日本は、COP 26(第26回気候変動枠組み条約締約国会議)で求められている温室効果ガス(CO2)の削減目標を引き上げる必要はありません。いま、世界の全ての国の合意で進められているCOP 26を成功に導くために、日本は、私どもが提案する「化石燃料消費節減対策」の実行で、世界をリードする必要があります
|東京工業大学名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎
(要約);
⓵ いま、「新型コロナウイルス問題」で、人類生存の危機がもたらされているなかで、地球温暖化対策のためCOP 26(第26回気候変動枠組み条約締約国会議)を成功に導くためとして、日本が、温室効果ガスの排出削減量を引き上げる必要があるのでしょうか?
⓶ 「新型コロナウイルスの問題」とともに、人類の生存にとって怖いのは、温暖化の脅威ではなくて、化石燃料消費の配分の不均衡に伴う貧富の格差です。この貧富の格差を解消すためには、私どもが提案する「化石燃料消費の節減対策」の実行こそが、経済成長に必要なエネルギー資源を奪い合うことのない平和な世界を創るための唯一の方法となるのです
⓷ 化石燃料の枯渇が迫るなかで、COP 26 を成功に導く道は、日本がCO2排出削減目標を引き上げることではありません。日本が、世界をリードして、現在、トランプ米大統領以外の全ての国の合意を得て進められている「パリ協定」の温暖化対策としてのCO2排出削減を、私どもが提案する「化石燃料消費の節減対策」に変換することでなければなりません
⓸ 化石燃料枯渇後の世界は、経済成長が抑制される社会です。「コロナ問題」での世界経済の危機が迫るなかで、日本には、地球温暖化対策としてのCO2の排出削減のために、国家財政の赤字を積み増すような財政支出を行う余裕はありません
(解説本文);
⓵ いま、「新型コロナウイルス問題」で、人類生存の危機がもたらされているなかで、地球温暖化対策のためCOP 26(第26回気候変動枠組み条約締約国会議)を成功に導くためとして、日本が、温室効果ガスの排出削減量を引き上げる必要があるのでしょうか?
朝日新聞(2010/4/5)の社説が、その見出しで、。
と訴えました。ここで、回避されなければならない危機とは、世界経済が、現状の成長を続けるためのエネルギーとしての化石燃料の消費に伴う温室効果ガス(その主体は二酸化炭素(CO2)で、以下CO2と略記)の排出による地球気温の上昇、地球温暖化の危機とされています。
確かに、つい最近まで、この地球温暖化の危機が、世界中を大騒ぎの渦の中に巻き込んでいました。現状の経済成長の継続によるCO2の排出増加が、人類の生存を脅かしかねない地球大気の温度を生態系の破壊をもたらす値にまで上昇するとして、その排出削減が求められていました。これが、いま、トランプ米大統領を除く、世界の全ての国の合意を得て、その実行が進められている「パリ協定」における温室効果ガスCO2の排出削減の要請なのです。ところが、国連の主導により始められた、この「パリ協定」でのCO2排出削減要請では、国連の下部機構であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が主張する、世界全体のCO2排出量の削減目標は、IPCCにより、今世紀中のできるだけ早い機会に、例えば。2050年にゼロにしたいとされていますが、この削減を実行するための世界各国の目標は、それぞれの国の自主申告に任されています。
しかし、このCO2の排出削減には、お金がかかることが見落とされています。すなわち、「パリ協定」のCO2排出削減では、世界の全ての国に、国力に応じたCO2排出削減のための金額負担が求められていますが、世界一の経済大国の米国のトランプ大統領が、この負担金の支出を嫌って、「パリ協定」からの離脱を表明しました。中国に次いで、世界第2のCO2排出国の米国の協力がなければ、IPCCが主張する「パリ協定」での世界のCO2排出削減目標の達成は困難になることは明らかです。
この現状のなかで、「パリ協定」の各国のCO2排出削減目標の第1回目の5年目の見直しを行うCOP 26(第26 回気候変動枠組み締約国会議)が、英国で、今年の 11月に開催の予定でした。この会議に向けて、日本政府は、この3月の末、5 年前に提出した削減目標の引き上げを行わない方針を発表しました。この引き上げ延期の理由は、CO2の排出削減のために有効とされる原発の再稼動が思うように進まず、電力(発電量)の8 割近くを火力発電に頼っている現状での「エネルギーの基本計画」の見直しが来年以降とされているためとしています。ただし、今回のCOPへの報告には「5年を待たずに削減目標を見直す」といった趣旨の内容を盛り込むとしています。
いま、地球温暖化対策を目的としたCO2排出削減の各国の目標値を決めるCOP 26 を前にして、日本には二つの重要な問題があります。その一つは、一昨年の暮れのCOP 25 (第25 回のCOP会議) での日本の石炭火力発電所の新設計画に対する国際NGOなどによる激しいジャパンパッシングに対し、日本政府がどう応えるかの問題です。より重要な問題は、今年の初めからの新型コロナウイルス問題(以下、「コロナ問題」と略記)です。日本経済を破綻の淵に堕としかねない脅威を与えるとされているこの「コロナ問題」が起こっているなかで、日本経済には、お金のかかるCO2排出削減のための温暖化対策に支出する国のお金があるか、と言うよりも、そんなお金をかけて温暖化対策を行う必要があるのかとの問題です。
こんななかで、いま、世界の「コロナ問題」の影響で、COP 26 が、半年ほど延期になると報道されています。上記の朝日新聞の社説では、「これを機に、目標を引き上げるため関係各省で検討を急いでもらいたい。」としていますが、果たして、いま、この「コロナ問題」による人類の生存の危機が言われるなかで、本当に起こると科学的な証拠が無い地球温暖化対策としてのCO2排出削減量を引き上げる必要があるのでしょうか?
⓶ 「新型コロナウイルスの問題」とともに、人類の生存にとって怖いのは、温暖化の脅威ではなくて、化石燃料消費の配分の不均衡に伴う貧富の格差です。この貧富の格差を解消すためには、私どもが提案する「化石燃料消費の節減対策」の実行こそが、経済成長に必要なエネルギー資源を奪い合うことのない平和な世界を創るための唯一の方法となるのです
上記(⓵)したように、IPCCが主張するお金をかけてCO2 排出を削減する方法では、世界の全ての国の協力を得て、地球温暖化の脅威とされているCO2の排出削減目標を達成することができません。これに対して、今世紀中の化石燃料消費量を、世界中の全ての国が、今世紀中の各国の一人当たりの化石燃料消費量を等しくするとの私どもが提案する「化石燃料消費の節減対策」を実行すれば、IPCCが主張する温暖化対策としての世界のCO2排出削減が達成できるとともに、温暖化より怖いと私どもが主張する世界の貧富の格差が解消でき、人類が理想とする平和な世界を実現することができるのです。
その具体策として、私どもは、今世紀いっぱい、世界の全ての国が、一人当たりの化石燃料の消費を、現在(2012年)の世界平均の一人当たりの化石燃料消費量に抑えることを提案しています。この提案に従えば、日本を含む経済力の大きい先進諸国には、経済成長を必要としないで、温暖化対策に必要なCO2排出削減を実行できます。これは、また、トランプ米大統領以外の全ての国の合意を得て進められている「パリ協定」でのCO2排出削減目標を、私どもが提案する「化石燃料消費の節減対策」目標に変更することで実行可能となります。
すなわち、この私どもが提案する「化石燃料消費の節減対策」の実行こそが、いま、人類の生存の脅威が問題になっている「コロナ問題」のなかで、経済成長に必要なエネルギー資源を奪い合うことのない平和な世界を創るための唯一の方法となるのです。詳細については私どもの近刊(文献 1 )をご参照下さい。
⓷ 化石燃料の枯渇が迫るなかで、COP 26 を成功に導く道は、日本がCO2排出削減目標を引き上げることではありません。日本が、世界をリードして、現在、トランプ米大統領以外の全ての国の合意を得て進められている「パリ協定」の温暖化対策としてのCO2排出削減目標を、私どもが提案する「化石燃料消費の節減対策」目標に変換することでなければなりません
上記(⓵)の朝日新聞(2020/4/6)の社説に戻ります。この社説では、今回の政府のCO2 の削減目標の引き上げ停止について、COP 26 との関連で、「期限の2 月を過ぎたとは言え、世界が新型コロナウイルス対策に追われているなかに、国連の要請を拒むような目標の再提出を急ぐ必要があったのか。」としたうえで、「まずは年内に見直す地球温暖化対策計画で思い切った目標を掲げ、来年、それを実現できるようにエネルギー基本計画を改定する。従来の政策決定プロセスにこだわらず、そんな大胆な姿勢で取り組むべきだ。」と政府に注文を付けています。
この社説では、温暖化対策としてのCO2の排出削減目標の引き上げが、いま、世界が、人類の生存を脅かしかねない「コロナ問題」に追われているなかで行われなければならないと訴えています。確かに、この「コロナ問題」では、今回、政府が行った緊急事態宣言に関連した予算措置に見られるように、多額の国家財政の支出が必要です。一方で、地球温暖化対策としてのCO2排出削減でも、IPCCがその使用を推奨しているCCS(化石燃料燃焼排ガス中からCO2を抽出、分離して地中に埋立てる)技術の適用では、国民に大きな経済的な負担をかけることになります。
これに対して、上記(⓶)したように、私どもが提案している「化石燃料消費の節減対策」の実行では、国民に経済的な負担を必要としませんが、各国の政治が求めている経済成長が抑制されるのです。しかし、この私どもの「化石燃料消費の節減対策」の実行こそが、化石燃料の枯渇後の世界に、人類が再エネ電力のみに依存して生き残る道を創るのです。すなわち、COP 26 を成功に導く道は、日本が、CO2排出削減を引き上げることではありません。日本が、リーダーシップをとって、現行の「パリ協定」をこの「化石燃料消費の節減対策」の実行に変換することでなければならないのです。
⓸ 化石燃料枯渇後の世界は、経済成長を抑制される社会です。「コロナ問題」での世界経済の危機が迫るなかで、日本には、地球温暖化対策としてのCO2の排出削減のために、国家財政の赤字を積み増すような財政支出を行う余裕はありません
いま、人類生存の危機と騒がれている「コロナ問題」が、大きな経済危機を招くとして、この経済危機対策として、赤字の積み増しの上で、大きな財政出動が行われようとしています。しかし、これは、この「コロナ問題」が、やがて解決して、安倍首相が言うように、経済がV字回復することで、財政収支 (プライマリーバランス) がとれるようになるとの安易な考えを前提での財政出動です。そのために日銀は赤字国債を発行していますから、もし、この「コロナ問題」の解決が長引くようであれば、それこそ、国家財政が破綻しかねない危機を招くことになります。したがって、この「コロナ問題」の解決のための財政出動では、政治権力の維持のための景気回復を目的とした大判振る舞いを避けるような細心の配慮が必要になるはずです。
これに対して、地球温暖化対策のCO2の排出削減率の引き上げに要する財政支出は、私どもが提案する「化石燃料消費の節減対策」を実行すれば不要となりますが、いま、経済成長のエネルギー源の化石燃料の枯渇が迫る世界で、この「化石燃料消費の節減対策」が実行されれば、もはや、世界の経済成長は望めなくなります。すなわち、安倍首相が言うような経済のV字回復はあり得ないのです。今回の「コロナ問題」は、この化石燃料枯渇後の経済のマイナス成長のなかで人類が生き延びなければならない時期を早めると考えるべきです。したがって、必ずやって来る人類にとっての苦難の時代を少しでも緩和するためには、世界の全ての国が協力して、できるだけ速やかに、この「コロナ問題」の解決に全力を尽くさなければなりません。
しかし、世界の全ての国の協力により、人類にとっての「コロナ問題」の試練が解決された後の経済成長が抑制される苦難の世界には、人類にとっての救いもあることも付記します。すなわち、いま、世界にとって大きな恐怖になっている貧富の格差が解消され、世界平和が実現できるとの期待もあるのです。
<引用文献>
- 久保田 宏、平田賢太郎;温暖化物語が終焉します いや終わらせなければなりません 化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります 電子出版 Amazon Kindle 版 2019 年、9 月
ABOUT THE AUTHER
久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。
著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。
E-mail:biokubota@nifty.com
平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。
E-mail: kentaro.hirata@processint.com