日本のエネルギー政策の混迷を正す (補遺その3) メデイアが訴える温暖化対策としてのいますぐの脱炭素社会への要請が、日本のエネルギー基本計画に大きな混迷をもたらしています。人類の生存にとって、本当に怖いのは温暖化でなくて、格差です。当面のエネルギー政策の基本は、化石燃料消費の節減によるその均等配分、その後の全ての国が再エネに依存する、競争の無い理想の平和社会の創設でなければなりません
|東京工業大学名誉教授 久保田 宏
日本技術士会中部本部 事務局長 平田 賢太郎
(要約);
① 猛暑の夏をもたらすとされる地球温暖化を防止するためとして、メデイアが、いますぐの脱炭素社会への転換を訴えています。しかし、いま、この脱炭素化社会のための再エネ電力の利用では、国民に経済的な負担が強いられます。化石燃料消費の節減により、再エネに依存しなければならない社会への移行を遅らせることが、化石燃料資源枯渇後の世界に、日本経済が生き残る唯一の道です
② 脱炭素を求めて、再エネ電力に依存しなければならない社会では、化石燃料を用いる火力発電の電力をエネルギー源として成長を続けてきた社会に較べて、エネルギーの有効利用比率が低下するために、その分だけ経済成長が抑制される社会になります
③ 化石燃料資源の枯渇後、世界中の全ての国が、国産の再エネのみに依存するようになれば、それは、成長のエネルギー源の化石燃料を奪い合うための争いの無い平和な社会(世界)です。この理想の平和社会へどう移行するか、そこに人類の叡智を集めることこそが求められなければなりません
④ 温暖化対策としての低炭素化を目的とした、いますぐの再エネ発電事業がビジネスになることはありません。化石燃料資源枯渇後の再エネ電力の利用は、現用の石炭火力に較べて、発電コストが安価になった再エネ電力を選択して利用すべきです
⑤ エネルギー政策に迷い込んだ温暖化対策の典型例としての「炭素の価格化(カーボンプライシング)」は、温暖化対策としてのCO2の排出削減に貢献しないだけでなく、人類が化石燃料枯渇後の再エネのみに依存する社会へと移行するための正しいエネルギー政策を混迷に導くだけです
⑥ 国の原子力エネルギー政策を批判している朝日新聞も、地球環境の危機として、温暖化対策を盲目的に進める政府のエネルギー政策を支持しているように見えます。化石燃料の枯渇が近づくなかで、真の国民の利益を考えて、科学技術の視点から、「いますぐの脱炭素」の不要を訴える私どもの主張に耳を傾けて頂きたいと考えます
(解説本文);
① 猛暑の夏をもたらすとされる地球温暖化を防止するためとして、メデイアが、いますぐの脱炭素社会への転換を訴えています。しかし、いま、この脱炭素化社会のための再エネ電力の利用では、国民に経済的な負担が強いられます。化石燃料消費の節減により、再エネに依存しなければならない社会への移行を遅らせることが、化石燃料資源枯渇後の世界に、日本経済が生き残る唯一の道です
ここで、メデイアとしたのは、私どもが愛読している朝日新聞です。この新聞が、8月の末から、立て続けに、下記の社説を掲載して、いますぐの脱炭素社会への転換を訴えています。
「社説1」;2018/8/20;温暖化対策長期戦略「脱炭素」へ大胆な転換を
「社説2」;2018/8/26;再生可能エネルギー「主力化」へ挑戦の時だ
「社説3」;2018/9/3 ;温暖化対策「炭素課金」の検討急げ
「社説4」;2018/9/16 ;温暖化防止 「非国家」の活動を力に
いや、朝日新聞だけではありません。いま日本では、多くの人が、この脱炭素化を実行しないと、温暖化が進行して、地球が大変なことになると信じ込まされているようです。
すなわち、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が主張する、温暖化の原因が、化石燃料の消費により排出される温室効果ガス(その主体がCO2)だとする「温暖化のCO2原因説」が、科学の真理だとされ、このIPCCが世界の政治に訴える温暖化対策としての脱炭素社会への要請が、今夏、改訂された「第5次エネルギー基本計画」のなかにも入り込んで、日本のエネルギー政策を混迷に陥れています。
しかし、もし、IPCCが訴える「温暖化のCO2原因説」が科学的に正しかったとしても、私どもが提案しているように、化石燃料消費の増加を継続してきた先進諸国を中心に、世界が協力して、今世紀いっぱいの化石燃料の消費量を、2012年の値以下に抑えれば、CO2の排出量は、IPCCが、地球気象学の歴史から、人類が温暖化の脅威に耐え得るとしている2 ℃以下に止めることができます。すなわち、いま求められる地球温暖化対策は、CO2排出削減のための再生可能エネルギー(再エネ)のいますぐの主力化ではなく、「化石燃料消費の節減」によるCO2排出の低減でなければなりません。詳細は、私どもの近刊(文獻1 )に譲りますが、これが科学の原理です。
なお、ここで、地球温暖化対策としての脱炭素社会の実現のためとして求められている「いますぐの再エネ(電力)の主力化」では、市販電力料金の値上で国民に経済的な負担を強いる「再生可能エネルギー全量固定価格買取制度(FIT制度)」が適用されなければならないとされていることに注意する必要があります。しかし、この国民に経済的な負担を強いるFIT制度を適用しても、「いますぐの再エネ(電力)の主力化」を実現できるとの保証はありません。さらに、この再エネ電力の主力化のためのFIT制度の適用では、経済成長の継続が前提とされますが、いままでの経済成長のエネルギー源であった化石燃料の代替に再エネ電力を用いたのでは、経済成長が継続できないという大きな矛盾が生じます。すなわち、長く続いたデフレ不況からの脱出のためとして、さらなる成長を求めているアベノミクスが崩壊せざるを得なくなるのです。
これに対して、CO2の排出削減のために、私どもが提案する化石燃料消費の節減であれば、国民に経済的な負担をかけることはありません。化石燃料資源の枯渇後、その代替として再エネ電力のみに依存する社会は確実にやってきます。人類の生存にとって、いま、本当に怖いのは、温暖化ではなく、格差です。この格差の是正のために、世界中が、特に、いままで、成長のためのエネルギーを多量に消費してきた先進国を中心に世界中が協力して、化石燃料消費を節減し、その均等配分を図ることを世界に訴えることこそが、化石燃料の大部分を輸入に依存している資源小国日本に求められています。具体的には、いま、国際的な合意のもとで進められている「パリ協定」のCO2排出削減目標を、化石燃料消費の節減に代えることです。これが、人類を救い、日本を救う唯一の道でなければなりません。
本稿では、以下、メデイア(朝日新聞)が主張する、エネルギー政策に混入した温暖化対策の矛盾点を科学技術の視点から指摘し、その対応策を提言します。
② 脱炭素を求めて、再エネ電力に依存しなければならない社会では、化石燃料を用いる火力発電の電力をエネルギー源として成長を続けてきた社会に較べて、エネルギーの有効利用比率が低下するために、その分だけ経済成長が抑制される社会になります
朝日新聞の「社説2 (2018/6/26)」の著者を含め、いま、経済成長を支えている化石燃料の代替として、いますぐの再エネの利用を訴えている人々は、やがて枯渇する化石燃料の代わりに再エネ電力を用いても、これまで化石燃料に支えられてきた経済成長が継続できると思っておられるようです。これは、化石燃料の利用と、これに代る再エネ電力の利用とでは、その「有効エネルギー利用比率」の値が大きく異なるとの科学の原理が理解されていないためです。
ここで、「有効エネルギー利用比率」とは、私どもによる造語ですが、エネルギー源の保有エネルギー(その発熱量で表わされます)の中から、それを使うために必要なエネルギーを差し引いた、有効に使われるエネルギー量の比率で、次式で表わすことができます。
(有効エネルギー利用比率)= 1 – 1 / (産出/投入エネルギー比) ( 1 )
ただし、
(産出/投入エネルギー比)=(産出エネルギー)/ (投入エネルギー) ( 2 )
ただし、ここでのエネルギーとしては、化石燃料消費量換算の一次エネルギーの値が用いられなければなりません。
この ( 1 ) 式の関係を図 1 に示しました。(産出/投入エネルギー比)の値が小さくなるにつれて、(有効エネルギー利用比率)の値は、急速に低下します。
図 ⅰ 「産出/投入エネルギー比」と「有効エネルギー利用比率」の関係
(本文中(1)式の関係の図示)
再エネ電力の生産設備について、
(産出エネルギー)=(設備容量1 kW/kW-設備)×(8,760 h/年)
×(再エネ電力設備の稼働率y)×(設備使用年数Y) ×(860 kcal /kWh)
/(電力の一次エネルギー換算係数f =0.367) ( 3 )
ただし、(電力の一次エネルギー換算係数f =0.367)は、日本エネルギー経済研究所編;EDMCエネルギー・経済統計要覧(以下エネ研データ(文獻2 )と略記)に記載の国内電力(発電量)の値と、最終エネルギー(電力)の値から、私どもが求めた電力の一次エネルギーへの換算係数の2012年度以前の値です。2013年度以降の値は、F =0.372 と与えられます。
ここで、問題になるのは、(投入エネルギー)の計算の方法です。この(投入エネルギー)の正確な値を求めるのが難しいために、下記する化石燃料を用いる火力発電の場合と同様、多くの場合、これが無視されているようです。そこで、私どもは、この(投入エネルギー)を推定する簡易な方法として、次式に示す方法を提案しています。
(投入エネルギー)=(電力生産設備の製造・使用に要するコストT )
×(設備の製造・使用のコストを稼ぐために必要な一次エネルギー消費C ) ( 4 )
ただし、このCの値は次式で計算します。
C = (国内一次エネルギー消費)/ ( 国内総生産GDP) ( 5 )
2012年度の値、
(国内一次エネルギー消費(国内供給))=485,980×1010 kcal
(国内総生産GDP) = 499,414×109 円
から、
C = (485,980×1010 kcal )/ (499,414 ×109 円) = 9.73 kcal / 円
となります。
再エネ電力の生産設備としての太陽光発電(家庭外、メガソーラ)について、FIT制度導入時の2012年度の(産出エネルギー)および(投入エネルギー)を求めてみると、( 3 ) および( 4 )式でy = 0.11、Y =20年、T = 52.5万円/kW-設備として、
(産出エネルギー) = (1 kW/kW-設備) ×(8,760 h/年)×(y = 0.11)×(Y=20年)
×(860 kcal/kWh)/ ( 0.367) = 45.16百万kcal/kW-設備
(投入エネルギー)=(52.5万円/kW-設備)×(9.73 kcal/円)= 5.10 百万kcal/kW-設備
したがって、
(産出 / 投入エネルギー比)= 45.16 / 5.10 = 8.85
( 5 ) 式から
(有効エネルギー利用比率) = 1 – 1 / 8.85 = 0.887 = 88.7 %
と概算されます。
同じ計算を、現在、電力の主体となっている、石炭火力発電についても行ってみます。火力発電の産出エネルギーは、
(火力発電の産出エネルギー)=(単位発電量当たりの一次エネルギー消費)
=(860 kcal/kWh)/ (一次エネルギー(電力)換算係数f =0.367))= 2,343 kcal/kWh
(投入エネルギー)=(発電コスト) / (発電コストを稼ぐための一次エネルギー消費C )
で、
(石炭火力の発電コスト)=(単位発電量当たりの石炭の使用量)
×(発電用石炭(一般炭)の価格)×(発電設備製造費・維持管理費の燃料に対する比率)
ここで、
石炭火力の(単位発電量当たりの石炭の使用量) =(860kcal/kWh)/(石炭の発熱量)/ (発電効率)
エネ研データ(文獻2 )から、2012年度の(発電用の石炭(一般炭)価格)を輸入CIF価格10,493円/トンの1割増しの11,487 円/トン、(輸入一般炭の発熱量)を6,139千kcal/トン、また、(石炭火力の発電効率)を42%、(発電設備製造費・維持管理費の燃料に対する比率)を1.35と仮定すると、
(石炭火力の発電コスト)
= { (860kcal/kWh) / (6,139 千kcal/トン) / 0.42 } ×(11,487円/トン)×1.35 = 5.17 円/ kWh
と計算されますから、上記のC = 9.73 kcal / 円として、
(投入エネルギー)= (5.17 円/kWh)×( 9.73 kcal/円) = 50.3 kcal/kWh
から、(産出/投入エネルギー比)= 2,343 / 50.3 = 46.6
したがって、化石燃料(石炭)を用いた火力発電では。
(有効エネルギー利用比率)= 1-(1 / 46.6) = 0.979
と1 に近い値が得られます。これが、化石燃料を用いた火力発電で、通常、(産出エネルギー)に較べて、(投入エネルギー)が小さいとして、通常、無視されている理由になっていると考えます。
以上の計算からも判るように、化石燃料を用いた火力発電の代わりに再エネ電力を用いる社会では、同じエネルギーの消費量(供給量)に対して、経済成長のために有効に使われるエネルギー量が小さくなります。すなわち、現用の化石燃料を用いた火力発電主体の電力で成長を続けてきた日本経済は、マイナス成長に転じざるを得なくなるのです。具体的には、いま、安倍政権が続けているアベノミクスのさらなる成長は不可能になる、というよりやがて崩壊し、日本経済の破綻を招くことになると考えるべきです。
③ 化石燃料資源の枯渇後、世界中の全ての国が、国産の再エネのみに依存するようになれば、それは、成長のエネルギー源の化石燃料を奪い合うための争いの無い平和な社会(世界)です。この理想の平和社会へどう移行するか、そこに人類の叡智を集めることこそが求められなければなりません
化石燃料資源が枯渇して、化石燃料を用いる火力発電の代わりに再エネ電力を用いたときの(有効エネルギーの利用比率)の計算値に、最も大きな影響を与えるのが、(再エネ電力発電設備の製造・使用に要するコスト)です。いま、世界で、この値が大幅に低下しており、それが、再エネ電力の利用・拡大(主力化)のチャンスだとさえ言われています。
しかし、一方で、出力変動の大きい太陽光発電などの再エネ電力の利用では、その出力変動を平滑化するための蓄電設備の製造・使用のコストが加わります。さらに、注意しなければならないのは、上記の(再エネ電力の設備製造のコスト)は、現状の化石燃料を用いた火力発電を主体とする電力を用いた場合の値ですが、やがて、化石燃料が枯渇して、再エネ電力のみに依存する社会では、この発電設備の製造のために、再エネ電力が使われることになり、(産出/投入エネルギー比)の値が小さくなり、したがって、再エネ電力の(有効エネルギー利用比率)の値が低下します。
私ども(文獻1)は、この(再エネ電力のみに依存する社会での投入一次エネルギー消費の値)の(現在の投入エネルギー消費)に対する比率を、(再エネ電力のみに依存する時の投入エネルギーに対する補正係数)として、
(再エネ電力のみに依存する社会での投入エネルギーの補正係数)
= { 1 / (電力の一次エネルギー換算係数f }
/ {( 1-(現在の一次エネルギー電力化率e)×(電力以外の一次エネルギー換算係数g)+ (一次エネルギー電力化率) / (電力の一次エネルギー換算係数f } ( 6 )
として概算できるとしています。
エネ研データ(文獻2 )から、現在を2016年度として、私どもが求めた
電力の一次エネルギー換算係数数; f =0.372
電力以外の一次エネルギー換算係数;g = 1.082
一次エネルギー電力化率;e = 0.478、
を( 6 ) 式に代入すると、
(再エネ電力のみに依存する社会での投入エネルギー補正係数)
=(1 / 0.372) / {(1-0.478)×1.082 + (0.478) / 0.372 } = 1.45
になると推定されます。
いま、メガソーラについて、その生産電力を平滑化するための蓄電設備の製造・使用のコストが、上記のメガソーラの製造・使用のコストと同程度だと仮定し、その上で、この再エネのみに依存してメガソーラを製造・使用するとした時の(産出/投入エネルギー比)の値は、上記(②)の2012年度のメガソーラの(産出/投入エネルギー比)=8.85から、
(産出/投入エネルギー比) = .8.85 / (2 ×1.45) = 3.05
となり、これを( 1 ) 式に代入して、再エネ電力のみに依存する社会のメガソーラの
(有効エネルー利用比率)= 1-1/3.05= 0.672 = 67.2 %と概算されます。
これでは、やがてやって来る化石燃料の枯渇後の再エネに依存する社会は、現状の化石燃料を用いる火力発電に依存する社会に較べて、経済の大きなマイナス成長が強いられることになります。したがって、私どもの子孫は、もっと、(有効エネルギー利用比率)の高い値を与える再エネ電力の種類を選んで利用することを考えなければなりません。
しかし、一方で、やがて、化石燃料が枯渇して、先進国も途上国も、世界の全ての国が、一様に、国産の再エネ電力のみに依存する社会は、それぞれの国の経済をささえるための化石燃料資源を獲得するために軍事力に依存する必要のない理想の平和社会だと考えることもできます。したがって、自国だけの利益を求める、アベノミクスのさらなる成長のための“再エネ電力のいますぐの主力化”は幻想に終わるでしょう。いや、さらなる成長のための再エネ電力の主力化を進めれば、世界一と言われる財政赤字を積み重ねている日本経済は、先進諸国のなかで、真っ先に崩壊するでしょう。この危機を逃れる方法、それは、化石燃料の枯渇による経済のマイナス成長を素直に受け入れて、アベノミクスのさらなる成長のためのエネルギー基本計画からの速やかな脱却以外にありません。
化石燃料の枯渇後、世界の全ての国が自国産の再エネ電力に依存する、エネルギー資源の奪い合うことのない理想の平和社会の実現を求める具体策、それは、全ての国が協力して、残された化石燃料を、公平に分け合って大事に使うこと、すなわち、化石燃料消費の節減以外にありません。その実現を可能にする唯一の方法は、本稿のはじめ(①)にも述べたように、私どもが提唱する、いま、国際的な合意のもとで進められている「パリ協定」の目標を「CO2の排出削減」から「化石燃料消費の節減」に変えることです。「いますぐの低炭素化社会」への移行ではありません。
④ 温暖化対策としての低炭素化を目的とした、いますぐの再エネ発電事業がビジネスになることはありません。化石燃料資源枯渇後の再エネ電力の利用は、現用の石炭火力に較べて、発電コストが安価になった再エネ電力を選択して利用すべきです
低炭素化社会へのいますぐの移行を訴える朝日新聞の「社説 1(2018/8/20)」では、いま、石炭火力の廃止によるCO2の排出削減(脱炭素)をビジネスとする動きが急だと訴えています。化石燃料への投資からの撤退金額は600兆円にも上るともあります。逆に、環境(Environment)や社会(Social)、企業統治(Governance)を重視するエネルギー生産事業(火力発電の代替としての再エネ電力の生産事業のことだと思います)への投資が2500兆円に増加したともあります。マネーが、脱炭素に方向転換しているとして、脱炭素に取り組むことで企業価値が増加するとも主張しています。具体的には“石炭火力への投資が削減し、太陽光や風力が伸びている。とてつもなく多くのよい変化がおきている。脱炭素への流れはもう逆戻りすることはない”とも記しています。
企業が、将来の事業利益を求めて、新エネとも呼ばれる再エネ電力事業に投資することは自由です。しかし、いま、やがて、確実に枯渇する化石燃料の代替としての再エネ電力の開発・利用が、地球温暖化対策として、市販電力料金の値上げで、国民に経済的な負担を強いるFIT制度を適用して国策として進められているなかで、このビジネスで、投資額を回収できているのは、いま、日本で優先的にその利用が進められている家庭外の太陽光発電(メガ―ソーラ)事業を行っている一部の事業者だけでしょう。この一部の事業者が、国が決めた高い電力の買取価格で当面の投資金額が回収できたとしても、その分が、市販電力料金の値上として、広く国民から徴収されているのでは、これは、真っ当なビジネスとは言えません。 既に、EUでは、このメガソーラ事業による電力料金の値上がりで、直接的な被害を受ける産業界を中心に国民の反発を受け、その電力買取価格が値下げされました。結果として、メガソーラ事業による電力の生産は、大きく停滞しています。
FIT制度の適用無にはビジネスとして成立しないメガソーラの事業は、やがて、使用済み発電設備の廃棄物の山を残して消え去るでしょう。それは、上記(②)した(有効エネルギー利用比率)の値に見られるように、いま、化石燃料エネルギーで造られている太陽光発電設備を、化石燃料枯渇後の太陽光発電電力で再生すことができないからです。すなわち、太陽光発電設備の再生は、不可能だと考えるべきです。
化石燃料枯渇後のエネルギー政策としての再エネ電力の利用・拡大を考える時、それは現用の石炭火力の発電コストが高くなり、それに較べて、FIT制度の適用無の再エネ電力の発電が、経済的に有利と判断されるものを、種類を選んで、利用すればよいのです。市販電力料金の値上で、広く国民から徴収されるお金で、ごく一部の再エネ電力生産事業者が利益を得ることを、ビジネスだとして推奨するするメデイア(ここでは朝日新聞)の主張に、私どもは、ついて行けません。
⑤ エネルギー政策に迷い込んだ温暖化対策の典型例としての「炭素の価格化(カーボンプライシング)」は、温暖化対策としてのCO2の排出削減に貢献しないだけでなく、人類が化石燃料枯渇後の再エネのみに依存する社会へと移行するための正しいエネルギー政策を混迷に導くだけです
朝日新聞の「社説 3(2018/9/3)」、“温暖化対策「炭素課金」の検討急げ”では、温暖化対策としての「脱炭素社会」の実現のために。「炭素の価格化(カーボンプライシング)」を急げと主張しています。ここで、「カーボンプライシング」とは、IPCCにより、温暖化の原因物質とされている温室効果ガス(CO2)を排出している化石燃料の価格を高くして、その消費量の節減を図るための課税と考えてよいでしょう。すなわち、化石燃料の市販価格に上乗せして集められたお金は、低炭素化の推進に必要なエネルギー政策を推進するための財源として使用されます。
この、温暖化対策として、その使用で排出されるCO2の量に応じて、石油や石炭などの化石燃料に課金する「炭素税」は、すでに、2012年に導入されているはずですから、この朝日新聞の「社説3 」の主張は、その課金額を高くすることだと思います。しかし、実は、この課金額をどれだけにすれば、どれだけCO2の排出を削減できるかは予測できませんから、この炭素税は、財政収支を改善するための博打と言ってもよいのではないでしょうか?
同じことは、朝日新聞の「社説3 」で、同時にとりあげられている温暖化対策としてのCO2排出権取引についても言えます。例えば、植林による大気中からのCO2の吸収によるCO2の排出削減で、それを実行する人や国と、その実行のための資金を提供する人や国との間で、お金が動く仕組みです。そこでは、当然、そのお金の額(費用)に対する温暖化対策の効果が、定量的に把握されていなければなりませんが、それがないままに、この排出権取引が、温暖化対策のためとして進められてきました。もはや、有識者の間で、無効だとのレッテルを張られたはずのこの排出権取引が、「パリ協定」のCO2排出削減に、他に方法が無いからとして、一部の先進国と途上国間で、その活用が図られようとしている動きを是認した上で、それを日本でも活用すべきと訴えるのが、この「社説3」です。その良識が疑われます。
この「炭素課金(カーボンプライシング)」の基本的な問題点は、いま、エネルギー政策の立案に関わる方が、CO2の排出削減を実施すれば、地球温暖化が防げると思い込んでいることにあります。しかし、お金をかけて(国民のお金を使って)CO2排出削減ができたとしても、それが、目的としている温暖化対策にどれだけ貢献することが定量的に把握できなければ、それは、化石燃料枯渇後に人類が生き残るための正しいエネルギー政策を混迷に導くだけです。
⑥ 国の原子力エネルギー政策を批判している朝日新聞も、地球環境の危機として、温暖化対策を盲目的に進める政府のエネルギー政策を支持しているように見えます。化石燃料の枯渇が近づくなかで、真の国民の利益を考えて、科学技術の視点から、「いますぐの脱炭素」の不要を訴える私どもの主張に耳を傾けて頂きたいと考えます
本稿の執筆中に、さらに、念を押すように、いますぐの温暖化対策の必要性を訴えてきたのが、朝日新聞の「社説4 (2018/9/10)」です。そこでは、温暖化防止は政府の手だけでは達成できない、「非国家」の企業や、大学、自治体の協力が必要だと訴えています。
ところで、いま、政府に温暖化防止のための「脱炭素」を訴えているのは、国連機関としてのIPCCです。国連の活動を支持する日本政府が、このIPCCの主張を受け入れて、脱炭素社会へのエネルギー政策を進めるのは、日本政府が国際的な信用を維持するためには必要な行為かもしれません。しかし、科学技術の視点からみて、この温暖化防止対策としての低炭素化社会の実現が、電力料金の値上で国民に経済的な負担をかけるのであれば、さらには、この同じ低炭素化の実現が、経済成長の抑制による国民の化石燃料消費の節減努力によって達成できるとしたら、政治は、後者を選択すべきです。具体的には、アベノミクスのさらなる成長戦略からのいますぐの撤退を決めるべきです。
国家権力の暴走を許さないとして、それに釘を刺すのが、メデイアのあるべき姿です。3.11 福島原発事故の後、その安全性の確保の視点から、政府の原発再稼働の方針を厳しく批判している朝日新聞には、このメデイアの在り方から、高く評価したいと思います。ところが、この同じ朝日新聞が、温暖化対策として、政府がエネルギー政策のなかに取入れた脱炭素社会の実現要請では、本稿で上記したように、その費用対効果の定量的な評価が行われないままに進められている政府のエネルギー政策に同調すると言うより、そのさらなる推進を社説として訴えているのです。
その始まりが、カーボンニュートラルの原理(大気中からCO2を吸収して成長するバイオマスのエネルギー源としての利用では、大気中のCO2濃度を増加させないから温暖化を促進しないとする)に基づいた自動車用の「バイオ燃料」の開発・利用でした。本来、ブラジルをはじめ海外では、農作物の生産過剰対策として始められた、この「バイオ燃料」の生産・利用を目的とした国策「バイオマス・ニッポン総合戦略」の推進の熱狂的な旗振り役を演じたのです。理由は、この国策の主導役が、地球環境学者を自称する日本の最高学府の長であったためとしか考えられません。下水汚泥や蓄糞尿など、これらをエネルギー利用する際の(投入エネルギー)を無視して、日本にはバイオマスエネルギー資源がふんだんにあるとする、この大先生の言われることを盲目的に信用した結果でした。この朝日新聞の態度を批判して、私どもは、この国策の誤りを指摘する論考を、同紙のオピニオン欄に投稿しましたが、採用されませんでした。この不採用の理由を尋ねた私どもへの返答として、私ども(朝日新聞)は、貴方(久保田ら)とは意見を異にするから貴論考は採用できないとの同紙の科学部次長からのメールがありました。その後、世界の農作物からのバイオ燃料の生産量が増えたことで、輸出農作物の価格が高騰し、世界の食料危機が起こり、農作物原料からのバイオ燃料の生産が批判されるようになりました。これを契機に、日本のバイオ燃料の開発・利用の研究も行われなくなって行きました。いま、将来の自動車が電気自動車になると言われているなかで、日本でのバイオ燃料は幻想に終わったのです(文獻3 参照)。しかし、米国では、輸出用トウモロコシの輸出価格を値上げする目的で、その生産量が、2007年頃には、ブラジルを抜いて、世界一になったバイオ燃料の生産が継続されていて、その原料の飼料用トウモロコシを日本が高い値段で買わされているのです。しかし、このような実態は、国内では、殆ど知られていません。もちろん、朝日新聞も報じていません。
この朝日新聞が、いま、盛んに訴えているのが、本稿のはじめ ① に紹介した、地球環境保全のための温暖化対策としてのいますぐの「脱炭素」への転換、再エネの「主力化」、「炭素課金」の再検討、さらには、「非国家」活動の要請です。この「非国家活動」の要請では、「無策(再エネ電力への転換をいますぐ行わないこと)は、経営リスク」だとまで言って、企業に脅しをかけています。
私どもは、決して、再エネの電力の利用を否定しているのではありません。化石燃料が枯渇した後の人類の生存を支えるエネルルギー源として、原子力エネルギーを用いないとしたら、再エネ電力しかないのです。やがて、その時はやってきます。問題は、その時です。現状では、その導入に経済性が成り立たないとして、市販電力料金の値上により広く国民に経済的な負担を強いるFIT制度の適用によって、この再エネ電力依存への転換の時期を早めようとしています。私どもは、それは、不要だと言っているのです。世界中の全ての国が(いや、地球上の全ての人がと言ってもよいしょう)、化石燃料に依存してきた経済成長を抑制し、公平で、真に豊かな、そして、成長のためのエネルギーの奪い合いの無い、自国産の再エネに依存する理想の平和な世界を創るために、先進国を中心に、化石燃料消費を節減しましょうと訴えているのです。
以上、日本のエネルギー政策のあるべき姿について、メデイアとしての朝日新聞の良識を疑うような意見を述べましたが、これは、決して朝日新聞の責任ではないと思います。いままで、資本主義社会を支えてきた化石燃料が枯渇を迎えようとしているなかで、資本主義社会は終焉を迎えようとしています。この資本主義社会の終焉後を支える社会のエネルギー政策を考えるためには、私どもが本稿に示したような定量的な科学技術的な解析・考察が必要なのですが、それを行う化学技術者が居ないのです。私どもは、これからも、国民の立場から、メデイアとしての役目を果たしている朝日新聞を支持し、購読し続けます。どうぞ、この私どものエネルギー政策についての提言に理解を示し、それを国民に訴えて頂くことをお願い致します。
<引用文献>
1.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する――電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月
2.日本エネルギー・経済研究所計量分析ユニット編;EDMCエネルギー・経済統計要覧、2018年版、省エネセンター、2018年
3.久保田 宏、松田 智;幻想のバイオ燃料-科学技術的見地から地球環境保全対策を斬る、日刊工業新聞社、2009年
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久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他
平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。
同感です。
温暖化についての拙論です、石井
https://oilpeak.exblog.jp/18328015/