科学技術者として、日韓関係について考える(補遺) 韓国政府が取り上げた福島汚染処理水の海洋放流の是非の問題を、日本政府は深刻に受け取るべきです。

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

いま、第2次世界大戦中の徴用工の賠償問題等で、日韓関係が戦後最悪とされるなかで、韓国が、福島の汚染水の海洋放流の問題を国際問題として、世界に訴えました。すなわち、9月16日、韓国政府は、福島の汚染水の問題をIAEA(国際原子力機関)の総会で、「福島の汚染水が海洋放流されれば、世界の海洋環境に大きな影響を与え、深刻な国際問題になる」と訴えました。

ところで、この福島の汚染水の問題は、国内でも、メデイアにより、しばしば取り上げられる大きな問題ですが、科学的に正しい情報が伝えられていません。有名なのは、東京オリンピックの招致のための安倍晋三首相による「コントロールされている」の宣言です。これを、私どもに言わせれば、当時、福島の汚染水の大部分は、原発施設の港湾内に流れ込み、そこでの海水に希釈された後、港口から海洋に流れ出しており、この流出水中の放射性物質濃度が、国際環境基準が満たされていると解釈されたようです。

しかし、港湾内への流入汚染水の累積量が大きくなると、この状況はいずれ破綻しますから、東電は、メルトダウンした原子炉炉底部を囲い込む遮水壁を設けることで、放射性汚染物質の海洋放出濃度を国際環境基準以下に保っているとしています。したがって、現状では、何とか「コントロールされた」状態が維持されていると言えるでしょう。

そのなかで、いま、国内で問題になっているのは、メルトダウンを起こした原発炉底で発生している崩壊熱を取り除くための冷却水には炉底へ流入する地下水が含まれるために、放射性物資の除去設備での処理水量が多量になることです。この多量の処理水量は、汚染除去処理コストを増大させるだけでなく、処理水の最終処分の問題を難しくしています。と言うのは、この処理水中には、放射性汚染物質の通常の処理方法では除去できない、トリチウム(三重水素)を含んでいるからです。この放射性トリチウムを含む処理水の海洋放流は認められないとの漁業団体を含む地域住民らの反対で、国および東電は、この処理水を大型貯留タンクに入れて原発敷地内に保管する方策をとっていますが、この汚染処理水の貯留タンクを設置する原発敷地があと3年でいっぱいになります。

この対応に困った日本政府が、このトリチウムを含む処理水を海洋放流することを考えて、地域住民の説得を行っています。原子力規制委員会でも、それ以外に方法が無いと考えているようで、今回の内閣改造前の原田義昭環境相も、私見だとしながらもそのような発言をされました。

ところで、稼働中の原発で発生する、このトリチウムを含む処理水の海洋放流は、国際的にも認められています。これは、トリチウムは、天然の海水中にもごく僅か含まれるうえに、その化学的な物性が普通の水と変わらず、魚貝類や藻類、さらには、これを食する人間などの生物体内で、いわゆる生物濃縮されることがありませんので、その水中濃度がよほど高くならない限り、放射線障害を起こす心配がないとされているからです。

しかし、今回のメルトダウンを起こした福島原発の原子炉炉底部で発生している崩壊熱を処理するための冷却水に含まれる汚染処理水の海洋放流は、人類史上初めてのケースである上に、トリチウム量が、通常の原発稼働時に排出される量よりかなり高いことが考えられます。したがって、今回の福島原発の汚染処理水の海洋放流を、国内だけでなく国際的にも認めて貰うためには、トリチウムが、この量であっても生態系の安全性が保証されるとの科学的なデータが日本政府により公表され、できれば、IAEAの承認も得ることが必要です。さらに、日本政府には、今後、このような放射能汚染の処理水の海洋放流量を減らすために、原発の再稼動停止を含む、速やかな脱原発の実行計画を世界に向かって宣言することも、必要な条件になると考えるべきです。

すなわち、日本の福島原発事故後、自国での脱原発の方針を表明するとともに、日本の福島の隣接地域の農水産物の輸入を禁止している韓国文政権の今回のIEAEへの訴えも、このように考えると納得がいくはずです。

一方で、もし、福島の汚染処理水の海洋放流が認められない場合には、政府は、いくらお金がかかっても、この汚染処理水の陸上保管の措置を継続しなければなりません。しかし、メルトダウンした原発の炉底には多量の地下水が流入し、これが炉底への冷却水とともに汲み上げられて、汚染除去設備に送られ、そこで、トリチウム以外の汚染物は除去されます。この汚染処理水の一部は冷却水として炉底に再循環されますが、残りの大部分が、貯留タンク内に保管されています。この貯留水を減らす目的で、原子炉炉底への地下水の流入を防止するために、炉底部を遮水壁で囲んでいます。しかし、このような大規模な遮水に、建設費が安いとの理由で、大規模設備に対する実績のない凍土壁が用いられたのが、地下水流入量が減らない原因だと考えられます。したがって、もし、処理水に海洋放流が認められなければ、いくらお金がかかっても、完全な遮水効果が期待できる粘土壁等が使用されなければなりません。本稿のはじめに記したように、現在の汚染処理水の残りの保管容量が3年になったいま、日本政府は、根本的な汚染水対策を速やかに決めなければなりません。

今回の韓国の問題提起は、この基本的な問題の解決を促してくれていると解釈して、むしろ感謝することが、日韓関係の改善につながるはずだと、私どもは考えます。

 

ABOUT THE AUTHER

久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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