続 パリ協定とトランプ現象 格差是正として起こった反グローバル化の潮流は今後どうなる?

東京工業大学 名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部・副本部長 平田 賢太郎

 自由貿易を基盤とした経済のさらなる成長を目的としたのが産業のグローバル化である
グローバル化とは、社会、経済の関連が、旧来の国家や地域などの境界を超えて、地球規模に拡大してさまざまな変化を引き起こす現象とされているようである。
このグローバル化は、現代文明社会をつくり上げてきた資本主義経済が求めるさらなる成長を促すための必然的な要請として、工業先進諸国において、大きな期待を持って迎えられてきた。
歴史的には、世界経済をリードしてきた先進国の経済は、フロンテイアとしての植民地を持つことで成長してきた(文献 1 参照)。この経済の成長を加速させたのは、産業革命による工業生産技術の進歩と、それを支えるエネルギー源としての化石燃料と工業原材料としての資源であった。
これらの資源を獲得するためにも、西欧の先進国は、植民地を拡大し、そこでの市民を搾取して経済成長を続けてきた。現在、世界第1の経済大国アメリカも、成長を可能にする肥沃な大地と豊富な鉱物資源を持つ植民地から独立した国である。
いま、自由貿易の障壁になっている関税は、経済先進独立国の経済成長を担っていたそれぞれの国の産業を守るために設けられた制度である。
第2次大戦により、経済成長のための植民地を失った先進諸国の経済成長を支えたのは、経済成長の産物としての工業製品を造り出すことのできる安価な化石燃料(特に石油)であった。
しかし、いま、この工業先進国の経済成長が終焉を迎えようしている。その主な原因は、1973年と1978年の二度に亘る石油危機を契機として成長のための最も貴重なエネルギー資源としての原油の国際市場価格の高騰と同時に、成長の結果として起こった国内の労務費の高騰にある。
そこで、高い経済成長を続けてきた工業先進国が、さらなる成長を求めて、この成長を支えてきた製造業などの生産拠点を、かつての植民地などの途上国に求めるようになった。これが自由貿易主義を基盤とした産業のグローバル化である。

 

さらなる経済成長を求めようとした産業のグローバル化の弊害が、反グローバルの流れをつくった
上記したように、いま、反グローバル化の対象になっている産業のグローバル化は、自由貿易主義を基盤として、経済のさらなる成長を図ることが目的であった。
この先進国の製造業などの工業生産拠点の移転先である人口の多い一部の途上国が、そこでの安価な労働力と、先進国からの投資資金を利用して、急速な経済成長を遂げ、世界経済の成長の継続を担うようになった。
これが、新興途上国BRICSの経済の高度成長である。
しかし、このBRICSにおける経済の高度成長も長続きはしなかった。
それは、この成長のエネルギー源である地球上の化石燃料資源量が枯渇に近づき、その国際市場価格が高騰して、それを使えない人や国が出てきたからである。
結果として新興途上国で造られた製造業の製品などの輸出先での購買力が限界に達して、売れなくなった。
この産業のグローバル化の恩恵を受けて、米国に次いで、世界第2の経済大国にのし上がった中国を筆頭に、BRICSの経済成長が停滞を迎えるようになって、グローバル化に支えられた世界経済の成長が、いま、終焉を迎えようとしている.
この自由貿易に基盤を置く、産業のグローバル化の弊害としての貧富の格差の拡大が、いま、欧米先進諸国で顕在化している。すなわち、途上国の安価な労働力により造られた製品に押されて、製造業を中心に先進国の産業が衰退して、そこで働いていた労働者の多数が職を奪われている。
また、最近、特に問題になっているのが、生産拠点を振興・途上国に移して大きな利益を上げているIT産業などの多国籍企業の存在である。これに、グローバル化を支えてきた金融市場の投機マネーが結びつくことで、産業のグローバル化の利益が、これらのIT企業や、金融機関に集中するようになった。
さらに、これらの国際企業の利益が、これも、いま、大きな問題になっているタクス・ヘイブンなどを利用して、隠匿されることで、国民、国家に還元されることがないから、特に、いま、米国で問題になっている、巨大な富がごく少数の事業経営者に集中して、かつてない大きな較差社会を生み出している。
この産業のクローバル化の影の部分が、欧米先進諸国内で起こっているクローバル化への反発、反グローバル化の流れである。

 

成長の終焉がもたらした貧富の格差が一国主義を促し、反グローバル化の流れを加速している
経済成長のさらなる進展を目的として進められた産業のグローバル化の結果、成長を遂げることのできた先進国・新興途上国と、成長に遅れをとった途上国との間、および、先進国・新興途上国内部での産業のグローバル化の恩恵を受けた人と、受けなかった人との間に生じた貧富の格差の増大が、いま、大きな問題になっている。
この国際および国内の二つの貧富の格差の増大の問題は切り離すことができないが、前者の国際問題としては、いま、世界の平和を脅かしているタリバンに始まりイスラム国(IS)に至る国際テロ戦争があり、また、中東やアフリカでの民主化運動により発生した軍事力を伴う内紛で生じた難民問題がある。
一方、後者の欧米先進国内部の貧富の格差をもたらすとされる産業のグローバル化による雇用喪失の問題に、前者の紛争途上国からの難民流入の問題も加わり、失業率をさらに高くしている。
このEU圏内における反グローバル化の潮流を加速させたのが、ベルリンの壁の崩壊後、東欧諸国からの労働移民による雇用の喪失が問題になっていた英国における、まさかと思われていたEUからの離脱を決めた国民投票の結果であった。
その衝撃を、さらに大きく拡大したのが、トランプ氏の米大統領選での勝利である。次期米大統領のトランプ氏は、「アメリカ第一」を明言するとともに、民主党政権が進めてきたTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)についても、米国の離脱を主張している、
欧米で台頭していた「一国主義」、すなわち、自国の経済的な利益を優先するための保護貿易主義への動きは、難民の受け入れを拒否する反グローバル化の流れと一体となって、これからの世界経済を大きく支配することは間違いない。

 

残された化石燃料消費の公平な配分こそが貧富の格差を是正する
本来、先進国と途上国が協力して、ともに経済の成長を図ろうとした産業のグローバル化が、国際的な、また、国内での貧富の格差を生み出した。
理由は、経済の成長にはエネルギーが必要だからである。
そのエネルギー源としての安価な化石燃料、特に石油を利用することにより、先進国は急速な成長を遂げてきた。
一方、この成長に後れをとった途上国が、その遅れをとり戻そうとしているいま、地球上の化石燃料資源が枯渇に近づき、その国際市場価格が高くなって、それを利用したくてもできなくなっている。これが、いま、国際間の貧富の格差を大きく拡大している。
この国際間の、すなわち、先進国と途上国との間の経済格差を是正する方策として、私どもは、「世界の全ての国が、地球上に残された化石燃料を公平に分け合って大事に使うこと」を提言している。
具体的な方策として、「全ての国が、2050年を目標に、今世紀中の一人当たりの化石燃料の年間消費量の値を現在(2012年)の世界平均の値にする」のが、「私どもの提言案」である。
その詳細については、私どもの近著(文献 2 )を参照されたいが、この方策の実行は、先進諸国にとっては、化石燃料消費の大幅な削減のために成長の抑制が強いられる。
一方、すでに、一人当たりの化石燃料消費量が世界平均値を上回っている中国を除く途上国の多くでは、まだ、経済成長のための化石燃料消費増加の余地が残っている。
この地球上の化石燃料消費を節減する「私どもの提言案」は、いま、世界のエネルギー問題のなかに迷い込んだIPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)が訴える地球温暖化問題に解決への途も与える。
もともと、IPCCが訴える地球温暖化のCO2原因説は、地球気候のシミュレーションモデルをコンピューターで解いた結果として与えられる科学の仮説であるから、CO2の排出削減により、温暖化が防止できるとの科学的な保証はどこを探しても存在しない。
したがって、この貧富の格差の拡大を防ぐための世界の化石燃料の消費の節減を促す「私どもの提言案」が実現すれば、化石燃料の消費に伴うCO2の排出量は、同じIPCCが、地球環境の歴史から、人類が何とか耐えることのできたとされる気温上昇幅2 ℃以内に抑えることができる。したがって、地球温暖化がIPCCの訴えるようにCO2の排出に起因して起こるとしても、これを防ぐことができる。
また、地球温暖化の防止のためのCO2の排出削減に「私どもの提言案」以外の方法を用いたのでは多額のお金が必要になる。したがって、この「私どもの提言案」は、地球温暖化の防止にCO2の排出削減が必要だとした時でも、世界中が協力して、それを実行可能にする唯一の方法となる。

 

トーマス・ピケテイ氏によるグローバル化の方向変換
上記したように、自由貿易主義に基づく産業のグローバル化が、国際的な、および国内の貧富の格差を拡大したことは確かである。
この世界の貧富の格差の是正を訴える経済学者トーマス・ピケテイ氏は、朝日新聞(2016/11/24)のピケテイコラムで、
「米大統領の教訓 グローバル化変える時」と題して、
米国の大統領選で、トランプ氏が勝利した理由を、米国内で何十年も前から進んでいた経済格差と地域格差の爆発的な拡大にあるとした上で、
“何より悲惨なのは、トランプ氏の政策によって、不平等がひたすら強くなることだ。現政権が苦労して低所得層にあてがったオバマケア(皆保険制度)を廃止し、企業の利益にかかる連邦法人税率を35 %から 15 % に引き下げると言う。・・・・”
“欧州が、そして世界が今回の米大統領選の結果から学ぶべき最大の教訓は明らかである。一刻も早く、グローバリゼーションの方向を根本的に変えることだ。今、そこにある最大の脅威は、格差の増大と地球温暖化である。この二つを迎え撃ち、公正で持続可能な発展モデルを打ち立てる国際協定を実現しなければならない。こうした新たな国際協定を結ぶとの合意の下で、必要なら貿易促進につながる措置をとることはできる。この取り決めの中心が貿易自由化であってはならない。貿易は本来あるべき姿、つまり高次の目的を達成するための手段でなければいけない。“
経済学の知識に乏しい私どもには、いささか、判り難い文章だが、ピケテイ氏が最大の脅威としている経済格差を増大するグローバル化とは、上記した産業のグローバル化であろう。
この産業のグローバル化は、自由貿易を前提として、先進国と途上国、両者の経済成長に貢献してきた。
しかし、上記したように、この産業のグローバル化を担ってきた企業、なかでもIT産業などと金融投機で利益を上げている多国籍企業が巨大な利益を、タックス・ヘイブンの仕組みを利用して課税を逃れている少数の事業経営者に独占され、今までにない大きな格差社会を生み出している。
ピケテイ氏の言う、実現しなければならない公正な国際協定とは、このタックス・ヘイブンによる課税逃れを規制するための国際的な協定だとして納得させて貰う。
ところで、ピケテイ氏の言うもう一つの地球温暖化の脅威であるが、これが、何故、グローバル化の方向を変えることと結びつくのか、この地球温暖化の脅威とグローバル化の因果関係についてのピケテイ氏の説明が無いので、当初、困惑せざるを得なかった。
いま、IPCCが主張する地球温暖化の脅威を防ぐためとして、世界各国は、温暖化の原因となるCO2の排出を削減しようとするパリ協定に合意している。
ところが、世界第2位のCO2排出大国のアメリカの大統領選で、この協定からの離脱を表明していたトランプ氏が勝利したものだから大騒ぎになってしまった。
しかし、上記したように、地球温暖化の脅威はIPCCが創りだした科学の仮説である。すなわち、IPCCが推奨している化石燃料(石炭)燃焼排ガス中のCO2を抽出、分離して、埋め立てるCCS技術のような、化石燃料消費量を増加させる経済成長の継続を前提とした、お金のかかる方法でCO2の排出を削減してみても、この温暖化を防止できるとの科学的な保証は存在しない。
すなわち、本来、地球温暖化は、グローバル化とは無関係な話である。
敢えて、両者の関係を求めるならば、グローバル化が目的としていた世界の経済成長が継続すれば、この成長に必要なエネルギー源としての地球上の化石燃料消費の増大に伴うCO2の排出量が増加して、IPCCが主張する地球温暖化の脅威が起こると同時に、化石燃料枯渇の脅威も起こる。
このように考えることで、ピケテイ氏の主張する、地球温暖化の脅威とグローバル化による格差の拡大の脅威との関係を了解することにした。

 

世界の協力による格差の是正こそが人類の生き残り道である
上記では、産業のグローバル化によりもたらされた貧富の較差の拡大について、その弊害を防ぐ方法として、世界各国が協力して、化石燃料消費を節減すべきことを示した。
しかし、それは、あくまでも産業のグローバル化の弊害に関連しての話である。
一般にグローバル化とは、本稿のはじめにも述べたように、国や地域の境界を超えて、地球規模に拡大することを言う。それにより、いつも弊害が起こるとは限らない。
例えば、子供の発育のために必要な栄養すら与えられない貧困な途上国の存在を無くすためには、先進諸国は、可能な限りの格差是正のための国際協力の努力を行うべきである。これが、グローバル化の効用でなければならない。
また、いま、パリ協定で求められている地球温暖化対策としてのCO2の排出削減に代わって、残された化石燃料を、世界の全ての国が、公平に分け合って大事に使って、貧富の格差を解消する「私どもの提言案」を実現することも、国際的な反グローバル化の手段としての一国主義の流れを排除するための重要なグローバル化の効用でなければならない。
資本主義社会の経済成長を支えてきたエネルギー資源の化石燃料が枯渇を迎えようとしているいま、経済のマイナス成長を強いられている日本を含む工業先進諸国は、これを、素直に受け入れて、化石燃料消費の節減による経済成長の抑制に努めるべきで、これが、成長に遅れた途上国の成長を支援することにもなる。
地球上の全ての国が協力して、残された化石燃料を分け合って大事に使いながら、やがてやって来る化石燃料の枯渇後の再生可能エネルギーのみに依存して、人類が平和のなかで共存できる社会、格差の無い社会を創り出さなければならない。
これが、人類の生き残りの途であり、ピケテイ氏の訴える「グローバル化の方向性を根本的に変える」ことでもある。

 

<引用文献>
1.水野和夫;資本主義の終焉と歴史の危機、集英社新書、2013年
2.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、私費出版、2016年
3、志賀 櫻;タックス・イーター、消えて行く税金、岩波新書、2014年

 

 ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

Add a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です