ドミートリー・オルロフ『崩壊5段階説』より第3章「政治の崩壊」の書き出し

 

フィリピンや韓国の情勢がソ連崩壊前の東欧革命を想起させる今日この頃、Dmitry Orlov 氏がアップした最近のブログ記事には、アメリカ大統領選挙に合わせて、彼の著書 “The Five Stages of Collapse: Survivors’ Toolkit“(2013, New Society Publishers Ltd.)の第3章の書き出し部分が引用されていました。それを昨年末に『崩壊5段階説 生き残る者の知恵』と題して邦訳出版ておりますので、同じ箇所をここで公開します。

選挙結果は、昔々、毎日新聞社長で衆議院議員だった島田三郎が横山源之助の『日本の下層社会』へと寄せた序文にある「自由競争の結果は強者弱者を凌轢するに至らん」、「貧富懸隔の結果は憎疾の原因となり、憎疾の結果は平和攪擾の原因とならん」という記述を思い出させるもので、そんな不穏な時代ゆえ、何かと思い当たる内容ではないかと思います。

 

第3章 政治の崩壊

 

第3段階:政治の崩壊

「政府があなたの面倒をみてくれる」という信頼が失われる。市販されている生活必需品が入手困難となり、それを緩和する公的措置が奏功しなくなるにつれて政界の支配層は正当性と存在意義を失うことになる。

 

金融および商業の崩壊は、潜在的には致命的なこととなっている。人々は途方に暮れて、目的意識を失ってしまっている。困窮している人々を利用しようとする人もいれば、急激な環境変化に適応することができずに落伍するだけという人もいる。そして、政治の崩壊が起きると、人々はひどい目に遭うこととなる。

金融および商業の崩壊は、準備を怠った者に重くのしかかるという傾向がある。準備とは、通貨がハイパーインフレになって銀行が封鎖されるときでも価値を保持するものを保有しておくことや、古いやり方が機能しないまま新しいやり方が生まれてこない不確かな移行期間という困難を乗り切るために、必需品を備蓄しておくということだ。したがって、潜在的には致命的であるかと思われるこれら二つの災いは回避することが可能なのだ。

まず、適切なコミュニティを選ぶことによって、そして食糧などを買いためておくか、食糧や水およびエネルギーの自立した調達先を確保することによって可能だし、さらに時代がよくなるまで、時節を待ちながら世界全体を漫然と無視する方法を探し出すことによって回避することが可能となる。

ところが、政治の崩壊はそうはいかない。なぜなら、それは世界全体を無視するわけにはいかないからだ。無秩序になってしまう可能性もあるが、損害を与えることになる組織的な取り組みの可能性もある。というのは、支配階級と支配階級に仕える階級(警察、軍隊、官僚)はたいていの場合往生際が悪く、人々が自治の構造を採用して、新たな環境に適応した新集団として自分たちで組織化して、試行錯誤を重ねて結集していくことを拒む傾向があるからだ。

むしろ支配階級らは、自発的に向こう見ずな新しい計画を企てたがるものだ。それは国民の一体感を取り戻すという構想であり、「以前の状態(status quo ante)」(少なくとも、彼ら自身の権力と特権を失っていない状態)という思惑がうごめいており(註1)、他者の犠牲を強いることになる。

誰もがうまくいくこととうまくいかないことを見分けるために試行錯誤すべき状況において、政治家と公務員は新たに厳しく犯罪を取り締まる対策や、夜間外出禁止令および監禁を採用するきらいがあり、不服従の徴候を情け容赦なく押さえつけながら、彼らにとって利益となる活動だけを許可する。

失策への非難を逸らすために支配階級のエリートは、月並みながら内部あるいは外部に敵を見つけ出すことに懸命になる。貧乏人、マイノリティ、移民などといった社会底辺の弱者や、もっとも政治的結び付きが弱い者は万人を堕落させているとして非難し、無情な冷遇を課すために選び出される。これが恐怖支配の風潮を醸し出すことになり、言論の自由を弾圧することへと導いていく。

だがこれは、外部からの脅威に比べてれば、それほど国民を一丸とさせるものではない。そこで、国民の一体感を保つために、崩壊中の国民国家はしばしば攻撃するための外敵を探すことになる。願わくは、弱くて防衛力のない外敵である。なぜなら、報復されるリスクがないからだ。

国家を戦時体制に置くならば、政府はさまざまな物資を徴発して、それらを支配階級の利益に充てることを可能にする。さらに、さまざまな運動や活動を制限することもできれば、面倒な若者を駆り集めて戦闘に送り出すことで不平分子を監禁することも可能となる。

金融および商業の崩壊は、もっともひどい専制政治に傾倒する人々にとっては好機なのだ。ひとたび専制が確立すると、気付けば混乱に陥って分別を失った弱い人々は、専制に反対して立ち上がることがほとんどできなくなる。そして、新しい専制は権利を侵害しながら恒久的なものになり、延々と続くことになる。

その間、その国はボロボロになって、共倒れとなる抗争や継承にまつわる争いを通して、あるいは外国の支配に屈服してますます弱体化することを通して、崩壊に向かうことになる。金融および商業の崩壊に対する応答として派生していくことは、専制政治から無秩序までと幅がある。全面的な武力衝突の他にも多くの小競り合いや行き詰まり状態も想定されるが、ヒエラルキーのない自治的な社会的協力というスイートスポット(註2)もある。

 

註1:興味深いことに、二〇一五年六月一五日に開かれた日本外国特派員協会と日本記者クラブの記者会見で、衆議院憲法審査会にて安全保障関連法案を「違憲」だと表明した小林節慶応大名誉教授は、その法案を「合憲」として戦時体制の確立を正当化しようする任意団体「日本会議」について、「明治憲法下でエスタブリッシュメントだったひとたちの子孫が多い」と指摘していた。

註2:原義は、バットやクラブなどでそこにボールが当たるともっともよく飛ぶ箇所のこと。

 

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