学問の自由を守るために設立された日本学術会議が、行政改革の対象とされ、日本の民主主義政治の根底が揺るがされています

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

(要約)

 第2次大戦戦後の平和憲法の下で設立された学術会議が、会員人事の問題で、菅新政権下で、行政改革の対象にされました

 学術会議設立の目的は、学問の自由の確立とされてきましたが、これを承知のうえで、戦後の歴代政府は、会議の活動に必要な経費を国費(国民のお金)から支出してきました。菅首相は、この慣例を破ろうとしているのです

 学問の自由を守るために設立された日本学術会議を、行政改革の対象とすることは、日本の民主政治を破壊し、世界平和を脅かす道につながります

 日本の平和憲法に支えられ、民主主義を守るために設立された日本学術会議は、自民党の憲法改正を訴える政治勢力により行政改革の対象にされて、その存立が否定される危機にあります

 (解説本文); 

⓵ 第2次大戦戦後の平和憲法の下で設立された学術会議が、会員人事の問題で、菅新政権下で、行政改革の対象にされました

いま、第2次世界大戦後まもなくの1949年につくられた平和憲法の下で設立された日本学術会議が、会員改選の時期を迎え、会議が推薦した105人の新会員候補者のなかの6 人が、任命権を持つ菅首相から任命を拒否されて、大きな問題になっています。この6人に対する任命拒否を不当とする学術会議側は、旧安倍政権を引き継いだ菅首相に対して、任命拒否の理由の説明を求めるとともに、改めて6人の任名を求めています。

これに対して、菅首相は、6人の任命を拒否したのは、学術会議の活動に、10 億円の国費が投入され、会員は特別公務員としての手当てを受けているので、その任命権を持つ首相が、その権利を行使するのは当然であるとし、さらに、この6人に対する任命拒否の理由は、総合的、俯瞰的な判断によるものだと繰り返しています。

しかし、この学術会議の会員に対する任命権が首相の手に委ねられるようになってからも、歴代内閣は、この任命権は形式的なもので、学術会議側が提出した新会員名簿をそのまま承認してきました。その慣例が破られるようになったのは、安倍晋三氏が首相の座についてからで、今回の6 人の新会員候補の方々が、安倍内閣が国会で強行採決した安保法制や秘密保護法に反対の意見を持っていたことが、今回の任命拒否の理由になっていることは明らかです。これに対して、安倍内閣の官房長官で、安倍前首相から首相の座を引き継いだ菅首相は、メデイアの質問に対して、会員候補の政治信条が、会員就任の条件になることはないと答えています。

さらに、最近(1015日)の報道は、学術会議が首相あてに提出した105人の新会員候補の名簿から6人の名前を削除したのは、杉田和博官房副長官で、菅首相は、6 人の名前が削除された99人の新会員候補者名簿しか見ていないことを明らかにしました。これでは、上記の菅首相が言うように、6人の新会員候補を総合的、俯瞰的に判断したことにならないだけでなく、会員の任命権が首相にあるとする学術会議の規定が破られる重大な法律違反が行われたことになります。このような学術会議の人事に関する菅首相による違反行為が事実であれば、今回の学術会議の人事の問題を契機として、菅内閣により進められようとしている学術会議の在り方を行政改革の対象とすることには、法的な根拠が失われることになります。

しかし、こんなことにはおかまいなしに、1949年に設立された学術会議の設立目的に不満を持っていた安倍前首相の後を継いだ菅首相は、国会で圧倒的多数をもつ自民党に、学術会議を行政改革の対象にするためのPT(プロジェクトチーム)をつくることを許しています。

⓶ 学術会議設立の目的は、学問の自由の確立とされてきましたが、これを承知のうえで、戦後の歴代政府は、会議の活動に必要な経費を国費(国民のお金)から支出してきました。菅首相は、この慣例を破ろうとしているのです

2次世界大戦後に設立された日本学術会議の活動の目的は、学問の自由の確立でした。それは、戦前、科学者が、戦争準備に動員された苦い経験から、学問を政治から独立させる自由な存在とすることでした。この学術会議の活動目的に異議を唱えたのが、戦後の高度経済成長によって、世界第3の経済大国になったなかで、経済力に相応しい軍事力を持つ普通の国にするとして、戦後創られた平和憲法を改正しようと懸命になっていた安倍前首相でした。この安倍政権の下で、急増した防衛省の軍事研究費への大学の研究者の応募自粛を要請する学術会議会員有志の声明文が発表されました。学術会議によるこのような活動は、平和憲法の改正を政権の最終目標とする安倍前首相は、学術会議の会員のなかから、憲法改正に反対の意見を持つ、政府にとって都合の悪い先生方を排除することを考えるようになりました。その排除の理由として使われたのが、上記(⓵)した、” 学術会議の運営には、10億円の国費が支出され、その国費が、特別公務員とされている会員の手当てに使われている“ との安倍前首相の下で官房長官を務めた菅首相の主張です。この主張は、アベノミクスのさらなる成長戦略の恩恵を受けて安倍政権を支援する知識人の一人の ” 税金が入っているところで、国民からすれば、金はくれ、でも口は出すなとおっしゃる学者の皆さん、それは違うのではないですか?” との学術会議への批判、これを支持する一部のメデイアの存在にも表れています。

しかし、このお金の問題について見れば、学術会議の運営費として支出されている国費は、税金を原資とした国民のお金なのです。あくまでも、国民の利益にかなう目的に利用すべきです。政府の学術政策に対して、一定の貢献をしている学術会議に対して、その会員のなかに、多数の国民が批判している解釈改憲(憲法改正の手続きをとることなく、憲法の条項に対する解釈を変更することにより、憲法の意味や内容を変更すすること)による安保法制の強硬採決に反対しているとの学者を、政府にとって都合が悪いとして、新会員への就任を拒否するだけでなく、このような会員を含んで構成される学術会議を行政改革の対象にする菅内閣の行為は、戦前の軍事独裁国家を想起させる恐ろしいことです。さらには、平和憲法を守ることを義務付けられている首相としての憲法違反の行為と言わざるを得ません。

⓷ 学問の自由を守るために設立された日本学術会議を、行政改革の対象とすることは、日本の民主政治を破壊し、世界平和を脅かす道につながります

今回の学術会議の人事問題を発端として学術会議が政府の行政改革(行革)の対象とされました。ここで、行革とは、行政機関の組織を改正することですが、本来、学問の独立を守るために設立された学術会議が、行革の対象となって、その存立が脅かされることは、民主国家日本にとっては、あり得ないことです。それが、今回、自民党により、行革の対象とされ、それを菅首相が認めているのです。これは、上記(⓶)したように、憲法違反の行為と言わざるを得ません。

しかし、今回のこの菅首相の学術会議への人事介入の否を、私ども科学者が、いくら訴えてみても、国会での改憲勢力の多数を背景にした菅首相の違法行為を止めることはできないでしょう。この菅首相の暴走を食い止めるには、来年までには行われる衆議院選挙で、自公勢力に、憲法改正に必要な国会議員の2/3 獲得を阻止する以外にありません。これを可能にするには、野党勢力が伸びて頂く必要があります。それには、今回の学術会議の問題を、単に、学術会議と政府の問題として終わらせることなく、この問題での菅内閣の暴走を、いわゆる無党派層の国民に訴えて、菅内閣への国民の支持率を低下させる運動を起こすことが、私ども科学者に厳しく求められています。

では、具体的にどうすればよいのでしょうか? それは、先の私どものシフトムコラムの論考(文献 1 提案したように、先ず、日本が、憲法九条を守って、日本の軍事力を最小化することを、科学者の立場から、辛抱強く世論に訴え続けて、その実行を政治に迫ることです。同時に、世界に向かっては、日本が世界に誇る日本国憲法九条の理念を世界の全ての国に移転して、軍事費の多寡がもたらす国際的な貧富の格差を解消して、戦争のない平和な世界を創ることを訴えることが必要です。これに対し、私どものシフトムコラムでの提案(文献 1 )否定的なコメント下さった方のように、これを非現実的な理想論と言われる方が居られます。

しかし、これが、現代文明社会の経済成長のエ

ネルギーを供給してきた化石燃料の枯渇が迫る世界に、人類が生き延びる唯一の道なのです。この平和な世界を創るのが、戦前の軍事力拡張競争の悪夢の世界への回帰を否定するために設立された日本学術会議を支えている科学者および科学技術者の責務でなければなりません。

 日本の平和憲法に支えられ、民主主義を守るために設立された日本学術会議は、自民党の憲法改正を訴える政治勢力により、行政改革の対象にされて、その存立が否定される危機にあります

1016日、学術会議の新会長に就任した梶田隆章氏が、会長就任の挨拶に菅首相を訪問しました。この時の会談の内容について、朝日新聞(2020/10/16)は、“ 会談は、15 分ほどの短時間でしたが、会談後、記者団の取材に対し、梶田氏は、「会員の任命から除外された6人の速やかな任命と理由説明を求める要望書を渡したが、首相は今後の対応や理由について言及しなかった」とし、一方、首相は、「学術会議が国の予算を投じる機関として、国民に理解される存在であるべきだとの考えを伝えた」と説明し、さらに「梶田会長からは、未来志向で、今後の学術会議の在り方を政府とともに考えていきたいとの話があった」” と報じています。この報道の内容からすれば、梶田会長の首相訪問の目的には疑問があり、梶田氏は、学術会議の要望書に対する首相の直接的な回答を迫るべきではなかったのかとの一部のメデアが疑問を呈するのも頷けます。

しかし、私どもは、梶田会長が、学術会議の要望書に対する首相の即答を求めなかった背景には、以下のような配慮があったからと考えます。すなわち、二階俊博幹事長などの自民党内の実力者のお陰で首相の座に就いた菅首相は、すでに、6人の排除の理由について、「総合的、俯瞰的な判断だ」と繰り返しており、それ以上のことは言えないのです。結局は、この人事問題に対する世論の動向を伺いながら、できれば、学術会議を行革の対象として政府の言うことを聞く学術会議にしようとしているのです。それができなければ、学術会議への国費の支出を停止するでしょう。したがって、いま、梶田会長が、首相に厳しく回答を迫れば、このような菅首相の学術会議に対する暴挙が早まることになるでしょう。

一方で、その活動に要するお金が国費で賄われている学術会議側にとっても、ここで、無理押しをして、政府から行革の対象とされて、その存立が否定されてしまうことになります。こんなことにならないように、今回の首相との会談で、梶田会長は、紳士的に振舞ったのだと私どもは推察します。

すなわち、菅首相が学術会議の要望書に対し、まともに回答をしない状態が続けば、いずれは、世論の反発を買い、内閣の支持率が大幅に低下し、菅首相は、思いがけなく手にした首相の座を退かざるを得なくなるでしょう。菅内閣成立後一カ月、携帯電話料金の値下げ、避妊治療の保険適用、デジタル庁の設立など、スピード感を持った政策の実行で、安倍政権との違いをみせることで、お祝儀相場で獲得した高い内閣支持率を維持しようとしている菅首相の思惑が消え去ることになります。そうでなくとも、安倍内閣による負の遺産の森友・加計問題や桜を見る会での説明責任を引き継いだ菅首相には、支持率の低下を招く問題が山積しています。

ここは、学術会議の協力学会の会員としての私どもは、一方で、梶田新会長による学術会議側の菅首相に対する紳士的な対応を静かに見守りながら、上記(⓷)したような、今回の菅首相の不当な行為を世論に訴える積極的な活動を続けるべきと考えます。

なお、この私どもの主張を掲載して頂いているのが、日本学術会議の協力学術研究団体である「もったいない学会のシフトムコラム」であることを付記させて頂きます。

 

<引用文研>

1.久保田 宏、平田賢太郎; 憲法改正を訴える安倍前首相の強権政治を継承した菅新総理による日本学術会議の人事への介入は、学問の自由を奪い、戦後の日本が創り出した平和憲法に守られた民主主義政治を崩壊しようとしています、 もったいない学会シフトムコラム 2020/10/09

 

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久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。

著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail:biokubota@nifty.com

 

平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail: kentaro.hirata@processint.com

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