文明を測る科学的ツール(1)

文明の盛衰を測定・評価できる科学的なツールがあると便利です。とりわけ石油文明の展開が混迷している今日において、石油文明は継続可能なのか、必然的に終焉していくのか、さらに次の文明のエネルギー、社会構造はどうなのか。このような人類史的な課題を予測するために必要な「測る科学的ツール」が求められます。そのツールとして、エントロピー則および、エネルギー収支比(EPR)が有効だと考えます。エントロピー則、エネルギー収支比(EPR)および一次エネルギー、余剰エネルギーという用語は第一章の中ですでに使っていますが、それらの基本的な概念について説明します。

1. エントロピー原理

≪エントロピー原理とは≫
物理学に、次の3つの法則があります。
①物質保存の法則、②エネルギー保存の法則、そして③エントロピー発生・増大の原理です。②は熱力学第一法則、③は熱力学第二法則ともいいます。
もう少し具体的にいいますと、閉じた系(保存系)に於いて
①物質、エネルギーが変化すると、エントロピーが発生する。 
②物質、エネルギーは、自然にエントロピーが増大する方向に変化する。例えば  
‘熱が高 温のモノから低温のモノに流れる’、‘物が拡散する’。
③物質、エネルギーを、エントロピーの低い方向へ変化させるためには、エントロ  
ピーの低いエネルギーの助けが必要である。 
④エントロピーは物質と熱エネルギーに付随して移動する。 
⑤仕事は熱や温度の変化がなく、エントロピーを持っていないエネルギーである。 

・物質とエネルギーはひとつの方向のみに、すなわち使用可能なものから使用不可能なものへ、あるいは秩序化されたものから無秩序化されたものへと変化する。地球または宇宙のどこかで、秩序らしきものが創成される場合、周辺環境には、いっそう大きな無秩序が生じる。閉じた空間で、こうした変化に伴って、状態量のエントロピ-は増大する。(本項の出所は「エントロピーの法則—–21世紀文明観の基礎」:著者ジェレミー・リフキン、竹内均訳)。
以上より、物理学の3つの法則の中で、エントロピーが最も根本的な原理だと分かります。 なお、使用不可能な最たるものは砂漠です。格差・貧困が進むと社会が無秩序化していき ます。それぞれ、自然および、社会のエントロピーが高い状態です。

≪モノの製造におけるエントロピー≫  
モノを製造する’とは、エントロピーの高い原料資源に対して、低エントロピーのエネルギーを投入して、エントロピーが低い製品を造ることです。 そして、副産物として、エントロピーの高い廃棄物(廃熱、廃物)が、必ず生じます。そして、製造工程の前後で、   全エントロピーが増大します。
一例ですが、製鉄の化学量保存式は、
Fe2O3 + 1.5C → 2Fe + 1.5CO2 + q です。
しかし、この式の通りの工程(反応式)ではエントロピーが増大しないので、鉄ができません。工程を進めるには余分のコークスと水(どちらも低エントロピー)を加えて、廃物・廃熱を多量に排出させて、エントロピー増大させなければ鉄はできません。 高エントロピー原料(鉄鉱石)から低エントロピー物質(鉄)を製造するには、多量の低エントロピーエネルギー(コークス)と低エントロピー物質(水)を投入します。その結果、製造後の全エントロピーは増大しています。 モノの製造によってエントロピーが増大します。資源リサイクルは、実は製造リサイクルです。リサイクルを繰り返す度に、低エントロピーエネルギーを多量に消費し、エントロピーが高く累積した廃棄物を生み出します。

≪廃棄物の処理≫
 
モノの製造によってエントロピーの高い廃物・排熱が生じます。これらを適切な量を適切な方法で環境の中へ排出すれば、自然の循環、すなわち大気と水、生態の循環プロセスによって処理されます。
不用意に環境の中に排出すると、自然、社会に蓄積されて、それらの劣化、破壊につながります。なお、人体を含む生体を深刻に攻撃する塩素化合物と放射能を地球環境に廃棄できません。塩素化合物の中には、オゾン層を破壊するものもあります。放射能は半減期の何倍もの期間にわたって生体を攻撃します。
適切に排出された高エントロピー廃物は、空気・水・土中微生物・地上動植物の有するエネルギーによって、風化・分解・食連鎖を経て、低エントロピー物質になって戻ってきます。そのプロセスは廃物の種類によって異なります。廃物の自然循環プロセスによっても廃熱を排出します。
地上・地中での廃物の循環プロセスから排出される廃熱を含めてすべての廃熱は、地表付近で空気中の水蒸気潜熱となって断熱膨張しながら拡散上昇し、成層圏で宇宙へ熱交換放熱します。その後、空気の地球の大気と水の循環によって地球外に排熱されます。その後、断熱圧縮を受けて地上に向かって降下し、低エントロピー空気となって戻ってきます。 

≪エントロピーで観る文明の展開≫    
エントロピー原理は科学則ですが、文明の状況をエントロピーで評価できます。  多くの古代文明では、周辺農村の余剰食糧が基になって都市が構築されていきました。しかし文明が成熟すると、都市は引き続き栄えるが、周辺農村は都市の収奪・支配によって衰退していきました。都市は文明が延命を図るために、食糧とエネルギー確保のマイレージを拡散させます。都市では貧富の格差が広がり、社会秩序が乱れ、機能しなくなっていきます。成熟した文明はこのように社会エントロピーを増大させながら衰退します。
日本の石油文明は1980年頃に、総中流者の豊かな石油文明を謳歌しました。20世紀終盤から東京の一極肥大化、地方農村の衰退、文明のエネルギー供給(食料・資源調達)と経済活動が地球規模で国際化してしまいました。企業の海外移転、財政・農政の失敗、格差拡大、少子高齢化対応策の失敗、国際的地位・競争力の低下、無縁・孤独・生活保護世帯の急増・自殺・犯罪急増、就職率・留学率低下など、秩序と生活の格差と劣化による社会エントロピーが増大中です。日本の石油文明が黄昏に突入した観です。

2. 一次エネルギーの品質  

≪一次エネルギーの特徴≫
 
「資源とは、濃集していること、大量にあること、経済的な場所にあること」。これは石井吉徳東京大学名誉教授が、資源の本質を的確、明快に表現したフレーズです。 「地球は有限、エネルギーは質がすべて」という、全く明快ショートフレーズも石井名誉教授によるものです。
一次エネルギー資源は地球環境の中に賦存している「自然の恵み」です。一次エネルギーの本源は太陽ですが、森林、化石燃料、地熱、水、風など、様々なかたちになって地球自然のなかに存在しています。それを人間が知恵でもって取り出して「文明の力」として有効利用しているエネルギーです。
一次エネルギーを人工的に創り出すことはできません。原子力発電エネルギーをはじめ、人工的なエネルギーは、必ず一次エネルギーを消費せねばならない。  
一次エネルギーの品質を決める要素として次の4つが挙げられます。
① エネルギー濃集していること。よって低エントロピーであり、エネルギー密度が高い。
② 大量にあること。そうでないと文明を創るエネルギーにはなりえません。
③ 経済的な場所にあること。 
④ 環境の中から取り出すのに必要するエネルギーが小さいこと。エネルギーの経済性に 直結してきます。
⑤ エネルギーの使い道が多様であること。

そして、次のことがいえます。
・一次エネルギー収支比(EPR)の概念は、①÷④に相当します。大量にあって、EPRの 値が大きいほど余剰エネルギー量が多く、文明のエネルギーとしての品質は高い。
・EPRの低いエネルギーは、EPRの高いエネルギーの代替にならない。   
・エネルギーのエントロピーが高ければ、製造プロセスに必要なエネルギー量が大きく、  廃熱と廃物エントロピーがさらに大きい。

≪石油の品質≫    
一次エネルギーには、石油、石炭、天然ガス、非在来型石油、非在来型天然ガス、ウラン、太陽、風、地熱、地中熱、木材等があります。  石油は、何種類もの炭化水素成分の混合流体で、産地ごとに成分比率が違っています。超重質油を除いた平均的な石油の比重は0.9程度です。その1トン当たりの燃焼カロリーは107kcalと高い。濃集度が高いため、環境温度15℃に対して拡散能力の大きな低エントロピー資源です。  
石油生産に必要なエネルギーは、油層へ坑井掘削し、地上へ採油して油とガスと不純物を分離処理するために使われるエネルギー等です。坑井掘削に要するエネルギーは陸上油田、大陸棚海洋油田、深海油田で、それぞれ1桁ずつ高くなるとみられます。 採油に要するエネルギーは、自噴ではほとんどゼロですが、ポンピング採油、二次回収(水やガスを注入して油層の流動動力を高める操作)だと、その分、採油に要するエネルギーを大量に消費します。そのため自噴する陸上油田ではEPRが約100でありましたが、海上油田の多くはEPRが10前後とみられます。  
石油の使途として、分留して、輸送燃料、発電燃料、化学原料に広く使用されています。分留に要するエネルギーは生産に要するエネルギーよりも小さい。しかもエネルギーの使用価値が多様になり、石油文明社会のあらゆる場面で使用されています。 エネルギーを消費することによって生ずるエントロピーは、輸送および発電ともに、二酸化炭素と熱量を排出します。
主なエネルギー資源の燃焼熱量の概数は以下のとおり。
・石  油:1トン(1.15m3):1×107kcal
・石  炭:1トン      :6.67×106kcal 
・天然ガス:1トン(1,415m3):1.27×107kcal 

低エントロピー資源は、凝集度が高く、高温の熱を大量に発生できます。すなわち拡散能力、発熱能力が高い資源です。天然ガスは石油によりも等重量当たりの熱量は高いですが、エネルギー密度(凝集度)が小さい気体であって、使い勝手が良くない、すなわちエネルギーの質が石油より劣るのが難点です。石炭は固体で、等重量当たりの発熱量が石油の3分の2で、使い勝手が限定されます。

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