日立の英国原発建設計画の中断で、日本の原発政策は八方ふさがりになりました。日本の、そして世界の原子力エネルギー政策には未来がありません

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田 賢太郎

(要約);

⓵ 朝日新聞(2018/1/12)に、「原発輸出総崩れ 日立、英での計画中断へ」とありました。同紙の別面にあるように、「原発政策は八方ふさがり」ですが、安倍政権は、原発の輸出計画を含む日本の原子力エネルギー政策の見直しは行わないとしています

② 一般には知られていませんが、世界の原発電力の利用の伸びの停滞は、原発開発の開始後、比較的早い段階で起っていました

➂ 原発電力の停滞は、出力負荷変動への対応力の弱い原発電力の総発電量のなかの比率(原発電力比率)の値が一定の制限を受けるために起こります。すなわち、通常、原発比率 20 % 程度を超えた原発の新設は、経済性の面から不利を招くことになり、世界の原発電力開発の停滞につながることになります

⓸ この世界の原発利用の停滞は、30年以上も前から、私どもの一人、久保田宏編の書「選択のエネルギー(文献 2 )」に指摘されていました。そのなかで、突然起った福島第一原発事故 (3.11 福島)により、少なくとも現状では、日本のエネルギー政策のなかで、原発電力の利用が不要なことが明らかにされました

⓹ 原発の再稼働を含めた政府の原発擁護政策は終焉を迎えました。世界の化石燃料枯渇後、その代替に、原発電力を使おうとする、日本の、そして世界のエネルギー政策に未来はありません

 

(解説本文);

⓵ 朝日新聞(2018/1/12)に、「原発輸出総崩れ 日立、英での計画中断へ」とありました。同紙の別面にあるように、「原発政策は八方ふさがり」ですが、安倍政権は、原発の輸出計画を含む日本の原子力エネルギー政策の見直しは行わないとしています

朝日新聞(2018/1/12)に、「原発輸出総崩れ 日立、英での計画中断へ」とありました。以前から問題になってなっていた英国の原発2基の新設計画の資金調達の目途がたたず、また、EU離脱を決めた英政府の支援拡充策も見込めず、日立は、2019年の3月決算で、2~3千億円の損失を計上するとして、計画を断念をせざる得なくなったとしています。理由は、世界的な原発の安全基準の強化を受けて、総事業費が3兆円に膨れ上がる見込みになり、その損失リスクを避けるための資金が集まらなかったためです。この日立の英原発新設計画の中断により、安倍政権が進めてきた原発輸出の計画は、すべてご破算になります。

この原発輸出計画の頓挫で、いま、政府が、アベノミクスのさらなる成長のためのエネルギーを獲得するためとして、多くの国民の反対を押し切って進めている原発の再稼働をはじめとする原発政策が行き詰まることになります。具体的には、この朝日新聞の記事にも見られるように、2030年に総発電量の20 ~ 22%の電力を得るために30基の原発を再稼働しようとしているようですが、現在の再稼働数は9基に止まっています。また、核燃料廃棄物を原発燃料として、より大きなエネルギーを生み出す核燃料サイクル技術の開発計画も事実上破綻しています。結局は、原料ウラニウムを使い捨てする現用の軽水炉の利用しかない状況のなかで、その核燃料廃棄物の処理・処分を引き受けてくれる地方自治体が存在しないのです。これが、この朝日新聞の伝える原発政策八方ふさがりの現状です。

 

 ② 一般には知られていませんが、世界の原発電力の利用の伸びの停滞は、原発開発の開始後、比較的早い段階で起っていました

ただし、ここで、一次エネルギー消費(原子力)とは、電力(発電量、kWh)で表される原発電力を、それを生産するために必要な火力発電で用いられる石油が、の質量(㌧)に換算して与えられる値です。エネ研データ(文献1)の書頭の「解説」では、IEAデータでの原発電力は、0.26 百万石油換算㌧/TWhと与えられるとあります。これは、電力生産設備としての原発電力を石油火力発電の電力に換算するときの発電効率の値を33 % として計算される値です。

図 1 世界の一次エネルギー消費(原子力)の年次変化

(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAデータをもとに作成)

 

図 2 各国の一次エネルギー(原子力)の年次変化

(エネ研データ(文献 1 〉に記載のIEAデータをもとに作成)

 

図1 に示すように、1970年代に入り、OECD 35(先進諸国)を中心に、急速に、その発電量を伸ばして行った世界の原発電力は、原発電力開発後の比較的早い段階で(1980年台の中頃から)その伸びが停滞しています。また、図2に見られるように、世界第3の原発大国であった日本での2011年の福島第一原発事故が起こる大分前から起こっていたのです。

 

➂ 原発電力の停滞は、出力負荷変動への対応力の弱い原発電力の総発電量のなかの比率(原発電力比率)の値が一定の制限を受けるために起こります。すなわち、通常、原発比率 20 % 程度を超えた原発の新設は、経済性の面から不利を招くことになり、世界の原発電力開発の停滞につながることになります

では、どうしてこのようなことが起こるのでしょうか? その理由は、各国の原発電力(発電量)のそれぞれの国の総発電量に対する比率(原発電力比率)を示す図 3に見ることができます。すなわち、原発電力を隣国の火力発電電力と交換できるフランスとウクライナを除いては、この原発電力の総発電量に対する比率の値は20 % 程度に止まっています。

図 3 各国の発電量中の原発発電量の比率(原発電力比率)

(エネ研データ(文献 1 )記載のIEAデータをもとに作成)

 

これは、出力負荷変動への対応力の弱い原発は、一定の出力負荷で運転しないと、経済性がないとして、総発電量のなかの原発電力(発電量)の比率(原発電力比率)が制限されるためです。結果として、原発電力生産量の大きい先進諸国を中心に、原発電力の、したがって、世界の原発電力の伸びの停滞を招いているのです。

さらに、この伸びの停滞をもたらしている原因には、日本における福島第一原発事故(2011年3月11日)の影響があります。この事故による安全対策費用の大幅な増加の他に、どこの国でも、いままで正確に推算できないために発電コストのなかに入れていなかった核燃料廃棄物や廃炉の処理・処分のコストを考えると、化石燃料枯渇後、その代替としての原発電力の利用には二の足を踏まざるをえなくなっていると考えるべきでしょう。

世界経済を支えている石油換算の一次エネルギー消費(総量)のなかの一次エネルギー消費(原子力)の比率(一次エネルギー消費(原子力)の比率)の値は、図4 に見られるように、フランスやウクライナのような特殊な国を除いては、10 % 程度に過ぎません。このような一次エネルギー消費(原子力)の比率の小さい値が、世界の原発電力の伸びの停滞を招く原因となり、今回、日立が英国の原発新設計画から手を引いた主な理由と考えられます。

図 4 各国の一次エネルギ消費(総量)のなかの一次エネルギー消費(原子力)の比率  (一次エネルギー消費(原子力)の比率) (エネ研データ(文献1 )に記載のIEAデータをもとに作成)

 

⓸ この世界の原発利用の停滞は、30年以上も前から、私どもの一人、久保田宏編の書「選択のエネルギー(文献 2 )」に指摘されていました。そのなかで、突然起った福島第一原発事故 (3.11 福島)により、少なくとも現状では、日本のエネルギー政策のなかで、原発電力の利用が不要なことが明らかにされました

実は、この世界の原発電力利用の停滞は、いまから30年近く前から起こっていたのでその実態は、私どもの一人の久保田宏編の「選択のエネルギー(文献2 )に見ることができます。この著書(文献2 )が出版された1987年には、すでに、上記(②)の図 1および図 2 に見られるように、世界の原発開発をリードしてきた米国の原発の新設計画が見直されるようになっていました。その原因の第一として、当時、すでに、原発電力の発電コストの高騰が挙げられています。原発電力の発電コストは、原発発電設備の製造金額(円)を、この期間中に生産された発電量(kWh)で割って決められます。この原発の発電コストを左右する国際市場価格が1973年の中東における軍事紛争に端を発した石油危機による原油の急騰によって、、石油危機以前の10 倍を超えて高騰したのです。

これに対し、現状で最も安価な電力を供給するとされる石炭火力の発電コストは、燃料石炭の価格によって大きく左右されます。しかし、この石油危機による原油価格の高騰は、石炭の国際市場価格の上昇とは無関係でした。したがって、原発開発の当初、この石炭火力より安価だとして、その急速な実用化開発が進められた米国の原発の新設計画にブレーキがかかったのです。また、この米国の原発開発に待ったをかけたのは、スリーマイル島とチェルノブイリにおける原発の過酷事故でした。原発設備の安全基準が厳しくなり、結果として、原発設備製造費が大幅に上昇したのです。もう一つ、将来の原発開発への期待に水を差したのは、核燃料サイクル技術の開発を目的とした高速増殖炉に実用化の目途が立たないことでした。すでに実用化されるようになった原発の軽水炉では、燃料ウランの99.3 % を占める燃えないウラン238を、核燃料のプルトニウムに変換・利用することで、核燃料のエネルギー利用効率を大幅に上昇させようとするのが、この高速増殖炉です。軽水炉の使用で核燃料廃棄物を、そのまま使い捨てにしたのでは、2014年のウランの確認可採埋蔵量(現在の技術で、経済的に採掘可能な資源量、エネ研データ(文献 1 )に記載のBP社のデータ)の値を2016年の生産量(BP社のデータ)で割って求められる可採年数(採掘・利用可能な年数)は70年で、石炭の可採年数の153年(2016年のBP社の値)の半分程度にしかなりません。すなわち、高速増殖炉技術が実用されなければ、軽水炉の未来は明るくないことになります。さらに、高速増殖炉実用化の問題点は、その発電コストの見積もりがまだできないことです。すなわち、軽水炉に比べて出力密度が大きい炉心からの徐熱に、取り扱いの困難な金属ナトリウムを用いなければならない大きな技術的な困難とともに、この高速増殖炉の設備建設費の予測ができません。世界の原発開発をリードしてきた米国とフランスが、当面の実用化を断念するなかで、当時、世界第3の原発大国だった日本(原発発電量の値で、図2参照)が、その実証試験炉「もんじゅ」を、まともに動かせないで苦労していました。

このような世界の原発開発事情のなかで、突然、起こったのが、2011年3月11日の福島第一原発の過酷事故でした。日本の原発開発を国策として進めてこられた原子力村の先生方が唱えていた軽水炉の安全神話が一時に崩壊したのです。その後、安全点検のために、運転を停止した原発の再稼働が、世論の反対で、認められない現状でも、国民は、いま、電力に不自由していません。

 

④ 余り知られていませんが、3.11 福島以前の日本で、世界一高い市販電力料金を国民に押し付けていたのが、日本のエネルギー政策のなかの原発の利用・開発の推進でした

これも、あまり知られていませんが、実は、原発電力の使用が、日本の生活用と産業用の市販電力料金を世界一高い値に押し上げていたのです。

エネ研データ(文献1)に記載の日本の市販電力料金の値と、国内の一般およびその他電気事業者の発電量のなかの原発電力の比率(原発電力比率)の年次変化を比較して図 5 に示しました。両者の間に良い相関関係があることが見てとれます。これに対して、この間の電力料金は、電力の主体を占める火力発電のなかの最も多く用いられている石炭の輸入CIF価格の年次変化には、3.11の原発事故以後を除いて、殆ど無関係に決められていることが判ります。これは、総発電量のなかで、20~25 %しか占めていない原発電力の高い発電コストをカバーするために、国は市販電力料金を値上げしていることを示しています。

図 5 日本の「電力料金」と「原発電力比率(総発電量のなかの原発電力の比率)」および火力発電用「一般炭輸入CIF価格」 (エネ研データ(文献 1 )に記載の電力需給データから試算した「原発電力比率」、IEAデータの「世界の電力料金」、および財務省日本貿易月報からの「一般炭輸入CIF価格」をもとに作成)

 

⓹ 原発の再稼働を含めた政府の原発擁護政策は終焉を迎えました。世界の化石燃料枯渇後、その代替に、原発電力を使おうとする、日本の、そして世界のエネルギー政策に未来はありません

この世界一高かった日本の電力料金に影響を与えていた原発の発電コストのなかに、核燃料廃棄物や廃炉の処理・処分のコストが、その実績データがないとして入っていません。すなわち、この次世代送りされた発電コストを含めた電力料金は、上記(⓹)した図 5 に示すように、大きな経済的な負担を国民に押しつけてきました。さらに、3.11福島の過酷事故後、その安全性が大きく問題になった原発問題で、国民世論に逆らって、政治主導で原発の再稼働を含めた原発擁護のエネルギー政策を実行しなければならないとしています。それは、バブル崩壊後のデフレからの脱出を図るためのアベノミクスのさらなる成長戦略をとることが、安倍政権にとっての政治権力を維持するための必要条件となっているからです。

この政府の原発擁護の姿勢が、今回の日立の英国原発新設計画からの撤退で消え失せたのです。安倍首相自らがセールスマンになって進めてきた日本経済のさらなる成長のための原発技術の輸出政策は、もはや、その目がなくなったのです。この厳しい現実を考えるとき、世界の化石燃料枯渇後、その代替に、原発電力を使おうとする、日本の、そして世界の

エネルギー政策に未来はないと考えるべきです。以上、詳細は、私どもの近刊(文献3 )をご参照下さい。

 

<引用文献>

1.日本エネルギー・経済研究所計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2018年版、省エネセンター、2018年

2.久保田 宏 編;選択のエネルギー、日刊工業新聞社、1987年

3.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する――電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月

 

ABOUT THE AUTHER

久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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