99年前に起こった同じ大爆発の教訓が生かされていない平和な世界で、あってはいけないのが、レバノンの硝酸アンモニウムの大爆発事故です。世界の火薬庫とも言われてきた中東での、この謎の大爆発の原因は、徹底的に追及されなければなりません

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

(要約);

⓵ 99年前、産業革命後の人口が増加する世界の食料危機の恐怖を救ったアンモニア合成の成功でつくられた化学肥料の硝酸アンモニウムの保管倉庫で起こった大爆発が、世界の火薬庫とも言われてきた中東のレバノンで、また起こりました

⓶ このレバノンにおける硝酸アンモニウムによる大爆発は、その不適切な長期保管が原因とされていますが、もし、99年前の教訓に学んで決められた、硝酸アンモニウムの保管の国際的な安全基準が守られていれば、このような大爆発が起こることはなかったはずです

⓷ 何故、このような硝酸アンモニウムの保管での安全対策上の規制無視が、世界の火薬庫とも言われてきた中東の商業都市国家レバノンで行われ、とんでもない大爆事故を起こしたのでしょうか? 今後の世界平和の維持のためにも、この大爆発事故の原因が、徹底的に追及されなければなりません

 

(解説本文);

⓵ 99年前、産業革命後の人口が増加する世界の食料危機の恐怖を救ったアンモニア合成の成功でつくられた化学肥料の硝酸アンモニウムの保管倉庫で起こった大爆発が、世界の火薬庫とも言われてきた中東のレバノンで、また起こりました

化石燃料(石炭)資源をエネギー源とした科学技術の急速な進歩に支えられた産業革命の結果として、指数関数的に増加するようになった世界人口を養う食料生産の危機が最初に言われるようになったのは、19世紀末の世界でした。この世界の食糧危機を救ったのが、当時、その枯渇が懸念されていたチリ硝石の代替として利用されるようになった空気中の窒素(N2)を化学的に固定してアンモニア(NH3)をつくる、世紀の大発明と言われた、ハーバー・ボッシュ法のアンモニア合成工場の完成でした。1918 年、第一次世界大戦の直前のドイツでのことでした。

このアンモニアは、火薬の原料にもなるTNTなどの原料にもなりましたから、この空中窒素固定法でつくられるアンモニアの合成が、第一次世界大戦の引き金になったとも言われていますが、私どもの一人の著書(文献 1)に見られるように、それは違います。この化学合成アンモニアの利用目的は、あくまでも、世界の食糧危機を救うための窒素肥料の供給でした。化学合成窒素肥料として、現在は、主として、同じ化学合成アンモニアから造られるようになった尿素が利用されていますが、アンモニア合成が行われた当初は、このアンモニアと、同じアンモニアからつくられる硝酸(HNO3)とからつくられる硝酸アンモニウム(NH4NO3)が窒素肥料として用いられました。

この世界初のアンモニア合成工場の建設から3年後の1921年、ドイツのオッポウ化学肥料工場の倉庫に保管されていた合成窒素肥料が謎の大爆発を起こしたのです。死者50人、行方不明160人、負傷者 1952人で、爆発後には、長径125 m、短径95 m、深さ20 m のクレータを残す大爆発でした。

この化学技術史上で有名なオッポウ工場の大爆発事故の原因は、倉庫内に保管されていた硝酸アンモニウム(硝安)と硫酸アンモニウム(硫安)の混合肥料が、保管中に吸湿・固化していたため、発破を用いた粉砕作業中に起こったとされています。しかし、この事故が起こるまでは、同じ粉砕方法で無事故の操業が行われていたので、この硝安肥料の爆発の原因については、大きな謎が残りましたが、その後、この硝酸アンモニウムの保管については、国際的にも守られるべきとした取扱量の規制や、保管期間についての厳しい安全対策上の基準が設けられました。

 

⓶ このレバノンにおける硝酸アンモニウムによる大爆発は、その不適切な長期保管が原因とされていますが、もし、99年前の教訓に学んで決められた、硝酸アンモニウムの保管の国際的な安全基準が守られていれば、このような大爆発が起こることはなかったはずです

上記(⓵)したように、その爆発の可能性について、国際的にも守られるべきとした厳しい安全対策上の基準が無視されて起こったのが、今回の中東のレバノンの首都ベイルートの港湾の倉庫内に6年間も保管されていた硝酸アンモニウムに関わる大爆発事故です。

このレバノンにおける硝酸アンモニウムの大爆発については、何故、このような事故の原因となった硝酸アンモニウムの不法な保管がベイルートの港で行われていたのか、その謎の部分は、未だ、解明されていません。大爆発が起こった8月4日から12日後の16日の報道では、死者が179人、負傷者が6,000人以上とされていました。また、爆発の原因になった硝酸アンモニウムの保管量2,750㌧から推定される爆発の規模は、TNT火薬相当 1,000 ~ 1,500 ㌧で、広島原爆の 1/10 程度と推定され、原爆によらない爆発としては、世界最大規模とされています。

このレバノンの大爆発事故の謎の第一に挙げられるのが、何故、2,750㌧もの大量の硝酸アンモニウムを積載した船舶が、2013年に、レバノンの首都ベイルートの港に入港したのか、その原因が明らかにされていないことです。もし、化学肥料としての輸入であれば、上記(⓵)したように、爆発の危険性のある大量の硝酸アンモニウムが、安全対策上の国際ルールを守っていれば、持ち込まれることはなかったはずですし、また、持ち込まれたとしても、それが、6 年間も一ヵ所に保管されることはなかったはずです。すなわち、今回の爆発の直接的な原因は、硝酸アンモニウムの保管倉庫の壁にできた穴の溶接作業だったと報道されていますが、これは、可燃性の化学品の取り扱いでの安全対策上の国際ルールが無視された人為的な事故と言わざるを得ません。

以下は、私どもの推測を交えただ考察ですが、いま、世界で、窒素肥料としては、このような爆発の危険性の大きい硝酸アンモニウムではなく、安全性に問題のない尿素が主として用いられているようです。しかし、農地用の土壌の性質によっては、いまでも硝酸アンモニウムが使用される所もあるようです。したがって、安全性に問題がある硝酸アンモニウムを積んだ船が、世界の火薬庫とも言われてきた中東のレバノンの首都ベイルートに入港したのは、窒素肥料として、レバノン政府の認可を受けた正式の貿易ルートでの輸入ではなかったのではないかと考えられます。すなわち、違法に持ち込まれたとも考えられる積み荷の硝酸アンモニウムが、ベイルートの港湾管理当局に没収され、それが、その引き取り手がないままに、6年間も放置されて、今回の爆発事故につながったとみてよいと思います。最近の報道では、ベイルートの港湾管理者を含むお役人の逮捕が報じられています。

 

⓷ 何故、このような硝酸アンモニウムの保管での安全対策上の規制無視が、世界の火薬庫とも言われてきた中東の商業都市国家レバノンで行われ、とんでもない大爆事故を起こしたのでしょうか? 今後の世界平和の維持のためにも、この大爆発事故の原因が、徹底的に追及されなければなりませ

今回の大爆発事故の背景には、中東の商業都市国家レバノンにおける、複雑な政治の問題があると考えざるを得ません。レバノンは、1944年、第一次大戦後、フランスの植民地から独立した、自然が美しく、美味なレバノン料理でも知られる、人口700 万に満たない中東の小国です。この中東のレバノンの首都ベイルートの港湾の倉庫内に6年間も保管されていた硝酸アンモニウムについての国際的にも厳しく求められている安全対策上の基準が無視されて起こったのが、今回の大爆発事故です。

西が地中海に面した地の利を生かして、中東の石油国と西欧先進諸国の中継貿易の要所として栄えてきたレバノンは、近年、南のイスラエルとの軍事紛争と、それによる50 万のパレスチナ難民、および、北東のシリアの内戦による150万の難民を抱えて、経済的に苦しい状況にあります。さらに、内戦さえ起こした、この国の政治・経済に、大きな混乱を与えているのが宗教問題です。18もの宗派の混在が、この国の特殊な政治制度をつくっています。すなわち、政治ポストや議席数が、各宗派に配分される仕組みが、各宗派の利害に関する政府機関の汚職や腐敗、さらには非効率な政策につながっているようです。

現政権に対しても、昨年10月から反政府デモが続いており、それに、「新型コロナウイルス問題」に対す政府の対応に批判があったところに、今回の大爆発で、現内閣は、その責任を取って総辞職に追い込まれたと報じられています。

誰が、どのような意図をもって、世界の火薬庫とさえ言われてきた中東のこの国に、爆薬としても使える硝酸アンモニウムを持ち込もうとしたのでしょうか? 現状の世界の平和の問題を考えると、謎が深まるばかりです。

さらには、平和な日本に住んでいる私ども科学技術者には、信じられないような科学技術の常識を無視した危険な状況が放置された結果としての大爆発事故が、世界の火薬庫とも言われてきた中東の商業都市国家のレバノンで起こったのです。今後、このようなことが二度と起こらないことを願って、私どもは、世界平和の維持のためにも、この大爆発をもたらした硝酸アンモニウムの不当な保管の原因について、国際的な機関を含めた徹底的な調査が行われるべきことを、是非、お願したいと考えます。

 

<引用文献>

  1. 久保田 宏、伊香輪恒男;ルブランの末裔、明日の化学技術と環境のために、東海大学出版会、1978年

 

ABOUT  THE  AUTHOR

久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。

著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail:biokubota@nifty.com

 

平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail: kentaro.hirata@processint.com

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