日本のエネルギー政策の混迷を正す(補遺その5) 伊方原発3号機の再稼働の差し止め仮処分の決定が破棄されました。 どうしても原発の再稼働は止められないのでしょうか?

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田 賢太郎

(要約);

① 伊方原発3 号機の再稼働の差し止め仮処分の決定が破棄されました。阿蘇火山の大噴火が迫っているとして、伊方原発を止めるのは、「社会通念に反するとの司法の判断です。しかし、破局的な災害が起こる可能性のある原発を使わなくとも、日本は電力に不自由していません。電力の生産には、当分、安価な石炭火力発電が使えるからです

② 石炭火力発電は、地球温暖化の元凶として嫌われ者になっていますが、世界の全ての国が協力して、これを節約して使えば、温暖化の脅威は起こりません。いま、怖いのは、温暖化ではなく、世界の経済成長のエネルギーとして使われてきた化石燃料資源の枯渇です。この化石燃料の枯渇に備えて使われるようになった原発ですが、その処理・処分の方法の無い使用済み核燃料廃棄物の貯留と保管の問題が、日本における原発再稼働の実施の障害になっています

③ 原発の安全性を問題にする限り、絶対の安全は原発を持たないこと、すでに持ってしまった原発は動かさないことです。原発を再稼働しなければ、国民に経済的な不利益をもたらすとして、司法は、再稼動を認めていますが、事実は逆で、再稼働は災厄リスクとともに、国民に経済的な損失をもたらします。この科学的な事実を司法に訴えれば、国民の多数が願う再稼働の阻止を含む「原発ゼロ」への道が拓けると私どもは信じます

 

 (解説本文);

  ① 伊方原発3 号機の再稼働の差し止め仮処分の決定が破棄されました。阿蘇火山の大噴火が迫っているとして、伊方原発を止めるのは、「社会通念に反するとの司法の判断です。しかし、破局的な災害が起こる可能性のある原発を使わなくとも、日本は電力に不自由していません。電力の生産には、当分、安価な石炭火力発電が使えるからです

 昨年(2017年)12月、四国電力伊方原発3号機について、住民側の要求にしたがって、その運転差し止めの仮処分の決定を行った同じ広島高裁が、9月25日、四国電力の異議申し立てを認めて、この仮決定を取り消しました。四国電力は、10月27日にも運転を再開するとしています。

朝日新聞(2018/9/26)の報道によれば 今回の異議審では、住民側による、約9万年前に起こった阿蘇山の破局的な噴火が再び起こる可能性があるとの訴えに対して、頻度が低く、予測しがたい火山の大噴火による被害に対しては、国民の大多数が問題にしていないので、原発の再稼働が、「社会通念」上、容認されるとしています。さらには、阿蘇山の大噴火のような破局的な災害をもたらす自然災害は、国がその対策を講じることができないので、これを伊方原発の再稼働のリスクとして問題にすることはできないとして、四電に、1、2号機の廃炉が決まっているなかで、唯一、残された伊方原発3号機の再稼働を認めるのが妥当だとしています。

しかし、ここで、私どもが指摘したいのは、このような、「自然の大災害が起こるかも知れない場所」に、「過酷事故を起こす可能性のある原発」を立地しなければ、「人工放射線被害にかかわる破局的災害」が起こらないことです。さらに言えば、火山や地震の多い日本では、原発を持つべきでないことになります。これは、広島高裁の言う「社会通念」ではなく、誰にでも判る「自然の原理」だと考えます。

もちろん、いま、原発電力を用いなければ、国民の生活と産業用の電力が不足して困ると言うのであれば話は別です。しかし、少なくとも現状では、3.11福島第一原発の事故以降、殆どの原発が稼働を停止している現状で、日本では、生活と産業用の電力供給に不自由していません。それは、現状では、現発電力より発電コストの低い石炭火力発電が使用できるからです。

 

ところが、いま、電力の生産に、この石炭火力発電を利用したのでは、地球大気中の温室効果ガス(CO2)の濃度が増加して温暖化が進行し、地球上の生態系に不可逆的な変化が起こり、人類生存の危機がもたらされるとされています。

しかし、ご心配無用です。石炭を含む地球上の化石燃料資源は、世界中の国が協力して、今世紀いっぱい、その節減目標を決めて大事に使えば、IPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)が主張する温暖化が起こるとされているCO2の排出量以下を守ることができるのです(私どもの近刊(文献1 )を参照して下さい)。いま、温暖化より怖いのは、各国が自国の経済成長を追求するために、そのエネルギー源となる化石燃料消費の増加を継続することです。やがて、化石燃料資源が枯渇して、その国際市場価格が上昇すれば、国際的にも国内でも貧富の格差が拡大し、テロを含む軍事的な騒乱による世界平和の侵害、人類の生存の危機が起こるのです。

いままで、世界経済の成長を支えてきた化石燃料資源の枯渇が迫るなかで、この化石燃料の代替としての原子力エネルギーの利用が、重要な科学技術開発課題になっていました。この原子力エネルギー利用の究極の目標は、“太陽を地上に下ろせ”と言われた、原子核融合反応の利用です。しかし、科学技術開発の成果として、人類が、この核融合反応を制御することは、夢のまた夢と言ってよいでしょう。しかし、これを言ったのでは、国からの研究費が貰えなくなると、この核融合の研究は言って居られました。そのなかで取り敢えず、実用化できたのが、軍事目的に開発された原子爆弾(原爆)のエネルギー源の核分裂反応を利用した現用の軽水炉型の原発でした。しかし、この軽水炉型原発の実用化では、有限な資源であるウラン燃料のごく一部しか利用できません。これをより高い比率で利用するためには、核燃料サイクルを実現するための「高速増殖炉」の実用化が必須でした。原発開発の先進諸国が、その実用化を断念するなかで、日本がこだわった高速増殖実証炉モンジュの度重なる事故で、その廃炉が決められたのです。日本エネルギー経済研究所編;EDMC/エネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データ(文獻2 )と略 記)に記載のIEA(国際エネルギー機関)のデータをもとに作成した 図1 に示すように、先進諸国(図中のOECD 35)の原発の利用が明白な減退を示すなかで、安倍政権も、日本の原発の利用計画を縮小し、当面は、運転停止中の原発の再稼働を追求しています。ただし、OECD 35の2010年から2015年への100百万石油換算トン近い減少の7割近くが、日本での減少ですが、日本での3.11 以降、ドイツをはじめ、原発の廃止を宣言している国が幾つかあります。

世界の一次エネルギー消費(原子力)の年次変化

(エネ研データ(文献2 )に記載のIEAのデータをもとに作成)

 

しかし、いままで、世界経済の成長のためのエネルギー源であった化石燃料資源が枯渇を迎え、世界経済が低成長、さらには、マイナス成長を強いられるようになっているなかで、日本が、化石燃料代替の原子力エネルギー(原発電力)を使って、アベノミクスのさらなる経済成長を図ることはできないのです。それは、長く続いたデフレの解消のためとして、物価の2 %アップを目標としてきたクロダノミクスに目途がつかないことからも明らかです。原発電力の利用にこだわることは、使用済み核燃料廃棄物の処理・処分のための費用や、さらには、予測不可能な過酷事故のリスクを次世代送りすることになるだけで、日本経済に実質的な利益をもたらすことはありません。

もう一つ、原発の再稼働での大きなリスクは、使用済み核燃料廃棄物中に含まれるプルトニウムの存在です。すでに、日本には、1970年代以降の原発の稼働で、原爆の原料になるプルトニウムが多量に貯留・保管されていて、国際的にも問題になっています。それは、このプルトニウムを使うことで、日本が、すぐにでも核武装ができるからです。実際に、いま、自営のために最小限の核武装をすべきだとの意見が、国内でもぼちぼち聞かれます。もちろん、安保条約の同盟国アメリカがそれを許すことはありませんが、恐ろしいことです。恐ろしいことと言えば、いま、政府が進めている原発の再稼働により、この恐ろしいプルトニウムの貯留量がさらに増加することです。原発の再稼働によるこのプルトニウムの増加量は、いままでの排出量に較べれば僅かかも知れませんが、その最終処分が実行されないままに、その保管量が増え続けるのです。世界で唯一の原爆被爆国の日本が、原爆廃止を世界に訴えるためには、本来、世界に先駆けて、脱原発を宣言しなければならなかったのです。3.11以降、安全性の問題から、脱原発を宣言する国が出てきているのに、日本政府は、原発の再稼働にこだわり、脱原発を言い出せないでいます。

 

③ 原発の安全性を問題にする限り、絶対の安全は原発を持たないこと、すでに持ってしまった原発は動かさないことです。原発を再稼働しなければ、国民に経済的な不利益をもたらすとして、司法は、再稼動を認めていますが、事実は逆で、再稼働は災厄リスクとともに、国民に経済的な損失をもたらします。この科学的な事実を司法に訴えれば、国民の多数が願う再稼働の阻止を含む「原発ゼロ」への道が拓けると私どもは信じます

話を、原発裁判の問題に戻します。原発再稼働の差し止め仮処分の訴訟で、原発の安全性のみを問題にすれば、原発立地住民の原発事故被害リスクと、原発再稼働による電力生産の利益とが比較されます。そこでは、上記(①)したように、はっきりと目に見える電力の生産利益が、見えにくい事故被害のリスクより優先されて、「社会通念」だとして、司法の場で、再稼働が認められることになってしまいます。これを言い換えれば、原発の安全性の問題が司法の場で争われる限り、3.11以降に新しく決められた国の安全基準をクリアできたと原子力規制委員会が認めた原発は、今回の伊方原発の異議審の判決例に見られるように、多少の時間がかかっても、結局は、全ての再稼働が認められることになるでしょう。

しかし、ここで、注意しなければならないのは、この再稼働に伴う電力生産の利益を受けるのは、これも上記(①)したように、国民ではなく、原発を所有する電力会社だけだと言うことです。今回の伊方原発裁判の結果にみられるように、そこで、喜ぶのは電力会社です。今回の訴訟でも、四電の社長は、「他の我々の勝利にもつながる」との期待感を示したと報じられています(朝日新聞2018/9/25)。

これまでの原発訴訟では、いまの日本で、国民の生活と産業用の電力として、原発電力が絶対必要だとの前提に立って、原発を再稼働させた場合の安全性が議論されてきたと言ってよいでしょう。安全の問題を技術的に議論するとき、絶対の安全は無いと言われますが、これを原発の安全の問題に限って言えば、絶対の安全はあるのです。それは、原発を持たないことです。既に、持ってしまった原発は、それを動かさないことです。これも、すでに記しました(①)が、3.11から、7年半以上経ったいま、日本国民は、電力に不自由していませんからから、いま原発を再稼働する必要はないのです。

これに対して、原発の再稼働を支持する方々は、原発を再稼働しなければ、安価な原発電力の代わりに、輸入化石燃料を使った火力発電の電力を使われなければならないから、国益に反する(国民が経済的な不利益を受ける)と主張されます。しかし、この原発電力を火力発電の電力より安価だとしているのは、世界に日本の原発開発技術の成果を誇示して、これを海外に売り込もうとしている政府なのです。公表されているエネ研データ(文獻2 )の電力需給データをもとに、私どもが試算した結果では、原発の発電コストは、化石燃料のなかで最も安価な石炭火力発電コストの2倍以上もするのです(私どもの近刊(文獻2 )参照)。さらには、政府が発表している原発の発電コストのなかには、万が一の事故の賠償の費用だけでなく、使用済み核燃料廃棄物の処理・処分や、廃炉のコストが、計算のしようがないとして含まれていません。すなわち、これらのコストが全て次世代送りされているのです。

実は、これらの目に見えないコストを考慮して(と思われますが)、日本は、原発の使用条件のもとで、世界一高い市販電力料金が国民から徴収されていたのです。確かに、いま、稼動停止中の原発の再稼働によって、3.11以降失われていた原発電力のかなりの部分が回復されるでしょう。しかし、それによって経済的な利益を得るのは、原発を所有する電力会社だけです。使用済み核燃料廃棄物の処理・処分と、事故の被害リスクを次世代の負担とされている国民には、何の利益ももたらされません。

これらの科学的な事実を、原発再稼働の差し止め訴訟に関わって居られる裁判官の先生方に知って頂ければ、そこでの司法判断も当然変わってくるはずだと考えた私どもの一人(久保田)は、いま、原発訴訟の弁護団のリーダーとして、ご活躍中の河合弘之さんに直接お会いして、この考えを司法の場に訴えて頂くことをお願いしました。しかし、河合さんのお答えは、そんなことは判っているし、実行しているとのことでした。それは、「自然エネルギー・原発ゼロ基本法案」を提案している小泉元首相らとの協力だと思います。しかし、残念ながら、この小泉元首相らの訴えは、いま、安倍政権が進めている日本のエネルギー基本政策としては、採用されていません。それは、この原発ゼロ法案には「自然エネルギーの利用・拡大」が前提条件になっているからです。すなわち、政府は、地球温暖化対策としてのCO2の排出削減を目的として、いますぐの自然エネルギー(再エネ電力)の利用・拡大を図っていますが、それが思うように進んでいない現状では、「原発ゼロ」、すなわち、原発の再稼働停止の訴えを認めるわけにはいかないとしているからです。

これに対し、私どもが訴えるように、自然エネルギーの利用・拡大の前提無しで、国民に経済的な利益を守るのが、原発の再稼働の停止を含む「原発ゼロ」であることを司法の場で訴えて頂けば、今後の原発訴訟の結果は変わってくるはずだと私どもは信じています。

河合先生はじめ、「原発ゼロ」の実現にご苦労なさって居られる皆さんに、深甚の敬意と感謝の意を表すとともに、この私どもの提案にご理解を頂いて、一日も早く、原発の再稼動の廃止を含む「原発ゼロ」を実現して頂くことを心からお願いいたします。

 

<引用文献>

1.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する――電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月

2.日本エネルギー・経済研究所計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2018年版、省エネセンター、2018年

ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

 

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