混迷する福島低汚染水問題; “薄めて海に流す”との安易な考えを捨て、”脱原発”を前提とした、汚染水を排出しない、処分方法の根本的な見直しが求められるべきです

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田 賢太郎

(要約);

⓵ 福島の低汚染水の正しい処分方法が決まらないなかで、いま、福島第一原発敷地内のその貯留量が限界を迎えています。地元が、納得するこの低汚染水の処分方法を、いますぐ決めることが、厳しく、国(政府)に求められています

⓶ しかし、いま、この “薄めて海に流すのが現実的な方法だ”との政府の安易な考えに、漁業者が猛反発しています。漁業者の同意が得られる低汚染水の処分法が創られ、これが実行されない限り、この問題は解決しないと考えるべきです

➂ 事故炉の炉底への地下水の流入を防ぐために設けられた凍土遮水壁は、その完全な遮水の目的を達成できていません。それが、原発敷地内に貯留・保管しなければならない低汚染水の増加を防げない理由です

⓸ 低汚染水排出量を減らすための、事故炉の炉底への地下水の流入を完全に遮断することが、この低汚染水処分の問題を解決する唯一の方法だと考えます。安易な、凍土壁に依存する低汚染水排出削減策は、根本的に見直す必要があります

⓹ 現在の福島の汚染水対策は、事故炉からのデブリを取り出す廃炉処理の実行を前提としています。しかし。この廃炉処理に目途が立たない現状では、低汚染水排出量を最小限に止めるためにも、事故炉炉底への地下水の完全な流入防止対策が求められます

 

(解説本文):

⓵ 福島の低汚染水の正しい処分方法が決まらないなかで、いま、福島第一原発敷地内のその貯留量が限界を迎えています。地元が、納得するこの低汚染水の処分方法を、いますぐ決めることが、厳しく、国(政府)に求められています

朝日新聞(2019/3/19)他の多くのメデイアに報道されている、福島第一原発の汚染水対策が、“保管100万㌧到達 来年末にも限界” とあるように、いま、暗礁に乗り上げています。しかし、ここで、言う汚染水とは、放射性物質を高濃度で含む高濃度の放射性汚染水ではありません。福島第一原発の汚染処理システムのフローを図1 に示すように、3.11の過酷事故後、メルトダウンして溶け落ちた核燃料デブリ中の放射性汚染物質が、事故原子炉の炉底での発熱を防ぐために注入される冷却水と、原子炉建屋内の炉底に流入する地下水に伴われて、事故原子炉炉底外に流出している高濃度放射性汚染水から、原子炉建屋外に設けられた多核種放射性物質除去設備内で、放射性ストロンチウムやセシウムなどの有害放射性物質が除去された汚染水です。この汚染水には、多核種除去設備で取り除くことのできないトリチウムが含まれていて、低汚染水とも呼ばれています。このトリチウムを含む低汚染水は、通常の運転中の原発からも排出されていますが、その量が少ないので、トリチウム濃度を放流基準値以下に薄めることで、海への放流が、国際的にも許されています。

図 1 福島第一原発の汚染水処理システムのフロー 

(経済産業省資源エネルギー庁報告書2018-7-31から)

 

しかし、この福島第一原発の低汚染水の場合、その量が多いために、その放出に対して、地元漁業者の同意を得ることができません。その結果、いま、1日 100㌧前後もの、持って行き場のなくなった低汚染水が、100万㌧を超えた貯留タンク内に保管され、それが、原発敷地内でいっぱいになりました。今後、計画通りに貯留タンクを増設しても、2020年には保管容量の限界である137万トンに達するとされています。本来は、昨年中にも、この低汚染水に対する具体的な処分法が決められていなければならなかったはずでしたが、それが、決められなかったのは、最も現実的な処分法と考えられている “水で薄めて海に放流する” 方法が、いずれは、地元漁業者の理解を得て実行できるとの安易な考えが、国および東電にあったためと言ってよいでしょう。

 

⓶ しかし、いま、この “薄めて海に流すのが現実的な方法だ”との政府の安易な考えに、漁業者が猛反発しています。漁業者の同意が得られる低汚染水の処分法が創られ、これが実行されない限り、この問題は解決しないと考えるべきです

この低汚染水の処分の問題について、原子力規制委員会の更田豊志委員長は、“薄めて海に放出するのが最も現実的な選択肢” だと繰り返し言われておられるようです。これは、実は原子力の専門家の方々にとっては科学的な常識になっているのです。すなわち、水中に存在する酸素と結合したトリチウム(トリチウム水)は、水と、その化学的な性質がほぼ同じで、これを水と分離することは非常に困難で、福島第一原発におけるような大量の汚染水からトリチウムを分離・除去することは、経済的に実行不可能と考えるべきです。

一方、この放射性のトリチウムは、生体内に蓄積することはありませんから、このトリチウムを低濃度で含んだ海水中で育った魚介類や藻類などの食品の接種による健康被害の問題はないと考えることができます。これが、通常稼働中の原発(軽水炉)から排出されるトリチウムを含む低汚染水の海洋への放流が許されている理由です。

ところで、2013年、東京オリンピックの誘致に際し、福島の放射性汚染水が問題になったとき、安倍首相は、汚染水はコントロールされていると宣言したことが有名です。では、当時、福島第一原発から排出される高濃度に放射性物質を含む汚染水は、本当にコントロール(完全に除去)されていたと言えたのでしょうか? 実は、そこには、大きな「からくり」が隠されていたことが一般には知らされていません。2013年当時、福島第一の事故炉の炉底は、現状のように、凍土遮水壁が設けられていませんでしたから、炉底のメルトダウンした核燃料デブリの発熱を冷却するために注入された冷却水に溶解して排出される放射性汚染水には、事故原発敷地内底部を流れ込む大量の地下水が混合するため、放射性物質処理施設に回収できない高濃度汚染水がかなりあったはずです。しかし、幸いにも、その汚染水は、原発敷地東部に設けられた港湾施設内に流入していたのではないかと考えられます。この高濃度汚染水は、港湾内に存在していた3万m3 の海水により希釈されて、徐々に、その港湾内の汚染物質濃度を上昇させながら,港湾出口での海水の交換に伴い、外海に排出されていたはずです。したがって、港湾外に設けられた観測点の海水中汚染物質濃度は、当時、規制基準以下にコントロールされていたのです。

もちろん、この港湾内への高濃度汚染水の流入が継続すれば、港湾内の汚染物質濃度が上昇して、港湾出口からの汚染物質濃度が、許容値を超えることになります。したがって、この高濃度汚染水の港湾への流入を防ぐために考えられたのが、その排出源の事故炉の炉底への地下水の流入を防ぐことでした。事故炉の西の山側から。東の海側に流れる地下水の水位を低くして、事故炉の炉底への地下水の流入量を減らすためとして、原子炉建屋の西側での地下水の汲み上げが行われました。さらに、事故炉の炉底への汚染水の流れ込みを完全に遮断する目的で設けられたのが、原子炉建屋の周辺に遮水壁を設置することでした。

 

➂ 事故炉の炉底への地下水の流入を防ぐために設けられた凍土遮水壁は、その完全な遮水の目的を達成できていません。それが、原発敷地内に貯留・保管しなければならない低汚染水の増加を防げない理由です

当初、福島第一の1~3号機の炉底への地下水の流入を完全に防止するために考えられたのが、粘土を用いた遮水壁だったはずです。しかし、この粘土遮水壁により、事故炉を地下水路から完全に遮断するには、長い時間と、私どもの記憶では、1兆円に近い巨額な建設費が必要になると試算されました。そこで、この事故炉の囲い込み分の面積を小さくするするめに採用されたのが、短期間の遮水工事に実用されている凍土遮水壁工事でした。地中30mの深さに打ち込んだ1500本の管に、零下30 ℃ 程度の冷却剤を循環させて、周りの土壌と地下水を凍結した壁により、遮水を図ろうとするものでした。しかし、これでも、福島の原発事故炉の炉底への遮水に用いるには壁の総延長は1.5 kmにも及びました。このような大規模工事の実績のない凍土壁の利用には、技術的な信頼性に多くの懸念が寄せられましたが、他に安価な遮水壁を造る方法が無いとの理由で、この初期投資額320億円と見積もられた凍土壁工法が採用されたようです。

しかし、事故炉の炉底の冷却水用の配管など複雑な構造物を含む所に設けられたこの凍土壁が、完全な遮水効果を発揮するまでには、種々の困難があったようで、この凍土壁工事が始まる以前の事故原発炉底への流入地下水量800㌧/日が、凍土壁が完成したとされる2018年3月以降の流入水量は、上記(⓶)したように、流入地下水を減らすための原子炉建屋の山側での地下水の汲み上げによる効果もあり、現在、100㌧/日程度の減少に留まっています。したがって、これとほぼ同量の高濃度汚染水から、トリチウム以外の放射性物質を除去する他核種除去設備による処理で取り除いた低汚染水が、今でも排出されていて、それが、原発敷地内の貯留タンク内に保管されています。これにより、放射性物質の海洋投棄が防止されるという意味では、放射線汚染がコントロールされた状態は継続していますが、一方で、その処分の方法がないトリチウムを含む汚染水が、あと、2、3年で、その持って行き場が無くなろうとしているのです。

 

⓸ 低汚染水排出量を減らすための、事故炉の炉底への地下水の流入を完全に遮断することが、この低汚染水処分の問題を解決する唯一の方法だと考えます。安易な、凍土壁に依存する低汚染水排出削減策は、根本的に見直す必要があります

このトリチウムを含む低汚染水の処分について、政府や東電はどう考えていたのでしょうか? これは、あくまでも私どもの想像ですが、現在、強硬に、その海洋放流に反対している漁業者も、いずれは、補償金を支払うことで問題を解決して、上記(⓶)の、更田原子力規制委員会委員長が言うように、“薄めて海に流せばよい”ことを認めてくれるとの甘い認識しか持っていなかったのではないでしょうか?

確かに、トリチウムの場合、上記(⓶)でも触れたように、それを薄めて海に流せば、実質的な漁業被害がないことは、科学の常識になっています。しかし、この放射性汚染物質の放流に関して言えば、漁業で生計を立てている人々にとって、最も怖いのは風評被害です。この風評被害が広がれば、当面の漁獲物が販売できなくなるだけではありません。海洋汚染での風評被害は、汚染物質の海への流入が続く限り、無くなりませんから、海外にまで広がり、輸出産業で経済を支えてきた技術立国日本の科学技術力の信頼性を揺るがすことにもなり、大きく国益を損なうことにもなりかねません。すなわち、この風評被害の怖さの前には、科学の常識は通用しないことを、私ども科学技術者は厳しく認識しなければなりません。

では、この福島の低汚染水の処分の問題は、どうすれば解決できるのでしょうか? その唯一の解決策としては、この低汚染水を出さなくする根本的な汚染防止対策を実施すること、すなわち、事故原子炉炉底へ地下水が流入しないような完全な囲い込みを実施すること以外にありません。この汚染防止の要請を満たすことができなかったのが、現用の凍土遮水壁です。冷却管などの入りこんだ原子炉底の囲い込みの方法として、一定の役割を果たした凍土壁ですが、地下水の流入を完全に止めることができなかったことで、事故炉への地下水の防止技術としては、欠陥技術だったと言わざるを得ません。

完全な遮水効果が期待できるとされていた粘土壁に代わって凍土壁が用いられたのには、地震が来た時に、遮水性能が破壊される可能性があるからだと聞いたこともありますが、これは、凍土壁でも同じではないでしょうか? 同じ遮水効果を得るための工事費をできるだけ安くしたいと考えた政府や東電に選ばれたのが、この結果的に欠陥技術とせざるを得なかった、この凍土壁だったと言ってよいでしょう。

 

⓹ 現在の福島の汚染水対策は、事故炉からのデブリを取り出す廃炉処理の実行を前提としています。しかし。この廃炉処理に目途が立たない現状では、低汚染水排出量を最小限に止めるためにも、事故炉炉底への地下水の完全な流入防止対策が求められます

事故炉炉底への地下水の流入の阻止のために遮水効果の不完全な凍土壁の使用が、取り敢えず採用されたのは、いま、事故炉に対して進められている、炉底にメルトダウンして存在する核燃料デブリの取り出しを主体とする廃炉作業が予定通り順調に進むとの期待があったと考えられます。しかし、いま、人類が今まで経験したことのない、この事故炉炉底からのデブリの取り出しの目途は、全く立っていません。また、このデブリの取り出しができた後、炉底へ地下水の流入に伴われて汚染水が流出しなくなるとの保証も得られていません。したがって、炉底からのデブリの取り出しを断念して、事故炉全体を石棺にして、放射崩壊熱を水冷でなく、空冷で除去することも考えられます。しかし、この場合でも、放射性デブリが存在する炉底への地下水の流入を阻止するための遮水壁の建設は必要になるはずです。もちろん、この場合の遮水壁は、現用の遮水効果の不完全な凍土壁ではなく、遮水効果の完全が期待できる粘土壁、あるいは、それに相当するものが用いられるべきです。すなわち、事故原子炉の炉底からのデブリの取り出しを行うか、行わないかのいずれの廃炉の方法をとるかで、この最適な遮水壁の工法と、その建設費用は変わってきます。

しかし、この廃炉の方法として、どちらの方法をとる場合でも、汚染水の排出量を最小限に保つためには、炉底への地下水の流入の完全阻止のために、いくらお金がかかっても、技術の粋を集めた遮水壁を建設しなければならないことは必須です。問題は、このお金の出どころです。

本来、事故に直接責任を持つ東電が支払うべきこのお金の一部、或いは全部を、国が支払うとしたら、それは、今回の福島原発事故に何の責任もない国民のお金が使われることになるのです。したがって、この遮水壁の新設のためのお金を支出する前提条件として、国は、いま、問題になっている3.11事故後、運転を停止している原発の再稼動の停止を含めた原発ゼロの方針を国民の前に明確に示すべきです。この原発ゼロの実現こそが、混迷する福島の低汚染水の問題を再び起こさないための唯一の方法なのです。

 

ABOUT THE AUTHER

久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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