続 地球温暖化より怖いのは化石燃料の枯渇です;化石燃料枯渇後の再エネのみに依存する社会は、経済成長の抑制を前提とした、貧富の格差の少ない平和な世界と期待されます。「パリ協定」のCO2排出削減を化石燃料の節減に変えることが、この平和な世界への唯一の道です
|東京工業大学名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部・事務局長 平田 賢太郎
(要約)
① 地球温暖化対策としての今すぐの「エコ{=CO2排出削減}」が、国際的な共通認識として進められ、世界のエネルギー政策を混迷に陥れています。いま、人類にとって、地球温暖化より怖いのは、化石燃料の枯渇による貧富の格差がもたらす世界平和の侵害です。
② 世界のエネルギー政策の在り方について考える場合には、先ず、やがて枯渇する化石燃料資源量で表わされる「一次エネルギー供給(消費)」の概念が正しく認識される必要があります。また、やがて枯渇する化石燃料の代替となる再エネの主体は電力ですから、化石燃料枯渇後の社会では、「一次エネルギー(電力以外)」についても再エネ電力で賄われる電力化社会を目指した大きなエネルギー消費構造の変革が求められなければなりません。
③ いままで、「エコ(=CO2排出削減)」の目的で嫌われ者になっている石炭は、安価で、比較的豊富な「一次エネルギー消費(電力)」の生産のための資源として、特に、途上国において、その利用を拡大してきました。化石燃料枯渇後の再エネ電力のみに依存する電力化社会への移行が求められるなかで、その移行までの期間には、化石燃料消費総量の抑制を前提とした上での、この安価な石炭によるエネルギー効率の良い火力発電が用いられなければなりません。
④ やがて、化石燃料が枯渇して、生活と産業用に使う電力を、現用の化石燃料主体のエネルギー源から、自然エネルギー(国産の再エネ)電力に依存しなければならない社会に移行しなければならない時がやってきます。しかし、この再エネ電力の生産には、労働力を含む大きな一次エネルギー消費を必要とします。したがって、この再エネ電力に依存する社会は、現在の化石燃料を主として用いて電力を生産してきた社会に較べて、大幅に経済成長を抑制される社会であることが厳しく認識されなければなりません。
⑤ 化石燃料の枯渇後、全ての国が自国産の再エネ電力のみに依存しなければならない世界は、成長のエネルギーを奪い合うことのない平和な世界と期待されます。残された化石燃料を、大事に、公平に分け合って使いながら、この平和な社会にソフトランデイングする方法、それは、いま、国際的な合意を得て進められている「パリ協定」のCO2排出削減を化石燃料消費の節減に代えるえることではじめて実行可能となります。これが、人類が化石燃料枯渇後の再エネ電力に支えられる未来社会のなかで生き延びる唯一の道です。
(解説本文);
① 地球温暖化対策としての今すぐの「エコ{=CO2排出削減}」が、国際的な共通認識として進められ、世界のエネルギー政策を混迷に陥れています。いま、人類にとって、地球温暖化より怖いのは、化石燃料の枯渇による貧富の格差がもたらす世界平和の侵害です。
世界の全ての国が批准した地球温暖化対策としての「パリ協定」に、米国のトランプ大統領が不参加を表明して以来、世界は、この米国抜きでも、CO2の排出削減を実行しようと必死のように見えます。そのなかで、いま、最も風当たりが強いのが、石炭です。確かに、日本エネルギー経済研究所編;EDMCエネルギー経済統計要覧(以下、エネ研データ(文献 1 )と略記)に記載のデータをもとに計算、作成した、世界の化石燃料種類別のCO2排出量を示す表1に見られるように、現状(2014年)のCO2排出量合計の43.7 % と最も多いのが石炭です。したがって、「パリ協定」実行の具体策として、この石炭を標的にした、すなわち、石炭の消費量の削減を訴える「エコ(=CO2排出削減)」対策が採られようとしています。トランプ大統領の「パリ協定」離脱宣言も、この温暖化対策のための世界の石炭消費の削減により苦境に陥っている米国の石炭関連産業を救済するものだと考えてよいでしょう。
表1 世界の化石燃料種類別のCO2 排出量(2014 年)
(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEA(国際エネルギー機関)のデータをもとに
計算、作成)
注 *1; 化石燃料種類別の化石燃料消費量、およびCO2排出量の合計。ただし、CO2についてのIEAのデータでは 33.01十億トン-CO2とあり、この計算値の93 % ほどになります。両者の不一致の原因は不明です *2; 今世紀末におけるCO2排出総量、この2014年の年間排出量(小計とした36.47百万CO2トン)を、今世紀いっぱい(2014 ~ 2100年)の87年間継続した時の値 =(36.49百万トン/年)×(87年) *3 ;エネ研データ(文献1 )の「解説」に記載された値 *4; CO2排出原単位に化石燃料消費量を乗じた値
ところで、この表1のデータには、注目すべきことが示されています。それは、この2014年の世界のCO2排出量 35.49 十億トン/年を、今世紀いっぱい、2014年~2100年までの87年間継続した時のCO2排出総量が3.09(=0.03549×87)兆トンに止まると計算されることです。
さらに、もう一つ注目すべきことは、エネ研データ(文献1 )に記載のBP (British Petroleum ) 社のデータとして与えられる化石燃料種類別の確認可採埋蔵量(現在の科学技術力を用いて経済的に採掘可能な資源量)の値を用いて、これを全て使い果たしたときに排出されるCO2の総量を計算すると、表2 に示すように3.23兆トンに止まることです。もちろん、この化石燃料の可採埋蔵量の値は、今後も経済成長が続けば増加することが予想されます。しかし、この成長には、化石燃料消費によるエネルギーが必要です。化石燃料が枯渇に迫っているいま、世界経済は、間もなくマイナス成長に入るはずですから、可採埋蔵量は、それほど増加することはないと考えるべきでしょう。また、化石燃料の消費増に伴う温暖化が言われるなか、世界が成長の欲望に駆られて、化石燃料消費を増加させる必要はないのです。こう考えると、後述(⑤)するように、「パリ協定」の目的をCO2の排出削減から、化石燃料消費の節減に代えるべきだとする私どもの提言案(文献2 )に科学的な根拠を与えるのが、この表2 の試算結果だとみなすことができます。
表2 化石燃料種類別の確認可採埋蔵量の値とその消費によるCO2排出量
(2014 年末)(エネ研データ(文献1 )に記載のBP社のデータをもとに作成)
これらのCO2の排出総量であればIPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)の第5次調査報告書(2013 ~2014年)をもとに私どもが作成した(IPCCの主張する気温上昇幅 t )と(CO2排出総量Ct )との間の相関式
t (℃) = 0.48 Ct(兆トン) ( 1 )
から計算される地球気温の上昇幅は、t =1.5 ~1.6 ℃ 程度に止まりますから、IPCCが主張している生態系の不可逆的な変化が起こる温暖化の脅威は起こらないことになります。
したがって、いま、世界で、人類にとって、本当に怖いのは、表3に示すように、各国間の一人当たりの化石燃料を主体とする一次エネルギー消費(下記②参照)の大きな違いによってもたらされる貧富の格差です。これが、いま、アルカイダに始まりISに至る国際テロ戦争の原因になっていると見てよいでしょう。この国際テロ戦争は、軍事力によっては鎮圧することができません。
表3 世界各国の一人当たりの一次エネルギー消費(石油換算トン/年/人)と実質GDP (2010年米ドル/人)の値(2014年)
(エネ研データ(文献1 )に記載のIEA、World Bankのデータをもとに作成)
注; *1:一人当たりの一次エネルギー消費の値(IEAデータから)、 *2;一人当たりの実質GDPの値(World Bank のデータから);
これまで、世界経済を支えてきた化石燃料の枯渇が迫るなかで、世界に持続可能な平和を取り戻すためには、地球上に残された化石燃料を、公平に分け合って大事に使いながら、化石燃料枯渇後の自然エネルギー( 国産の再生可能エネルギー(再エネ))のみに依存する、競争のない平和な世界へとソフトランデイングすることが求められなければなりません。具体的には、「パリ協定」のCO2の排出量の削減を、化石燃料消費の節減に代えるとする私どもの提言(私どもの近刊(文献2 ))を世界に訴えて、これを世界のエネルギー政策として、その実行を図ることが、競争のない平和な世界へとソフトランデイングすることだと私どもは信じています。
② 世界のエネルギー政策の在り方について考える場合には、先ず、やがて枯渇する化石燃料資源量で表わされる「一次エネルギー供給(消費)」の概念が正しく認識される必要があります。また、やがて枯渇する化石燃料の代替となる再エネの主体は電力ですから、化石燃料枯渇後の社会では、「一次エネルギー(電力以外)」についても再エネ電力で賄われる電力化社会を目指した大きなエネルギー消費構造の変革が求められなければなりません。
世界の、人類にとっての生活と産業を支えるエネルギーの供給のためのエネルギー政策を考えるときに、そのエネルギーとしては、やがて確実に枯渇する化石燃料資源量で表わされる「一次エネルギー供給(消費)」の概念が用いられていることが認識される必要があります。この「一次エネルギー供給(消費)」を用いることは、現代文明を支えているエネルギーとして、さらなる便利さを追求する電力の利用が増加する一方で、やがて枯渇する化石燃料の代替として期待される再生可能エネルギー(再エネ)が、主として、電力で与えられることを配慮して、今後のエネルギー政策の在り方を定量的に追求する上での現実的な対応と考えることができます。
この「一次エネルギー」として表される電力量は、現状では、エネルギー源の主体となっている化石燃料を用いた火力発電での発電効率の値を考慮して、この電力を生産するのに必要な化石燃料(石油)の資源量で表わされています。
エネ研データ(文献1 )で、この「一次エネルギー」の単位は、国内データについては、(kcal)、IEA(国際エネルギー機関)データでは。(石油換算百万トン(Moe))で与えられています。すなわち、
「一次エネルギー消費(電力)」
=「最終エネルギー消費(電力)」/ (一次エネルギー換算係数 f ) ( 2 )
ただし、エネ研データ(文献1 )に与えられている「最終エネルギー消費(電力)」の値は、同じエネ研データに記載されている発電量(kWh)の値のエネルギー(kcal)換算量(860 kcal / kWh )の089~0.90倍程度と与えられています。これは、生産された電力が、その消費端では10 %程度が送電ロスなどとして失われて、有効に使われる部分が約9割程度に止まっていることを示しているためだと考えられます。いずれにしても、エネ研データ(文献1 )に与えられている「最終エネルギー消費(電力)」のデータから、 ( 2 ) 式で、私どもが求めた(一次エネルギー換算係数 f =0.372)を用いて、エネ研データには記載されていない国内における「一次エネルギー消費(電力)」の値を求めることができます。
同様にして、「一次エネルギー消費(電力以外)」につても、
「一次エネルギー消費(電力以外)」
=「最終エネルギー消費(電力以外)」×(一次エネルギー消費(電力以外)の換算係数g ) ( 3 )
として、私どもが求めたg = 1.085 を用いて「一次エネルギー消費(電力以外)」の値を計算することができ、
「一次エネルギー消費(合計)」
=「一次エネルギー消費(電力)」+「一次エネルギー消費(電力以外)」 ( 4 )
の値を求めることができます。
世界(各国)のエネルギーについても「一次エネルギー供給(消費)」の値が、エネ研データ(文献1 )にIEAデータとして記載されています。ただし、IEAのデータでは、国別の火力発電の効率の値が違う上に、火力発電以外の「一次エネルギー消費(電力)」への換算の方法が、日本国内とは違っています。エネ研データ(文献1 )の「解説」では、日本国内のデータでは、火力発電以外の水力、原子力、再エネの全てについて、火力発電用の化石燃料資源量換算の値が用いられているのに対し、IEAデータとして与えられている国際データでは、火力発電以外の発電方式別に、違った換算値が用いられています。これは、日本では、火力発電用の化石燃料の殆ど全てを輸入に依存しているのに対し、海外では、自国産の化石燃料資源が用いれれているためかとも考えられますが、世界においても、エネルギー源の主体が化石燃料資源で占められている現状では、日本国内における「一次エネルギー(電力)」の換算の方式が、国際的にも統一して用いられるべきと考えます。
この「一次エネルギー消費(電力)」の「一次エネルギー消費(合計)に対する比率」、すなわち、「一次エネルギー基準の電力化率」の値の国際間の比較では、このIEAのデータを直接用いて(私どもが)計算した結果を表4 に示しました。
表4 各国別一次エネルギー基準の電力化率の計算値(2014年)
(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAデータをもとに計算した値)
注 *1;一次エネルギー基準の電力化率の値、一次エネルギー(電力)の値の計算方法は本文参照 *2;参考として一般に用いられている最終エネルギー基準の電力化率の値を、エネ研データ(文献1 )に記載のIEAデータの値をそのまま再録しました
この表4 に見られるように、化石燃料資源量換算の「一エネルギー消費(電力)」の値は、世界各国一様に、35 ~ 40 %程度と1 / 2以下です。現在、「一次エネルギー消費(合計)」の60 ~ 65 % を占めている「一次エネルギー(電力以外)」のエネルギー源のなかで大きな割合を占めている自動車用の燃料として期待された再エネ、バイオ燃料の利用が幻想に終わったいま、やがてやってくる化石燃料資源枯渇後の将来の「一次エネルギー消費(電力以外)」も、電気自動車(EV)用の再エネ電力の利用に変るなど、エネルギー政策のなかで、電力化社会(電力化率が1に近い社会)へ移転するための将来的な大幅なエネルギー消費構造の変換が求められることになります。
③ いままで、「エコ(=CO2排出削減)」の目的で嫌われ者になっている石炭は、安価で、比較的豊富な「一次エネルギー消費(電力)」の生産のための資源として、特に、途上国において、その利用を拡大してきました。化石燃料枯渇後の再エネ電力のみに依存する電力化社会への移行が求められるなかで、その移行までの期間には、化石燃料消費総量の抑制を前提とした上で、この安価な石炭によるエネルギー効率の良い火力発電が用いられなければなりません。
現在、世界経済の成長のエネルギー源として使われている化石燃料の種類別の単位発熱量当たりの価格で、圧倒的に安価なのが石炭です。現状で、ほぼ、その全量を海外に依存している日本の化石燃料の輸入金額を試算して表 5 に示しました。ただし、天然ガスについては、大陸内に存在する国では、パイプラインで供給される比較的安価なガスが用いられているのに対して、島国の日本では、高価な液化天然ガス(LNG)が輸入されているため、その価格を用いて計算しました。
この表5で注目すべきは、表1 に示すように、国内では、一次エネルギー(化石燃料換算量)基準の使用量では 35.3 % と大きな比率を占める石炭が、原料炭と一般炭との合計でも、輸入金額の13.2 % ( = (1.019+0.7791) / 13.538 )) しか占めていないことです。したがって、経済性を考慮すると、エネルギー源としての石炭は、石油や天然ガスの代替として利用可能であれば、可能な限り有効に利用すべきです。
表5 日本における化石燃料の種類別の輸入CIF価格(2015年)を用いた化石燃料の輸入金額の試算値 (エネ研データ(文献1 )に記載のデータをもとに計算、作成)
現状で、化石燃料としての石炭が最も広く用いられているのが、火力発電用の燃料としての利用です。国別の電力のなかの石炭火力の比率を表6 に示しました。石油やLNGに較べて、燃料費が、したがって発電コストが圧倒的に小さい石炭火力が途上国を中心に広く優先的に用いられている様子を見てとることができます。
表6 各国別の電力のなかの石炭火力の比率 %(2014年)
(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEA データもとに作成)
注 *1;IEAデータで投入エネルギーとされている「一次エネルギー消費(電力)」のなかの石炭火力発電の比率 *2;IEAデータの発電量のなかの石炭火力発電量の比率
一次エネルギー電力化率が表4に示すように35 ~ 40 % 程度(日本では44.1 %)の値を占める現状で、電力の生産には、最も発電コストが安価な石炭火力発電が用いられています。日本の火力発電での化石燃料の種類別の単位発電量kWh当たりの輸入燃料金額を試算して表7に示しました。火力発電では、そのコストを大きく支配しているのは、燃料代で、発電設備建設費を含んだ発電コストは、設備建設・維持費のなかに含まれる排ガス処理設備の建設・維持費が大きい石炭火力で、この燃料代の約3割増し、石油とLNG発電では2割増し程度とされていますが、この表7に示す燃料代でから見ても、石炭火力の発電コストが低いことが判ります。
表7 日本における火力発電の化石燃料種類別の燃料費
(エネ研データ(文献1)に記載の一般電気事業者用電力のデータをもとに作成)
注 *1:(燃料使用量)×(輸入CIF価格)として求めました *2;(輸入金額)/ (発電量)として求めました *3 ;石油としては重油と原油が用いられています。ただし、使用量は両者の合計を、輸入CIF価格は原油の値を用いました
④ やがて、化石燃料が枯渇して、生活と産業用に使う電力を、現用の化石燃料主体のエネルギー源から、自然エネルギー(国産の再エネ)電力に依存しなければならない社会に移行しなければならない時がやってきます。しかし、この再エネ電力の生産には、労働力を含む大きな一次エネルギー消費を必要とします。したがって、この再エネ電力に依存する社会は、現在の化石燃料を主として用いて電力を生産してきた社会に較べて、大幅に経済成長を抑制される社会であることが厳しく認識されなければなりません。
化石燃料が枯渇に近づきその国際市場価格が高くなれば経済を支えるエネルギーとして再エネに依存しなければならない時が、今世紀末にはやって来ると考えるべきです。この再エネに依存する社会での再エネ種類の選択の指標として、私どもが提案している「有効再エネ電力利用比率 i 」の値は次式により計算することができます。
「有効再エネ電力利用比率 i 」= 1 -1 /「産出 / 投入エネルギー利用比率μ」 ( 5 )
ただし、
「産出 / 投入エネルギー比 μ」= (産出エネルギー)/(投入エネルギー) ( 6 )
ここで、再エネ電力の(産出エネルギー)は、使用対象の再エネ電力生産設備の使用期間中に生産できる電力量で、「その一次エネルギー」として与えられる値は次式で求めることができます。
(産出エネルギー)
=(設備容量 1 kW)×(稼働時間 8,760 h/年)×(年間平均設備稼働率 y )
×(設備使用年数Y )/(電力の一次エネルギー換算係数 f = 0.367 ) ( 7 )
ここで、問題となるのは、(投入エネルギー)の計算です。この値を正確に求めるには、大変な時間と労力が必要となりますから、地球温暖化対策としての「エコ(=CO2排出削減)」の目的の今すぐの再エネ電力の導入のためには、この(投入エネルギー)の値が(産出エネルギー)に較べて小さいとして、これが無視されてしまっています。しかし、やがて確実にやって来る化石燃料枯渇後の、その代替としての再エネの利用に際し、これを無視することは、再エネ電力の効用を過大に評価することになりますから、これからのエネルギー政策の立案、実行に大きな混迷を招くことになります。
この「投入エネルギー」の値を簡便に概算する方法として、私どもは、次式による計算法を提案しています。
(投入エネルギー)=(エネルギー生産設備の製造・使用に要するコストT )
×(この設備の製造・使用のコストを稼ぐために必要な「一次エネルギー」C ) ( 8 )
この C の値は、労働力を含む「一次エネルギー消費」が、経済成長の指標として用いられている「国内総生産(GDP)」を支えていると考えて、次のように当てられます。
C = (国内一次エネルギー消費) /(国内総生産 GDP ) ( 9 )
太陽光発電(家庭外、メガソーラ)について、この「有効再エネ利用比率i 」の値を試算してみます。この試算に必要な発電設備の使用条件等の定数値としては、これら再エネの利用・拡大を目的として導入された「再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT制度)」の施行時(2012年)に資源エネルギー庁により決められた表 1に示す値を、( 7 ) 式に代入して、
(産出エネルギー)={(設備容量1kW)×(8,760h/年)×(y=0.090 )×(Y=20年)
/ ( f =0.367 ) } × (860 kcal/kWh) = 36.95 ×106 kcal/kW-設備
また、エネ研データ(文献1 )から、2010年度 ( 試算時のエネ研データ(文献1)の2013年版) の(国内一次エネルギー消費)= 513,281×1010 kcal、(国内総生産GDP)= 512,316 ×109 円を ( 9 )式に代入して求められる
C = (513,281 ×1010) kcal / ( 512,316×109 円) = 10.02 kcal/円
を ( 8 ) 式に代入して、
(投入エネルギー)=(T = 52.5 万円/kW設備)×( C = 10.02 kcal/円)
= 5.26 ×106 kcal/kW-設備
となります。
したがって、( 6 ) 式の
「産出 / 投入エネルギー比 μ」= 36.95 / 5.26 =7.02
と求められ、この値を( 5 )式に代入して、
「有効得エネ電力利用比率 i (メガソーラ)」= 1 -1 / ( μ= 7.02 ) = 0.857
と試算されます。
同様の試算を、他の再エネ電力(種類別)についても行い、その結果を表 8 に示しました。 しかし、この「有効再エネ電力利用比率i 」の値は、再エネ電力生産設備の製造・使用のための投入エネルギーとして、化石燃料を主体としたエネルギー源が用いられている現状における値です。やがて、化石燃料が枯渇して、この再エネ電力生産設備の製造・使用に、再エネ設備で生産した再エネ電力のみに依存しなければならなくなった時のi の値は、現在の一次エネルギー基準の電力化率を0.478(国内での値、表4 に示したIEAデータの日本の値とは一致しません)として、次のように計算されます。
(再エネ電力のみに依存するときの補正係数)
=(再エネ電力のみに依存するときの投入エネルギー)/ (現在の投入エネルギー)
={1 / (電力の一次エネルギー換算係数f = 0.367 ) }
/ { ( 1-0.478 )×(電力以外の一次エネルギー換算係数 g=1.085)+ (0.478) / (0.367 )}
= 1.459
から、
「再エネ電力のみに依存する社会の産出 / 投入エネルギー比 μo 」
=(化石燃料主体の現在の「産出 / 投入エネルギー比 μ」
/ (再エネ電力のみに依存するときの補正係数 1.459 )
の値を、上記 ( 6 ) 式の現状の「産出 / 投入エネルギー比 」の代わりに代入することによって、「再エネ電力のみに依存する社会での有効再エネ利用比率io 」の値を求めることができます。このようにして求めたio の値も、表8 に示しました。
表8 再エネ電力種類別の「有効再エネ電力利用比率 i 」の試算値
(FIT制度の施行時、資源エネルギー庁によるFITの認定に際して用いられた再エネ電力の実用化の設備費、設備の使用条件等の諸定数を用いて試算)
注 *1 ; 再エネ電力の「年間平均設備稼働率 y」の値で、環境省報告書(文献4) から求めた値 *2 ; (設備使用年数Y) の略、資源エネルギー庁の決めたFIT制度の買取契約年数の値 *3 ; 同上(*2)、FIT 制度での「設備建設コストT」、設備建設費に設備維持費{(年間設備維持費)×(使用年数Y)}を加算して求めた最大と最小の値 *4 ;「産出/ 投入エネルギー比μ」の略、ただし、表中の定数値を用いて計算した値 *5 ;同上(注*4 )、再エネ電力のみに依存する場合の値、μo =μ/ 1.459 として概算(本文参照 *6 ; 出力変動の大きい太陽光発電、風力発電について、その変動を平滑化するための蓄電設備の製造・使用での投入エネルギーとして、設備製造・使用のエネルギーと同じ値が必要であると仮定した場合の「産出 / 投入エネルギー比」の値、(μ) =μ / 2 として概算 *7; 再エネ電力のみに依存する場合の産 / 投 比μo(注 *5 )の値に、太陽光発電、風力発電の出力変動を平滑化するための蓄電設備の製造・使用での投入エネルギーを考慮した(注*6 )時の値、μo = μ / 2として概算 *8 ; 「有効再エネネ利用比率i 」の略、産 / 投比μ(注:*4 )の値を用いて i = ( 1 -1 /μ) として計算 *9 ;同上、再エネ電力利用のみの場合μo の値に対応 *10 ;太陽光、風力で蓄電設備を考慮した場合の「有効再エネ電力利用比率i 」の値 *11 ; 同上(注*10 )、再エネのみに依存する場合のio の値
一方、現在、電力生産の主体になっている火力発電においても、この再エネ電力におけると同様に、
「有効エネルギー利用比率 i 」 = 1 -1 / 「産出 / 投入エネギー比 μ」 ( 10 )
を定義することができます。また、この「産出 / 投入エネルギー比 μ」の値はEPR(energy profit ratio )ともよばれています(文献3 参照)。
火力発電の燃料用化石燃料の種類別に、上記の再エネ電力の場合と同様にして概算した「産出 / 投入エネルギー比 μ(EPR)」と、この値を ( 10 ) 式に代入して求めた「有効エネルギー利用比率 i 」の値を表9 に示しました。この表9 に見られるように、化石燃料を用いた火力発電のi の値は1 に近いために、通常、(投入エネルギー)が無視されています。
これに対して、化石燃料の枯渇後、その代替として用いられるために開発されている再エネ電力のi およびioの値は、表8 に示すように1より、かなり小さく、この再エネ電力のみを用いなければならない社会では、現在の化石燃料に依存する社会に較べて、大幅な経済成長が抑制されなければならないことになります。
表9 化石燃料種類別火力発電の「産出 / 投入エネルギー比 μ 」および「有効エネルギー利用比率 i 」の試算値(エネ研データ(文献1 )に記載のデータを用いた試算値)
以上、いろいろと厄介な計算が出てきて恐縮ですが、このような計算結果による考察があって初めて、国民にとっての経済性を考慮した正しいエネルギー政策の立案と実行が可能になるのです。すなわち、現代文明社会を支えてきた化石燃料の恩恵を受けてきた先進諸国、その一員としての日本が、やがて、確実にやって来る化石燃料の枯渇後、その代替となる自然エネルギー(国産の再エネ)に依存する社会は、現状に較べて大幅に経済成長を抑制されなければならないことが厳しく認識しなければなりません。
⑤ 化石燃料の枯渇後、全ての国が自国産の再エネ電力のみに依存しなければならない世界は、成長のエネルギーを奪い合うことのない平和な世界と期待されます。残された化石燃料を、大事に、公平に分け合って使いながら、この平和な社会にソフトランデイングする方法、それは、いま、国際的な合意を得て進められている「パリ協定」のCO2排出削減を化石燃料消費の節減に代えるえることではじめて実行可能となります。これが、人類が化石燃料枯渇後の再エネ電力に支えられる未来社会のなかで生き延びる唯一の道です。
私どもが言う化石燃料の枯渇とは、その資源量が少なくなり、その国際市場価格が高騰して、それを使えない人や国が出て来ることです。すなわち、この化石燃料の代替として使えるエネルギー源は、再エネか、原子力になります。
先ず、原子力エネルギーですが、これには、3.11福島の過酷事故の経験から、他に使うことのできるエネルギー源があれば、使うべきではないという意見があります。それだけではありません。原子力エネルギーの利用では、核燃料廃棄物の最終処分と言う人類の生存にとって、逃れることのできない宿命的な問題が未解決のまま残されています。結局、地球上で化石燃料枯渇後に利用可能なエネルギー源としては、自然エネルギー(国産の再エネ)しかないのです。
一方、この自然エネルギーに依存しなければならない社会は、全ての国に公平に訪れる社会なのです。それは、現代文明の豊かさを満喫している先進国の人々にとっては、上記(④)したように、例えばGDPを指標とする豊かさで言えば2 ~ 3割も豊かさを削減されるかもしれません。しかし、現在、貧困に喘いでいる途上国の人々にとっては、少なくとも現状よりも豊かな社会となるでしょう。
問題は、この、いわば、人類にとっての理想と言える社会へと、現在のエネルギー政策上の混迷を抱えた社会が、どうやって、平和裏に、ソフトランデイングできるかです。特に、現在、化石燃料のほぼ全量を輸入に依存している日本では、この移転の過程で、アベノミクスのさらなる成長のためのエネルギー消費の増加が図られれば、例えそれが、化石燃料の枯渇後に備えての自然エネルギーの増加であっても、やがて、それは、確実に、国家財政の赤字を積み増して、結局は、財政破綻につながり、日本経済が取り返しのつかないダメージを受けることになりかねません。これは、日本だけの問題ではありません。かつての世界経済の低迷による大恐慌を救ったのが第二次世界大戦で、その戦後の荒廃からの経済成長を支えたのが中東の安価な石油だったのです。この安価な石油の枯渇が迫っているのです。上記(④)したように、化石燃料代替の自然エネルギーに依存する社会では、世界経済はゼロ成長を免れないことが厳しく認識されるべきです。
この世界経済の苦境、人類の生存にとっての危機を救う唯一の道は、いま、“国際的な合意が得られて「パリ協定」における、「エコ(地球温化対策としてのCO2の排出削減)」を化石燃料消費の節減とする私どもの提言を実行に移す”こと以外にありません。
本稿の初め(①)で述べたように、世界の化石燃料の消費量を今世紀いっぱい現状の値に抑えることができれば、確実にCO2の排出量をIPCCが訴える温暖化の脅威が起こらない地球気温の上昇幅の2℃以下に抑えることができます。この私どもの提言案(文献 2 )では、世界の全ての国が、2050年の一人当たりの年間化石燃料の消費量の目標値を現状(2012年)の世界平均の値1.54 トン-石油換算 とし、また、今世紀末、2100年の化石燃料消費ゼロを目標としています。この目標を達成するための各国の一人当たりの化石燃料消費量の年次変化と、今後の想定値を図1 に示しました。 2050年の値が国によって違いがあるのは、この時点で各国の人口の増減の推定値に違いがあるからです。すなわち、貧困な途上国が豊かになろうと思ったら、人口増の抑制は避けられないことになります。
図1 世界各国の一人当たりの化石燃料消費量の年次変化
(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEAデータをもとに、私どもの計算値を入れて作成)
この図 1に見られるように、先進諸国では、化石燃料消費の節減による大幅な経済成長の抑制が必要になりますが、すでに、この世界平均値を超えている中国以外の途上国では、まだ、成長の余地が残されています。この私どもの「化石燃料消費節減方策」の利点は、お金がかからないことです。例えば、COP 21で、協議の対象の主体となった先進国と途上国の間のCO2排出権取引で、先進国から途上国への支払い金額が不要になります。これでは、途上国では当てが外れたと問題になるかも知れませんが、この問題は、「パリ協定」とは別にODAの援助として解決すればよいのです。逆に、この途上国への支出金額に異を唱えて協定離脱を唱えているトランプ大統領も、この案であれば、思い直してくれるかもしれません。
この私どもの提言案の実行こそが、化石燃料枯渇後の各国が国産の自然エネルギーに依存する、エネルギー資源の奪い合いの無い、人類が理想とする平和の世界へのソフトランデイングを可能とする唯一の道だと私どもは固く信じています。
<引用文献>
1.日本エネルギー経済研究所計量ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2017、省エネセンター、2017年
2.久保田 宏、平田賢太郎、松田智;「改訂・増補版」化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する――、Amazon 電子出版、Kindle、2017年
3.田村八洲夫;石油文明はなぜ終わるか――低エネルギー社会への構造転換。東洋出版、2014 年
4.平成22年度 環境省委託事業;再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査 報告書。平成23年3月 株式会社エックス都市研究所、アジア航測株式会社、パシフィックコンサルタンツ株式会社、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社
ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他
平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。