反グローバル化のもたらす一国主義につながるアベノミクスが日本経済を破綻に導く
|東京工業大学 名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部・副本部長 平田 賢太郎
アベノミクス成長戦略を実施する日本には反グローバル化を批判する資格がない
いま、国際的に大きな問題になっている反グローバル化の流れは、主として、欧米先進国での問題と言ってよい。
しかし、この反グローバル化が一国主義につながると、世界経済に、また、世界平和にも大きな影響を及ぼしかねないとして、日本国内でも、メデイアを中心に、これを批判する声が揚がっている。
ところで、欧米先進諸国内で問題になっているグローバル化への反対運動、すなわち反グローバル化の対象の主体は、先進諸国の経済成長の行き詰まりを解決するために用いられるようになった「産業のグローバル化」がもたらした弊害としての貧富の格差であることが、あまり一般には認識されていないように思う。
すなわち、この産業のグロ-バル化の基盤にもなっている、自由貿易自体の弊害が、保護貿易を訴える反グローバル化の流れを生み出しているかのように報道されている。
しかし、いま、主として欧米先諸国で、反グローバル化の流れをつくっているのは、貧富の格差であって、この貧富の格差を生み出している産業のグローバル化である。
もちろん、欧米先進諸国と途上国との間の貧富の格差に宗教問題が結びついて起こった中東や北アフリカの軍事紛争によって起こされた難民問題も、欧米先進諸国での反グローバル化の流れの大きな原因、と言うよりも、EUではそれが主体になっている。
しかし、この難民問題も、もとを糺せば、先進国と途上国の間の貧富の格差がもたらしたものである。したがって、ここでは、この貧富の格差をもたらす主体となっている「産業のグローバル化」について、その反グローバル化との関係を考えることにする。
ここで言う「産業のグローバル化」とは、先進国が、自国の経済成長が終焉を迎えようとしている(文献 1 )いま、これまで工業先進諸国の経済成長を支えていた製造業などの産業の生産拠点を途上国に移転して、そこでの安い労働力を使って、さらなる成長を図ろうとすることを指す。
この産業のグローバル化は、先進国内の雇用の喪失による失業率を増加させるとともに、グローバル化の目的とされる成長の成果としての利益配分の不均衡によってもたらされる貧富の格差を生み出して、先進国での反グローバル化の流れを引き起こしている。
特に米国で大きな問題になっているのは、この産業のグローバル化を利用して大きな利益を上げているIT産業などと、この企業のグローバル化進出に投資と言うより投機の資金を投入して莫大な利益を上げている金融機関などの多国籍企業の存在である。
さらに、これらの多国籍企業の巨大な利益が、国民や国家に還元されることなく、タックス・ヘイブンなどの国際的に合法とされる税金逃れのシステムを利用して、ごく一部の人々に占有されている。
いま、欧米で起こっている反グローバル化の流れは、この「産業のグローバル化」がもたらした国民の利益の侵害に対して起こった反発である。
結果として起こっている一国主義、すなわち、自国第一の保護貿易主義が、欧米先進諸国での軍事紛争地域からの難民の排斥運動と結びついて、大きな反グローバル化の潮流を作っている。
一方、日本でも、この産業のグローバル化による経済成長が終焉を迎えるようになったいま、経済のさらなる成長を目指すアベノミクスの成長戦略が進められている。
しかし、このアベノミクスの成長戦略は、下記するように、自国第一の一国主義、「日本が第一」につながっている。
したがって、日本が、このアベノミクスの旗を降ろさない限り、欧米における反グローバル化の弊害を批判する資格はない。
成長に必要なエネルギーが無くなるなかで進められているアベノミクスの成長戦略
日本におけるアベノミクスの成長戦略では、その成長の手段として、公共投資などの財政出動が用いられようとしている。
実は、この手法は、かつての高度経済成長の時に用いられたと同じ手法である。
経済成長には、エネルギーが必要であり、そのエネルギーの主体は、今でも、化石燃料である。
かつての高度経済成長時には、この成長のエネルギー資源としての化石燃料が、水より安いと言われていた中東の石油で賄われていた。この安価なエネルギーを使ってつくられた産業の製品を輸出することで、大きな貿易収支の黒字のなかで、さらなる成長を続けることができた。
これが、第2次大戦の敗戦のどん底からよみがえることができた、奇跡とも言われた戦後日本の高度成長であった。
この高度成長のなかで得られた国内産業における事業利益は、戦後、米国から与えられた日本国憲法が保証する民主主義に支えられて、世界でも稀な貧富の格差の少ない総中流社会を創り出すとともに、この総中流社会が日本の高度成長を支えていた。
しかし、この輸出産業に支えられた高度成長も、終焉を迎えるようになった。
エネルギー源の主体の石油の価格を一気に10 倍以上に跳ね上げた石油危機(1973 年と1978年)の到来である。
高くなったエネルギー(石油)のできるだけ少ない消費で、経済成長を続けることができるようにした産業構造の改革とともに、産業のグローバル化、すなわち、エネルギー消費の大きい製造業などの生産拠点を労働力の安価な途上国へ移転することで、何とか、さらなる成長のための活路を見出してきた。
この新興途上国を巻き込んで成長の継続を図ろうとしてきた産業のグローバル化に、その限界をもたらしたのが、成長のエネルギー資源、化石燃料の枯渇である。世界の経済成長の継続で、化石燃料資源の枯渇が言われるようになると同時に、マネーがマネーを生み出すと言われる金融産業での投機マネーの侵入によって、化石燃料の国際市場価格が、乱高下を繰り返しながら、次第に高くなり始めて、それを使えない国や人々が出てきている。
産業の移転先の新興途上国の人権費も高くなり、産業のグローバル化の利益も少なくなっている。これが、今世紀の初め頃から顕著になった世界の経済成長の停滞である。
結果として、失われた20 年とよばれる経済不況、デフレの時代が続くようになる。
この不況を脱しようとして、日本国内で始められたのがアベノミクスの成長戦略である。
自国の経済成長のみを目的としたアベノミクスは、欧米の反グローバル化の一国主義につながる
このアベノミクスの成長戦略では、異次元と言われる超金融緩和政策で、円安を誘導し、輸出産業の振興を図るとともに、国民の消費を煽って物価を2 %上昇させる目標を達成することで、デフレの脱出を図るとしていた。
しかし、円安の誘導による株価の高騰で、見かけの景気回復を喜んで、アベノミクスを支持している産業界も、日本経済の先行きに対する不安から、経済のさらなる成長のための投資にはお金を使わない。
また、庶民も、少子高齢化の進む中で、財源が保証できる社会福祉政策を提示できないアベノミクスの将来への不安から、政府が求める消費を増加に協力しないので、物価の 2 %上昇の目標が5年もたつのに達成されていない。
驚いたことには、この2 % 物価上昇が達成できなかった原因を、日銀総裁は、「原油の輸入価格が暴落した」からとしている。石油の価格が下がることは、国民にとって幸せなことであり、逆に、物価を政策的に上げることは。国民に不利益を強いることだと考える庶民感覚が判っていない人が、この国の金庫番をしている。一体、この国の経済は、どうなるのであろう。
政府は、アベノミクスは道半ばだと言うが、このアベノミクスの成長戦略が継続すれば、いま、既に、世界一と言われる財政赤字が、さらに、積み増されて、やがて、日本経済は破綻の淵に追い込まれるであろう。
この余りにも不条理で、実現不可能なアベノミクスの成長戦略を否定できない日本のメデイアには、いま欧米で起こっている反グローバル化の動きを批判する資格はどこにもないと考える。
いま、日本にできること、それは、成長のエネルギー資源の化石燃料が枯渇して、その国際市場価格が高くなっていくなかで、世界中が協力して、この化石燃料を大事に分け合って使いながら、やがて、やって来る、再生可能エネルギー(再エネ)のみに依存しなければならない時に備える道を世界に訴えて、その実現を図る以外にないと考える。
世界経済のマイナス成長が強いられるなかで、格差の是正で、人類が生き残る道を求めることこそが、日本経済が破綻を免れる道である
成長のエネルギー資源としての化石燃料が枯渇に近づき、その国際市場価格が高くなるなかで、経済成長への活路を産業のグローバル化に求めようとしている工業先進諸国のなかで、その弊害としての国内の失業率の増加と、貧富の格差の増大に反発し、これに貧富の格差に起因する難民問題も加わって出てきたのが、欧米における一国主義であり、反グローバル化の流れである。
先に述べたように、敗戦の総貧困のなかからの高度経済成長で、一億総中流とよばれていた日本社会のなかでも、いま、母子家庭などが、この中流層のなかから落ちこぼれて貧困な生活を強いられるようになっている。
この国内において顕著になりつつある格差の増大を加速させようとしているのが、公共投資などの財政出動で経済の成長を図ろうとしているアベノミクスの成長戦略である。
この戦略は、産業のグローバル化に見られるように、成長戦略の利益を、大企業や国の支配層のみに還元することで、所得格差を拡大して、中流層を消失させようとしている。
また、これを、日本経済の面からみると、世界一と言われる財政赤字を、際限もなく積み増すことで、日本経済を破綻の淵に追い込もうとしている。
いま、過去最高の来年度予算を発表して、さらなる財政赤字を積み増そうとしている安倍政権は、成長が継続できれば、税収が上がって財政赤字は解消できるとしているが、そんなことはない。
繰り返して訴えるが、成長にはエネルギーが必要で、そのエネルギー源となる化石燃料のほぼ全量を輸入に頼らなければならない日本には、そんな芸当ができないからである。
さらに、これは、日本だけの問題ではない。
いま、化石燃料が枯渇に近づくなかで、世界経済がマイナス成長を強いられている厳しい現実を素直に受け入れて、地球上の化石燃料消費の増加を抑制する以外に、人類が生き残る道はない。。
具体的には、「全ての国が等しく、一人当たりの化石燃料消費量の今世紀中の年間平均の値を、現在(2012年)の世界平均の値、1.54 石油換算トンになるように、その目標達成年を2050 年とする」とする「私どもの提言案」を実行することである。
この「私どもの提言案」は、実現困難な目標と見なされるかも知れない。
しかし、実は、この「私どもの提言案」を実行することが、いま、地球温暖化を防止するためのCO2排出削減を実行する国際的な合意、パリ協定を実現可能とする唯一の方策である(文献2 参照)。
すなわち、世界の全ての国の合意で成立した、このパリ協定でのCO2排出削減目標を、上記の私どもが提言する化石燃料消費の節減量に置き換えれば、世界各国の貧富の格差が是正されるだけでなく、地球温暖化がCO2に起因して起こるとしても、それが防止できる。
したがって、日本は、パリ協定の実施の具体案を協議するCOP 23の協議の場で、この「私どもの提言案」の実行を各国に訴えるべきである。
この「私どもの提言案」に従って国内の化石燃料消費の節減を実施する際、これと真っ向対立するのがアべノミクスの成長戦略である。
いま、成長のエネルギー源のほぼ全量を輸入に依存する日本は、このアベノミクスの成長戦略をできるだけ速やかに廃棄するとともに、すでに顕在化している貧富の格差を是正するための社会福祉制度、税制の改革等を主体とする根本的な行政改革を実施すべきである。これ以外に、日本経済を破綻の淵から救う道はない(文献 3 参照)。
<引用文献>
1.水野和夫;資本主義の終焉と歴史の危機、集英社新書、2013年
2.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、私費出版、2016年
3、志賀 櫻;タックス・イーター、消えて行く税金、岩波新書、2014年
ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他
平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。