科学技術振興機構(JST)オピニオン「石油文明が終わる、日本はどう備える」
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石井 吉徳 氏(東京大学 名誉教授、「もったいない学会」会長)
(掲載日:2010年12月13日) 2006年が石油ピークだった 国際エネルギー機関(International Energy Agency、IEA)は2010年 のWEO(World Energy Outlook)レポートで、石油ピークは2006年と認めた。 これは石油文明の変革を意味する。人類は生き方を根底から変える時に来ており、長引く世界的な経済不況の深層にも石油ピークがあると理解すべきだ。人は類 (たぐい)まれな自然の恵み、石油で生かされている。「地球は有限、資源は質がすべて」、特にエネルギーは文明のかたちを決める。それはエネルギー無しに は何も動かせず、何も作れないからである。日本は経済浮揚、地球温暖化一辺倒のようだが「石油ピーク」を理解し、未来への基本戦略を構想する必要がある。 歴史的に、森が古代から人類のエネルギー源であった。19世紀からの産業革命は、石炭が支えた。人類はこの化石燃料によって、それまでの森林不足による慢 性的なエネルギー不足から解放された。そして20世紀からは石油の世紀、特にこの半世紀の指数関数的な石油消費の拡大は激しかった。その効率至上主義は雇 用を喪失させ、大きな格差社会を作った。 地球は有限、すべての資源は有限である。文明を支える石油も次第に減耗、人類は長いエネルギーの下り坂を経験しよう。ここであらためて念を押すが、石油ピークは枯渇ではない、安く豊かな石油時代は終ったのである。このあまりにも優れた石油の代わりはない。 石油の究極的可採埋蔵量は2兆バレルほど、と地質学的に見積もられている。それは富士山を升として20%程度、人類はもうその半分を使った。そして条件の 悪いものを後に残した。エコノミストは市場が解決する、技術者は技術が進歩すればと思うようだが、それは「資源の質」を知らない、熱力学のエントロピー則 を理解しない議論である。 人類の生存基盤は衰退、在来型の経済成長主義は時代遅れに 石油ピーク後、生産は年率数%で減退するとみられる。短期的な価格、生産量はその時々の経済動向に左右されて変動しようが、それに惑わされないこと。長期的な石油に依存する現代文明は衰退する。 地球資源の減耗は石油だけではない。世界の森林面積はすでに半減、漁獲量ピークは前から知られていた。地下水の危機的な減退もある。飲料水、農業の未来が危ぶまれる。 流体燃料の石油ピークは、内燃機関で動く運輸システムを直撃する。現代農業に必要な肥料、農薬、農耕機械も石油・天然ガスが頼り、食料供給は大きな影響を受ける。そして化学工業の主要な原材料も石油だから、「石油ピークは食料ピーク、そして文明ピーク」なのである。 膨大な財政投入による経済浮揚策も、一時しのぎでしかない。地球温暖化対策も脱炭素より「低エネルギー社会」の視点で考えるべき。排出権取引、二酸化炭素の地中、海洋投棄などは政策として賢明とは言えない。 さまざまな新エネルギーも、どれが本命か分からない。原子力もウラン資源は有限、放射性廃棄物の処理はいまだに不透明である。太陽、風力エネルギーは無限 と言うが、エネルギー密度は低く、しかも間欠的で不安定である。カナダのタールサンドの開発には大量の天然ガス、水が必要であり広大は自然破壊を伴う。話 題のシェールガスもコスト高、深刻な水汚染がある。 安く豊かな石油時代が終わった、今後はエネルギーの「質」をEPR(Energy Profit Ratio、エネルギー入出力比)で科学的に評価すべきである。 電気自動車が未来のホープと言われるが、リチウム・イオン電池用のリチウム資源はチリなどの塩湖で採掘される。その資源量は有限、やっかいな公害問題もある。そして電気自動車の電気は、何で手当するのかである。 私の提言、「日本のプランB」 自然との共存が戦略の要、まず自国の地勢、自然をよく理解すること。日本は大陸でない、山岳70%の列島。海岸線長は世界第6位、自然の多様性は豊か、画一思考しないことである。 以上要するに、日本の自然、地勢を理解し、集中から地域分散、Relocalizationが基本である。 1)石油ピーク:脱欧入亜、アメリカ主導のグローバリズムの凋落、マネー主義の終焉
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