再エネ電力を水素に変換して利用しようとする水素エネルギー社会は幻想に終わります

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

(要約);

⓵ 再エネ水素(再エネ電力からつくられた水素)の建物・街区での利活用が計画されているようですが、私ども化学技術者の目から見れば、生活圏のなかに水素を取り入れることは、危険な行為と言わざるを得ません。経済性から考えても、再エネ電力は、そのまま、電力として、直接利用すべきことを主張させて頂きます

⓶  化石燃料枯渇後の再エネ電力は、それを直接使う方が経済的に有利です。国策プロジェクトでなければ成り立たない、この再エネ電力を水素に変換し、燃料電池で電力に再変換して、その電力を利用する水素エネルギー社会は幻想に終ります。正しいエネルギー政策の創設に、日本の科学技術者の責任が厳しく問われるべきです。

 

(解説本文);

⓵ 再エネ水素(再エネ電力からつくられた水素)の建物・街区での利活用が計画されているようですが、私ども化学技術者の目から見れば、生活圏のなかに水素を取り入れることは、危険な行為と言わざるを得ません。経済性から考えても、再エネ電力は、そのまま、電力として、直接利用すべきことを主張させて頂きます

私どもが所属するもったいない学会が、1月24日(2020年)下記のような公開サロンを開催しました。

話題提供者:沼田茂生氏(清水建設(株)技術研究所)

提供話題:再エネ水素の建物・街区の利活用に向けたエネルギーシステムの開発と実証

残念ながらこの公開サロン、私どもは、のっぴきならぬ事情で参加できませんでした。したがって、ご講演の具体的な内容については、この公開サロンの終了後、その概要を、もったいない学会会長の大久保泰邦氏からご提供頂いた講演内容の資料でしか知ることができませんでした。しかし、このご講演のタイトルにある「再エネ水素の建物・街区の利活用」は、再エネ水素を、私どもの生活圏に引き入れようとするもので、その実用化には、私ども化学技術者から見て、下記するような重要な問題点があることを指摘させて頂かざるを得ないと考えました。なお、これは、エネルギー科学技術を学ぶ私ども化学技術の専門家としてのかねてからの「水素エネルギー社会の実用化」問題に対する素朴な疑問であって、このサロンの話題提供者の沼田氏にお気にさわる点があったら、学術上の問題として、お許し頂きたいと願っています。

ここで、再エネ水素とは、化石燃料の枯渇後、その代替としての利用が期待されている再エネ電力を用いて、水の電気分解により製造される二次エネルギーとしての水素です。この水素を、私ども市民の生活用に利用するに際して、技術的に大きな問題となるのは、この再エネ水素を、それが製造された場所から利活用される場所まで輸送する手段です。分子量の小さい水素は、非常に漏洩し易いために、都市ガスのような安価な鋳鉄管のパイプラインを用いることができません。また、この問題が解決できたとしても、漏洩した水素が空気中の酸素と反応して、重大な爆発事故を引き起こします。前20世紀の初め、産業革命以降、増加を続けるようになった世界人口に食料を供給するための最重要な発明とされた空中窒素の固定による化学肥料用のアンモニアの製造原料としての水素が、化学工場において重大な爆発事故を引き起こしました。その後も、化学工場における爆発事故の主役は、化学工業用原料として用いられる水素だと言ってよいでしょう。

いま、この危険な水素を私どもの生活のなかに持ち込もうとしているのが水素をエネルギー源とした燃料電池車(FCV)です。FCVに用いられる水素は。その製造場所から、現用のガソリンスタンドに代る水素ステーションまで超低温で液化されて運ばれ、それが、FCVの650気圧のボンベに充填されます。しかし、この運搬のための液化のコストが、FCV用の水素の価格を非常に高くしているのですが、FCVの実用化のための安全性は、この液化輸送と、高圧貯留で、十分保障されていて問題がないとされています。とは言え、ほかに代替案があれば、こんなことしないで済ませたいと私どもは考えます。実は、それがあるのです。それは、化石燃料の枯渇後の再エネ電力の利用で車を走らせるのであれば、この再エネ水素のもとの再エネ電力を直接使って走る電気自動車(EV)を走らせればよいのです。同じ再エネ電力で自動車を走らせるのであれば、その電力で水素をつくり、その水素を再び電力に戻してFCVを走らせるより、直接、再エネ電力を用いて、EVを走らせた方がはるかにエネルギー効率が良く、経済的なことは、余りにも明白です。さらには、高価な燃料電池と水素ボンベを積んだFCVの車体価格は、現在、EVの2倍以上していますが、その差が将来とも縮小することはないと考えられます。

なお、いま、水素の生活用の利用では、燃料電池を用いた家庭での発電設備 エネファームが、市販されていますが、そこで用いられているのは、都市ガスのパイプラインから供給される天然ガスから各家庭でつくられる水素であって、この水素が、将来、再エネ水素にとって代わることは、上記したように、その輸送上の問題からも、困難と言わざるを得ません。

ところで、この沼田氏の「再エネ水素の建物・街区の利活用」では、この水素の貯蔵に水素吸着合金(通常、水素吸蔵合金とよばれています)を利用することを考えておられます。確かに、水素を貯蔵する方法として、圧縮、液化、有機化合物との化学結合、アンモニア合成などに較べれば、この水素吸蔵合金を用いる方法は、はるかに安全で、経済的にも実用化の可能性が大きいと考えてよいでしょう。したがって、この水素吸蔵合金の利用は、上記の燃料電池車(FCV)の開発の過程でも、先ず取り上げられたはずです。しかし、その単位金属質量当たりの水素吸蔵量が余りに小さく、実用化に至らず、水素の輸送には、液化、車の搭載には、圧縮容器の利用で、FCVの実用化が図られたのです。もちろん、沼田氏のご研究の建物・街区での再エネ水素の利活用では、水素吸蔵用金属の重さは問題にしなくてもよいでしょう。

しかし、問題になるのは、やがて、確実にやって来る化石燃料の枯渇後に、現用の火力発電の電力の代わりに、再エネ電力を用いなければならないとして、その再エネ電力を水素に変換して建物・街区で利活用しなければならない理由が、果たしで存在するかです。すなわち、どうしても、再エネ電力を使わなければならなくなった時には、上記のFCVにおけるように、建物・街区においても、再エネ電力を、直接、電力のままで用いればよいのです。唯一、建物・街区での再エネ水素を用いる必要があるとしたら、それは、自然災害により、電力の供給が一時的に遮断された時の電力の備蓄のための再エネ水素の利用ではないでしょうか?とは言っても、この非常用電力の供給であれば、現状では、液体燃料を使うジーゼル発電機が利用できますし、石油枯渇後であれば、再エネ電力を貯留する蓄電池の利用があります。

このように考えると、申し訳ありませんが、この沼田氏のご研究テーマは、「初めに再エネ水素の利用ありき」で始められた国策研究以外の何ものでもないと言わざるをえません。この研究に必要な資金は、共同研究者の国の産総研により提供された国民のお金(税金)で賄われているのでしょう。すなわち、企業の研究であれば、当然行われるべき「事業化可能性調査研究(F/S; フィジビリティスタデイ)」が行われていれば、このような開発研究テーマは選ばれなかったと考えられます。

 

⓶ 化石燃料枯渇後の再エネ電力は、それを直接使う方が経済的に有利です。国策プロジェクトでなければ成り立たない、この再エネ電力を水素に変換して燃料電池で電力に再変換して、その電力を利用する水素エネルギー社会は幻想に終ります。正しいエネルギー政策の創設に、日本の科学技術者の責任が厳しく問われるべきです。

水素ガスをエネルギー源として、それを熱エネルギーに変換させることなく、直接、電力を生産することができる「燃料電池」は、前世紀のすばらしい科学の発明です。この発明の実用化が、日本では、先ず、電力中央研究所の研究開発課題とされたと記憶します。しかし。この技術は、大量の電力生産の目的には経済的にも不向きであるとして、その実用化が断念されたのではないでしょうか?そのなかで出てきたのが、トヨタが開発した燃料電池車(FCV)ミライの市場化です。これが未来の日本の主要な輸出産業に成長するとして、政治的に取りあげた安倍首相は、市販開始直後のFCVに試乗して宣伝マンの役割を務めました。

国内の自動車生産企業の盟主として、ガソリン自動車に電動車の機能を利点として組み入れたハイブリッド車を開発したトヨタが、未来の夢の電動車FCVの開発実用化に成功したことは技術立国の日本にとっては喜ばしいことでしょう。しかし、政治が、これを、政治権力を維持するためのアベノミクスのさらなる成長の道具とて利用して、その販売促進のための補助金に国民のお金(税金)を使うことには問題があると考えた私どもは、当時、私どもの一人の久保田が投稿を許されていた国際環境経済研究所( ieei )のウエブサイトに、上記の趣旨の論考の掲載をお願いしたところ、この論考の内容は、産業界の自由な活動を批判するもので、掲載できないと断られました。自由な意見陳述が許されるべきウエブサイトへの、この論考の掲載不許可にはいささか心外でしたが、私(久保田)には、経団連の経済的な支援を受けているieeiの客員としての投稿を許されていた立場でしたので、この措置を了解せざるを得ませんでした。しかし、事はそれに止まりませんでした。それから間もなく、私(久保田)の全てのieei への投稿が許されなくなりました。

いま、再エネ水素の利用の方法としては、海外において安価に製造される再エネ電力でつくられた水素を液体の有機化合物と化学的に結合した形で、日本まで持ってきて、日本で、この化合物から水素を分離し、電力に再生して利用する方法も国策プロジェクトとして進められています。具体的には、中東で太陽熱発電でつくられた再エネ水素が対象になっています。しかし、再エネ電力は国産することで、現用の輸入化石燃料の代替として利用可能となるのです。国産の再エネ電力としては、現在の総発電量の4.7倍の導入可能量が推定されている風力発電が利用できる以上、こんな手の込んだ、お金のかかる方法を利用して、水素を中東から、石油の代わりに持ってくる必要は無いと考えるべきです。

いずれにしろ、いま、本稿の上記(⓵)にも記したように、このFCVとして実用化された燃料電池の技術に対して、世界の再エネ水素利用の未来は、それを直接利用した電気自動車の時代に移り変わろうとしています。再エネ水素はあくまでも二次エネルギーとしての水素です。再エネ電力があっての、その利用の形態としての水素なのです。再エネ電力をそのまま使うか、その二次エネルギーとしての再エネ水素を利用するか、その選択は、市場経済原理により決められるべきです。

化石燃料の枯渇後に利用される再エネ電力は、それを直接使う方が経済的に有利なことは、誰にでも判る科学技術の原理です。国策プロジェクトでなければ成り立たない、この再エネ電力を水素に変換して燃料電池で電力に再変換、その電力を利用する水素エネルギー社会は幻想に終らざるを得ません。

正しいエネルギー政策の創設に、日本の科学技術者の責任が厳しく問われなければなりません。

 

ABOUT THE AUTHER

久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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