日本のエネルギー政策の混迷を正す(補遺その10 ) 福島第一原発の汚染水の最終処分の方法が確立されない限り、再稼動を含めた原発利用の継続は考えるべきでありません

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田 賢太郎

(要約);

① 福島第一原発の汚染水は、安倍首相が東京オリンピック招致の演説で述べたようにコントロールされていると言っていましたが、現在の処理技術で除去できないトリチウムを含む最終処分水が福島第一原発敷地を埋め尽くしています。これで、本当に、コントロールされていると言えるのでしょうか?

② 福島第一原発敷地内を埋め尽くしているトリチウムを含む最終処分水の貯留保管水量を、これ以上増やさないように、お金がかかっても、東電の責任で、事故で熔融した炉心下部への地下水の流入量を減らすための完全な遮蔽壁の設置が行われるべきと私どもは考えます

③ トリチウムを含む最終処分水の海洋放流を、地域住民の理解を得て実施できない限り、福島第一原発の過酷事故は終焉しません。この問題解決のための唯一の方策、それは、原発の開発・利用での事故リスクを無視して、エネルギーギー政策を進めてきた政府は、その重大な責任の反省に立って、いま、過半の国民の反対を押し切って進められている再稼動の停止を含む原発の全面廃止を内外に向って宣言することでなければなりません

 

(解説本文);

① 福島第一原発の汚染水は、安倍首相が東京オリンピック招致の演説で述べたようにコントロールされていると言っていましたが、現在の処理技術で除去できないトリチウムを含む最終処分水が福島第一原発敷地を埋め尽くしています。これで、本当に、コントロールされていると言えるのでしょうか?

炉心溶融の大事故を起こした福島第一原発では、現在、メルトダウンした炉心の冷却を継続しています。したがって、熔融炉心内のセシウムやストロンチウムなどの放射性汚染物質を含んだ冷却水が、炉心下部に流れ込んだ地下水と混合していますから、この混合汚染水を、多核種除去装置(ALPS)とよばれる汚染処理施設内で、吸着剤により、放射性汚染物が除去されています。この汚染処理施設から排出される処理水の一部は、炉心部の冷却用水として再利用されますが、それはほんの一部で、それ以外の処理水の大部分が、本来は、放射線エネルギーが弱く、生物体内に蓄積することのないトリチウムしか含まないので、排出水濃度基準値が満たされれば、海への放流が国際的にも許されるのですが、現実には、地域住民の反対で、それが許されず、福島原発敷地内の貯留タンク内に一時的に保管されています。ここに、一時的としたのは、東電は、いずれは海への放流が認められるはずだと考えていると思うからです。

なお、福島第一原発の汚染水の処理が行われるようになった当初は、熔融炉心下部からの汚染水は、原発敷地内に流れ込む多量の地下水と混合していました。結果として、処理能力に一定の制限のあるALPSで処理できない汚染水が、汚染地下水として、原発敷地東岸の港湾内に流れ込んで、そこを経て、外海に放流されていました。この福島第一原発の放射性汚染物質の処理・処分の概略のフローを図1に示しました。

注;熔融炉心下部を囲んでいる凍土壁遮蔽は、汚染水処理を始めた当初はありませんでした。

 

図1 福島第一原発放射性汚染物質処理・処分の概略フロー図

 

この図1 の注にも記しましたように、この福島第一原発の汚染水処理を始めた当初、熔融炉心下部を囲む凍土壁遮蔽は存在しませんでしたから、放射性汚染物質を含む汚染水の量が多くなり、ALPSで除去できない多量の汚染水が港湾内を経て外海に排出されていました。そこで、このALPSで処理できない汚染水の量を少なくするために設けられたのが、炉心下部を囲い込むための凍土壁遮蔽でした。囲い込みを必要とする事故原発炉心部周辺部分の体積が大きいので、工費を節減するために選ばれたのが、暫定的な囲い込みに用いられるこの凍土壁遮蔽でした。しかし、この凍土壁では、完全な囲い込みが期待できない上に、このような大規模な遮蔽が未経験だったために、その効果を発揮するのに時間を必要としました。したがって、この囲い込み遮蔽効果が、まだ、十分発揮されないなかで、2020年のオリンピックを東京に誘致するために、安倍首相が、「福島の汚染水は完全にコントロールされている」と宣言したのです。

では、この原発汚染水は、本当に、コントロールされているのでしょうか?放射性物質が外洋に国際的な基準値を超えて流れ出ていないと言う意味では、コントロールされていたと言えるでしょう。しかし、そこには、トリックがあるのです。多核種除去装置(ALPS)に入らない汚染水は原発敷地東岸の港湾内に流れ込み、そこで、一時的に滞留します。

しかし、この港湾内に流れ込んだ放射性汚染物質は、湾内の海水で希釈されますが、このまま流入が継続すると、やがて、その濃度が増加すると、外海に流れ出す港湾内の汚染物濃度は、規制値をオーバーします。そこで、熔融炉心下部に地下水が流入しないように、その部分を囲い込む必要がありました。この囲い込みの方法として用いられたのが、凍土壁を用いる工法でした。囲い込みに必要な体積部分が大きいために、この遮蔽工事の工費を安くするために、この工法が選ばれたと言われています。

しかし、それだけではありません。この炉心底部への地下水の流入防止に、遮蔽効果の不完全が予想された凍土壁遮蔽が選ばれたのは、事故後の廃炉作業として進められている熔融炉心(燃料デブリとも呼ばれます)の取り出しにそれほどの時間がかからないと考えたためではないでしょうか?しかし、実際に始めてみると、この燃料デブリの取り出しは容易でないことが判り、その完了の目途は立っていません。

この凍土壁遮蔽が一応、完成されたと見られる現在、炉心下部内に流れ込む地下水の流入量は、以前の400トン/日から、80トン/日に減少できたとされています。この流入水量は、処理施設で処理される汚染水量、すなわち、原発敷地内に貯留しなければならない最終処分水量が、以前の1/5程度に減少したことになります。また、港湾内に流入する汚染地下水も、大幅に減少していますが、安倍首相の言うコントロールされた状態にはほど遠い状態にある言うべきでしょう。

 

② 福島第一原発敷地内を埋め尽くしているトリチウムを含む最終処分水の貯留保管水量を、これ以上増やさないように、お金がかかっても、東電の責任で、事故で熔融した炉心下部への地下水の流入量を減らすための完全な遮蔽壁の設置が行われるべきと私どもは考えます

福島第一原発の汚染水を完全にコントロールするためには、汚染物質除去施設(ALPS)を出た処理水の処分の問題に触れざるを得ません。この処理水には、ALPSでは除去できない放射性のトリチウムが含まれていますが、このトリチウムを含む処理水は、本来は、表1 に示す放射性物質の海洋放流の国際基準値を守ることで、海への排出が国際的にも認められています。

 

表1 放射性汚染物質の海洋放流の国際法定基準、単位;Bq/

しかし、現実には、地域住民の反対で、それが許されませんので、上記(①)の図 1 に示すように、原発敷地内の貯留タンクに収められ、一時的に保管されています。この地元住民の反対は、地域海産物の放射能汚染への風評被害が怖いためと考えられますが、現在、その貯留量は、900基のタンクに、110万トンにものぼり、このままでは、あと2年ほどで原発敷地が満杯になるとの深刻な問題を抱えているようです。

さらに、いま、この処理水の海洋放流の問題を難しくしているのが、この保管貯留処理水の8割程度が、海洋放流の国際基準を超過していることが判ったことです。朝日新聞(2018/9/29)の報道によると、「東電、汚染水処理ずさん 基準値超え 指導を受けるまで未発表」とありました。この基準値超えのデータが公表されたのは、経産省が今年(2018年)8月に開いた、住民向けの公聴会がきっかけで、この公聴会の直前の住民側の指摘が無ければ、今回の分析結果は埋もれたままだったかも知れないと報じています。

この保管貯留水の基準値超えの原因は、ALPSの処理能力の不足によるものです。このALPS能力を最大限に発揮させるためには、熔融炉心底部に流れ込む地下水量を最小限に止めることで、ALPSでの処理水量を大幅に削減する必要があります。すなわち、現用の凍土壁遮蔽では、現状の流入地下水量の80トン/日程度が限界と考えられますから、工費が高くなっても、セメント壁などによるより完全な囲い込みを行うべきと考えます。

炉心底部の完全な囲い込みが行われれば、現用のALPSでの処理水量は、溶融炉心の冷却に必要な水量に止まりますから、現在、起こっているような、トリチウム以外の放射性汚染物質濃度が基準値をオーバーするリスクが無くなります。と同時に、現在、貯留保管を余儀なくされているトリチウムを含む処理水の海洋放流に住民の同意を得る道も開けて来ると期待できます。さらには、この炉心底部の完全囲い込みによる地下水の流出入の防止は、汚染水が、直接、港湾内、したがって、海洋へ流出することの防止にも貢献することは間違いありません。すなわち、この炉心底部の完全囲い込みによる地下水の流出入の防止こそが、安倍首相が言う完全コントロールになるのです。

 

③ トリチウムを含む最終処分水の海洋放流を、地域住民の理解を得て実施できない限り、福島第一原発の過酷事故は終焉しません。この問題解決のための唯一の方策、それは、原発の開発・利用での事故リスクを無視して、エネルギーギー政策を進めてきた政府は、その重大な責任の反省に立って、いま、過半の国民の反対を押し切って進められている再稼動の停止を含む原発の全面廃止を内外に向って宣言することでなければなりません

上記したように、この福島第一原発の汚染水を放射性物質除去施設(ALPS)で処理した後のトリチウムのみを含む最終処分水は、これを、表1に示す基準値以下の濃度に希釈して海水中に放流する以外にありません。しかし、国際的にも認められているこの処分の方法が、地域住民を含む多くの人の反対より実施できません。理由は、その実施により、この地域の海産物に放射能が含まれるとして、消費者に忌避される、いわゆる風評被害が生じるからです。しかし、トリチウムに関する限り、この風評被害は、科学的には合理性を持つものではありません。しかし、実際に、この風評により、地域海産物の販売金額が減少する恐れがあれば、行政としては、この福島第一原発の汚染処理水の海洋排出を東京電力に対して認めるわけには行かないでしょう。

では、どうしたらよいのでしょうか、それには、先ず、トリチウムについての正しい科学的な性質を広く国民に知って貰うことです。トリチウムは、自然界にも存在し、化学的な性質が通常の水と全く変わらないために、水中に希薄に存在する状態では、生物体内に取り込まれても、生物体内で蓄積されることがなく、水と一緒に、代謝、排出されるので、放射能の影響は全く心配がないことが国際的にも認められています。これが、上記(②)の表1に示すように、他の放射性物質、セシウムやストロンチウムの1000倍程度も高い国際放流基準濃度が設けられている理由です。したがって、この表1に示す国際基準濃度で海水中に排出されれば、他の放射性物質におけるように生物体内で蓄積濃縮される心配が無いことを、地域住民を含む国民に辛抱強く訴え続けることが、その海洋排出を認めて貰うために必要だと考えます。

次いで大事なことは、福島第一原発事故の第一責任者である東京電力は、トリチウムを含む放射性汚染物質の処理状況を包み隠さず、正確に公表することで、地域住民の信頼を回復することです。さらに、より大事なことは、原発の開発利用での事故リスクを無視してエネルギー政策を進めてきた政府は、その重大な責任の反省に立って、いま、過半の国民の反対を押し切って進められている再稼動の停止を含む原発の全面廃止を内外に向って宣言することです。まだ化石燃料が使えるのに、そのエネルギー代替としての原発を、種々のトリックを使うことで、現状で、最も安価な電力を供給している石炭火力よりも安価だとしてその開発・利用を進めてきた結果が深刻に反省されるならば、この脱原発宣言は、政府にとっての当然の義務と考えるべきです。

3.11福島第一原発の事故以来、原発電力が殆ど失われた状態でも、日本経済は電力に不自由していないのです。現在、電力生産の主体を担う火力発電の燃料用石炭の枯渇後には、この石炭火力より発電コストが安価になった時点で、再エネ電力に依存する社会へと移行すればよいのです。それは、いま日本で、その利用が進められている太陽光発電ではなくて、世界で、発電量にして、太陽光の数倍もある風力発電だと考えるべきです。

本稿に記す私どもの主張の詳細については、私どもの近刊(文献1 )をご参照ください。

 

<引用文献>

1.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する――電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月

 

ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

 

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