藻類人工栽培で安い石油は可能か?:エントロピーで考える

石油は、主として藻類がオリジンであって、それが特別の地質環境下で地質的な長い時間かけて熟成し、濃集したものである。2006年に世界が石油ピーク(プラトー状態)を迎え、数年後には石油減耗のステージなると、現在の経済規模に対して加速的に石油不足になっていくこと間違いない。そこで藻類から人工環境下で、石油を超スピード促成させようとの研究が広がっているが、安い石油が得られるのであろうか。

ポトリオコッカス藻の光合成石油の非採算  

最近まで、ポトリオコッカス藻の石油生成が研究され、経済性の評価がなされてきた。 ポトリオコッカス藻は光合成で石油生成されるが、培養速度が遅く生産コストが800円/㍑、 即ち、1バーレル当たりの生産コストが13万円近くかかる。これに事業的諸経費、クラッキング(精製)コスト等を加えると、おおむね30万円/バレル=3,000ドル/バレルであろう。結局、天然石油代替として事業化、商品化にならないと判断されている。

オーランチオキトリウム藻の栄養栽培による石油生成

次に最近になって、オーランチオキトリウム藻による人工的な石油生成の研究が登場している。オーランチオキトリウム藻は、光合成でなく、栄養で培養することによって石油を生成し、排出する。研究室ではブドウ糖等の供与で実験がなされている。大量生産事業の段階では、有機排水に含まれる栄養によってオーランチオキトリウム藻は石油生成・排出できるとのことである。 研究成果の詳細に立ち入るまでもなく、この道の専門研究者の紹介記事の内容(以降、「紹介記事」と常識的な仮定でもって、事業可能性について検討を試みる。
「紹介記事」を解釈すると、広さ1ha、深さ1mのオーランチオキトリウム藻を培養する池を用意し、それに有機排水培養液を満たす。オーランチオキトリウム藻培養速度は非常に早く、池の培養水を4分間隔で3分の2ずつ継続的にリプレースする。すると、年2200回のリプレースがなされ、オーランチオキトリウム藻から排出される石油(重油質)の年収量1万トンとされるという。
これだけ見ると、オーランチオキトリウム藻は、光合成でなくて有機排水の供与、より具体的には都市にお生活排水の有機成分を栄養供与されれば、早い培養速度で石油を生成・排出する、有機排水処理にも役立つすごい藻類だと誰しも思うし、本当かな?とも思う。

藻類栄養栽培にエントロピーは何を教えるか

ここで、有機排水を栄養をオーランチオキトリウム藻に供与し、石油を生産・排出させる生産プロセスを、エントロピーの原理によって、以下のように特徴付けすることができる。
① 【エントロピーの高い原料使用】有機排水は研究室試験で用いるでのブドウ糖に比べて、非常にエントロピーの高い。これを原料としてオーランチオキトリウム藻という生体システムでもって、低エントロピーの石油を促成生産する工程である。 有機排水のオリジンは各家庭や施設からの下水である。有機排水よりさらにエントロピーが高いモノが元々の 原料であるため、さらに多量の低エントロピーエネルギーの投入が必要である。
② 【低エントロピーエネルギーの投入】したがって、この生産工程には、多量の低エントロピーエネルギーの投入が必要である。そして石油生産に伴って、さらに高いエントロピー廃棄物が排出される。
③ 【さらにエントロピーの高い廃棄物排出】そして石油生産に伴って、原料に付着していた「汚れ、」および低エントロピーエネルギー使用による廃物・廃熱からなる高いエントロピー廃棄物が排出され、生産工程全体で、エントロピーが増大する。

想定されるオーランチオキトリウム藻による石油生産の工程


  この生産工程について、多少詳しく想定してみる。 「紹介記事」によると、培養池【C】の容積10,000m3を4分間隔で6,667m3ずつ入れ替える、即ち流量1,667m3/分の培養液をコンスタントに流出・流入させることになる。
 次に、培養液としての有機排水は、一日当り4.1万トン=年1500万トン必要である。 この「原液」である都市下水をどうやって集め、培養池に注ぐのか。また、予め下水の中の固形成分、藻類成長に有害な混在物をどのように除去するのか。これにも大量の低エントロピーエネルギーが必要である。  
培養池【C】のアップストリームでは、有機排水の「原液」の多くの部分はヒトの糞尿を含む生活雑排水で、大量供給源は大都市である。下水道をとおして下水処理前貯水槽【A】 に集水する。きれいな有機排水にして下水処理後貯水槽【B】に分離貯水する。残りの固形物等は残滓貯留槽【E】に貯める。きれいな有機排水は、その後に培養池【C】にオーランチオキトリウムの若い藻とともに供給される。貯水槽【A】、貯水槽【B】を設けるのは、培養池【C】への供給量を定常的にするためである。このプロセスを流量1,667m3/分をコンスタントに続けなければならない。   ヒトが生活で廃棄・排出する有機廃物排出量を、ひとり当たり概算2.7kg/日、1トン/年としてみる。1,300万人都民が直接出する有機排水の原液量は、固形物等を含めても1,300万トン/年となる。これはオーランチオキトリウム藻が石油1万トンを生成するに必要とされる培養液量1500万トン/年にも満たない量である。農山地の人々や動植物が排出する拡散したエントロピーの高い有機排水原液を、培養池近くまで運び利用することは、消費エネルギー、コストの両方で論外であることは明白である。
培養池【C】で石油生成・排出を含んだ培養液1,667m3/分は、石油分離器を通して、石油槽【D】とオーランチオキトリウム藻の残滓貯留槽【E】へ分留される。

オーランチオキトリウム藻石油生産の経済性

上記に想定した生産工程で、1haのオーランチオキトリウム藻石油培養場では、【A】~【E】の5つの水槽、合計5ha以上の水槽が必要となる。培養場全体では7~10haのヤードになろう。
流体の移動には、ポンプが使われる。【A】から【B】、【B】から【C】への流体移動に、連続稼働の大きなポンプが必要である。【C】から【D】・【E】へは重力で分離装置に送られて分流され、それぞれに貯留される。【D】・【E】から外部への排出にポンプが必要である。よって、工程全体で少なくとも4つの大きなポンプを設置し、ほぼ連続的に運転せねばならない。
ポンプの理論動力は、全揚程を最小に近い1mとしても、流量1,667m3/分に対して270kWのポンプが4基必要となる。軸動力等の効率を考慮すると、350kWのポンプ4基の年中連続稼働で、1,230万kWhの電力量が試算される。
オーランチオキトリウム藻石油生産量を10,000トンの火力発電から得られる電力量の概算は、発電効率30%として、3,500万kWhである。 結局、藻類による人工石油生産プロセスで約3分の1以上が運転電力量で内部消費される。貯留槽間の全揚程が2mであれば運転電力量は2倍になる。これに【A】~【E】の5つの水槽の建設、維持・管理に使うエネルギーも加わる。藻類による人工石油生産のエネルギー収支比は、理想的な場合でもEPR=2程度、条件次第では1以下になりうる。

エントロピーで見る目が根本的に重要

エントロピー的な思考をする者、エントロピーの理解がある者は、詳細な研究、検討をしなくても、エントロピーの非常に高い都市雑排水を起源とする有機排水をオーランチオキトリウム藻に供与して人工生産する石油のEPRは低いはずだと、初期段階で見通しをつけることができる。  
エントロピーを理解しないで進められている研究の中に、海中ウラン採集技術、メタン ハイドレート研究などもある。
「原料の産状や性状が高エントロピーであるものほど、低エントロピー製品を生産するには、低エントロピーエネルギー資源が多量に必要である」という、エントロピー原理からの基本的な命題を忘れてはならない。巨額の研究費を投入して、例えば10年後に、「ダメでした」となると、大変な税金の浪費である。誰も責任を取らないだろう。

3.11以降、自然エネルギー導入、新エネルギーの開発、地域コミュニティ社会の設計など、社会の様々な改革が求められており、様々な構想、提案がなされている。その中で、どれが実現性あるのか、どれが絵に描いた餅なのか、どれが社会を進歩させるものか、逆に荒廃させるものか。その品定めするにあたって、エントロピー原理によって見通しある評価の実施が根本的に重要である。

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