化石燃料の枯渇が迫るなかで、経済成長を求めて不要な公共投資などで財政赤字を積み増すMMT(現代金融理論)の実践例とされるアべノミクスのさらなる成長が日本経済を破滅の淵に追い込みます

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田 賢太郎

  1.  (要約);⓵ いま、デフレ脱却のために財政赤字を積み増して進められているアベノミクスのさらなる成長戦略が、米国生まれの「現代金融理論、MMT」の実践例とされ、参院選での消費税アップの是非の問題とも関連して政治の場でも議論の対象になっています⓶ 日本を含む先進諸国は、エネルギー消費を増加させないで経済成長を継続できる仕組みをつくり、これを利用して、経済のさらなる成長を続けてきました

     ⓷ 少ないエネルギーの消費でGDP を増加、すなわち経済発展を可能にする方法として、エネルギー多消費型産業の途上国への移転の方法がありますが、これらの方法の適用に限界がきているようです。そこで出てきたのが、成長のための財政赤字が怖くないと主張するMMTの魔法の杖です

    ⓸ 経済成長のための財政規模の拡大を推奨するMMTが成立するためには、経済成長を継続するためのエネルギーが必要です。しかし、これまで資本主義社会の経済成長を支えてきた化石燃料の枯渇が迫っています。この化石燃料エネルギー無しでは、経済成長はできません。これが、私どもがアベノミクスで日本経済が破綻すると訴える理由です

     

    (解説本文);

     いま、デフレ脱却のために財政赤字を積み増して進められているアベノミクスのさらなる成長戦略が、米国生まれの「現代金融理論、MMT」の実践例とされ、参院選での消費税アップの是非の問題とも関連して政治の場でも議論の対象になっています

    いま、日本では、永く続いたデフレからの脱却のためとして、景気の指標としてのGDPの伸びの回復(消費の低迷による不況からの脱出と言ってもよいでしょう)のために、公共投資などによる財政支出を拡大しています。その結果、安倍政権成立後の6年間で約360 兆円もの大きな国家財政の赤字が積み増されています(朝日新聞編集委員原直人氏の多事奏論の記事から)。この財政赤字に相当する金額が、国債として発行されていますから、この財政赤字の積み増しにより、日本経済の信用が失われて、国債の国際的な価値が暴落し、ハイパーインフレーション(超インフレ)が起こるとするのが、いままでの主流派の経済の専門家の意見でした。

    これに対して、「財政の赤字は怖くない。政府は、自国通貨を発行できる権限を持っているのだから、どんどんお札を刷って、経済成長を続けて行けばよい。超インフレなど簡単に起こらない。もしその兆しがあれば、すぐに正常な財政に戻せばよい」、これが、いま、主流派の経済の専門家に、「放漫財政のすすめだ」と批判されているMMT(Modern Moneytary Theory、現代金融理論)です。このMMTの誕生の地、米国において、異次元金融緩和を続けるアベノミクスのさらなる成長戦略が、このMMTの実践例だとして評価されています。財政赤字を増加させても、黒田日銀総裁が目標としている物価の2 % アップが達成できないのがその証拠だとされています。

    それはともかく、日本では、たまたま、参議院選挙を迎えたいま、デフレの継続で、国民の不況感が拭えないなかで(私どもには、そのような実感がありませんが)、このMMTが、消費の増大を目的とした財政投融資の増加(景気の回復)を訴える政治勢力(安倍擁護も反安倍も)の消費税アップへの対応に関連して、選挙の票を稼ぐための道具とされているようです。すなわち、このMMTが推奨する財政赤字の積み増しによる経済成長の要請の日本経済に与える影響が、その実態を解析・検討されることのないままに、このMMTの実践例とされるアベノミクスのさらなる成長が、政府により推進され続けています。

     

    ⓶ 日本を含む先進諸国は、エネルギー消費を増加させないで経済成長を継続できる仕組みをつくり、これを利用して、経済のさらなる成長を続けてきました

    資本主義社会は、成長の継続を前提として成り立っています。いま、日本政府は、永く続いた、怖いとされるデフレの脱却のために、何とかして、経済成長を継続させたいとしています。これが、アベノミクスのさらなる成長戦略です。日本エネルギー経済研究所計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データ(文献 1 )と略記)に記載のIEA(国際エネルギー機関)のデータをもとに世界各国の経済成長の指標としての国別の一人当たりの実質GDPの年次変化を図 1 に示します。ここで、GDPの値としては、国際的な比較を行うために世界の金融市場を支配している米ドル基準の為替レートを考慮した実質GDPの値を用いました。また、各国の國民にとっての豊かさを比較するために、GDPの値として、各国の一人当たりのGDPの値を用いました。

    この図 1 は、いま、大きな問題になっている、ODCD 35 に代表される先進諸国と非OECDに代表される途上国との間に私どもが考えていた以上の大きな貧富の格差があることを明瞭に示しています。

    注; 各国のプロット(線)別の国名は、2016年の値で上から順に記入してあります。世界の値は、平滑な緑の線です。

    図 1 世界各国の一人当たりの実質GDPの値の年次変化

    (エネ研データ(文献1 )に記載のIEAデータをもとに作成)

     

    これに対して、この経済成長を支えるエネルギーとして、同じエネ研データ(文献 1 )に記載のIEAデータで用いられている各国の石油換算の一次エネルギー消費量の年次変化を図 2 に示しました。ただし、エネ研データ(文献 1 )によると、この石油換算のエネルギー消費量 toe と、国内で用いられているエネルギーの単位kcal の値には、次式の関係があります。

    1 toe(石油換算トン)= 107 kcal               ( 1 )

    注; 各国のプロット(線)別の国名は、2016年の値で上から順に記入してあります。

    図 2 世界各国の一人当たりの一次エネルギー消費の年次変化

    (エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAデータをもとに作成)

     

    図 1 と図 2 を比較すると、図 2 に示すように、先進諸国において、今世紀に入ってからの一人当たりの一次エネルギー消費量のかなり顕著な減少がみられる中で、図 1 に示すように、一人当たりのGDPの増加がみられます。すなわち、先進諸国には、エネルギーを消費しないでも経済成長ができる仕組みができているとみることができます。

    この両図のデータを用いて、世界各国の一次エネルギー消費量当たりのGDPの増加量を示したのが図 3 です。

    注; 各国のプロット(線)別の国名は、2016年の値で上から順に記入してあります。

     図 3 各国の一次エネルギー消費量当たりの実質GDPの増加量の年次変化

     

    この図3 に見られるように、ブラジルにおける他と異なった傾向を除いて、全ての国が、一次エネルギーギー消費当たりのGDPを年次増加させています。すなわち、全ての国が、資本主義社会のなかで自国を豊かにするために努力をしていることが判ります。

     

    ⓷ 少ないエネルギーの消費でGDP を増加、すなわち経済発展を可能にする方法としてエネルギー多消費型産業の途上国への移転の方法がありますが、これらの方法の適用に限界がきているようです。そこで出てきたのが、成長のための財政赤字が怖くないと主張するMMTの魔法の杖です

    いま、世界で、一次エネルギー消費当たりのGDPを年次増加させるために、三つの方法が用いられています。

    先ず、先進国、途上国を問わず一様に一次エネルギー消費当たりのGDPの値を上昇させているのは、いわゆる省エネ技術の適用です。それは、エネルギー消費設備でのエネルギー利用効率の向上努力で、例えば、火力発電での発電効率の向上などがあります。

    次に、先進諸国において用いられている方法として、エネルギー多消費型産業の途上国への移転があります。この方式の採用では、先進国で、この移転対象とされてエネルギー多消費型産業での従業員が、新しいエネルギー消費の少ないIT産業などに受け入れてもらう必要がありましたが、日本を含む多くの先進国で、どうやら、それができたと言ってよさそうです。それは、この産業構造の変化を受け入れてくれる途上国が存在したからです。また、このエネルギー多消費型産業の受け入れ先の途上国にとっては、その国の経済発展にも貢献します。日本の場合、隣国の中国をはじめとして、経済発展を必要とする新興途上国が多数ありました。これが、図 3 に見られるように日本における1980 ~2000年頃にかけての一次エネルギー消費当たりのGDPの大きな増加とみてよいしょう。

    しかし、いま、経済成長を支えているエネルギーとしての化石燃料資源の枯渇が迫り、その国際市場価格が上昇するなかでは、図2に見られるように、その消費量を減少せざるを得なくなり、結果として、図 1 に見られるように、日本だけでなく、先進諸国が一様に、GDPの伸びの停滞を示すようになりました。そこで、出てきたのがMMTの魔法の杖ではないでしょうか? すなわち、経済成長を続ける(国内景気を煽る)ための公共投資などにお金を使う内需の拡大です。しかし、超低金利政策による円安誘導による貿易収支の黒字で、そのお金を調達できなくなっている日本の場合、そのお金が日銀の国債発行で賄われたのです。結果として、国家予算が増加し、図 1 に見られるようにGDPは上昇しましたが、国家財政の赤字が世界最悪と言われる額に膨れ上がり。具体的には、国家予算の230 %の約1000兆円に達するとされていますが、いまのところ、主流派の経済学者が懸念する超インフレは起こっていませんし、日銀黒田総裁が訴える、デフレ退治のための物価の2 %アップの目標も達成できていません。これが、いま、アベノミクスのさらなる成長が、MMT実践例だと言われる理由です。

    では、このまま、財政赤字を積み増すアベノミクスのさらなる成長を継続しても日本経済は大丈夫なのでしょうか?

     

    ⓸ 経済成長のための財政規模の拡大を推奨するMMTが成立するためには、経済成長を継続するためのエネルギーが必要です。しかし、これまで資本主義社会の経済成長を支えてきた化石燃料の枯渇が迫っています。この化石燃料エネルギー無しでは、経済成長はできません。これが、私どもがアベノミクスで日本経済が破綻すると訴える理由です

    確かに、上記(⓶)の図 1 に見られるように、経済成長の指標とされるGDPの年次変化で見る限り、日本経済は、成長を継続しているように見えます。しかし、公共投資などによる財政規模の拡大はGDPを増加させますが、これは、デフレ対策としての景気の回復のための消費の拡大によるものでであって、見かけの成長と言ってよいでしょう。このGDPの増加分が国家財政の赤字となって残っています。

    いま、MMTの信奉者が、この財政赤字を怖くないと訴えるのは、今後も、経済成長が続けば、その成長による事業収益からの税収の増加で、赤字財政が解消できるとしているからです。しかし、いままで、経済成長を支えてきた化石燃料は、やがて確実に枯渇の時を迎えます。ここで、枯渇と言うのは、その資源量が少なくなり、その国際市場価格が高騰し、その消費量が抑制されることです。したがって、化石燃料資源の枯渇が迫るなかでは、今後の経済成長は望めないのです。これが、現在の世界的な不況なのです。

    これに対し、化石燃料が無くなっても、その代替として再生可能エネルギー(再エネ)が使えるからよいではないかと思われているようです。しかし、化石燃料の枯渇後、その代替としての再エネの利用では、現用の化石燃料エネルギーの利用に較べて、エネルギーの利用効率がかなり低下ししますから、いままでのような経済成長の継続は望めなくなります。すなわち、エネルギー源としての化石燃料代替の再エネの利用は、化石燃料の枯渇が迫り、その国際市場価格が高騰して、再エネを利用する方が経済的に有利になってからの利用でよいのです。詳細は私どもの近刊(文献2 )をご参照下さい

    これを言い換えると、やがて、確実に枯渇する化石燃料をエネルギー源としなければならない現状で、経済成長を続けるために公共投資など財政規模を拡大するすることは、現在の財政赤字を解消できるどころか、エネルギー源としての化石燃料のほぼ全量を輸入しなければならない日本では、その輸入金額に相当する財政赤字を、さらに積み増すことになるのです。この財政赤字分の国債の発行を継続すれば、MMTを批判する経済の専門家の多くの方が言われるような超インフレが起きて、日本経済が破綻するリスクは避けられないと考えるべきです。すなわち。米国生まれのMMTは、成長のエネルギー源の化石燃料を自給できる米国では成立できても、化石燃料の輸入国日本では成立しないのです。

    したがって、この財政赤字の積み増しによる超インフレのリスクを避けるにも、いままでの超低金利政策によるアベノミクスのさらなる成長戦略から脱却して、財政規律を重視した健全財政を取り戻すことが必要になります。これが、私どもがアベノミクスのさらなる成長で日本経済が破綻すると訴える理由です。

     

    <引用文献>

    1、日本エネルギー経済研究所計量ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧 2019、(財)省エネセンター 2019年1
    2、久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月

 

ABOUT THE AUTHER

久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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