プラスチックおよびプラスチック製品を製造する立場から考えるマイクロプラスチックによる海洋汚染防止対策

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

(要約);

⓵ マイクロプラスチック(以下、MPと略記)による海洋汚染を防止する方法を、MPの主な発生源とされるプラスチックフイルムを製造する立場から考え、具体的な提言を行ってみました

⓶ プラスチックおよびプラスチック製品を造る立場から、海洋マイクロプラスチック(MP)の生成を防止する具体策について考えてみます

⓷ 海洋マイクロプラスチック(MP)の生成を防ぐために、生分解性プラスチックの使用が考えられていますが、それは、簡単なことではありません。当面は、その実用化はできないとして、MP生成の防止対策が推進されるべきと考えます

⓸ マイクロプラスチックによる海洋汚染の原因は、主として、途上国におけるプラスチック廃棄物(廃プラ)の海洋への不法投棄によると考えられます。したがって、この問題の根本的な解決のためには、途上国での廃プラの適正な処理・処分をお願いするとともに、私どもが提案するMP生成防止対策の技術移転が進められるべきです

 

(解説本文);

⓵ マイクロプラスチック(以下、MPと略記)による海洋汚染を防止する方法を、MPの主な発生源とされるプラスチックフイルムを製造する立場から考え、具体的な提言を行ってみました

いま、マイクロプラスチック(以下MPと略記)による海洋汚染が、国際的にも大きな環境問題になっています。その主な発生源は、第二次世界大戦以後に使われるようになった安価な石油から造られる合成樹脂(プラスチック)製品の日常生活における使用後の廃棄物が海洋中に入り込んだ結果です。この問題の根本的な解決は、プラスチックを使わないようにすることだと言われます。しかし、それは、現代文明社会の継続を否定して、プラスチックが存在しなかった時代に戻すことになります。現代人が、その使用での便利さを知ってしまった以上、はっきり言って、この便利なプラスチック製品の使用を全面的に廃止することは到底無理と言ってよいでしょう。

もちろん、使用済みプラスチック廃棄物(以下廃プラと略記)による自然環境汚染の問題は、プラスチック製品が使われるようになって間もなくから問題にされてきました(私どもの一人、久保田らによる著書「廃棄物工学(文献 1 )」参照)。しかし、最近明らかになった今回のMPによる海洋環境汚染は、人類の生存にも影響を与えかねない深刻なダメージを海洋生態系に与えかねない深刻な問題と言ってよいでしょう。報道によれば、海中のMPの存在量は、すでに、魚類の生存量と同程度に達したとされています。もしこの報道が正しかったとしたら、この海中のMPを海水中から取り除いて、元の海洋の姿に戻すことは、現在科学技術の力の及ばない大難事だと想定されます。したがって、いま、私どもにできることは、海洋中のMPの存在量を、これ以上増やさないために、MP生成の原因となる廃プラの海洋投入量をゼロに近いまでに減らす以外にありません。

この海洋中のMPの生成を抑制する方法として、多くの場合、プラスチック製品を使い、それを廃プラとして排出する消費者の立場からの意見が多く聞かれます。その極端な例が、上記したように、プラスチック製品を日常生活のなかで一切使わないようにするとの意見ですが、これは、政治が、そのような行政的な規制を行っても無理な話です。そのような規制を行おうととしても、民主的な国家では、プラスチックおよびその製品を製造・販売している産業界の反対で、そのための法的規制を行うことができるとは考えられません。要は、海洋中でMPが生成するようなプラスチック製品が製造、使用されても、それにより海洋中でMPが生成されなければよいので、そのためには、プラスチックおよびその製品の製造・販売を行う産業界の全面的な協力が欠かせません。以下本稿では。このプラスチックおよびその製品を製造する立場から、海洋MPの生成をゼロにする方法について考察し、具体的な提言を行います。

 

⓶ プラスチックおよびプラスチック製品を造る立場から、海洋マイクロプラスチック(MP)の生成を防止する具体策について考えてみます

いま、人類社会が直面している海洋MPを生成する主なプラスチック製品は、一般消費資材として使われている包装用資材としてのフイルム類です。いま、政府やメデイアが盛んに問題にしている「レジ袋」は、その代表的なものですが、このレジ袋の生産量が国内包装用フイルムのなかに占める割合はごく僅かです。したがって、いま、政府が行っている「レジ袋の有料化」だけでは、問題の解決にはほど遠いと言わざるを得ません。しかし、現代文明生活のなかで使われているレジ袋を含む全ての包装用フイルムについて、それを、プラスチック以外の製品に代替可能なものを除いては、プラスチックの使用を認めた上で、それが、海洋MPにならないような措置を講ずることが必要になると考えるべきです。

その前に、先ず考えられなければならないのは、いま、MPになる恐れのある包装用プラスチックフイルムの使用量が余りに多すぎることです。これは、消費者の問題とされていますが、それだけはでありません。製造者が製造量を制御すれば、その販売価格も上昇し、使用量も少なくなるはずです。

次いで実行されなければならないことは、包装用のプラスチックフイルムの使用後の廃棄物が、海洋MPとならないようにすることです。その理想的な方法としては、海洋中に入り込む恐れのある廃プラを、もとのプラスチック製品、或いはその原料のプラスチックに戻すことです。この方法は、マテリアルリサイクルとよばれています。そのためには、使用されるプラスチック原料の物性が製品の種類別に同一化されていなければなりません。熱可塑性プラスチックフイルム原料プラの種類を同じにするだけでなく、その物理化学特性まで同じにすることは、各企業間の秘密を公開することになり、難しいことですが、MPによる海洋汚染の深刻さを考えると、このような理想的な方法は、追及に値することと考えるべきです。

このような、理想的な方法が実行できない場合は、プラスチック廃棄物の熱可塑性を生かした違った製品の製造原料として再利用(リユース)することが考えられます。廃プラの道路舗装用材としての利用などが一部で実用化されているようです。

どうしても、このようなマテリアル再利用の方法の適用が困難な場合の次善の策として考えられるのが、ケミカルリサイクルの方法です。廃プラをプラスチック原料のナフサに戻す方法です。かつて、廃プラを原料とした液体燃料の製造が、実用化の実証試験まで行われましたが、経済性がないとの理由で、実用化されていません。電気自動車が実用化されるなど、車の液体燃料離れも、その背景にあると考えられます。しかし、やがて枯渇するプラスチックの原料である石油の再生利用としてのケミカルリサイクルであれば、その推進に十分な意義を見出すことができると考えられます。

問題は、マテリアルにしろ、ケミカルにしろ、現在、このようなプラスチックのリサイクルの実行を阻んでいるのが、一般廃棄物(家庭ごみ)として排出される廃プラの回収に要する費用を自治体が負担していることです。そのために、一部の自治体が、この経費負担を軽減するために、廃プラを合法的に途上国にプラスチック原料として、輸出していたと聞いています。これが、海洋MPになっていたのではないかとされています。いま、MPによる海洋汚染を契機として、廃プラの輸出が法的に禁止された今後、このようなことは、起こらなくなるはずですが、今後の廃プラの適正なリサイクルが実行されるためには、この廃プラの回収費用を含むリサイクル事業は、すべて、製造者負担で行うことを行政が義務付けることを、私どもは、提案したいと考えます。これは、一般消費材としてのプラスチック製品だけでなく、耐久消費材としてのプラスチック製品のリサイクルを推進するためにも必要なことです。当面は、プラスチック製品の製造業者の反対があるかもしれませんが、やがてやってくる石油枯渇の時代に備えて、プラスチックおよびプラスチック製造産業が生き残るためには、その製造原料を持続的に確保するための必要な知恵ではないかと考えます。

 

⓷ 海洋マイクロプラスチック(MP)の生成を防ぐために、生分解性プラスチックの使用が考えられていますが、それは、簡単なことではありません。当面は、その実用化はできないとして、MP生成の防止対策が推進されるべきと考えます

いま、海洋MP問題の解決に、その原因となるプラスチックフイルムの製造に生分解性プラスチックが用いられるべきだとされています。しかし、私どもが調査した範囲では、これは、そう簡単な問題ではなさそうです。

先ず、一般消費材として使われている汎用プラスチックに較べて、生分解性プラスチックは、その価格が高いことです。生分解性プラスチック原料のPLA(ポリ乳酸)およびPBS(ポリブチレンサクシネート)などの市販価格は、400~600円/kgと、現用の非生分解性の汎用プラスチックの原料価格150円/kgの3~ 4倍程度になります。これらの生分解性プラスチック原料の市販価格は、その利用・普及の拡大による生産量の増加で、低下することが期待されますが、生分解性プラスチックの多くが、食料として生産されるバイオマスを原料としてつくられているために、今後の大幅な価格低下は期待できません。

もう一つ、海洋汚染防止を目的とした生分解性プラスチックの利用で問題になるのは、生分解性プラスチックの種類により、その分解性能が異なることです。例えば、上記のPLAやPBSは、バイオマス廃棄物のコンポスト(堆肥)化処理工程での高温・多湿の条件下では、効率よく分解機能を発揮しますが、海洋などの水環境条件下では、PLAもPBSも生分解機能を発揮しないようです。水環境条件下で使われる生分解プラスチックとしては、PHBH(ポリヒドロキシルブチレート/ヒドロキシヘキサノエート)が用いられるとされていますが、現在は、まだ実用化されておらず、その利用は今後の課題でしょう。

さらに、問題になるのは、これらの生分解性プラスチックは、その分解の過程で、MPを生成しますから、その使用で、現在の海洋生態系を却って悪化する可能性もあります。

また、このように、それ自体がMPとして海洋に入りこむプラスチック製品としては、工業用研磨剤や化粧品、歯磨き粉などとして使われているプラスチック微粒子もあるようです。これらのプラスチック微粒子についても、それを、生分解性に代えることで、いま問題になっているMPによる海洋汚染を、どの程度緩和できるかが問題になると考えます。いや、その前に、このようなプラスチック製品が、MPによる海洋汚染にどのような影響を与えているのかの定量的な調査と、また、その影響が無視できないとしたら、この影響を無くすためにどのような具体的な対策を講じたら良いかなどの研究が先ず行われるべきではないでしょうか?

このように見てくると、MPによる海洋汚染を防止するために生分解性プラスチックを使用することには、現状では未解決の難しい問題があると考えるべきです。

 

⓸ マイクロプラスチックによる海洋汚染の原因は、主として、途上国におけるプラスチック廃棄物(廃プラ)の海洋への不法投棄によると考えられます。したがって、この問題の根本的な解決のためには、途上国での廃プラの適正な処理・処分をお願いするとともに、私どもが提案するMP生成防止対策の技術移転が進められるべきです

フィルム状廃プラの不法投棄によるMPの海洋汚染の主体は、途上国における問題とされています。この問題に関係が深いとされていた、我が国から東南アジア諸国への廃プラの合法的な輸出は、中国が、その輸入禁止を決め、タイやベトナムもこれに続き、廃プラの輸出は、国際的にも違法とされました。すなわち、各国がMP発生の原因となる廃プラを自国内で処理・処分することが国際法で義務づけられたのですから、もはや、MPによる海洋汚染は起こらないことになったずです。

しかし、四面海にかこまれた海洋国日本は、これで、問題が片付いたとしてはいられません。もともと、このMPによる海洋汚染を引き起こしたのは、日本を含む先進諸国からの廃プラの輸出が原因になっています。すなわち、すでに海洋に投入された廃プラが、海上を漂流して、日本の海岸にも流れ着き、そこで、紫外線と波浪により分解されて、径5 mm以下のMPが生成しているのですから、日本としては、それは、放っておけないことです。これを処理・処分して、MPの発生を防ぐ義務があると言ってもよいでしょう。そのためには、いままでMP生成の原因となる廃プラの海洋投棄を行ってきた国々に対して、それを防止するための上記したような方法と技術を、無償で、積極的に移転する必要がある、いや、その義務があると考えるべきです。

 

<引用文献>

1.久保田 宏、松田 智;廃棄物工学 リサイクル社会を創るために、培風館、1995年

 

ABOUT THE AUTHER

久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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