オーストラリアの豊富な資源量の褐炭から造られる安価な水素を、いま、世界が大騒ぎしている地球温暖化対策としての脱炭素社会創設のためのエネルギー源として日本に持ってくる必要はありません

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

(要約);

⓵ オーストラリアで、豊富な資源量の褐炭から造られる安価な水素を、脱炭素社会を求めるエネルギー源として、日本に輸送することが、日豪協力の国策事業として、その実証試験が行われようとしています

⓶ 安倍前首相によって地球温暖化対策として始められた、温室効果ガス(その主体はCO2)を排出しない燃料電池車(FCV)を用いる水素エネルギー社会は、オーストラリアの水素を用いても、実現することはありません

⓷ このオ-ストラリア産の水素を、いま、世界で求められている地球温暖化対策としての脱炭素社会創設のためのエネルギー源として用いることは、日本経済にとっての大きな無駄と言わざるをえません

 

(解説本文);

⓵ オーストラリアで、豊富な資源量の褐炭から造られる安価な水素を、脱炭素社会を求めるエネルギー源として、日本に輸送することが、日豪協力の国策事業として、その実証試験が行われようとしています

現代文明社会の経済発展のエネルギー源としての化石燃料の一種のオーストラリア産の褐炭は、その利用のための輸送の際に自然発火が起こるなどの理由で需用が無く、かつては、未利用のまま放置されていました。このオーストラリア産の褐炭が、現在、他の国では、主として天然ガスから造られている化学肥料用などとしての大量に使用されているアンモニアの製造用原料となる水素の生産に用いられているようです。

オーストラリアでは、この褐炭から造られる水素の製造コストが、天然ガスから造られる水素とほぼ同程度に安価だとされています。また、この安価とされる水素は、石炭の枯渇が迫り、その国際市場価格が高騰した後には、製鉄用およびセメント製造用に用いられているコークス製造用の石炭(原料炭)の代わりに利用されることも期待されています。それは、このオーストラリア産の褐炭から造られる水素の利用では、その製造過程で排出される温室効果ガス(その主体の二酸化炭素(CO2))が、地球温暖化対策として用いられているCCS (CO2の抽出、分離、埋立)技術によって除去され、いま、世界中で大騒ぎされている地球温暖化対策として有効に利用されるからです。

この褐炭から造られる安価な水素の利用方法として、オーストラリア政府が目をつけたのが、地球温暖化対策を目的とした脱炭素社会の実現のためのエネルギー源として、化石燃料の代替に、水素エネルギーを用いようとしている日本への販売です。このオーストラリアの思惑に乗っけられて、というよりも、進んで乗っかっていたと考えられるのが、政治が産業界と一体になって、地球温暖化対策として、その使用で温室効果ガスのCO2を排出しない水素を用いる水素エネルギー社会を創ろうとしていた安倍前政権下の日本でした。

 

⓶ 安倍前首相によって地球温暖化対策として始められた、温室効果ガス(その主体はCO2)を排出しない燃料電池車(FCV)を用いる水素エネルギー社会は、オーストラリアの水素を用いても、実現することはありません

2014年末に、現代文明社会を支えるエネルギー源として、地球温暖化対策を目的とした温室効果ガスのCO2を排出しない水素で走る燃料電池車(FCV)を、トヨタ自動車が販売を開始しました。しかし、国の補助金200万円を加えても市販価格が720万円で、とても、大衆車として普及するとは思えないこのFCVのミライに試乗して、「未来の車は水素で走る。水素エネルギー社会がやってきた」とした安倍前首相の訴えに、諸手を上げて賛意を表したのは、この水素エネルギー社会で、現状のガソリンステーションの代わりの水素ステーションを国の補助金をもらって製造して一儲けしようとする企業でした。さらには、このオーストラリアの水素を液化して日本まで輸送するためとして、世界で初めての「液化水素輸送船」や国内に大型液化水素貯蔵施設を政府のお金(と思われる)で建設した川崎重工(株)が、このオーストラリアの国策として進められている「水素ロードプロジェクト」事業の日本側の代表になっています。

これに対して、少なくとも、このFCVをつくった当のトヨタ自動車は、少なくとも現在、このFCVの販売で大儲けをしようとした形跡は見当たりませんでした。すなわち、販売台数を限定しましたから、注文してもなかなか入手できないFCVは、新しいもの好きなお金もちの玩具にしかなっていなかったようです。

私どもが、水素エネルギーで車が走らないと主張した理由は、FCV用燃料の水素(H2)は、現在、天然ガス(主成分はメタンCH4) から造られていますが、化石燃料としての天然ガスの枯渇が迫ると、この水素は、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー(再エネ)電力で水(H2O)を電気分解して造られることになります。であれば、この水を電気分解した水素でFCVを走らせるよりも、再エネ電力を直接使って電気自動車(EV)を走らせる方が、遥かにエネルギー利用効率が良いことは、多少とも化学技術の知識がある人なら、容易に判って頂けることです。また、この水素は、FCV用以外の例えば、火力発電用燃料として用いることも考えられていますが、その場合でも、全く同じで、再エネ電力をそのまま用いる方が、その利用効率が大きくなることは科学の常識です。

さらに、オーストラリア産の褐炭から造られた水素を、エネルギー源としてでなく、製鉄用やセメント製造用、さらには、アンモニア合成用の原料として用いる場合でも同じです。エネルギー源としての褐炭が直接利用できれば、現在、製鉄用とセメント製造用に用いられている石炭の可採年数(現在の科学技術の力で経済的に採掘可能な「確認可能埋蔵量」を現在の生産量で割った年数で、BP社による2018年末の値は132年)が何倍かに増えますから、現在の石炭を用いる方法を、当分、変更する必要はありません。また、このオーストラリア産の水素の利用がCO2を排出しない理由としては、上記(⓵)したように、この水素の製造の際に排出されるCO2をCCS技術を用いて除去しているからです。であれば、このCO2除去のCCS技術を、石炭を用いた製鉄やセメント製造の際に用いればよいのです。これが、科学技術の常識から考えた、水素エネルギー社会不要の理由でなければなりません。

 

⓷ このオ-ストラリア産の水素を、いま、世界で求められている地球温暖化対策としての脱炭素社会創設のためのエネルギー源として用いることは、日本経済にとっての大きな無駄と言わざるをえません

私どもが、オーストラリア産の水素を日本にもってくる来る必要がないと主張する、より大きな理由には、同じ目的に用いられる再エネ電力が国内で生産され、既存の送電線で輸送されるのに対し、オーストラリア産の水素の場合には、これを-235 ℃まで冷却・液化して、液化水素専用の輸送船で運搬しなければならないことがあります。水素の長距離輸送の方法としては、他に、トルエンなどの有機化合物と化学的に結合した液体の形で輸送し、その利用先でガス状に戻す方法も研究されています。しかし、いずれにしろ、これらの水素輸送の方法では、水素が保有するエネルギーが大幅に消費されます。一方、国内で生産される再エネ電力を直接用いる場合には、その電力が風力や太陽光で生産される場合、その出力変動を平滑化するための大容量の蓄電設備の開発と利用が必要になりますが、それでも、国内の再エネ電力を送電線で輸送して、直接利用する方が、オーストラリアから運ばれた水素を用いるよりも、遥かに経済性が高いと考えられます。

将来の日本のエネルギー源の主体として、オーストラリア産の水素と国産の再エネ電力のいづれを選択すべきかは、日本の「エネルギー基本計画」として、国内におけるエネルギー問題の専門家の衆知を集めて検討されなければなりません。その時、問題になるのは、そのエネルギー源種類の選択に際して何を目的とするかです。本来であれば、それは、経済最適、すなわち、最も安価なエネルギー源の選択・利用でなければなりません。

ところが、いま、日本の「エネルギー基本計画」のエネルギー源種類の選択の目的として、地球環境問題、すなわち、地球温暖化対策としての温室効果ガス(CO2)排出の最小化が入って来たので、話がおかしくなっています。すなわち、その使用でCO2を発生しないことが最優先課題とされて、「はじめに水素エネルギーありき」の国策としてのエネルギー政策が推進されています。私どもの考えでは、少なくとも当分の間は、この日本の「エネルギー基本計画」のなかのエネルギー源選択の目的としての水素エネルギーの利用による、地球上のCO2排出量の最小化は、本来、国内で議論されるべき、経済最適を目的とした、エネルギー価格の最小化とは一致しません。

このエネルギー源選択の目的でのCO2排出量の最小化と経済最適との不一致の典型例は、かつて、自動車用の液体燃料の開発・利用を目的として進められた「バイオ燃料」生産の国策事業に見ることができます。サトウキビなどの農作物を原料として造られるエタノールで自動車を走らせることでした。詳細は、私どもの一人の久保田らの著書「幻想のバイオ燃料(文献 1 )」を参照して頂きますが、民間事業であれば、必ず行われなければならない事業開発での「事業化可能性調査研究(フィジビリテイスタデイ)」なしに、国内の最高学府の長のリーダーシップのもとで行われた国策事業「バイオマスニッポン総合戦略」は、その実証試験を含めて、多額の国費を浪費して行われましたが、いまでは、殆ど、省みれることのない存在になっています。

オーストラリア産の水素の問題でも同じです。上記したように、その水素を液化して、はるばる日本に運ぶ費用を計算してみれば、国策としての国費の無駄遣いなしには成立しないプロジェクトでしかないこの実証試験を伴うプロジェクトは、オーストリア政府の了解を得て一時停止して、その実現の可能性を再調査すべきと言わざるを得ません。

なお、水素エネルギー関連の私どもの、本稿と同じ、もったいない学会のシフトムコラムに掲載した論考を、参考までに、引用文献 (文献 2.3.4.5.6.)として、付記しました。

 

<引用文献>

  1. 久保田 宏、松田 智; 幻想のバイオ燃料、科学技術的見地から地球環境保全対策を斬る、日刊工業新聞社、2009年
  2. 久保田 宏; 「水素元年などとはしゃいでいるのは、化学工業の歴史を知らない人の妄想である、シフトムコラム、2015,3,24
  3. 久保田 宏; 水素社会のフロントランナーFCVはどうやら見果てぬ夢で終わる、2015,3,24
  4. 久保田 宏; エネファームは、「家庭用のオール電化」を訴えている電力会社に対抗する都市ガス会社の企業戦略であった、2015,3,24
  5. 久保田 宏; 「はじめに燃料電池ありき」から導かれる「水素社会」の幻想、2015,3.24
  6. 久保田 宏、平田賢太郎; 再エネ電力を水素に変換して利用しようとする水素エネルギー社会は幻想に終わります、2020,2,10

 

ABOUT  THE  AUTHOR

久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。

著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail:biokubota@nifty.com

 

平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail: kentaro.hirata@processint.com

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