世界経済の成長を支えてきた中国発の新型コロナウイルスの問題が、人類生存の危機を訴えています。この問題による世界経済の成長の停滞を率直に受け止め、世界の全ての国の協力で、この問題を根本的に解決することが、人類生存の危機を防ぐ唯一の道です
|東京工業大学名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎
(要約);
⓵ 新型コロナウイルスの蔓延による中国経済のマイナス成長の予測が、日本のGDPの年率6.3 %減をもたらすと報道されても、日本政府は、人類の生存にとっての、この問題の深刻さを真剣に受け止めていなかったようです
⓶ 世界の経済成長に大きな影響をあたえている各国について、その経済成長の指標とされているGDP(国内総生産)の値と、このGDPの値を支配している一次エネルギー消費の値を比較してみて判るように、いま、世界の工場と言われるようになった中国の経済成長が、先進諸国の経済成長を支えていることを明瞭に示しています
⓷ 化石燃料資源の枯渇が迫るなかで、世界経済は成長を継続できません。いま、中国経済に破滅的な影響を与えようとしている新型コロナウイルス問題の国際的な協力による解決に成功することが、人類が生き延びる唯一の方法を教えてくれると考えるべきです
⓸ 今回の新型コロナウイルス問題に対する我が国の対応についての国際的な非難に応える方法として、私どもは、日本政府が、この問題に関わる経済成長の停滞を率直に受け入れるとともに、中国を含む世界の全ての国と協力して、できるだけ速やかにこの問題の解決のために全力を尽くして頂くことを訴えさせて頂きます
(解説本文);
⓵ 新型コロナウイルスの蔓延による中国経済のマイナス成長の予測が、日本のGDPの年率6.3 %減をもたらすと報道されても、日本政府は、人類の生存にとっての、この問題の深刻さを真剣に受け止めていなかったようです
朝日新聞(2020/2/18)の報道「時時 刻刻」欄の報道です。その見出しに、
景気 腰折れの懸念 GDP 落込み 政府「予想以上」増税後の消費回復鈍く
新型肺炎拡大追い打ち 月例報告 政府の判断注目
とありました。
この報道によると、昨年(2019年)10 ~12月期の国内総生産(GDP)の1次速報値は、物価の変動を除いた実質(季節調節値)で、前期 ( 7 ~ 9月期 )より 1.6 % 減で、マイナス成長は、6 四半期ぶりで、昨年10月からの消費税の増税に、台風被害も重なり、個人消費の低迷が大きく影響したとあります。内需を支える他の項目としての企業の設備投資の3.7 % 減(前期は0.5 % 増)もあり、企業業績の悪化も影響したとあります。これまで、政府は、増税後の景気の後退は一時的なもので、年明け以降は、緩やかな回復基調に戻ると見ていたようです。しかし、今回は、この景気回復が思うように進みません。そのなかで、出てきたのが、新年になって中国で始まった新型コロナウイルスの蔓延による中国経済の減速予測の影響だと考えられます。すなわち、この新型コロナウイルス問題による中国経済の大幅な減速が、いま、安倍政権が必死に求めている日本の景気を本格的に後退させるのではないかのとの懸念につながり、上記の今回発表された政府の月例報告のなかのGDP年率6%減の予測数値のなかに示されているのではないかと考えられます。
すなわち、異次元低金利政策よるアベノミクスのさらなる成長戦略によって、日本の政治史上で最長となる政治権力を維持して来た安倍政権にとって、昨年の消費税増税による国内景気の後退は、ある程度は覚悟していたことでしょう。しかし、それが、GDP年率6 % 減となると、まさに、政府の経済政策の責任を問われ兼ねない大問題になると考えた政府は、今回、たまたま起こった新型コロナウイルスの問題を、この日本経済のマイナス成長の原因として押し付けようとしていたのではないでしょうか?
これを違った角度から眺めてみると、いま、世界経済の成長を支えてきた化石燃料の枯渇が迫るなかで、政府の経済政策の担当者には、下記(⓶)に示すような、世界経済の成長を支持してきた中国経済の大きな役割が正しく認識されていなかったのではないかと見ることもできます。
⓶ 世界の経済成長に大きな影響をあたえている各国について、その経済成長の指標とされているGDP(国内総生産)の値と、このGDPの値を支配している一次エネルギー消費の値を比較してみて判るように、いま、世界の工場と言われるようになった中国の経済成長が、先進諸国の経済成長を支えていることを明瞭に示しています
日本経済研究所計量・分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データ(文献 1 )と略記)から、世界経済に大きな影響を与えている各国の一人当たりの実質GDPの値の年次変化を図 1 に示しました。ただし、ここでのGDP(国民総生産)の値としては、各国間の実質的な経済力を比較するために、現在、世界の金融市場を支配している米国ドルの2010年の年平均為替レート換算の値を示すとしてWorld Bankにより与えられている実質GDPの値を用いました。
図 1 世界および各国の一人当たりの実質GDPの値の年次変化
(エネ研データ(文献1 )に記載のIEA(国際エネルギー機関)データをもとに作成)
この図 1 に見られるように、先ず、先進諸国の値と、中国を代表とする途上国との間の一人当たりの実質GDPの値には、非常に大きな違いがあることが判ります。なお、国によって違いますが、高度の経済成長を続けて来た先進諸国のGDPの値の伸びに停滞が見られようになったなかで、再び、その伸びを活性化させたのが、1990年頃から始まった中国の異常とも見られる経済成長、すなわちGDPの増加です。その絶対値でなく、一時、10 % を超えた増加比率の値です。
図1に見られるように、この中国の高度経済成長が、先進諸国の経済成長を支え、世界人口の増加が続くなかで、世界平均の一人当たりのGDPの増加率のプラスの維持をもたらしているのです。
ところで、この世界および各国のGDPの増加、すなわち、経済成長の継続を支えるにはエネルギーが必要です。
同じエネ研データ(文献1 )から、世界および各国の経済成長のためのエネルギー消費の指標となる一人当たりの一次エネルギー消費(石油換算㌧)の年次変化を図2 に示しました。ここで、一次エネルギー消費量は、現代文明社会の経済成長を支えている化石燃料、なかでも、その用途が広く、単位発熱量当たりの国際市場価格(例えば、日本の場合、その輸入CIF価格(現地の購入価格に輸送コストと保険料を加えた価格))が最も高い石油の質量(石油換算㌧)で与えられます。ただし、二次エネルギー消費量で与えられる電力のなかの水力、原子力、さらに最近用いられるようになった新エネルギー(再生可能エネルギー)については、その一次エネルギー消費量への換算の方法が、国内と国際で違いがありますが、ここでは、国際(IEA)で用いられている値を用いました。
図 2 世界および各国の一人当たりの一次エネルギー消費(石油換算㌧/人)の年次変化 (エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAデータをもとに作成)
この図 2に見られるように、先進諸国の一人当たりの一次エネルギー消費量は、21世紀に入るとともに年次減少しています。これに対して、この先進諸国の一次エネルギー消費量の減少は、途上国としての中国の高度経済成長に入った時期とほぼ一致しています。すなわち、いまや世界の工場になった人口の多い中国での一次エネルギー消費の増加量が、先進諸国の一次エネルギー消費量の減少量とほぼ等しいとみてよく、現状の世界経済の成長が、中国の経済成長で支えられていることを示していると見てよいでしょう。
この図 1 と図 2 の両図に用いたIEA(国際エネルギー機関)データから、世界および各国の単位一次エネルギー消費量当たりのGDP の値を求め、その年次変化を図 3 に示してみました。
図 3 世界および各国の一次エネルギー消費当たりの実質GDP の値の年次変化
(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAデータをもとに作成)
この図 3 に見られるように、2000年以降、高度の経済成長を遂げた中国とともに、ここに示した先進諸国の単位エネルギー消費当たりのGDPの値が大きく増加しています。この原因としては、これらの先進諸国において、一次エネルギー消費の大きい一次産業を、中国を主とする途上国に移転することで、少ない一次エネルギー消費の値を用いて、効率よくGDP(国内総生産)を増加させることに成功したためと考えることができます。
一方、これを世界の製造業を引き受けている途上国の側から見ると、その代表例と見ることができ、いまや世界の工場を自任する中国においてさえ、図3 に見られるように、単位一次エネルギー消費当たりの実質GDPの値は、世界平均の値を大きく下回っています。それは、この中国を含む発展途上国の一人当たり実質GDPの値が、図1 に見られるように、先進諸国の値に較べて大幅に小さく、結局、中国を含む途上国の多くでは、今でも安価な、その国の労働力に頼って、世界の経済成長支えるための世界の工場の役割を果たしていると言ってよいでしょう。
⓷ 化石燃料資源の枯渇が迫るなかで、世界経済は成長を継続できません。いま、中国経済に破滅的な影響を与えようとしている新型コロナウイルス問題の国際的な協力による解決に成功することが、人類が生き延びる唯一の方法を教えてくれると考えるべきです
上記(⓶)したように、世界の工場の役割を担うことで、世界経済成長の継続を支えている中国経済に、いま、大きな試練がやってきました。それが、この世界の工場の中心とも言える武漢市を含む湖北省で発生した新型コロナウイルスの問題です。まだ始まったばかりで、何時、収束するかの見通しさえ立たないこの新型コロナウイルスの問題が、中国経済に大きな打撃を与えているのです。
中国経済の問題に詳しく、日中間の経済政策面での友好を訴える著書(文献 2 )もあるキャノングローバル研究所の瀬口清之氏によれば、この新型コロナウイルス問題が起こる前の中国経済は、ー昨年来の米国との間の貿易摩擦問題に一定の妥協的な解決ができて、今年目標としていたGDP 6 %台の成長率が何とか達成できると見られていたようです。それが、いま、この新型コロナウイルス問題の収束の目途が全くつかないなかで、今年の第1四半期の中国経済はマイナス成長になるのではとさえ予想されています。これが、第2次大戦後、毛沢東による専制政治により、世界の経済成長に大きく後れをとった中国が、上記(⓶)したように、1990年代以降、世界の生産工場になることで驚異的な高度成長を遂げたなかで起こった今回の新型コロナウイルスの問題なのです。
今回のこの問題で、上記の瀬口氏が言われるように、中国経済の、したがって、この中国経済の成長に支えられてきた世界経済の」の大幅なマイナス成長は避けられないと考えられます。すなわち、政治権力を維持するための経済成長を継続することはできなくなるのです。したがって、今後、中国経済が、したがって人類が生き残るためには、経済成長にマイナスが与えられることがあっても、先ず、その蔓延を防ぐための徹底的な対策を取ることで、この新型コロナウイルス問題を一刻も早く収束させなければならないのです。そのためには、このウイルスに罹患した人々が生活する地域での生産活動を一次停止する政治的な措置を取ることも止むを得ないでしょう。それは、中国の国内問題にとどまらず、国際貿易の問題にも影響します。すなわち、この新型コロナウイルスの伝染の原因と、それを防止するための病理科学的研究での国際的な協力も必要とする人類生存の問題にもつながるはずです。さらに、これを中国の場合について言えば、今回の経済成長の停滞は、農民戸籍の労働者と、都市戸籍の労働者との間の貧富の格差を縮小するために役立つとして進められてきた経済成長政策に対して、経済成長ができなくとも、この貧富の格差を縮小するには、どうしたらよいかについて、改めて考える機会を与えてくれたとして捉える必要があります。
このように考えると、この今回の新型コロナウイルスの問題は、我々、地球上の人類にとって、天が与えてくれた試練だと考えることもできます。すなわち、今回のこの問題の解決に成功することが、人類が化石燃料枯渇後の社会に生き延びるための唯一の世界平和構築の国際協力の道を教えてくれると考えるべきです。
⓸ 今回の新型コロナウイルス問題に対する我が国の対応についての国際的な非難に応える方法として、私どもは、日本政府が、この問題に関わる経済成長の停滞を率直に受け入れるとともに、中国を含む世界の全ての国と協力して、できるだけ速やかにこの問題の解決のために全力を尽くして頂くことを訴えさせて頂きます
最後に、今回の新型コロナウイルス問題についての、特に、クルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号乗客についての日本政府の対応についての国際的な非難の問題について触れさせて頂きます。この問題に対する今回の政府の対応については、甘さが見られると言ってよいと思います。確かに、この問題は、今までに経験したことのない事態ですから、それは、止むを得なかったとも考えられます。
しかし、日本政府が、この問題を真剣に取り上げるようになったのは、瀬口氏が言われるような、中国経済への打撃を通しての日本経済への深刻な影響が言われるようになってからのように見えます。2月21日のNHKニュースでも日銀黒田総裁が、この日本経済への打撃を防ぐために、現在の超低金利政策を一段と進める必要性を訴えているのを見て、私どもは、大きな違和感を持たざるを得ませんでした。これは、経済政策を担当する日銀総裁としては当然の対応かも知れません。しかし、このような対応により、今回の新型コロナウイルスの問題による日本経済への打撃が、単に、政権維持のために進められている経済成長政策を阻害すものとして捉えられ、政府による景気対策としてのアベノミクスのさらなる成長戦略が、より一層進められ、結果として、世界一とも言われる国家財政の赤字をさらに積み増すことで、日本経済が破綻の淵に追い込まれることになるのです。
もう一つ、これは、私どもが、今回の新型コロナウイルス問題が始まったときから感じていたことですが、日本政府の上層部は、今回の新型コロナウイルス問題を余り深刻に考えていなかったような気がします。むしろ、政権維持に影響を与え兼ねない「桜を見る会」から、世論の目をそらす格好の材料が出てきたとの捉え方がされていたのではないでしょうか?これは、この問題の発祥地の中国の情報が正確に伝えられていなかったためとも考えられます。しかし、いまだに、その収束の目途が立たず、日に日に感染者の数を増している今回の新型コロナウイルス問題に直面して、いま、日本政府にお願いすべきことは、この問題に関わる日本経済成長の停滞を防ぐための経済政策に力を注ぐことではなく、再び起こると考えられる、今回のような人類生存に関わる危機の問題に的確に対処できるような政治的な協力体制を、中国を含む世界の全ての国とともに創ることだと言わざるを得ません。
<引用文献>
- 日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2019、省エネルギーセンター、2019年
- 瀬口清之;日本人が中国を嫌いになれないこれだけの理由、日経BP社、2014年
ABOUT THE AUTHER
久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。
著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。
E-mail:biokubota@nifty.com
平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。
E-mail: kentaro.hirata@processint.com