災害時の電力供給のために、分散型再エネ電力生産を支援する必要はありません。 FIT制度の適用を除外されたメガソーラー事業者を経済的に支援する「エネルギー強靭化法案」の不要を訴えます

東京工業大学名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部 本部長 平田 賢太郎

(要約);

⓵ 昨秋(2019年)の関東地方を直撃した台風15号による長期停電被害を防ぐためとして、分散型再生可能エネルギー(再エネ)電力の利用が、災害時の電力供給用に求められようとしています

⓶ 災害対策用の再エネ電力として利用できる再エネ電力は家庭用太陽光発電しかありません。しかし、その供給可能発電量は、現状では、とても、目的とする需要量を賄うことができませんから、災害用電力の供給を再エネ電力に依存するとの政治の構想は幻想に終わるでしょう

⓷ 昨秋の台風15号がもたらした長期停電被害の復旧は、被害地域の電力の安定な供給に責任をもつ東京電力の手によって、このような災害が再び起こらないように、また、起こっても、速やかに復旧ができるような対策が取られるべきと考えます

⓸ いま、政府が求めている災害時のための緊急な電力供給を目的とする「分散型再エネ電力の利用計画」は、温暖化対策としてのメガソーラーの利用で一儲けしようとしていた人々を救済するためのエネルギー政策以外の何ものでもありません。国民に経済的な負担をかけるだけで、災害時の電力供給に何の役にも立たない「エネルギー供給強靭化法案」の廃止を提案いたします

 

(解説本文);

⓵ 昨秋(2019年)の関東地方を直撃した台風15号による長期停電被害を防ぐためとして、分散型再生可能エネルギー(再エネ)電力の利用が、災害時の電力供給用に求められようとしています

朝日新聞(2020/2/7)の報道です。その見出しに、

再生エネ事業に新支援 法案提出へ 災害時 電力分散めざす

とありました。

昨年の秋、台風15 号が関東地方を直撃した際、千葉県を中心に、東京電力が所管する送電施設が大きな被害を受け、長期間の停電を余儀なくされ、災害時の予備電力施設を持たない農業施設などが重大な被害を受けました。このような、災害時の長期停電を避けるために、地方に分散して、地産・地消にも役立つとされている再生可能エネルギー(再エネ)電力の利用が注目されています。政府がいまの国会に提出を予定している「エネルギー供給強靭化法案」とよばれるこの法案は、この再エネ電力の導入で、市場価格に一定額を上乗せすることで、この再エネ電力生産事業者を経済的に支援することを目的としているようです。

この「エネルギ―供給強靭化法案」は、既存の電気事業法の改正を束ねたものとされていますが、この朝日新聞(2020/2/7)の短い記事では、その内容の詳細については不明なところがありますが、何のことはない、近くその廃止が決まっている家庭用以外の太陽光発電(メガソーラー)の利用・普及の拡大を目的として制定された「再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT制度)」の適用を部分的に復活させようとするものです。

この地球温暖化対策としての温室効果ガス(その主体は二酸化炭素で、以下、CO2と略記)の排出削減の拡大を目的として利用されているメガソーラーに対するFIT制度適用の廃止が決まった理由は、そのための市販電力料金の値上げによる国民の経済的な負担金額が、国民の生活や産業に影響を及ぼすようになったからとされています。これに対して、災害用のメガソーラー電力の利用であれば、その利用量が少なくて、市販電力料金の値上げ額も少なくて済むと考えられたからではないでしょうか?

ところで、いままで、FIT制度適用の対象となった再エネ電力としては、太陽光、風力、中小水力、地熱、さらにはバイオマスの各発電方式がありました。これらの再エネ発電による電力生産の目的は、地球温暖化対策としてのCO2を排出しないこと、すなわち、いま、大きな問題になっているIPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)が主張する、地球温暖化の脅威を防止するためとされてきました。しかし、この地球温暖化の問題は、地球の問題、すなわち、世界の問題です。したがって、いま、温暖化対策のためとしても、また、化石燃料資源枯渇後のその代替としても、そこで用いられるべき再エネ電力の主体は、その導入可能(ポテンシャル)量の大きいものでなければなりません。いま、世界で、その主体は風力発電です。日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データー(文献1 )と略記)に記載のBP (British Petroleum)社の「世界の新エネルギー供給」のデータから予想される世界の既存の水力発電を除く再エネ電力量の約7割が風力発電と推定されます。太陽光発電も用いられていますが、FIT制度での高い買取価格が電力料金を押し上げるとして、早くからFIT制度を導入したEU諸国では、国民の反対で、その買取価格が値下げされた結果、この太陽光発電量の世界での伸びは停滞しています。

これに対して、日本の再エネ電力は、温暖化対策としてのCO2排出削減のために、いますぐの再エネ電力が求められたために、設備を購入して組み立てれば、すぐ発電ができる太陽光発電が、高いFIT制度の買取価格のもとで優先的に導入されたため、国内再エネ電力の約7 割を占めています。EUに較べて、10年近く遅れてFIT制度が適用された日本においても、今回、家庭用以外の太陽光発電(メガソーラー)のFIT制度適用が廃止されました。結果として、いま、困っているのは、政府のエネルギー政策としての再エネ電力の生産量の増加を期待して、メガソーラーを収益事業として開発・利用してきた事業者です。この現状を放っておけないとして、政府が始めようとしているのが、今回の「災害対策としての分散型再エネ電力の支援事業」としての「エネルギー供給強靭化法案」です。

 

⓶ 災害対策用の再エネ電力として利用できる再エネ電力は家庭用太陽光発電しかありません。しかし、その供給可能発電量は、現状では、とても、目的とする需要量を賄うことができませんから、災害用電力の供給を再エネ電力に依存するとの政治の構想は幻想に終わるでしょう

政府による、この災害対策としての分散型再エネ電力生産事業としては、この家庭用以外の太陽光発電(メガソーラー)のほかに風力発電も考えられているようです。しかし、風力発電の場合は、その発電の適地が、電力需要量の大きい都市部から大きく離れるために、その災害用としての発電量を確保するためには、その電力生産地と需要地の間に、電力の輸送のための送電線の新設を必要とします。したがって、風力発電は、災害用電力の対象にはなりません。いや、メガソーラーの場合も、生産地と需要地の間の送電線は、その距離が短くなる程度で、災害用電力の供給のためには、その電力の独自供給のための送電線が必要になります。送電線を必要としない再エネ電力としては、家庭用太陽光発電による家庭用電力の供給以外にないと考えるべきです。

しかし、この場合でも問題になるのは、現在、家庭用太陽光発電を利用できる家庭がどれだけあるかです。将来的に、化石燃料資源が枯渇して、電力の全てを再エネ電力に依存しなければならない時には、自家用の電力を太陽光発電に依存する方が経済的有利になるかもしれませんが、その場合、昼間しか発電しない太陽光発電のみに依存するためには、容量の大きい蓄電設備の敷設を必要とするために、この蓄電設備を付置する太陽光発電設備を購入できる家庭の数は極めて限定されると考えるべきです。地価の安い地域での戸別住宅に住める少数の人のみが、この家庭用の自立型太陽光発電システムの恩恵に与ることになるでしょう。以上、結論として言えることは、災害用電力の供給を再エネ電力に依存するとの構想の実現は、どう考えても、幻想以外の何ものでもないと言えるでしょう。

 

⓷ 昨秋の台風15号がもたらした長期停電被害の復旧は、被害地域の電力の安定な供給に責任をもつ東京電力の手によって、このような災害が再び起こらないように、また、起こっても、速やかに復旧ができるような対策が取られるべきと考えます

昨秋の台風15 号の直撃による千葉県を中心とする関東地方における停電は、一月以上の長期に及ぶ所もあり、一部の市民生活や産業に深刻な影響を与えました。今後、このような異常気象をもたらす地球温暖化の進行が増加すると言われるなかで、電力供給用の送電線の被災による長期停電災害の頻度が増加するとされています。であれば、これを防ぐための対策の必要性は、その重要性を増すと考えるべきかもしれません。

しかし、現代文明社会のエネルギーとしての電力の供給に関する限り、いままでは、電気事業法により、指定された地域の電力供給事業を独占していた旧電力会社の責任で、このような長期停電が起こらないような災害復旧工事が、できるだけ速やかに行われることになっていたはずです。昨秋の台風15 号による災害の場合でも、この地域の電力供給を担ってきた東京電力が、自力の及ばない部分には、他の旧電力会社の協力も得て、その復旧工事を行ったと報じられています。そういう意味では、昨秋のような長期停電をもたらした災害は、いわば想定外の、特異な災害だったと言ってもよいのではないでしょうか?

昨秋の台風15号による長期停電の主な原因になったとされる送電線の被害は、送電線が存在する森林での倒木による送電網の被害が広域に及んだため、その被害の全貌が把握できず、その復旧が遅れたためとされています。しかし、もし、その被害の全貌が、より早く把握できたとしても、復旧に要する時間は、それほど短縮できるとの保証はなかったのではないでしょうか?したがって、このような災害が二度と起こらないように、送電網を地下埋設にすべきとの話もあります。しかし、少なくとも現状では、3.11 福島事故の賠償などで財政的に苦しい東電には、そのための経済的な余裕がないと言ってよいでしょう。結局、東電が、いま、できることは、今後、倒木や建築物が送電網に直接的被害を与えないようにするために、国の補助金も含めた限られた予算のなかで、復旧工事を行う以外にないと考えます。

すなわち、上記(⓵)した、今回の「エネルギー供給強靭化法案」で対象とされている災害としての長期停電は、昨秋に関東地方を直撃した台風15 号による停電を対象としたものであることを考えれば、今後、国内のどこの地域でも起こり得る災害です。であれば、このような災害が起こらないような送電対策とともに、もし起こっても、速やかに復旧できるような、より現実的な対策を考える必要があるのではないでしょうか?

 

⓸ いま、政府が求めている災害時のための緊急な電力供給を目的とする「分散型再エネ電力の利用計画」は、温暖化対策としてのメガソーラーの利用で一儲けしようとしていた人々を救済するためのエネルギー政策以外の何ものでもありません。国民に経済的な負担をかけるだけで、災害時の電力供給に何の役にも立たない「エネルギー供給強靭化法案」の廃止を提案いたします

日本において、長期停電をもたらす災害の原因となるのは、毎年、必ずやって来る台風だけではありません。地震大国とよばれる日本では、首都直下型の地震や、南海トラフの大地震が、それに伴う津波とともに、一定の確率でやって来ることは避けられないとの厳しい現実があります。この現実に対処するためにも、どのような災害対策が用いられ、どの程度の国家予算が使われるべきかを定量的に調べることが、日本の防災対策に関わる科学技術者に課せられた緊急かつ重要な課題でなければなりません。

今回、上記(⓵)に報道され、閣議決定されようとしている、この「エネルギー供給強靭化法案」も、この災害対策のなかの電力供給事業の一環として計画されたものと考えられます。しかし、現在、配電事業を行っている旧電力会社に代わって、2016年以降に、新しく電力生産事業に加わった新電力事業者が災害時の電力として、分散型の再エネ電力を独立した送電線を使って供給するシステムをつくる必要は、少なくとも、新エネとよばれる再エネ電力が、総発電量の10 % 以下で、それが急速に増加するとの見通しが得られない現状では、とても認められられません。

結局、いま、政府が求めている災害時の電力としての分散型再エネ電力の利用は、温暖化対策としてのFIT制度の適用で、再エネ電力(メガソーラー)の利用に協力してくれたメガソーラー事業者が、今回のメガソーラー事業へのFIT制度の適用の廃止で、それが収益事業として成立しなくなるのを、政治権力の維持のために、アベノミクスのさらなる成長の継続を必要とする安倍政権が、政策的に救済するための支援対策以外の何ものでもありません。

国民に経済的な負担をかけるだけで、災害時の電力供給に何の役にも立たない分散型再エネ電力の利用を目的とした「エネルギー供給強靭化法案」の廃止を提案いたします。

 

<引用文献>

  1. 日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2019、省エネルギーセンター、2019年

 

ABOUT  THE  AUTHER

久保田 宏(くぼた ひろし)
1928年生まれ、北海道出身。1950年、北海道大学工学部応用化学科卒業、工学博士、
東京工業大学資源化学研究所 教授、同研究所資源循環研究施設長を経て、1988年退官、
東京工業大学 名誉教授、専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会 会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして、海外技術協力事業に従事。中国同済大学、ハルビン工業大学 顧問教授他、日中科学技術交流により中国友誼奨賞授与。

著書に『解説反応操作設計』『反応工学概論』『選択のエネルギー』『幻想のバイオ燃料』
『幻想のバイオマスエネルギー』『原発に依存しないエネルギー政策を創る』(以上、日刊工業新聞社)、『重合反応工学演習』『廃棄物工学』(培風館)、『ルブランの末裔』(東海大出版会)、『脱化石燃料社会』(化学工業日報社)、『林業の創生と震災からの復興』(日本林業調査会)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail:biokubota@nifty.com

 

平田 賢太郎(ひらた けんたろう)
1949年生まれ、群馬県出身。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年、三菱化学株式会社退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。現在、Process Integration Ltd. 日本事務所および平田技術士・労働安全コンサルタント事務所代表。公益社団法人日本技術士会 中部本部 本部長。著書に、『化学工学の進歩36”環境調和型エネルギーシステム3.3 石油化学産業におけるシナリオ”』(槇書店)、『改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉—科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月』、『シェール革命は幻想に終わり現代文明社会を支えてきた化石燃料は枯渇の時を迎えます-科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する―、電子出版 Amazon Kindle版 2019年10月』、『温暖化物語が終焉しますいや終わらせなければなりません-化石燃料の枯渇後に、日本が、そして人類が、平和な世界に生き残る道を探ります-電子出版 Amazon Kindle版 2019年11月 』他。

E-mail: kentaro.hirata@processint.com

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