石油ピークへの対応戦略:新たな発想が国家を救う
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石油によって成立していた文明が「石油ピーク」を迎え、今後急激な破綻をきたす事態が、懸念されている。その議論は、いまだ我が国の政策の主流には位置づけられていない。これは気候温暖化問題の解決以上に緊急な課題であるが、その衝撃の大きさから考えると、本問題は国民のコンセンサスを取りながら、政策と生活全体の構造を改革することが大きな条件になる。さらに解決には長期的な視点に立って確実に政策を実行し、展開することが重要になる。
1.石油文明
人類は、これまで産業革命等の動力源の進歩によって飛躍的な段階を経ながら、持続してきた。その間、戦争や環境変化や疫病等を克服し、文明の発展基盤を強固なものにしてきた。
この文明を支える大きな役割を近年は石油資源が果たしてきた。石油は最も安価で、使いやすい資源として存在し、地球が永い年月を経て蓄積した人類の財産でもある。この石油は、エネルギー、電力、動力、食料、交通・運輸手段、薬品製造等経済社会活動全般を支えてきている。
つまり石油の果たした役割は、人類の築きあげる文明の最大の資源であるということである。文明を駆動した推進力は、生活の利便性や産業を推進する動力や移動を可能にする移動手段等、また食料や薬品等生活全体の効率的な生産と安価な製品及びサービスを提供することができるシステムで、これで飛躍的に展開されてきたのである。
このような効率的で安価な資源は他に存在しない。
また、このような土台の上に、社会経済の仕組みが、豊かさの基盤として存在しているのである。
このような重要な役割を果たしている石油は、資源の質の面からもコスト等から見ても最も活用の面で、優れたものである。
しかし現在、石油はピークを迎えており、この重要な問題は、やがて生活全般や社会システムに大きく関係することになる。特に資源小国の我が国の影響は絶大である。
2.石油ピーク後の影響と石油文明の崩壊
石油は、これまでの社会価値を高め、経済発展の原動力であった。しかし、世界の消費構造は、石油の生産構造を越えており、質の良い、安価な石油は、ピークを迎えており、また各国とも希少資源は国家戦略として位置づけが強化されており、今後コスト上昇傾向とともに戦略資源の限定的な輸出の可能性から、入手が困難になるリスクが高い。
現在、世界的には、電力エネルギー等の代替エネルギーとして、太陽光発電、原子力発電、風力発電等の開発を行い、また従来の自動車から電気自動車等への転換を技術開発によって行い、その実用化への展開が強化されている。
しかし、今後こうした代替エネルギーの開発には時間もかかり、さらに経済的な価値として存在する石油生産物の代替は不可能である。したがって、石油依存の文明の発展のシステムは崩れ始める。
特に石油による有機物の合成や創薬はコストの上昇から製造の不足が表面化することになる。また食料生産も石油依存も高く、石油コストの上昇のために、物価上昇として表面化することになり、経済の停滞と混乱を招くことが予想される。
3.科学技術の限界
現在の科学技術の展開で、新たな石油代替エネルギーの供給は可能という説もあるが、電気エネルギー等の代替はある程度可能でも、有機物生成のための石油代替は、現在の経済的なコストや生産システムの効率化を確保することは困難になる。
科学技術による代替や新たな生成が可能な範囲は、限定されており、また現在の経済システムを維持できるようなシステムを確立するために、むしろ石油消費を早める結果と開発コストの膨大さによって、これまでの効率的な社会経済生活は極めて混乱を招くことになる。
4.経済成長の本質的な条件
これまでの経済成長は、石油と言う資源によって可能になっていた。つまり、経済は世界的な生産と消費の循環構造であり、石油コストの高騰は、生産システム効率や付加価値を減少させ、やがて消費は減退し、生産の減退を来し、雇用不安を招き、経済は停滞局面に入る。何よりも食料自給率の低い我が国は、食料の高騰、さらに食料そのものが戦略物資化され輸入が困難になれば、社会生活全体の混乱を招き、現在の安定的な生活は保障されず、治安も悪くなり、都市生活の利便性は失われることになる。
現在、持続的な成長経済が財政や雇用や社会生活の基盤安定のために不可欠と言う認識があるが、成長戦略を支える石油資源のコスト上昇と量的な不足は、現行の生産システムを機能させない結果になる。つまり、経済成長を基本とする国家成立条件は、すでに危ういということになる。
5.新たな文明への転換と準備
では、どのような対策が考えられるのか。
現在の経済社会システムは様々な要素が連関して動いている。どこの要素を取っても、持続的な供給を前提に展開され、その中の重要な要素が変更されれば、全体系を現実のまま発展することはできない。
したがって、我が国は、急激な変化によって引き起こされる衝撃を今から長期視点に立って変革することが必要になっている。
1)石油消費の構造の変革
現在の石油消費構造を、国家目標として「浪費構造」を転換して、最小で最大の効率を上げる構造へと転換を促す。これは社会生活全般の構造改革と産業構造全般の転換を迅速に行う必要がある。都市はコンパクトシティーを基本構造として、各地域別に早急に計画を行う。
これによって、都市内における生産や移動効率を上げる。また地方の都市生活を充実させ、大都市集中構造を転換する。自動車の使用を少なくし、自転車や自然のエネルギー応用を拡大する生活へと転換する。
また、地域における産物や食料生産の自給向上を含めて、国民の農業等の体験を義務付け、家庭内の自給生産規模を拡大することを拡大する。
・住宅空間を変革し、太陽光発電等新たな代替エネルギー生産への転換を促進する。さらに、暖房や冷房の機器に頼らない日本の気候風土に合う建設素材や方法を見直し、低エネルギー空間の奨励強化と効率的な生活空間を普及する。これによって日本の風土に合った住居空間の創造が可能にある。
特に新築建設に関して、迅速に政策的な転換を促進する。
・産業構造も低エネルギー生産システムを義務づける。現在の生産システムでは、石油の原価上昇とともに、国際競争力は減少し、輸出減少等海外生産等への転換を含めて、国内雇用は減少し、生活不安の程度は増してくる。この間国家財政の負担はますます拡大し、国民への重大な負担となって跳ね返ることになる。
したがって、生産方式の全面的な見直しを行い、エネルギー負担の少ない生産システムへと転換する。
また、生産からサービス等への産業転換を行い、基本的には研究技術とソフトサービス等知識産業への転換を急ぐことになる。現在促進する環境技術のみでなく、ナノやバイオ技術及び医療技術等の転換を行い、低エネルギーの観点から評価し直し、産業の競争力を確保しておく必要がある。また日本の自然資源を生かした観光やリゾート等の重点分野への強化育成は迅速に展開する必要がある。
・食糧生産に関しては、食料生産技術の半ば強制的な講習や土曜日/日曜日の家族生産体験等今から重点的に活動を強化するとともに、土壌や森林、海洋資源等の荒廃を至急再構築する予算措置を急ぐことが重要になる。またリサイクルや都市鉱山等レアメタルのリサイクル構造を構築することが重要になる。
この転換には教育の果たす役割は大きい。
我が国の産業は、今後高度な技術、少資源対応技術、ソフト技術、サービス技術等の科学・技術者の強化育成は緊急である。現実には科学技術を目指す人材は減少傾向にあり、量と質の確保は、喫緊の課題である。
2)経済成長は今後目標にはならない。
従来の産業構造で経済成長を行うためには、国内需要の強化と生産の拡大であるが、石油応用事業を転換する意味でも、成長政策は考えられない。浪費を止め、効率を上げ、石油応用以外の生産システムを向上強化するためには、経済の成長は一時停滞する。その間、国際競争の面でも我が国の産業の特性を発揮できない間は、一時的にも弱化する。
したがって、長期的な転換目標を、国民に提示し、重大な局面を十分認識させる必要がある。
3)重要課題解決能力の強化をする。
そこには新たな知識生産構造と人材育成が重要である。
では一体今後または未来の課題を解決することの出来る知識は、いかにして形成育成することが可能なのであろうか。
1,専門知識を問題解決に向けて上手く使いこなすマネジメント(方法、人)
2, 専門知識が融合されて、新たな問題解決の知識が創造され、体系化されること
3,問題解決のプロセス及び解決結果から導き出される新たな蓄積やツールの構築が必要になる。
さらに、科学理論や知見(基礎科学及び応用科学)と技術の融合が、緊急でもある。
新たな社会価値と科学知見および先端技術の統合による価値の創出が求められ、社会インフラの変革(ソーシャルチェンジ)も重要なファクターとして、認識しなくてはならない。
つまり、今後文明の転換マネジメントともいうべき新たな人材育成の仕組みや方法が緊急になってくる。
先ず、
1,新しい学部や学科の新設及び専門大学院の設立等新しい領域や新しい教育方法(産業連携、インターンシップ他)の展開
2,問題解決に必要なカリキュラムの再編や選択方法の改善(新領域創出等)
3,低エネルギーに向けて、諸政策との連携強化の実験的な動き
4,実践的な社会との関わりや人的交流及びノウハウ交流等が実施されなければならない。
さらに企業は、社会の課題解決や戦略推進のための能力を最高に発揮できる組織を編成し、迅速な問題解決を可能にするような設計が出来るかどうか、そこには専門分野のみではなく、融合的な人材の配置戦略が不可欠である。
このように、今後の課題解決には、知識の深堀のみでなく、専門性に捕らわれない新たな人材や組織が必要であるが、現在、例えば高度なシステムを取り纏められる人材や現場の問題の本質を見極められる人材、さらには新しい技術の本質を目利きできる人材等少なく、この育成が緊急の課題になっている。
その底流には、教育の「問題認識」「問題解決の方法」等への根底的な考え方や方法への連携の強化や期待されるものでもある。
さらに、好奇心、執念、バランス感覚、事実の分析、仮説能力、目標設定、目標へのプロセス、意味設計、指導能力等の基本的人間的なスキルや「人間的な魅力を磨く時期」を経ることの必要性がいよいよ強調されなければならない。
多くの経験や失敗から学び、ノウハウを蓄積することによってしか得られない智恵を深く認識するプロセスや機会を社会全体が「共感する仕組み」が強化されなければならない。
低エネルギー社会実現のための「社会価値」と「科学」と「技術を融合」させることが重要な条件である。
また、行政マネジメントも大きな転換である。
1,知の横断的、融合的な実践的リーダーの育成
2,最適なソリューションの選択の仕組み等を早急に創造することが必要になると思われる。
この転換のプロセスには、精神的な風土の転換も、重要な役割となる。
都市と地域の交流を図り、互助精神や助け合う構造を準備することも必要になる。特に高齢社会の中で、徐々に孤立難民ともいわれる存在が拡大している。
石油ピークを乗り切るためには、精神風土や文化風土が大きな機能を有すると思われる。サービスの相互交換によって、孤立感を克服し、住民肢体の政策構造を創造していく必要がある。
最後に
国家や文明の基盤の変更は、政策を転換するのみでなく、長期的な視点からの夢の実現が重要な要素である。
我々が率先して、「新しい文明の社会構造、競争原理とは異なる共創や助け合いの精神風土」が重要である。
したがって、新たな国家目標を低エネルギー社会の実現に向けて転換するためには、文化構造を含めて、「転換」マネジメントともいうべき展開を行う覚悟が必要である。
(参考)すでに始まっている米国の動き:生活スタイル等
・シンプル生活(ライフスタイルの見直し、個性や質素を重視する人生観)
・家計倹約生活(買い物の工夫、優先事項の見直し)
・交通手段(環境配慮の交通手段)
・生活の選択(メニューの選択、植物材料のパッケージ、庭での食糧栽培)