スイスの地熱―マッターホルンは熱源?― :ジュネーブ便り7
|スイス政府は、地熱などの再生可能エネルギーに注目していることは、ジュネーブ便り4で述べました。今回は、最終回になるかもしれませんが、スイスの地熱についてお話しします。
スイス連邦政府は、長期的視点に立ったエネルギー供給の変革を目指して「Energy Concept 2050」を設計しました。この骨子は、エネルギー効率の向上、水力と再生可能エネルギーの拡大であります。さらに福島原発における事故を受けて、2011年5月25日には、これに既存の原子力発電所の段階的閉鎖が加わりました。
いくつかの自治体がこれを積極的に受け入れました。ザンクト・ガレンが良い例で、行動の一つが地熱開発です。ザンクト・ガレンはスイス北東に位置し、7世紀に建てた小さな僧院が起源で、現在では繊維工業の中心地として栄えた町で、スイスの基礎自治体であるStadt(市)であります。市はカントン同様、教育、税金など多くの権限を持っています。2010年11月28日、市民投票を行い、80%の多数で地熱開発を進めることにしました。
計画は壮大です。まず3次元地震探査を行い、地下構造を調べました。その結果から地下4000メートル付近に帯水層があると予想し、ボーリングを開始しました。ほとんどの予算は、市民が払う直接税から歳出されているはずです。地下を掘るので、それに伴って地震が起きないかと気になる市民もいるので、データは全て公開されます。現在のボーリングの進捗状況もこのプロジェクトの公式サイトで知ることができます。
スイスの地熱の第一人者であるRybach教授にお会いし、お伺いしたところ、スイスの地熱開発は、ザンクト・ガレンだけでなく、いくつかの地域で計画されているが、どれも日本のように高温、高圧の地熱蒸気によってタービンを回して発電するまでには至らないであろう、とのことでした。教授の予想では、100度程度の低温でも発電できるバイナリ―発電になるか、暖房、給湯などの熱利用となるであろう、とのことです。
とにかく市民の判断で、自分たちの税金で4000メートルを掘ると決断したわけです。スイスの政治は、スイス市民のボトムアップによって成立していることがよく分かります。また自治体の活動は完全に透明であることも、市民自身が判断したことであるからこそ、なのでしょう。エネルギー問題も、自分たちの問題で、自分たちで解決することである、という認識だと思います。
スイス人は一人ひとりが国、カントンの重要な政策の決定権を持っており、政策決定は完全に民主主義で、透明であるとジュネーブ便り6で述べましたが、まさにこのことだと実感します。
ところで、スイスの地熱の熱源は何でしょうか?
日本各地で合計約54万キロワットの地熱発電所がありますが、スイスには地熱発電所はまだ一か所もありません。もともとアルプス山脈はユーラシア大陸とアフリカ大陸の衝突に伴う造山運動によってできたもので、火山ではありません。つまり富士山のような火山の下にはマグマが存在しますが、アルプスの下にはマグマは無いと考えられます。日本ではこのマグマを熱源とする地熱開発が盛んです。なぜならマグマを熱源とする適地で地下を掘ると、1000メートルや2000メートルの深さで優に200度ぐらいの高温になるからです。アルプス山脈の地下を2000メートル掘削しても100度にも達しないと思われます。
しかし地熱活動が全く無いわけではなく、温泉がスイス各地で発見されています。これらはローマ時代から病気や怪我、疲労回復に利用されていました。中世の時代には湯治場であるとともに社交場として発展したそうです。ジュネーブからレマン湖沿いを通り、さらに東へ行った、車だと2時間強の距離に、標高1140メートル、アルプス最大のテルメ(温泉)、ロイカーバードの村があります。この温泉は65の源泉から1日350万リットルのお湯が出るそうで、かなりの水量です。
この温泉の源は、1000メートル以上の地下深部に位置する花崗岩と考えられています。花崗岩はマグマが地下深部でゆっくりと冷えて固まったものです。つまり古い時代にはマグマだったわけです。地表から地下に浸み込んだ水がこの花崗岩に温められて上昇してきたのが温泉となって湧き出ていることになります。
写真は、スイスとイタリアの国境に位置するマッターホルンです。4478メートルの高さですが、これは花崗岩の山です。この花崗岩は地下深部にあったはずですが、アルプス造山運動によって、数千万年という長い年月をかけて板の上を滑るようにして押し上げられて上昇しました。モンブランも花崗岩の山で、同様にしてできました。
マッターホルンはすでに地表に出てきた古い花崗岩なので、地熱の熱源とはならないでしょう。しかしこれと同様の岩石が、スイスの地熱の主な熱源になっています。