悲観するか楽観するか
|日本半導体製造装置協会(SEAJ)エネルギー効率利用専門委員会「カーボンニュートラルの具体的取り組みと将来の技術動向」(2023年3月17日)での講演より
目次
1.はじめに
2.21世紀に入り石油の枯渇が叫ばれた
3.しかし今は再生可能エネルギーで世界は救われるという意識が広まっている 本当だろうか?
4.カーボンニュートラルがなぜ登場したのか
5.今後世界はどうなるのか
1.はじめに
ものごとのネガティブな面を見ると悲観的になり、ポジティブな面を見ると楽観的になる。私はどちらかと言えば楽観主義者である。心配性の人は悲観的な見方をするが、そんな人とは時々衝突する。
エネルギーの将来についても悲観論もあれば楽観論もある。ここではその両論について考える。
2.21世紀に入り石油の枯渇が叫ばれた
次の図はASPO (Association for the Study of Peak Oil and gas) の会長のキャンベルの2004年に描いた石油・天然ガスのシナリオの図である。この図は在来型の石油・天然ガスの生産ピーク(石油ピーク)は2010年より前に到来することを示している。悲観論者はこれを見て恐怖に慄き、絶望した。
https://www.peakoil.net/uhdsg/Default.htm
しかし実際は2010年を過ぎても石油ピークは到来しなかった。次の図はIEA(国際エネルギー機関)が2022年のレポートで発表した化石燃料(石油・天然ガス・石炭)の生産の推移と予測である。この図では化石燃料の生産ピークは2024年頃となっている。
https://www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2022/executive-summary
なぜ石油ピークが延びたのか。それは主に米国でシェール・オイル、シェール・ガスの開発が進んだためである。シェール・オイル、シェール・ガスは井戸を掘れば自噴する在来型の石油・天然ガスとは違い、掘っても自噴しないので特殊な技術が必要な非在来型の石油・天然ガスである。米国が開発した特殊な技術とは1970年代オイルショック以来開発していたフラクチャリング技術である。高度な技術であり、それゆえシェール・オイル、シェール・ガスは高価であったが、石油価格が上昇したため生産が可能になった。
しかし化石燃料のピークも間近に迫っていることを示している。では化石燃料のピークの後、エネルギーはどうするのか。次の図はMckinseyが2022年に発表した世界のエネルギー生産量の推移と予測である。この図は、エネルギーの生産ピークは2035年で、それ以降は横ばいと予測している。石油・天然ガス、石炭の生産ピークを2025年頃で、それを過ぎると生産量は下がる。これはIEAが示したものと一緒である。この石油・天然ガス、石炭の落ち込みをカバーするエネルギーは主に電気としている。本当なのか。楽観的過ぎやしないか、と疑う。
https://www.mckinsey.com/industries/oil-and-gas/our-insights/global-energy-perspective-2022
3.しかし今は再生可能エネルギーで世界は救われるという意識が広まっている 本当だろうか?
まず北海で盛んに開発が進む洋上風力を例に取り上げ、考える。
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/shared/img/q4d2-2b90mayd.jpg
上の写真は北海の洋上風力である。一つの高さはおそらく200mを超えると思う。これが海岸線から数キロメートル沖に広がっている。
北海の洋上風力発電施設の分布。黄緑色が現在稼働中、赤紫が開発中、ベージュが計画中の発電施設(Dorrell et al., 2022)。
北海では石油・天然ガス開発が行われていたが、しかし21世紀に入り生産量が減少した。
https://sustainablejapan.jp/wp-content/uploads/2014/03/uk-oil-gas-production.png
洋上風力発電は石油・天然ガスの代替産業として推進された。石油・天然ガス開発で得た大量のデータ、安定した偏西風、広大に広がる大陸棚、古くから使われていた風車の技術を背景として洋上風力は急速に拡大した。
日本でも洋上風力の拡大が叫ばれている。しかし本当に実現するのであろうか。次の図は北海と日本周辺海域の海底地形である。
川村(2023)
緑のエリアが洋上風力の適地となる海底までの深度が200mより浅いところである。一目瞭然であるが、日本周辺海域の大陸棚は狭く、適地は極めて少ないことが分かる。また地震・津波、台風、高波で海底の地盤は不安定で災害のリスクが高い。つまり日本では北海のような開発は難しいことが分かる。
このような状況を考えると、再生可能エネルギーで日本は救われるとうことに対し悲観的にならざるを得ない。
4.カーボンニュートラルがなぜ登場したのか
次の図は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)の第6次評価報告書に示された気温推移予測である。5つのシナリオが示されているが、これは温暖化ガスの排出量モデルの違いによるシミュレーション結果である。最も温暖化が進む結果では、2015年に比べ約4℃上昇することを示している。
IPCC第6次評価報告書より
次の図は、アラスカ大学フェアバンクス校名誉教授の赤祖父俊一博士が示した気温推移予測である。数十年周期の変動を繰り返しながら、小氷期以降気温が回復している状態で、温暖化ガスの影響は少ないという見解である。
IPCCは政府間パネルで、政府である。評価報告書は科学者の論文をまとめたもので、科学誌の掲載された論文ではない。地球科学者は観測したデータを基に地球のモデルを作るのであって、シミュレーションで得られたデータを事実としては扱わない。つまりIPCC第6次評価報告書に示されたシミュレーションの結果は、2100年になって初めてその裏付けとなるモデルの成否が分かることになる。
http://chikyuondanka1.blog21.fc2.com/blog-entry-113.html
つまり温暖化予測については地球科学者の間でさまざまな考えがあり、どれが正解かは今の科学では分からない。しかし温暖化ありきでカーボンニュートラルが現れた。1992年「国連気候変動枠組条約」が交わされ、それ以来温暖化ガス削減が叫ばれている。カーボンニュートラルに取り組まない企業は、投融資の対象から外れる可能性が高くなる、とまで言われるようになった。日本政府もこれに呼応し、太陽光 14%~16%、風力 5%、地熱 1%、水力 11%、バイオマス 5%をまかなうことを目標としている。
カーボンニュートラルは、社会構造を変革し、石油依存から脱却へするための一つのプロパガンダである。国連が示すカーボンニュートラルは超楽観論と言える。カーボンニュートラル政策は今後も続くのか。著者は短期的には続くと思うが、長期的には舵を切りなおすと思う。
5.今後世界はどうなるのか
今後の世界を考えるため、将来無くなるものと残るものを考える。
まず無くなるものは、石油、天然ガス、石炭、ウランが挙げられる。悲観的気分になる。残るものは、人、知識、データ、技術、食料、インフラ、自然を挙げよう。楽観的な気分になる。
今後の世界として、著者は悲観論と楽観論が共存できる社会を考えた。その一つは、地産地消、ハイブリッド、人材育成からなる安心安全な社会である。
地産地消の理想はスイスにある。
大久保泰邦 スイスから学ぶ日本の道 ―徴税は地方―、もったいない学会 シフトムより
スイスは連邦制でそれぞれ独立したカントン(州)が一つの国を形成している。カントンは一つの国のように独立した自治、予算を持ち、教育、食料、医療などを確保している。
日本は各都道府県が独立しているというより、一極集中の体制で、このスイスの体制からは程遠い。しかしスイスを目指す価値はある。
ハイブリッドとは、今までは1つのシステムで機能していたものを2つのシステムで機能させることである。例えばハイブリッド車はエンジンとモータ、自家用太陽光発電は系統電源と自家用太陽光、備蓄は毎日の買い物とストック、ハイブリッド会議は会場とインターネットによるリモート、省エネは従来機能に別のデバイスを加えて高効率化を図る、という具合である。
ハイブリッドは2つのシステムが必要なので初期コストが高くなる。しかしランニングコストが安くなる、災害時への対策ができるといった利点がある。高くてもハイブリッドにすることによって、安心安全な暮らしができるというわけである。
これからの社会は古いものを再利用することが必要である。古いものは古い技術で作ったものである。人材育成は古い技術を残すためにも必要である。また3次産業だけでなく、これからはものづくり、エネルギー生産、家庭菜園も必要である。そこで1次、2次産業に関する教育も必要となる。
人口が急激に減少している。古い技術、1次、2次産業の技術の後継者がどんどん減ることとなる。技術は無くならないと言ったが、人口減少を考えた人材育成をすべきである。
日本の人口減少は、エネルギーよりももっと深刻な問題がある。これからは人口が増える社会を考えるべきと思う。
次の図は日本の人口の推移である。2005年頃から人口が減少し始めている。その中で65歳以上は逆に増加している。
https://j-robert.hatenablog.com/entry/2013/10/08/091329
次の図は出生数、出生率の推移である。1975年以前の出生率は2.0以上である。第一次ベビーブーム、第二次ベビーブームを経て、1975年頃、出生率が2.0を下回ると出生数は右肩下がりで下降する。日本の人口の推移の図で0-14歳の人口が1975年から下降するのと一致する。出生率が2.0を下回り続ければ、人口はどんどん減少することになる。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/a04.htm
出生率の世界平均は2.4で人口は増え続けている。なぜ日本の人口は減少するのか。それは社会の高度化によると考える。事実世界の先進国はどこも2.0を下回っている。都会を見ると高層ビルが立ち並び、高速道路、高速鉄道が縦横に走り、飛行機が飛び交い、オフィスや住居は快適な環境となり、コンピュータによって社会は管理されている。また軍備は高度化し、巨額の費用が掛かる。この社会は石油の力によってできたものであるが、我々はこの社会の一員になることを夢見てきたのである。この社会を維持するための負担はますます増加している。その一つは税金や社会保障である。
次の図は税金と社会保障の負担率(対国民所得比)の推移である。国民負担率は1975年で25.7%、2022年で46.5%と徐々に増加している。財政赤字分を含めると現在60%に達する。これは労働者が支払う税金、社会保障の割合が年々増加していることを意味し、労働人口が減少すれば、一人当たりの負担率はさらに上昇する。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/a04.htm
次の図は、人口減少に伴う負のスパイラルを表す。人口減少に伴い労働者が減少し、国民の税負担が増加し、所得減を補うためしかたなく共稼ぎとなり、共稼ぎが増えれば出生率が下がり、そのためさらに人口が減少するという負のスパイラルが起こっていることを示している。これは日本が崩壊する悲観的な図である。
この負のスパイラルから脱出するためには、高度化した社会を維持するために税金を使うのではなく、子育て中心のシンプルな社会づくりに税金を使うことだと考える。明るい夢を持てる社会になってほしい。
参考文献
Dorrell, R.M., Lloyd, C.J., Lincoln, B.J., Rippeth, T.P., Taylor, J.R., Caulfield, C.P., Sharples, J., Polton, J.A., Scannell, B.D., Greaves, D.M., Hall, R.A. and Simpson, J.H. (2022): Anthropogenic mixing in seasonally stratified shelf seas by offshore wind farm infrastructure. Frontiers in Marine Science, 9, 1-25, doi: 10.3389/fmars.2022.830927.
川村喜一郎(2023)洋上風力開発のための海底地質リスクの評価.基礎工、51、2(投稿中)