日本のエネルギー政策の混迷を正す(補遺その2) 温暖化対策と原発依存からの脱却を両立させるための「いますぐの再エネの主力化」は必要がありません
|東京工業大学名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田 賢太郎
(要約);
① 地球温暖化対策と原発依存からの脱却を両立させるためとして、いますぐの再生可能エネルギー(再エネ)の主力化が要求されています。しかし、3.11事故後、原発電力の大部分が失われている現状で、私どもは電力の供給に不自由していませんから、原発依存からの脱却としても、温暖化対策としても、「いますぐの再エネの主力化」は必要はありません
② 地球温暖化対策から原発依存からの脱却へと、その目的を変えて、「いますぐの再エネ電力の主力化」を進めるための「再生可能エネルギー全量固定価格買取制度(FIT制度)」が2012年度に施行されました。しかし、市販電力料金の値上で国民に経済的な負担を強いるFIT制度の適用による再エネ電力の導入・利用量の推定値のその後の年次変化を見る限り、この再エネ電力のいますぐの利用・拡大(主力化)が実行可能となるとは、到底、考えられません
③ 「再エネ電力の主力化」を要求する人々が訴える地球温暖化対策としてのCO2の排出削減は、私どもが提案する「化石燃料消費の節減」で、お金をかけないで実行可能です。やがてやって来る化石燃料資源の枯渇の結果としてもたらされる「再エネ電力の主力化」へは、再エネ電力の発電コストが、現用の化石燃料(石炭)を用いる火力発電のコストより安価になった時点で、移行すればよいのです
④ いま、世界で、再エネ電力の発電コストの低下が言われます。しかし、化石燃料消費を節減すれば、化石燃料(石炭)を用いる火力発電のコストが、再エネ電力の発電コストより高くなるのは、もう少し先の話になります。すなわち、FIT制度の適用無では経済性が成り立たない「いますぐの再エネの主力化」は必要がありません。やがてやって来る化石燃料の枯渇後、その代替として主力化されるのは、現用の化石燃料(石炭)を用いる火力発電より安価な再エネ電力でなければなりません
(解説本文)
① 地球温暖化対策と原発依存からの脱却を両立させるためとして、いますぐの再生可能エネルギー(再エネ)の主力化が要求されています。しかし、3.11事故後、原発電力の大部分が失われている現状で、私どもは電力の供給に不自由していませんから、原発依存からの脱却としても、温暖化対策としても、「いますぐの再エネの主力化」は必要はありません
朝日新聞は、その社説(2018/8/26)で、「再生可能エネルギー 主力化へ挑戦の時だ」と訴えています。これは、先の同紙の社説(2018/8/20)「温暖化対策長期戦略「脱炭素」へ大胆な転換を」に続いて、「温暖化対策と原発依存からの脱却を両立させるためには、温室効果ガス(二酸化炭素CO2)を排出しない再生可能エネルギー(再エネ)の大幅な利用・拡大が必要だ」との主張を、重ねて訴えるものと言ってよいでしょう。すなわち、資源の乏しい日本にとって。国産のエネルギー源としての太陽光や風力などの再エネ電力のいますぐの利用・拡大(主力化)が必要だとするものです。
いま、経済成長のエネルギー源になっている化石燃料のほぼ全量を輸入に依存している日本が、この化石燃料の代替としてきたのは原発電力でした。本来でしたら、この原発電力は、化石燃料を用いる火力発電、そのなかでも、最も安価な石炭火力発電のコストとの比較で、より安価だと判断された時点で、その導入が図られるべきでした。それが、この原発電力の導入に際して、先ず解決すべき問題であった核燃料廃棄物の処理・処分の方法が確立されていないままに、そのコストが計算できないからとして、また、原子炉使用後の廃炉のコストについても、その経験が無いから計算のしようがないとして、これらのコストを除外したうえで、原発電力の発電コストが石炭火力発電より安価だとして、1970年代以降、その実用化・利用が進められたのです。この背景には、恐ろしい原爆のもつエネルギーの平和利用の科学技術の成果を少しでも早く実用化させたいとする、いわゆる産学協同体としての原子力村の住人たちの強い願望があったと言わざるをえません。
しかし、日本エネルギー経済研究所編;EDMCエネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データ(文獻1 )と略記)に記載の電力需給データをもとに作成した図1 に示すように、この原発発電量の国内発電量合計のなかに占める比率が、2000年頃から頭打ちになり、3.11事故直前の2010年度には、約 25 % に止まっていました。これは、電力需用負荷変動への対応力が弱い原発電力使用での経済性が考慮された結果でした。
図 1 原発電力の国内電力合計に占める比率の年次変化
(エネ研データ(文獻1 )に記載の国内電力需給データをもとに作成)
ところで、この 図 1 に示すように、3.11 事故により原発電力が大幅に減少しているなかで、3.11事故から7年以上経った今夏(2018年の夏)の猛暑で、冷房用の電力が多量に使われているはずなのに、その不足が言われていません。この理由を明らかにするために、エネ研データ(文獻1 )に記載されたIEA(国際エネルギー機関)に報告された、日本の一次エネルギー消費量で表わした2015 年の電源構成を2010年と比較して表1 に示しました。
表 1 一次エネルギー消費量(石油換算百万トン)の値で示した日本の3.11前後の電源構成の変化(エネ研データ(文獻 1 )に記載のIEAデータ「世界の電源構成、投入ベース」の値をもとに作成)
注: *1;化石燃料 (石炭、石油、天然ガス) の合計、 *2;:原報(文獻1 )の「地熱・風力他」の略、 *3;原報(文獻1 )の「バイオマス・廃棄物」の略、*4;2015年の値の対2010年の値に対する比率 の略
この表1 に見られるように、3.11から5年後の2015年の値で、失われた原発電力をリカバーしているのは、対2010年比で17.9 % に上ると推定される省エネ比率(合計の15/10比82.1 %の値から)と、同じく対2010年比121.0 %((化石合計) の15/10比の値から)の化石燃料消費量の増加です。また、地球温暖化対策として、その利用の拡大が進められるようになった、表1 中に、「地熱・風力他」として示される、新エネルギー(新エネ)とも呼ばれている再エネ電力についても、その発電量合計に対する比率は、2015年の値で、僅か1.9 ( = 3.53 /183) % を占めるに止まっています。にもかかわらず、上記したように、現在、私どもは、電力に不自由していません。
すなわち、「原発依存からの脱却」を目的としても、また「温暖化対策」としても、「いますぐの再エネの主力化」は、必要がないことが判って頂けると思います。
② 地球温暖化対策から原発依存からの脱却へと、その目的を変えて、「いますぐの再エネ電力の主力化」を進めるための「再生可能エネルギー全量固定価格買取制度(FIT制度)」が2012年度に施行されました。しかし、市販電力料金の値上で国民に経済的な負担を強いるFIT制度の適用による再エネ電力の導入・利用量の推定値のその後の年次変化を見る限り、この再エネ電力のいますぐの利用・拡大(主力化)が実行可能になるとは、到底、考えられません
本来、地球温暖化対策のためとして、その導入が計画されていた、「再生可能エネルギー全量固定価格買取制度(FIT制度)」が、3.11の原発事故の後、当時の民主党菅直人首相によって、原発依存からの脱却のための再エネの利用・拡大に、その目的を変えて、2012年7月に施行されました。エネ研データ(文獻1 )の電力需給データには、「経済産業省新エネルギー部会資料」として、「新エネルギーの導入量」の値が記載されています。しかし、その値は、各発電設備の設備容量kWの値で与えられており、発電量の値は記されていません。そこで、私どもは、国内の各再エネ発電設備の種類別に、(年間平均設備稼働率)の値を、
太陽光発電;0.11、 風力発電;0.25、 廃棄物+バイオマス発電;0.60
と仮定して、再エネ電力種類別の発電量の値を次式
(再エネ電力の発電量kWh/年)
=(発電設備容量kW)×(8,760 h/年)× (年間平均設備稼働率) ( 1 )
に代入して、発電量を計算し、その年次変化を図2 に示しました。
図 2 新エネルギー電力発電量の推定値の年次変化(エネ研データ(文獻1 )に記載の経産省の新エネルギー導入量のデータから推定した発電量をもとに作成)
一方、エネ研データ(文獻1 )には、上記(①)の表1 にその一部を記したように、日本の電源構成の値が、IEA(国際エネルギー機関)のデータとして与えられています。この日本からの報告データと考えられる電源構成データでは、新エネ電力とされている太陽光、風力、地熱等の発電量の合計値が、「地熱・風力他」として、また、在来から用いられていたバイオマスや廃棄物を燃料とした発電量の値が「バイオマス・廃棄物」として示されています。これらを「発表値」として、上記の経産省の国内での「新エネルギー導入量」の値をもとに( 1 ) 式から計算した発電量の値を「計算値」として、それぞれの年次変化を表2 に示しました。ただし、国内「新エネ導入量」には、太陽光と風力の発電設備容量の値しか与えられていないので、地熱発電については、同じエネ研データ(文獻1 )に記載のBP(British Petroleum)社のデータにある各年(年度でなく年)の設備容量の値に、地熱発電の年間平均設備稼働率の値を0.70と仮定して概算される発電量を加えた値を、「地熱・風力他」の「計算値」としました。
表 2 再エネ電力の発電量の計算値とIEAデータとして報告されている日本の値、単位;十億kWh (エネ研データ(文獻1 )に記載のデータをもとに計算して作成)
注 *1;IEAデータの「世界の電源構成(発電量ベース)の値を、そのまま記しました。
*2;「地熱・風力他」では、太陽光、風力については、各年度の発電量を(新エネ導入量 kW)×(8,760 h/年) ×(年間平均設備稼働率;太陽光 0.11、風力 0.25)として計算、地熱については、各年の(BP社の地熱発電設備容量kW)×(8,760h/年)×(地熱発電の年間平均設備稼働率0.70 )として計算した合計値としました。「バイオマス・廃棄物」については、各年度の(新エネ導入設備容量kW )×(8,760 h/年)×(年間平均設備稼働率0.60 )として計算しました。
この表2 に見られるように、「地熱・風力他」とされる新エネ電力については、エネ研データ(文獻 1)に記載のIEA への報告値(表2 の「発表値」)と、経産省による新エネ電力導入設備容量の値から私どもが推定した「計算値」とが、かなり良い一致を示します。これは、私どもが仮定した各再エネ電力種類別の(国内年間平均設備稼働率)の値が、当を得た値になっているからではないかと考えました。これに対して、在来から用いられる「バイオマス・廃棄物」発電の「発表値」と「計算値」の間には、かなり大きな違いがあります。再エネ電力の利用・拡大を推進するための「再生可能エネルギー全量買取制度(FIT制度)」の適用の下で、発電量が厳しくコントロールされている「新エネ電力」に対し、小規模な自家発電による「バイオマス・廃棄物」発電では、その発電量が大きめに自己申告に任されているのではないかとも想定されますが、それにしても、この「発表値」と「計算値」の余りに大きな違いは説明のしようがありません。
いずれにしろ、いま、この新エネ電力を主体とする再エネ電力に対して、2012年度以降、電力料金の値上げで国民に経済的な負担を強いるFIT制度の適用によって、その「いますぐの利用の拡大(主力化)」が進められています。しかし、2016年度の再エネ電力の発電量は、62.1 十億kWhと推定され、同年度の発電総量合計999.851十億kWhの僅か6.5 %に過ぎません。また、FIT制度が適用されるようになった2012年度から2016年度までの4 年間の再エネ電力の増加量は、表2 の「計算値」から29.6(= 45.0 – 15.4 )十億kWhと計算されますから、この4年間の年間増加量は約7.4(= 29.6 / 4 )十億kWh / 年となり、今後、国内総発電量を2016年度の値に保ったとしても、その値の8 割を再エネ電力に変えるためには、
(999.891十億kWh)×0.8 / (7.4 十億kWh/年)=135 年
もかかることになります。すなわち、FIT制度の適用で、「再エネ電力のいますぐの主力化」を実現することは、幻想と考えるべきです。
図2で、さらに、注目しなければならないのは、いま、日本で、新エネ電力導入量の主体となっているのが、圧倒的に太陽光発電だということです。しかし、世界では、再エネ電力としての太陽光発電の利用は主力ではありません。 各再エネ電力種類別の年間平均設備稼働率の値として、上記の日本におけると同じ値を用いて計算した再エネ電力発電量中の太陽光発電量の比率は、日本の値が78 %に対し、世界の値は21 %程度に過ぎません。早くからFIT制度を適用して、再エネ電力の利用を拡大していたEU諸国において、太陽光発電は、その高い電力買取価格による電力料金値上がりに対する国民の反発で、この買取価格を値下げせざるを得なくなり、結果としてその発電量の伸びが停滞しています。いま、日本でも、同様のことが起こっていて、太陽光発電量の伸びにブレーキがかかっているようです。また、狭い日本で、太陽光発電の利用には、大きな導入可能量の制約があります。環境省の「再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査報告書(2011年3月)をもとに、私どもが試算した太陽光発電導入可能量は、家庭用と家庭外(メガソーラ)を合わせても、2010年度の国内発電総量の12.9 %しかありません。これに対して、風力発電の導入可能量は、陸上と洋上併せて、国内発電量の471%もあると試算されます。いま、その電力生産の適地が、需要地から遠く離れていて、送電線を新設しなければならないことが、その普及のネックとなっている風力発電ですが、いますぐでなく、化石燃料枯渇後の火力発電代替の再エネ電力の利用であれば、その主力を占めるのは、太陽光でなく風力だと考えます。
③ 「再エネ電力の主力化」を要求する人々が訴える地球温暖化対策としてのCO2の排出削減は、私どもが提案する「化石燃料消費の節減」で、お金をかけないで実行可能です。やがてやって来る化石燃料資源の枯渇の結果としてもたらされる「再エネ電力の主力化」へは、再エネ電力の発電コストが、現用の化石燃料(石炭)を用いる火力発電のコストより安価になった時点で、移行すればよいのです
以上見てきたように、朝日新聞がその社説で訴える「いますぐの再エネ電力の主力化」は、実行不可能と言わざるを得ません。いや、その必要が無いのです。いま、IPCC (気候変動に関する政府間パネル)が訴える温暖化対策として、CO2の排出削減を実行可能にするには、その使用でCO2を排出する化石燃料の代わりに、原発電力を用いればよいのですが、3.11の事故で、国内発電量の約1/4 を占めていた原発電力が失われました。いますぐ、この原発電力を取り返すためとして進められている原発の再稼働は、国民の多数の反対で、思うように進みません。そこで進められているのが、自然エネルギーとも言われる再エネ電力のいますぐの利用なのです。
しかし、温暖化対策としてのCO2の排出削減であれば、いま、経済成長を支えている化石燃料の消費を節減すればよいのです。その具体的な方法として、私どもは、今世紀いっぱいの世界の化石燃料の消費量を2012年の値に抑えることを提案しています。この実行を可能にする具体的な方法として私どもは、さらに、いま、国際的な合意を得て進められている地球温暖化対策としての「パリ協定」のCO2排出削減の目標を、化石燃料消費の節減に換えることを提言しています。
すなわち、地球温暖化対策として、CO2の排出削減を行わなければならないとしても、そのためのいますぐの再エネ電力は、その発電コストが、現在、電力生産の主体を占めている化石燃料、特に石炭を用いた火力発電のコストより安価でなければ利用する必要がないのです。
地球上で有限の化石燃料資源が枯渇に近づき、その国際市場価格が上昇します。したがって、化石燃料として、現在、そして、将来も、最も安価だと想定される石炭を用いた火力発電のコストを下回るようになった時の再エネ発電の種類を選んで、それを利用すればよいのです。その主体は上記(②)したように、高いFIT制度での高い買取価格でないと事業化が成立しない太陽光発電でなく、より発電コストが低い上に、その導入ポテンシャルの大きい風力発電と考えるべきだと思います。以上、詳細は私どもの近刊(文獻2 )をご参照下さい。
ところで、化石燃料を用いた火力発電のコストは、その燃料費に左右され、次式で概算されます。
(火力発電の発電コスト)
=(単位発電量当たりの化石燃料の使用量)×(化石燃料価格)
×(発電設備製造費と設備維持・運転費の燃料費に対する比率) ( 2 )
ここで、
(単位発電量当たりの化石燃料の使用量)
=(860 kcai/kWh)/ (化石燃料発熱量) / (発電効率) ( 3 )
火力発電の燃料として石炭(一般炭)を用いた場合の2016年度の発電コストは、エネ研データ(文獻1 )に記載のデータ等から、
(化石燃料価格)
=(一般炭の輸入CIF価格8,785円/トン の1割増しとして、9,664 円/トン)
(化石燃料発熱量)=(輸入一般炭の発熱量 6,203千kcal /トン)
(石炭火力の発電効率)= 42% = 0.42
(発電設備製造費と設備維持・運転費の燃料費に対する比率)=1.35
として、( 2 ) および ( 3 ) 式から、
(石炭火力の発電コスト)= {(860 kcal/kWh) / (6,203千kcal /トン) / 0.42 }
×(9,664円/トン) ×1.35 = 4.3 円/kWh
と計算されます。
一方、再エネ電力の発電のコストは、その設備の製造コストに比例して、下記のように求められます。
(再エネ電力の発電コスト)
=(単位発電設備容量当たりの設備製造費・維持管理費)
/ (単位発電設備容量当たりの設備使用期間中の発電量) ( 4 )
ただし、
(単位発電設備容量当たりの設備使用期間中の発電量)
=(1kW)×(8,760 h/年)×(年間平均設備稼働率)× (設備使用期間 年) ( 5 )
太陽光発電(家庭外)、メガソーラ)について、再エネ電力の導入にFIT制度が適用されるようになった2012年度の、
(単位発電設備容量当たりの設備製造費・維持管理費)= 52.5万円/kW-設備
とし、
(設備の年間平均設備稼働率) =0.11
(設備使用年数)=20 年
とすると、
(メガソーラの発電コスト)=(52.5 万円/kW-設備)
/ {(1kW/設備)×(8,760 h/年)×0.11×(20年)} = 27.2 円/kWh
と計算されます。
同様の計算を風力発電について、
(単位発電設備容量当たりの設備製造・維持管理費)= 81.5 万円/kWh-設備
(年間平均設備稼働率)= 0.25
(設備使用期間)= 20 年
とすると、発電コストは、18.6 円/kWh と計算されます。
これらの再エネ電力の発電コストと、上記の石炭火力の発電コストとの大きな違いをカバーするために、いま、再エネ電力の利用では、再エネ電力の種類別に異なるFIT制度での生産電力買取価格が決められています。しかし、地球温暖化対策としてのいますぐの再エネ電力の利用ではなく、火力発電の代替としての再エネ電力の利用であれば、その移行の時期は、FIT制度の適用無で計算される上記の再エネ電力の発電コストが、石炭火力の発電コストより安くなったときとすればよいのです
④ いま、世界で、再エネ電力の発電コストの低下が言われます。しかし、化石燃料消費を節減すれば、化石燃料(石炭)を用いる火力発電のコストが、再エネ電力の発電コストより高くなるのは、もう少し先の話になります。すなわち、FIT制度の適用無では経済性が成り立たない「いますぐの再エネの主力化」は必要がありません。やがてやって来る化石燃料の枯渇後、その代替として主力化されるのは、現用の化石燃料(石炭)を用いる火力発電より安価な再エネ電力でなければなりません
最近、再エネ電力の利用・拡大に伴う設備の製造費値下がりから、再エネ電力の発電コストの低下が言われており、これが「再エネ電力の主力化」のチャンスだとさえ捉えられています。しかし、その製造コストの低下が言われるのは、主に、中国産の太陽光発電素子ではないかと考えます。その製造での人件費に左右され、製造コストの低い中国製の太陽光発電素子が、大量に輸出されているようです。国産の太陽光発電設備で生産される電力は、国産のエネルギーと考えられますが、これが、輸入品になれば、その生産電力の利用は、国産の電力とは言えません。いま、EUでは、この中国製の太陽光発電素子の輸入が禁止されるようになったと聞いています。行き場の無くなった中国製の太陽光発電素子の利用で、2016年の中国の太陽光発電設備容量は、世界の26 % を占めるようになっています。
再エネ電力が主力化する、すなわち、世界中が再エネ電力に依存するようになるのは、世界の経済成長を支えてきたエネルギーとしての化石燃料資源が枯渇し、その国際市場価格が高くなって、それを使えなくなる国や人が出て来る時です。その時には、電力料金の値上で国民に経済的な負担を強いるFIT制度の適用無では成り立たないような再エネ電力を主力化する必要はありませんし、また、途上国には、そんなお金はないと考えるべきです。これを言い換えれば、このFIT制度の廃止こそが、化石燃料枯渇後の世界で、途上国と先進国が協力して「再エネ電力の主力化」を進めるための前提条件とならなければなりません。
さらに、もう一つ、資源量の豊富な石炭の輸入価格は、化石燃料種類別のエネルギー保有量(発熱量で与えられる)当たりの輸入CIF価格(産地の価格に輸送費と保険料を加えた価格)を示す図3 に見られるように、その値上がりはかなり先の話になりそうです。すなわち、火力発電代替の再エネ電力への移行の時期は、まだ、大分先になると予想されます。いずれにしろ、FIT制度の適用による再エネ電力のいま今すぐの利用・拡大(主力化)は、当分、必要が無いと考えるべきです。
やがてやって来る化石燃料の枯渇後、その代替として主力化されるのが、現用の化石燃料を用いる火力発電より安価な再エネ電力でなければなりません。
図 3 化石燃料単位発熱量当たりの輸入CIF価格の年次変化(エネ研データ(文獻1 )に記載のエネルギー源別価格(カロリー当たり)のデータをもとに作成)
<引用文献>
1、日本エネルギー・経済研究所計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2018年版、省エネセンター、2018年
2.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する――電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月
ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他
平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。