エネルギー政策の混迷を正す(その3 ) 菅さんのブログ “太陽光発電が猛暑の電力不足を救う”ことはありません。 菅さんが訴える原発ゼロは、太陽光発電無で実行可能です
|東京工業大学名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田賢太郎
(要約);
① 猛暑の今夏、冷房用の電力消費が増えているはずですが、電力不足は報道されていません。原発電力無で、真夏の冷房用のピーク電力を賄っているのは、菅さんの言う“太陽光発電”ではなく、国民の節電努力の上での火力発電量の増加です
② 夏期の猛暑時に電力を生産する太陽光発電の電力を冷房用に使うことは考えられるかもしれません。しかし、この太陽光を用いる冷房システムの使用は、消費者に経済的な利益をもたらすことはありません
③ いま、小泉元首相ら原発ゼロを訴える人々は、原発ゼロの実現には、再エネ電力の利用を言われますが、もし、そうだとしても、太陽光発電が再エネ電力の主体になることはありません
④ 再エネ電力無でも、「原発ゼロ」が実行されなければなりません。これが、菅さんが主導する立憲民主党の「原発セロ法案」の実現でなければなりません。お願いです。この菅さんの「原発ゼロ」の実現を妨げるブログ“太陽光発電が猛暑の電力不足をを救う”は、いますぐ撤回して下さい。
(解説本文);
① 猛暑の今夏、冷房用の電力消費が増えているはずですが、電力不足は報道されていません。原発電力無で、真夏の冷房用のピーク電力を賄っているのは、菅さんの言う“太陽光発電”ではなく、国民の節電努力の上での火力発電量の増加です
今夏(2018年)、50年ぶりとよばれる記録的な猛暑が続いていますが、テレビ報道などでは、“熱中症予防のため、ためらわず冷房を使いなさい”と報じています。しかし、3.11の直後、盛んに言われた夏の電力不足は、今夏、報道されていません。Googleの検索で調べたところ、関西電力(関電)が他の電力会社から電力の供給を受けたとありました。しかし、これは、3.11以前、原発比率(原発電力の総発電量に対する比率)が全国平均の約2倍の約50 % と高い値を占めていた関電の特殊な事情と言ってよいでしょう。
いずれにせよ、この夏期の冷房用の電力需要の季節的なピークに備えるためには、需用負荷変動への対応力の強い火力発電が用いられています。日本エネルギー経済研究所編のEDMCエネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データ(文献 1 )と略記)に記載の電力需要データから、この火力発電と、需用負荷変動に弱い原発との両者の年間平均設備稼働率の値を、下記の( 1 )式を用いて計算し、その年次変化を図1に示しました。
(年間発電量kWh)
= (発電設備容量kW )×(年間時間8,760h/年)×(年間平均設備稼働率 ) ( 1 )
図1 原発電力と火力発電の年間平均設備稼働率の値の年次変化
(エネ研データ(文獻1 )の電力需給データから本文中 ( 1 ) 式を用いて計算して作成)
この図1 に見られるように、電力需要負荷の変動への対応力の弱い原発は、3.11 事故以前は70 % を超える高い年間平均設備稼働率で運転されていました。これに対して、需用負荷変動に対応するために、50 % 以下の年間平均設備稼働率で運転されていた火力発電は、3.11直後には、年間平均設備稼働率を60 %程度に増加しました。
具体的には、表1 に示すように、3.11事故の後、失われた原発電力の代替として、火力発電量が増加し、これに各電力消費部門の節電を加えて、2016年度の総発電量は、2010年度に較べ13.6 % 減になって、電力需要を賄っています。
表 1 3.11 前後における発電量の変化、単位 百万kWh
(エネ研データ(文獻1 )に記載の電力需給データをもとに作成)
結果として、図1に見られるように、3.11以後7年以上たった今夏((2018年)の火力発電の年間平均設備稼働率の値は、3.11以前の値50%以下に戻っていると推定されます。これが、今夏の50年来の猛暑にもかかわらず、電力危機が報じられない理由になっていると考えられます。
すなわち、菅直人元首相(以下、同じ東工大で学んだよしみと、個人的な交流もあるので、敢えて“菅さん”と呼ばせて頂きます)が言われるように、“太陽光発電が猛暑の電力不足を救っている”のではなく、電力需要の季節変動対策としての夏期ピーク時の火力発電量の増加が、今夏の電力需要の増加を賄い、メデイアに“ためらわず冷房を使いなさい” と言わせているのです。
② 夏期の猛暑時に電力を生産する太陽光発電の電力を冷房用に使うことは考えられるかもしれません。しかし、この太陽光を用いる冷房システムの使用は、消費者に経済的な利益をもたらすことはありません
いま、この猛暑のなかで、菅さんが言われるように、この夏期の太陽光発電の電力を冷房用に利用することはできないものかと考えてみました。しかし、これが実行されるためには、この太陽光発電の利用者にとって、その実行が、在来の市販電力を用いる冷房システムと較べて、経済的な利益をもたらさなければなりません。
エネ研データ(文獻1 )に記載の「家庭部門所帯当たりの用途別エネルギー源別エネルギー消費」のデータから、2016年度の冷房用電力は、一世帯当たり180千kcal/年(= 2,093 kWh/年)と与えられます。電力料金を26円/kWhとすると、電力代は、5,434 円/年 ( = (2,093 kWh/年)×(26円/kWh)) となります。冷房用の電力の利用を夏期3ヶ月間のみとすると、この冷房用太陽光発電設備の年間電力生産可能量は837 kWh /年 (= (2,093 kWh/年)×(12月/3月)) となります。この電力量を生産する太陽光発電設備の設備容量)は、太陽光発電の年間平均設備稼働率を0.11として、上記(①)の ( 1 ) 式から、0.869 kW(=(837 kWh) /(8,760h/年)/ (0.11)となります。この設備容量をもつ冷房専用の太陽光発電設備が20年間使用可能として、この設備の価格は、その生産電力で節減できる電力の市販金額から、
(使用できる太陽光発電設備の市販価格)
= (冷房用電力の市販金額 5,434 円/年)×(設備使用年数20年)
/ (冷房用発電設備容量0.869kW) =12.5万円/kW-設備
となります。ただし、この設備価格には、昼間の生産電力を夜間にも利用するための蓄電設備の価格と、設備使用期間中の維持費も含まれなければなりません。
現在、太陽光発電設備の価格が大幅に低下しているとは言え、このように生産電力の約1/4(=3月/12月)しか利用できない冷房専用の太陽光発電設備の市場化は難しいと考えるべきでしょう。
③ いま、小泉元首相ら原発ゼロを訴える人々は、原発ゼロの実現には、再エネ電力の利用を言われますが、もし、そうだとしても、太陽光発電が再エネ電力の主体になることはありません
いま、「猛暑を救う太陽光発電」を言われる菅さんが主導している立憲民主党の「原発ゼロ基本法案」は、3.11以降、安倍政権が進めている「原発の再稼働」を止めさせることを主な目的としているはずです。そのためには、この「原発ゼロ基本法案」のもとになっている小泉元首相らの「原発セロ・自然エネルギー法案」におけるように、原発代替の電力として、自然エネルギー(再生可能エネルギー(再エネ))電力が必要で、その再エネ電力の主体を、菅さんは、太陽光発電だと考えているようです。
ところで、いま、再エネ電力が用いられなければならないのは、地球温暖化対策としてのCO2の排出削減のためとされています。しかし、世界で、この目的で用いられている再エネ電力の主体は、太陽光発電ではなく、風力発電です。エネ研データ(文獻1 )に記載のBP(British Petroleum)社の新エネルギーの発電設備容量の2016年の値から、上記(①)の ( 1 ) 式を用いて計算した推定発電量の値は、表2に示すように、世界では、風力発電量が太陽光発電量の約4倍になるのに対し、日本では、逆に、太陽光発電量が風力発電量の約5倍になっています。いま、日本で、発電コストの低い風力が用いられないのは、その発電の適地が、需要地から遠く離れていて、送電線が無いためとされています。
表 2 世界および日本の新エネ電力(発電量)の推定値、2016 年
(エネ研データ(文獻1 )に記載のBP社による発電設備容量kWの値から、本文中 ( 1 ) 式を用いて計算した発電量kWh。ただし、年間平均設備稼働率の値を、風力28 %、太陽光11 %、地熱 70 %と仮定しました)
いま、日本では、在来の送電線が利用できる太陽光発電が、原発代替の電力供給の役割を果たすことができると考えている人が多いようですが、そうはなりません。それは、表2に見られるように、2016年の太陽光を主体とする新エネ電力の発電量は5.26 (= 0.805+4.12+0.334) 百億kWhと、2010年度の原発電力288.2億kWhの 約1/7にしかならず、少なくとも、いますぐの太陽光発電は原発の代替にはなりません。では、将来的にはどうでしょうか?世界および日本の太陽光の発電設備容量は、図2 に示すように、年次、順調な伸びを示しているように見えます。しかし、この図2 に同時に示した欧州の発電設備容量の伸びの停滞に注目する必要があります。それは、この太陽光発電の利用・拡大を図るために「再生可能エネルギー全量固定価格買取制度(FIT制度)の適用で、太陽光発電に特に高い買取価格が設定された結果、市販電力料金が異常に高くなり、産業界の反対により、この太陽光発電での買取価格が値下げされて、設備の新設が行われなくなったためです。いま、図2に見られる世界の太陽光発電設備の伸びを支えているのは、中国をはじめとする途上国での利用の伸びの継続です。EU諸国に較べて、10年近く遅れてFIT制度の適用を始めた先進国の一員としての日本でも、EU諸国におけると同様のことが起こっているようです。
もう一つ、日本で、太陽光発電の利用拡大を阻んでいるのが、その導入可能量による制約です。環境省の調査報告書(文獻2 )をもとに、私どもが試算した結果では、日本での太陽光発電の導入可能発電量は、2010年度の総発電量の10.2 %(原発電力の2.5 % )にしかなりません。これが、いま、メガソーラ(太陽光発電の家庭外)の設置のために、あちこちで、里山林が伐採され、環境破壊を起こしている原因です。これに対して風力発電の導入可能量は、陸上、洋上合わせて、2010年度の4.7倍と推定されています。原発電力の代替が再エネ電力だとしても、それは、太陽光でなく、風力です。
図 2 世界、日本、欧州の太陽光発電設備容量の年次変化
(エネ研データ(文獻1 )に記載のBP社データをもとに作成)
④ 再エネ電力無でも、「原発ゼロ」が実行されなければなりません。これが、菅さんが主導する立憲民主党の「原発セロ法案」の実現でなければなりません。お願いです。この菅さんの「原発ゼロ」の実現を妨げるブログ“太陽光発電が猛暑の電力不足を救う”は、いますぐにも撤回して下さい。
「太陽光発電が猛暑の電力不足を救う」と言っておられる菅さんは、再エネ電力の利用・普及拡大の目的が、「原発セロ」実現のためだとしているのでしょうか?確かに、菅さんが主導する立憲民主党が提案している「原発ゼロ基本法案」のもとになっている小泉元首相らの「原発ゼロ・自然エネルギー法案」では、新エネと呼ばれている自然エネルギーを用いる電力の利用を「原発ゼロ」実現の前提条件としています。
しかし、この自然エネルギーの利用拡大を原発ゼロの前提条件とする限り、いま、安倍政権がその実現に躍起となっている「原発の再稼働」の停止を、すなわち、当面の「原発ゼロ」を達成することはできません。
それは、いますぐ利用可能な太陽光や風力などの自然エネルギーを用いた発電量が、3.11以前(2010年度)の原発の発電量に較べて、余りにも少ないからです。2012年以降、市販電力料金の値上で、広く全ての国民に経済的な負担をかけるFIT制度の適用により、その利用の拡大が図られてきた新エネ電力、なかでも電力会社による買取価格が最も高く設定された太陽光発電主体の新エネ電力で得られる2016年の発電量は、先(③)の表2 に示すように、2010年度の原発電力の1/7 程度 しかありません。これでは、小泉元首相らの「原発ゼロ・自然エネルギー法案」が求める「いますぐの原発ゼロ」は実現できません。これが、いま、安倍政権が進めている「原発の再稼働」を止められない理由になっています。
では、日本経済を維持するためのエネルギーとして、原発の代わりの再エネが必要なのでしょうか? そんなことはありません。3.11以降、原発電力の殆どが失われた状態で、日本は、生活と産業用の電力に不自由していません。それは、徹底した省エネ(節電)の努力の上で、発電用の燃料として、最も安価で、資源量として可採年数(確認可採埋蔵量を現在(2015年末)の生産量で割った値)が153年と、石油の50.6年、天然ガスの52.5年の3倍に近い石炭があります。ところが、この石炭の利用が、地球温暖化の原因となるCO2の排出を増加するとして、嫌われ者になっています。しかし、菅さんが主導する立憲民主党の「原発ゼロ基本法案」には、小泉元首相らの「原発ゼロ・自然エネルギー法案」のように、自然エネルギーの利用・拡大を「原発ゼロ」の前提としていません。代わりに、「原発ゼロ」のための省エネ(節電)を訴えています。この節電の方法として、化石燃料(石炭)消費を節減すれば、IPCCが主張するCO2の排出は増えません。
すなわち、自然エネルギーの利用拡大前提としないでも「原発の再稼働」を止めて、「原発ゼロ」が実現できるのです。では、何故、いま「原発ゼロ」を実現しなければならないのでしょうか? それは、「原発の再稼働」は、その処理・処分の方法が無いままに、その処理・処分の費用を次世代送りしてきた、小泉元首相の言う、トイレの無いマンションからの一刻も早く脱出が求められるからです。
これが、菅さんの訴える「原発ゼロ基本法案」なのです。この菅さんの熱い思いを実現するためのも、この菅さんの願いと逆行する今回のブログでの不用意な、科学的に不正確な発言“太陽光発電が猛暑の夏を救う”は、いますぐにも撤回して頂きたいと願っています。
<引用文献>
1、日本エネルギー・経済研究所計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2018年版、省エネセンター、2018年
2.平成22年度環境省委託事業;平成22年度 再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査、報告書、平成22年3月、株式会社エックス都市研究所、アジア航測株式会社、パシフィックコンサルタンツ株式会社、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社
ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他
平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。