなければならない処理水量の増加が大幅に減少しますから、” 海洋放出 “ への反対者に科学の常識を認めて貰う時間を稼ぐことができるはずです。

なお、現在、原発敷地内の保管されている処理水中にはトリチウム以外の放射性汚染物質が含まれていて、これが、” 海洋放出 “ を妨げるもう一つの理由とされているようです。しかし、これは、事故炉の炉底から排出される汚染水の処理が行われるようになった当初、この処理用の多核種除去設備(ALPS)の処理能力が不足していたためです。しかし、現在では、ALPSによる、ほぼ完全な処理が行われていますから、今回の ” 海洋放出 “ が、科学の常識として認められるべき条件は整っているはずです。

 

⓷ “ 風評被害 ” を防いで、処理水の “ 海洋放出 “ を可能にする方策として、私どもは、トリチウムのみを含む処理水の排出量を最小限にする方法を提案させて頂きます

現在、福島第一原発の事故炉から排出されるトリチウムを含む処理水量が、通常の稼働中の軽水炉原発における排水量に較べて大幅に多くなる理由は、事故炉の炉底に流入する地下水量が大きいためです。これは、私どもの先の「もったいない学会のシフトムコラム(文献1 )」で述べたように、現在、この地下水量を減らすために、事故炉の炉底を凍土壁で囲んでありますが、その遮水効果が不完全なために、処理水量が、思うように減らせないためです。もし、この凍土遮水壁の代わりに、事故直後に、その採用が検討された粘土遮水壁が設けられていれば、事故炉の底部への地下水の流入がほぼ完全に抑えられ、処理水量が大幅に減少できたはずです。しかし、この粘土壁の採用では、凍土壁に較べて、工事費が大幅に高くなるとの理由で、その採用が見送られ、安価な凍土壁が採用されたと聞いています。

しかし、この処理水の ” 海洋放出 “ を可能にするための ” 風評被害 “ を無くすことができれば、この粘土壁の採用は、決して多額の出費とは言えなかったはずです。また、事故炉心底部への地下水の流入を最小限に止める方法としては、この粘土壁による以外にありません。詳細については、私どものシフトムコラムの前報(文献1 )をご参照下さい。

 

⓸ 補遺; ” 風評被害 “ を和らげるために、政府は、” 海洋放出 “ の月内決定を見送りました

本稿の執筆中の10月24日の朝日新聞に、“ 政府は23日、関係省庁でつくられる対策チームの会合で。風評被害などの検討を一層深めることを確認した。” と報じました。” 海洋放出 “ の絶対反対を和らげるには時間がかかる上に、敷地内タンク容量を2年分増やす余地があることが判って、時間稼ぎができたためと考えられます。では、政府に、あと2 年以内に ” 風評被害 “ を抑え込むことのできる秘策があるのでしょうか?

ここで、福島第一原発処理水の ” 海洋放出 “ に対する ” 風評被害 ” の内容について考えてみます。それは、二つあると考えられます。一つは、処理水中の放射性有害物の残存の懸念で、もう一つは、処理水中のトリチウムの安全性についての懸念です。前者については、処理能力強化後の現有の多核種除去設備(ALPS)での十分な処理能力を保障する情報が公開されれば、漁業関連者に納得してもらえるはずです。すなわち、処処理水中の放射性汚染物濃度などのALPSの操業データを、正しく、漁業関連者に判る形で公表すればよいので、そんな難しい問題ではありません。一方、後者のトリチウムの無害性については、上記(⓷)したように、事故炉の炉底への地下水の流入量を最小化することで、 “ 海洋放出 ”される処理水量を、現在、稼働中の通常の原発のそれに近づけることで、漁業者の納得を得て “ 風評被害 “ を防ぐことができると考えます。

なお、最後に、このような、原発問題についての科学の常識が通用する社会を創るには、できるだけ速やかに、” 原発ゼロの社会 ” を実現する必要があることを付記させて頂きます。詳細は、私どもの近刊(文献2 )をご参照下さい。

 

<引用文献>

1.久保田 宏、平田賢太郎; 混迷する福島低汚染水問題; “薄めて海に流す”との安易な考えを捨て、”脱原発”を前提とした、汚染水を排出しない、処分方法の根本的な見直しが求められるべきです、もったいない学会シフトムコラム、2019/4/12

2、久保田 宏 平田 賢太郎; 原発ゼロ実現の道—アベノミクスのさらなる成長の政治目的のための原発維持政策の終焉が求められます。Amazon Kindle版電子出版, 2019年、12月

 

ABOUT  THE  AUTHOR

久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。

著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail:biokubota@nifty.com

 

平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail: kentaro.hirata@processint.com

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