安倍晋三首相の退陣で終焉を迎えるアベノミクスの継承からの決別が、日本経済を破綻の淵から救う唯一の道です。その理由を、伊東光晴氏の著書「アベノミクス批判」に見ます。(その1)金融緩和政策と円安・株高の功罪
|東京工業大学名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎
はじめに;
安倍晋三首相の退陣で、アベノミクスが終焉のときを迎えます。そのなかで、いま、安倍首相へのお餞別相場としてのアベノミクスへの再評価が行われています。それだけではありません。政治が、このアベノミクスの継承を既成事実として、進められようとしています。
このアベノミクスが始められた当初、これを日本経済を破綻の淵に導くとして、厳しく批判しておられたのが、著名な経済学者の伊東光晴氏です。本稿では、この伊東氏の著書の内容について、先ず、私どもの一人、久保田による同書の内容の概要を記した未発表の「論評」を、4回に分けて紹介させて頂くとともに、いま、世界経済に大きな苦難をもたらしている「コロナ禍(新型コロナウイルスの蔓延による世界経済の落ち込み)」に苦しむ日本経済の現状から見た、この伊東氏の主張の正しさを示す私どもの「考察」を付記させて頂きました。
以下、今回は、同書の第1章、第2 章の内容について、(その 1 )金融緩和政策と円安・株高の功罪 として記しますが、本稿が、アベノミクスの終焉後の日本経済の在り方について、政治が、日本経済を破綻の淵に陥れることのない正しい経済政策を進めて頂くための参考にして頂ければ幸いです。
論評 (久保田 宏、2014,10,15);
伊東 光晴 著; アベノミクス批判、四本の矢を折る ―― 安倍首相の現状認識は誤っている、幻想につつまれた経済政策、その正体とは? 岩波書店、2014 年 について
緒言;
朝日新聞の書評欄(2014/10/12)に、「資本主義の終焉と歴史の危機(集英社、2014年)」の著者、水野和夫氏による表記の伊東光晴氏の著書の書評がありました。水野氏によると、 ”19 世紀のドイツ国民に告ぐならぬ21世紀の「日本国民に告ぐ」愛国の書である。リベラル派の立場を鮮明にする著者の「アベノミクス批判」に対して、政権は反論するすべもない。”とありました。早速、購入、通読しました。経済学には全く素人の私ですが、科学技術者の一人として、この国のエネルギー政策を混迷に導いている「アベノミクス」なる経済成長戦略で、権力維持に必要な数の力を得ることで、国民の利益を無視して、祖父岸信介の果たせなかった自己の怨念、戦前の軍事大国日本への回帰を図ろうとして狂奔する安倍首相の政治に、大きな怒りを覚えている私にとっては、将に、大きな共感を覚えながら読ませて頂きました。以下、本書の概要を紹介します。
第1章 日銀の「量的・質的緩和」は、景気浮揚につながらない、第1の矢を折る:
通貨の供給量を増やし、利子率を下げて企業の投資を増やすとともに、物価を上昇させて消費を増大させて景気を浮揚させることで、デフレから脱却を図ることができるとするのがアベノミクスの第1の矢、日銀による大幅な金融緩和策です。しかし、実際に、日銀のやっていることは、政府が発行する長期国債の引き受け量を増やすことで、政府の財政支出を増加させ、財政赤字を積み増ししているだけです。第2次大戦の準備の軍事費獲得のための財政での「通貨の増発による(軍事費獲得のための)財源調達」と同じで、国民の利益増進のための景気の浮揚にはつながっていません。さらに、日銀は、上場投資信託、海外の投資ファンドまで購入して株価の釣り上げを図っています。この日銀中枢の人事には安倍首相の意向が強く反映していて、日銀の独立性は失われてしまっています。
「考察」; 安倍政権発足後の円安と株高は、一般には、アベノミクスの成果として評価されています。しかし、この伊東氏の著書では、次章を含めて、それはアベノミクスによるものではないと断じています。それはともかく、安倍政権の発足後、円安が進んだことは事実です。この円安誘導は、輸出産業の振興をもたらすとして期待され、事実、一部の産業では輸出が伸びました。しかし、実際には、中国はじめ新興途上国の経済発展で、かつての輸出市場が奪われてしまい、輸出金額の総額はほとんど増加していないようです。逆に、円安に伴うエネルギー資源の化石燃料や食料などの輸入価格の上昇で、いま、日本経済の大きな問題になっている貿易赤字が増加しているようです。
この伊東氏著書にも記されているように、国内景気が良かったとされる1980年代後半から1990 年代の前半は、大幅な貿易黒字のお金をどう使おうかとしていた時です。大幅なドルの蓄積のなかで、エネルギー資源(化石燃料)のほぼ全量を輸入に頼り、人間の生存に必要な食料の自給率をカロリーベースで60 % まで押し下げながら、GDP を指標とする戦後の日本経済を、一時、世界第二位にまで押し上げました。これを可能にしたのは、安価な中東石油の供給と、科学技術の力とともに、戦争放棄の平和憲法を掲げて軍備にお金を使わないで、技術立国、貿易立国を掲げて、輸出金額が輸入金額を上回る製造業を中心とした輸出産業を進展させてきた結果です。しかし、いま、新興国の追い上げによる輸出産業の停滞と、化石燃料の枯渇に伴うエネルギー資源価格の高騰により、貿易収支が、かつての黒字幅を上回る赤字に追い込まれています。かつての貿易黒字を再現できる時代は、二度とやってこないと考えるべきでしょう。
この厳しい現実のなかで、突然やってきたのが「コロナ禍」による世界経済の落ち込みです。トランプ米大統領が唱える一国主義が蔓延する世界で、貿易立国日本の将来は明るいとは言えません。これを言い換えれば、「コロナ禍」により落ち込んだ日本経済の再生の道は、「PCR検査の徹底」による「新型コロナウイルス問題(以下「コロナ問題」と略記)」の速やかな収束に求める以外にありません。
第2 章 安倍・黒田氏は何もしていない、なぜ株価は上がり、円安になったのか:
アベノミクスの第1の矢の経済不況脱出のための通貨供給量の増加とは、日銀による市中銀行からの国債の買い取りです。しかし、銀行が国債を売って得たお金は当座預金の形で日銀内に止まっています。企業による投資先が見当たらないから、不況の回復には何の貢献もしていません。また、アベノミクスによる景気回復の指標とされた株高を招いたのは外国の投資ファンドです。この外国からの投資マネーは、株の売買による利益が目的ですから、株高は産業への投資にはつながりません。安倍政権成立後の株高、円安は、実は、安倍・黒田による金融緩和政策の以前から始まっていました。世界規模の投機の失敗が招いたリーマンショックからの回復をめざし、EUとイギリスが大規模な金融緩和策、ゼロ金利策で、速やかに景気を回復させていたのです。アメリカもこれに同調し、日本だけが取り残されていました。この残された市場を狙って海外からの投機のお金が入り込んで、株高・円安を生み出したのです。円安について言えば、それは、EU内の複数国における財政破綻に伴うユーロ不安から、相対的に安全とみられる円のヨーロッパへの流入が異常な円高をつくっていたのです。この円高による輸出産業の減退を是正するための為替介入は、実は、政権交代以前に行われていました。政府による為替への介入は一般には公表されませんが、為替介入の権限を持つ財務省のトップの財務官による為替介入が行われ、円安への移行が起ころうとしていた将にその時に、民主党政権下の野田首相が党内の反対を押し切って、独断で政権を投げ出してしまいました。その結果、海外からの投資による株高・円安が、何もしない安倍・黒田によるアベノミクスの功績にされてしまったのです。
「考察」; この第2章で伊東氏は、安倍・黒田による「大幅な通貨供給」政策が、彼らが自画自賛する株高・円安とは無関係であることを明快に説明しています。すなわち、安倍首相が悪しざまに言う民主党の政権が継続していれば、この株高・円安は、民主党政権の功績とされたかもしれませんから、いまのような安倍一強政治の暴走は起こらなかったのではないかと想像されます。
ところで、安倍首相の功績とされている最近の株高ですが、これにより潤うのはお金持ちだけです。景気が良くなって、失業率が減少したと言われますが、増えたのは「コロナ問題」の到来で真っ先に失業に追い込まれ、生活困窮者となった非正規労働者です。いま、「コロナ禍」のなかでの日本経済にとって大事なことは、上記(第1 章)の「考察」でも述べたように、一刻も速い「コロナ問題」の収束とともに、非正規労働の問題では、に本書の第6章に関連して本稿の(その3 )に述べるように、アベノミクスが逆転させた、民主党が進めてきた、非正規労働者を削減する労働政策を元に戻すべきことだと私どもは考えます。
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久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。
著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。
E-mail:biokubota@nifty.com
平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。
E-mail: kentaro.hirata@processint.com