石炭火力を廃止しても、地球温暖化の脅威を防ぐことはできません。 世界の電力消費を節減するなかで、安価で安定した世界の電力を供給できる石炭火力を上手に使うことが、化石燃料枯渇後の世界で日本と、人類が生きのびる道です
|東京工業大学名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田 賢太郎
(要約);
⓵ 石炭火力の廃止に反対する私どものキャンペーンが、朝日新聞の社説で、地球温暖化対策として進められている再エネの利用・拡大を阻む「重し」とされました。本当に、石炭火力を廃止しないと、地球が温暖化して、大変なことになるのでしょうか?
⓶ 「石炭火力の廃止」を実行しても、IPCCが主張するCO2に起因する地球温暖化を防止することはできません。このIPCCの温暖化のCO2原因説が正しかったとして、この温暖化を防止できるのは、CO2排出の原因になっている「世界の化石燃料消費の節減」の私どもの訴えを実行する以外に方法はありません
⓷ 政府によるアベノミクスのさらなる成長を前提とした「パリ協定長期成長戦略」に較べ、私どもが訴える「世界の化石燃料消費の節減対策」は、お金をかけないで実行が可能です。化石燃料資源の枯渇が迫り、世界の経済成長が抑制されるなかでは、後者の私どもが提案する化石燃料節減対策に基づく世界のエネルギー政策の実行こそが、日本と、そして人類が化石燃料代替の再電力のみにに依存する社会に生き残る道です
⓸ 国民の利益を損なう政府の政策を批判するのが、新聞の使命です。この新聞の社説で、世界の流れに沿って、地球温暖化対策としても、化石燃料枯渇後のみに依存する平和な世界の建設にも貢献しない脱石炭火力を訴えるのは、誰のためなのでしょうか?
(解説本文):
⓵ 石炭火力の廃止に反対する私どものキャンペーンが、朝日新聞の社説で、地球温暖化対策として進められている再エネの利用・拡大を阻む「重し」とされました。本当に、石炭火力を廃止しないと、地球が温暖化して、大変なことになるのでしょうか?
朝日新聞(2019,6,23)の「社説 余滴」として、 “再エネ拡大を阻む「重し」”との概略、次のような記事がありました。
“ 1カ月前、「石炭火力発電に依存するのはやめよう」との社説を書いた。石炭火力は温室効果ガスの排出が多く、地球温暖化対策の足を引っ張る。海外では、脱石炭の流れが強まっているのに、日本では、25件もの新増設計画がある。新しい施設はつくらず、既存施設も減らすべきだ — この主張に対して、ネット上に、「石炭はダメ、原発もダメでは電力が足りなくなる」との批判があった。しかし、いますぐの石炭火力や原発の廃止を言っているのではない。石炭火力や原発が無くとも、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの利用の拡大がある。特に洋上風力用の用地としては、世界で6番目に広い領海・排他的経済水域がある”
この「社説余滴」の主張には、若干の補足説明が必要です。
それは、先ず、この主張が、いま、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が訴えている地球温暖化が、人類が産業革命以来使うようになった化石燃料の使用で発生する温室効果ガス(その主体はCO2で、以下CO2と略記)の排出量の増加による大気中のCO2濃度の増加で起こるとの、いわゆる温暖化のCO2原因説の成立を前提としていることです。次いで、この前提の上で、CO2を多量に排出する石炭火力の廃止が必要で、それを訴えた自身の社説に、ネット上で批判があった。しかし、石炭火力を廃止しなければ、大気中へのCO2の排出量が増えて、温暖化が進行する。それを防ぐためには、いま、世界中で進められている再生可能エネルギー(再エネ)の利用・拡大が必要だが、これを阻む、「重し」になっているのが、ネット上の石炭火力の廃止への批判だとしています。
このように言われると、ネット上で、「もったいない学会のシフトム」を使って、地球温暖化防止のために石炭火力の廃止を批判してきた私どもにも、この反対の理由を改めて説明する責任があると考え、いままでの私どもの論考と重複しますが、敢えて補足説明を加えさせて頂きました。
⓶ 「石炭火力の廃止」を実行しても、IPCCが主張するCO2に起因する地球温暖化を防止することはできません。このIPCCの温暖化のCO2原因説が正しかったとして、この温暖化を防止できるのは、CO2排出の原因になっている「世界の化石燃料消費の節減」の私どもの訴えを実行する以外に方法はありません
IPCCが主張する地球温暖化を防止するためのCO2の排出削減の方法として、いま、先進諸国で広く用いられているのが、その使用でCO2を排出しないとされる再生可能エネルギー(再エネ)の利用・拡大です。しかし、市販電力料金の値上げにつながる「再生可能エネルギー全量固定価格買取(FIT)制度」を使って、太陽光発電や風力発電などの再エネ電力の利用・拡大を図ってみても、温暖化防止のためのいますぐのCO2の排出削減には間に合いそうにありません。そこで、手っ取り早く、いますぐ、お金をかけないで、すなわち国民に経済的な負担をかけないで、CO2の排出削減を行おうとして出てきたのが、いま、化石燃料のなかで最もCO2排出量が大きいとして、地球環境保全を温暖化の防止のためのCO2の排出削減だと訴えるエコ派に嫌われものにされている石炭の消費量の削減法としての石炭火力発電のフェーズアウト(廃止)だと言ってよいでしょう。
では、この社説に記されている日本の石炭火力発電の廃止で、IPCCが訴える地球温暖化の脅威を防ぐことができるでしょうか? しかし、考えてみて下さい。IPCCが訴える地球温暖化の脅威は、地球上の、すなわち、世界の問題です。日本エネルギー経済研究所計量ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データー(文献1 )と略記)に記載のIEA(世界エネルギー機関)の世界のエネルギー関連の統計データーから計算される、現在(2016年)の世界のCO2排出量の3.66 %しかCO2を排出していない日本だけが、CO2の排出削減として、石炭火力を廃止してみても、地球温暖化防止に必要な世界のCO2の排出が削減できないことは、誰にでも判ることです。いや、日本がリ-ダーになって、世界の石炭火力の廃止を促してみても、同じエネ研データ(文献1 )から計算される、現在(2016年)の世界の石炭消費量の61.5 % を占める世界の石炭火力から排出されるCO2量は、世界の現在のCO2の排出量の25.1 % にしかなりません。これでは、やはり、IPCCの訴える地球温暖化は防止できません。
では、どうしても、IPCCが訴える地球温暖化の防止に必要なCO2の排出削減が行えないのかと言うと、そんなことはありません。それには、私どもが提案している「世界の化石燃料の消費の節減対策」を実行すればよいのです。詳細は私どもの近刊(文献 2 )を参照頂きますが、今世紀いっぱいの世界の平均年間化石燃料の消費量を2012年の値に止めればよいのです。それには、いま、米国のトランプ大統領以外の世界の全ての国の合意のもとで進められている「パリ協定」の各国のCO2の排出削減の目標値を、それぞれの国の化石燃料書費の節減目標値に替えて頂くことになります。具体的には2050年の世界の全ての国の一人当たりの化石燃料消費量の値を2012年の世界平均の一人当たりの化石燃料消費量の値にすればよいのです。ただし、この目標値には、各国の人口の2050年の対2012年の増減比率の推定値による補正が必要です。すなわち、人口が増加している国には、その分、化石燃料消費の節減量の目標値を増やして貰わなければなりません。
この私どもの「世界の化石燃料消費の節減対策」案が実行されたときの世界各国の一人当たりの化石燃料消費量の年次変化は、図 1 のように与えられます。すなわち、この図 1 に見られるように、現在、一人当たりの化石燃料消費量が、2012年の世界平均の値をオーバーしている先進諸国には、大幅な化石燃料消費の節減が要求されますが、途上国の多くでは、成長の継続のための化石燃料消費の増加が、したがって、途上国の電力の生産では、当面は、安価な石炭火力の使用が許されることになるのです。
注; 1)世界および各国の一人当たりの化石燃料消費の2016年までの値は、エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAのデータをもとに計算して求めた値です。 2)2050年の世界および各国の一人当たりの化石燃料消費の値は、2012年の世界平均の値に、世界および各国の2050年の2012年に対する人口増減比率の推定値による補正を行った値です(本文参照)。 3)2100年の値はゼロとしました。
図 1 私どもが提案する「世界の化石燃料消費の節減対策」の図解
(私どもの「世界の化石燃料消費の節減対策」案の値(本文参照)に、2016年のエネ研データ(文献1 )に記載のIEAデータをもとに計算した値を加えて作成しました。詳細は私どもの近刊(文献 2 )をご参照ください)
この 図1に示す私どもが提案する「世界の化石燃料消費の節減対策」の実行は、地球上に残された化石燃料を、世界の全ての国が公平に分け合って大事に使いながら、やがて確実にやってくる化石燃料の枯渇後の自国産の再エネ電力のみに依存する、エネルギー資源を奪い合うための戦争のない平和な世界へのソフトランデイングを可能にする唯一の道なのです。
⓷ 政府によるアベノミクスのさらなる成長を前提とした「パリ協定長期成長戦略」に較べ、私どもが訴える「世界の化石燃料消費の節減対策」は、お金をかけないで実行が可能です。化石燃料資源の枯渇が迫り、世界の経済成長が抑制されるなかでは、後者の私どもが提案する化石燃料節減対策に基づく世界のエネルギー政策の実行こそが、日本と、そして人類が化石燃料代替の再電力のみにに依存する社会に生き残る道です
いま、政府は、成長のエネルギー資源の枯渇後も、その代替としての再エネ電力の利用・拡大で、アベノミクスのさらなる成長を継続することを前提としたエネルギー政策としての国策「パリ協定長期成長戦略(以下、「成長戦略」と略記)」を推進しようとしています。この「成長戦略」が実行された時の今世紀中の世界の電力種類別の発電量の年次変化を、私どもによる想定図として、図2 に示しました。
図2 「パリ協定の長期成長戦略」が実行された時の電力種類別の国内発電量の年次変化の想定図(エネ研データ(文献 1 )に記載の国内電力供給量データをもとに私どもの想定を加えて作成しました)
これに対して、私どもが提案する「世界の化石燃料消費の節減対策(以下「節減対策」と略記)」を実行したときは、今世紀末(2100年)の化石燃料消費量(火力発電量)ゼロを目標とていますから、世界の電力種類別の発電量の今世紀いっぱいの年次変化の想定図は、図3 のようになります。
図 3 私どもの「世界の化石燃料の節減対策」を実行したときの国内電力種類別発電量の年次変化の想定図(エネ研データ(文献 1 )に記載の国内電力供給量データをもとに私どもの想定を加えて作成しました)
この図2と図3の比較で、最も大きな違いは、私どもの「節減対策」の実行では、お金がかからないのに対して、政府の「成長戦略」では、CO2排出削減にお金かかり、これが国家財政の赤字につながることです。いま、財政赤字は怖くない。どんどんお札を刷り増してゆけばよいとのMMT(Money Monitoring Theory) なる経済学の新しい理論が話題になっていますが、このMMTは、現在、経済成長を担っている化石燃料が何時までも使えるとの前提条件のもとでのみ成り立つと考えられます。
しかし、地球上の化石燃料資源の枯渇は必ずやってきます。世界の経済成長を支えてきた地球上の化石燃料資源は、必ず枯渇します。この現実のなかで、人類が、生きのびる道は、私どもが訴える「世界の化石燃料費の節減対策」の実行以外にないと私どもは信じています。
⓸ 国民の利益を損なう政府の政策を批判するのが、新聞の使命です。この新聞の社説で、世界の流れに沿って、地球温暖化対策としても、化石燃料枯渇後のみに依存する平和な世界の建設にも貢献しない脱石炭火力を訴えるのは、誰のためなのでしょうか?
ここで、地球温暖化対策のための石炭火力の廃止を訴える、朝日新聞の社説について、苦言を呈させて頂きます。それは、いま、この地球温暖化対策としてのCO2の排出削減に国民のお金を使ってみても、温暖化が防げるとの保証がないことを理解して頂きたいことです。お金をかけないで、CO2の排出を削減する方法は、私どもが訴える「世界の化石燃料消費の節減対策」を実行する以外にないのです。確かに、この社説が訴えるように、石炭火力の廃止でCO2の排出を多少は削減できるかもしれませんが、それが、IPCCが主張する地球温暖化の防止に貢献できる量には、はるかに及びません。これは、一寸、計算してみて頂ければ簡単に判ることです。それを、脱石炭は世界の流れだとして、いますぐの石炭火力の廃止を批判する私どもの主張を、社説を使って、温暖化対策のためのCO2排出削減にための再エネ電力の利用・拡大を妨げる「重し」だと非難しています。
実は、地球温暖化問題に関連して、同じことが、10年ほど前にありました。地球温暖化対策としてのCO2排出削減のために「カーボンニュートラル」の科学の詭弁を妄信し、重要な食料でなければならないバイオマスを原料として進められたバイオ燃料の開発・利用の国策「バイオマス・ニッポン総合戦略」を担いで大騒ぎしている朝日新聞に対する私どもの批判の投稿が、「私どもと意見が異なる」として退けられました。やむなく、私どもは「幻想のバイオ燃料」なる単行本(文研 3 )を出版して、私どもの意見を公表しました。この多額の国費を使って進められた国策のバイオ燃料の開発・利用は、私どもの予言通り「幻想」に終わりました。この朝日新聞が、いま、再び、地球温暖化対策としてのCO2排出削減のための石炭火力の廃止を社説で訴えているのです。理由は、上記(⓶)したように、「脱石炭が世界の流れだから」だけです。
本来、新聞の役割は、謝った国策に対して批判をするのが役目なはずです。したがって、それが誤っていると判断できなくても、反対の意見があったら、しかも、新聞に対する投稿であったら、それを取り上げるのが新聞の役目ではないでしょうか?ついでに、付記しますが、バイオ燃料の問題で懲りた私どもは、これも、地球温暖化対策として進められている「水素エネルギー社会」の問題について、意見をとあったので、これを推奨しているように見えた朝日新聞の立場を批判する投稿を2度にわたって行いましたが、2度とも無視されました。それでも、私どもは、朝日新聞を愛読しています。それは、日本を再び戦争に巻き込まれない国にする憲法九条を守るとのこの新聞の政治理念に賛同しているからです。
<引用文献>
- 久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月
- 日本エネルギー経済研究所計量ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧 2019、(財)省エネセンター 2019年
- 久保田 宏、松田 智;幻想のバイオ燃料、科学技術てき見地から地球環境保全対策を斬る、日刊工業新聞社、2009年
ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他
平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。