Dmitry Orlov氏の『先物取引はブリヴェットなり』
| 本稿は、Dmitry Orlov氏のブログCLUBORLOV 2015年1月26日付けの記事"The Future is Blivets"を訳したものである。このエッセイは物理的制約を無視した経済のおかしさをシニカルに指摘したものである。
ところで、このエッセイは、桜井英治著『贈与の歴史学』(中公新書)に記された昔話を思い出させる。 それは、日本中世における贈与経済が「現物」の贈与ではなく「折紙」という目録の約束手形的使用の狂乱によって廃れてしまったという歴史である。応仁の乱前後の時代のことだ。そして、債権が空疎なものになって経済的結びつきが崩れた後、「パーソナルな関係の復活・巻き返しがおきた」(同書172頁)との歴史もまた示唆的であるように思われる。
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[Die Zukunft heißt Blivet(ドイツ語)]
[Il futuro è nel Blivet(イタリア語)]
[L’avenir est aux blivets(フランス語)]
ずっと注意を払って来たならば、気付いているかもしれないけれど、グローバル金融市場は目下、メルトダウン・モードにある。明らかに世界は、ものづくりにおいて収穫逓減に至っている。油井にせよコンテナ船にせよ、高層ビルも車も住宅も、あらゆるものが単純に多すぎるのだ。こういうわけで、世界はさらになにかを作って売るためにお金を借りることにおいても頭打ちになっている。なにしろ作っても売れないのだから。そして、売れないのだから、すでに作られたものの価格は下落し続け、担保価値としても悪くなるばかりで、問題は悪化の一途を辿っている。
提案されている一つの解決策は、財の経済からサービスの経済へと転換するというものだ。たとえば、何らかのモノを作る代わりに、万人が互いにマッサージし合うわけだ。これは理論においてはうまくいく。なにしろマッサージ産業は、売り捌かなければならない在庫を積み増していくようなことはないのだから。けれどもこの計画には問題がある。一つ目の問題は、マッサージにお金を払えるくらいに十分なお金の蓄えがある人は少なすぎるから、人々はつけでマッサージしてもらわねばならなくなるだろう。もう一つの問題は、モノと違って、マッサージは生産的資産ではないので、マッサージの支払いのために借りなければならなくなったお金を完済する助けにならないのだ。最後に、マッサージは、ひとたびあなたがマッサージを受けてしまうや、ほとんど価値がない。施されたマッサージをオークションに出すことはできないし、借り入れのための担保にすることもできない。
これらは大問題だ。そこで一つの解決策はよい稼ぎの仕事を創出して人々のポケットにお金があるようにすることだ。そうすれば人々はマッサージのための支払いが可能になる。これは生産性の改善に投資することでもっともうまく為される。つまり、人々を学校に通わせて、ハイテクに投資するなどといったことだ。それは直感的には明白な考えだ。つまり、より安くモノを作り上げるようになるので、生産的な労働者は生産的でない労働者よりも雇用に恵まれ、人々はモノをもっと沢山買えるようになる。だが、すでに十分にモノがあって、そして誰も貯金の余裕がないようなときに、より多くモノを買えるようになるのかどうか、議論の余地があるだろう。それにもかかわらず、この理論はなるほどと思える。
ところがやはり、この理論はうまく具現化していないように思われる。そもそもロボットが並んだ生産ラインやインターネット利用など、オートメーション化にどれだけお金をつぎ込んでも、被雇用者数は減るばかりなのだ。そして、無人自動車でさらに悪くなりそうだ。理論は素晴らしい。ドライバーが運転しなくてもよくなったならば、その分の時間をお客さんにマッサージして差し上げることができるというのだから。だが、無人自動車にどんなに多くの資金を投入しても、失業中のドライバーの数や失職中のマッサージ師の数は減ることはないだろう。
ところで、雇用創出によって需要を喚起することに失敗して万人を徒に飢えさせているだけだとしても、私たちはまだリッチな人々を頼ることができる。国々丸丸と同じくらいリッチな人々が存在しているのだ! もちろん彼らは万人に代わって支払い、万人に代わって消費でき、経済を盛り上げることができる。だが、分かり切ったことは、一人の人間が一国丸丸と同じ規模の消費をすることはとても困難であるということなのだ。しかるに、そういうことが起こるようにするためには、リッチな人に代わって人々が消費して差し上げる必要がある。ところで、あなたが他人のお金を使うように、他の人々もあなたのお金を使うことができるならば、他の誰かよりも豊かになるという目標を打ち砕いてしまうことになり、人々からお金を騙し取ったり市場で博打を打ったりするハードワークが水泡に帰すると判明するだろう。
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だが、これこそびっくりするほど単純で洗練した解決策であり、誰かがすでにそのことを考えていたにちがいない。メモをとっていただきたい、私こそ最初の考案者なのだよ!
ブリヴェット(Blivet)
解決策はこうだ。すべてを売り払って、長期のブリヴェットを買うというものだ。ブリヴェットとは、幾何学的に不可能な物体である。それを描くことは可能なのだが、その性質上、製造することは不可能なのである。これが先物市場の大きな問題を解決することになるのである。先物市場では、人々が先物取引で契約したものを実際に受け取ることができるものだと想定されている。これは投機対象のモノが実際に存在していなければならないことを意味している。そして、ある種の人々が厚かましくも「実体経済」と呼んでいるものが実際に存在しなければならないことを意味しているわけだ。実に困ったことだ!
というのは、たとえば、金の先物市場は物質として存在している金の300倍も取引されている[更新:その数は今しがた542倍に上がった]。このことは先物取引の0.3% [更新データ:0.18%]だけが納品されるということを帰結し、金庫は空になって取引されるものはなくなるということだ。おそろしいことに、金を受け取ろうとする理不尽な人々が存在するのである。中国人、ロシア人、手持ちの現金がある他の国々、あるいは換金に応じるアメリカ財務省だ。そこで、「体制転覆」を促して様々な国々の金の蓄えを略奪することがわずかな足しになる。(イラク、リビア、ウクライナはすでに略奪された。もしもやっかいなロシア人がいなかったならば、今頃シリアも略奪されていたはずだ!)だが、こういった取り組みすべての最終的な成果はやはり不可抗力だったということであり、誰かが受取りを欲するものの金庫は空だということだ。
Source: Zerohedge
同様の問題はこの世界の最大の先物市場にもある。原油市場である。トレーダーたちは、架空の供給過剰から利益を得ていた愉快な古い時代の経験があり、原油価格をますます安く引き下げている。彼らは原油価格を1バレル1ドルくらいにまで引き下げかねないが、そうなったときにどういうことになるか?問題は、そんな安い原油価格ではこの世の誰も原油を生産できなくなるということであり、誰かが1バレル1ドルの先物取引契約で受取りを要求するときが来ても、それに応えようにも痕跡だけが残されているだけだろう。たとえば放棄された油井を回転草が転がっているような光景だ。
ここまで読めば、この話から教訓を察しているはずだ。あなたが経済全体を「短命」にしているならば、労働者・消費者と彼らの生産能力をも短命にしているのだから、あなたは短命な諸々の物事を手放すべく考えを変えた方がよい。そうしないならば、あなたは市場の内部崩壊、デフレーション、レバレッジの解消、そして金融の崩壊にあえて突き進んでいることになる。その後、政治、商業、社会、文化の崩壊が追随する。おびただしい絶叫リフレインと金切り声が響き渡り、騒々しいコーダを有する四部構成の不協和音がこだまするのだ。私は冗談を言っているわけではない。私は既にこの成り行きについて著述しているのだから。(註:邦訳が出版された。)
そこでブリヴェットが大いなる助けを供することになるのだ。ブリヴェットは定義からして「ペーパー・ブリヴェット」である。というのは、「有形のブリヴェット」は物理的に不可能であるからだ。もしもあなたがあなたのブリヴェットのモノの次元での受取りを要求したならば、人々は単純にあなたのことを笑いものにして、クルクルパーをやって、呆れることだろう。なにしろそれは、合衆国憲法の下で権利を要求したり気候変動が陰謀論だと主張したりするとの同じくらいに、狂っていることなのだから。
さて、ブリヴェットは最も純粋な金融空間に構成され、ビットコイン以上に無形で触知できない。(ビットコインは魔法の掛かった二進数字の長い文字列であり、アルゴリズム、ブロックチェーン、「クールネス要素」から価値を引き出している。)ビットコインもまた無形で触知できないが、それは大がかりなコンピュータ施設を稼働して大量の電気を費やして物理的に採掘されねばならず、それゆえに大きな問題を引き起こす。つまり、ビットコインは希少なのだ。
そこである種の人々は希少性がモノに価値を与えると主張するわけだが、それは明らかにばかげた考えだ。米ドルを見てみよう。ドルの総額はアメリカ経済の成長以上に拡大したわけだが、それでハイパーインフレーションになっただろうか?否、である。問題はお金を印刷することにはない。お金をブリヴェットに投資しているだけだとはわからない普通の人々にお金を与えるところに問題があるのだ。ブリヴェットに投資する代わりに、子供に食べ物を買ったり冬の間家を暖房したり、経済的に破壊的なことをすれば、ハイパーインフレーションの原因になるのであって、お金の印刷自体がハイパーインフレーションを招来するわけではないのだ!お金の印刷には二つだけ潜在的な問題がある。十分なお金を印刷していないこと、そしてそれを十分に速く印刷していないこと、である。
私が提案するグローバル経済のブリヴェット化には目下二つばかり問題があるのだが、これらも金融革新の力で解決し得るだろう。
まず、ブリヴェット先物市場には潜在的に相場が上向くのではなく下落するという問題がある。相場が下落するとしたらブリヴェットを選好しないだろう。そこで、始終発生する下落から相場をどのように保てばよいだろうか?アイデアがある。シュレディンガーのブリヴェットとでも言うべきものを導入するのである。あなたが短期のビルヴェットに投資しているならば、契約が切れるときには、手形交換所はあなたが契約に応えることを要求し、その際、簡単なルールが課されるのである。投げたコインの裏表にもとづいて、あなたのブリヴェットが存在するか否かを決められる、というものだ。このことはブリヴェットが足りていない人々に大量保有を促すだろうし、市場をメチャクチャにすることにはほとんど興味をもたなくさせるだろう。こういうわけで、ブリヴェット価格はときどき停滞するかもしれないが、徐々にその価格は単調に上昇するはずだ。
二つ目に、ブリヴェットに投資しようと追加的な資本を得るための場所の問題がある。あなたはあなたの他のすべての持ち株を現金化し、長期ブリヴェットにするが、ブリヴェット市場はどうすれば拡大されるだろうか?市場が拡大しないならば、つまるところ成長していないことを意味し、成長がない市場を好んだりしない。他の生産能力が遊休状態でブリヴェット市場以外では富の創出が起こっていないならば、新たな投資用の資本はどこからやって来るのだろうか?一つのアイデアがある。それを自動再担保設定と呼ぼう。あなたがローンを組むために(もちろんブリヴェットに投資するためだ)ブリヴェットを担保に入れるときはいつでも、借り入れは自動的に別の借り入れの担保として用いるように利用可能とするのだ。
このような金融改革のおかげで、ブリヴェットの価格はたちまち青天井となる。実際、単純な十進数ではなく科学的な記数法でブリヴェットの価格を呼び始めることが必要になるかもしれない。ついには、仮数を省いて単にべき指数を使って表すことが意味を持つようになるだろう。なにしろ、すべての物理的制約が取り除かれて、取引されるブリヴェットの数は観測可能な宇宙に存在する原子の数を超えるまでになるのだから。
問題は解決した!私は1082ブリヴェット発注しよう、よろしく!