文明存続のシミュレーション——HANDYモデルに基づく考察

1.文明の要件とシミュレーションモデル
「文明」の概念を次のように整理しました。 文明とは、‘社会の人々が分担して、自然への働きかけによる食糧やエネルギーの生産、その余剰の冨としての蓄積、そして社会の諸機能の整備、製作と交易、文化を発達させている状態’と定義しました。人類が「農業革命」を行ったころの推移をレビューしてまとめた、文明の概念です。 文明の定義から、文明であることの普遍的な要件は、次の3つに整理されます。
① 社会が食糧・エネルギーを得るために自然に働きかけること(自然の減耗・再生)
② 剰余の食糧・エネルギーを富として蓄積すること(富の蓄積)
③ 富の生産と管理のための人々の役割分担(構成員の階層化)

文明とは、「この3要件を『変数』とする運動体」ということができます。変数は、相互に作用しあって変化します。そして、どれひとつかがゼロなると、モデルの文明は消滅します。逆に、これら変数のすべてが安定的に推移すれば、モデルの文明が永続することを意味します。 そのような思いで、文明盛衰のシミュレーションモデル(HANDY)の論文を検討した結果を紹介します。

当論文は、サファ・モテシャリ(メリーランド大学)、ジョージ・リバス(ミネソタ大学)、ユーゲニア・カルネイ(メリーランド大学)が、生態経済学会誌に発表した日本語訳の論文名「人間・自然関係力学(HANDY):社会の盛衰に関する不平等と資源使用のモデル化」です。
人間・自然関係力学とは、‘人間社会と自然の関係を食うモノ、食われるモノと見立てて、その間での文明的な相互作用のモデル力学’ということができます。「文明的」とは、富の蓄積、構成員の階層化のことで、未開社会にはない要素です。

当論文での文明盛衰のモデルは、著者の定義する文明の概念に符合するものです。むしろ、HANDYモデルのおかげで、文明の概念を端的に整理することができました。
シミュレーションとは、質的に異なる要素、この場合では、文明の普遍的な要素である、自然と人口、富の蓄積等を量的な関係で表現した方程式を立てて、変数の解くことです。従って、その解には自ずと限界、不正確さがあります。しかし、その方程式が文明の概念を可能な限り反映したモノであれば、文明の盛衰を予測するうえで、「当たらずとも遠からず」で、意味あると思います。

2.HANDYモデルの概要
文明社会において、社会構成員、自然、冨の蓄積の相互の関係は、次のようにとらえることができますが、HANDYモデルでも基本的に同じです。
(1) 文明社会の人類は、生産物の余剰を富として蓄積します。富の蓄積がある場合、生 産が消費より減少すると富を引き出して充当します。その場合、環境収容力の限界を超えても、すぐには人口の減少になりません。なお、未開社会では富の蓄積がないので、人口は環境収容力を超えることができません。
(2)文明社会の構成員(人口)はエリートと大衆(労働者)に区分します。大衆は自然に働きかけて生産を行います。エリートとは、経済活動のうち、経営、管理、監督の機能を担当する者をいいます。
(3)富は大衆によって生産され、エリートによって管理されます。蓄積された冨は、社会の構成員に平等に配分されません。大衆は生存できる程度の富しか配分されません。
(4)自然は、大衆による生産によって減耗します。その一方で、自然の環境収容力を限 度に再生されます。
(5)社会の人口が不正常に減少する直接的な原因として、餓死、病気感染、他国への移民が挙げられます。しかし、HANDYモデルでは飢餓死亡率を導入して、人口の増減を死亡率と出生率によって表現します。人口の平均死亡率が一番小さく、エリート出生率、大衆出生率、飢餓死亡率の順に大きい。すなわち、平常では社会の人口は増加しますが、飢餓が発生すると人口減少します。
(6)自然には資源として次の3つのタイプがあります。      
非再生可能ストック:化石燃料、鉱物資源      
再生可能ストック :森林、土壌、号物群、魚類、地下水      
再生可能フロー  :太陽光、風、降雨、河川   
現在は非再生可能ストックが主流です。しかし、HANDYモデルでは3つのタイプを区別して評価しません。3つのタイプを総合して、自然資源が人間社会の崩壊と存続を考察する方が、自然の役割が明確になると考えます。

3.HANDYモデルの変数・方程式  

【変数・方程式の構造】
HANDYモデルでは、文明社会を普遍的に表現する4つの基本変数が、4つの方程式によって、9つの助変数をとおして構成されています。
(1)4つの基本変数は、「大衆人口」、「エリート人口」、「自然資源」、「富」です。基本変数は、相互に関係しあっています。
(2)大衆人口、エリート人口は、それぞれの年変化率が、それ自身の現在量に比例する方程式(ロジスティック方程式とよばれています)で表現されています。
① 大衆人口の年変化は、大衆出生率と大衆死亡率の差が係数となって指数関数的に変化します。
② エリート人口の年変化は、エリート出生率とエリート死亡率の差が係数となって指数関数的に変化します。
(3)自然資源の年変化率は、自然再生の項から自然減耗の項を差し引いて表します。
① 自然再生項は「自然資源の現在量」と「現在量の自乗」に比例する方程式です。
② 自然減耗項は自然資源と大衆人口の現在量の積に比例する方程式です。   ③ 自然の再生量は、自然再生率の大きさで成長しますが、環境収容力に近づくと自然 再生が飽和するように式が表現されています。
④ 自然の減耗量は、労働者である大衆人口と大衆一人の働きによる自然減耗率に比例します。
(4)富の年変化率は、自然の減耗量を富の蓄積量(増加分)として計上し、それから大衆人口の消費、エリート人口の消費を差し引きした量になります。

【格差と飢餓の条件設定】
文明の盛衰に不可欠なファクターとして、社会に飢餓が生ずる富の最低値(ここでは「飢餓ライン」とします)、およびエリートの大衆に対する格差倍率を設定します。 社会の富の飢餓ラインは、大衆一人当たりの最小必要消費量を基に計算されます。これに大衆人口と、格差倍率重み付のエリート人口の和を掛け算した値が、社会の飢餓ラインとなります。 社会の富が飢餓ラインを下回ると、富の飢餓ライン比(富の「飢餓比率」とします)に応じて大衆人口の消費、エリート人口の消費が低下し、次いで大衆死亡率、エリート死亡率が悪化します。
大衆人口は、飢餓ライン以下になるとすぐに消費の低下、死亡率増加に陥ります。エリートは格差倍率によって消費を続け、富の飢餓比率が格差倍率と平衡になるまで低下して初めて、エリートの死亡率が上昇します。
社会の富が飢餓に陥ると、大衆人口はすぐに減少し、エリート人口は引き続き増加して、歪な人口構成になります。これでは大衆による、社会の富の生産が低下します。なお、HANDYモデルにはありませんが、現実には外部からの大衆(労働者)の移住が図られましょう。
社会のタイプモデルとして、次の3つを設定し、差異を格差比率であらわします。    平等社会(Egalitarian) 
公平社会(Equitable)  
不平等社会(Unequal)

【モデルのディメンジョン】
HANDYモデル計算での単位は、人口は「人」、時間は「年」です。自然と富は、同じ単位を用いて、「エコ・ドル」としています。そして、数値については、次のように正規化します。 自然の環境収容力を100とし。大衆人口も100とします。エリート人口は、社会の3つのタイプモデルで、格差比率を変えます。格差比率は、平等社会では0、公平社会では1、不平等社会では25、とします。 HANDYモデルでは、1人当たり必要最小限サラリーが、大衆人口100の富の年間合計額が環境収容力の2000年分の1になり、1人当たりの最小必要財が、大衆人口100の年間消費量が環境収容力の200分の1になるように設計されています。

4.文明盛衰シミュレーションのシナリオ 
【シナリオの概要】
文明盛衰のシミュレーションは、3タイプの社会モデルのそれぞれに対して、社会パラメータを変化させ、社会の崩壊・存続について予測します。
3タイプの社会モデルは、平等社会(エリートゼロ)、公平社会(格差比率1)、不平等社会(格差比率大)です。
社会パラメータとして、基本変数に与える影響の大きなものは、自然減耗率と、死亡率・出生率ファクターです。 文明存続の可否に資するかどうかは、環境収容力の大きさ、持続可能な均衡値が得られるかどうかで判断されます。
均衡値とは、‘諸変数の間の相互関係が安定した状態になる場合の変数の値’のことを意味します。たとえば、需要と供給の均衡値とは、それぞれの曲線の交点の値ということになります。

自然減耗率の影響力】
助変数の自然減耗率は、大衆人口の労働によって自然資源を減耗させるファクターであると同時に、富の蓄積を増加させるファクターです。そして、文明の諸変数に対して、重要な影響を与えます。
① 自然減耗率が大衆人口の均衡値に影響し、それを通じてエリート人口の均衡値に影響します。
② 自然減耗率が小さいほど、自然資源の均衡値が大きくなります。
③ 自然減耗率が大衆人口の均衡値への影響を通じて、富の平衡値に影響します。    
自然減耗率の大きさが、文明の盛衰に与える一般的傾向は以下の通りです。
① 最適な自然減耗率が選択されると、全人口が最大で、最適均な均衡になる。  ② 自然減耗率が最適値より大きいと振動的になる。環境収容力は最大値より小さい。
③ 自然減耗率がさらに大きくなると、社会は、繁栄と崩壊のサイクルに至ります。 ④ 自然減耗率がある値よりも大きくなると、社会は不可逆的な崩壊になります。 ⑤ 自然減耗率が最適値より小さいと、全人口は最大値より小さいが持続可能な社会 へ軟着陸します。  

【自然減耗率と環境包容力との関係】
・自然減耗率が最適値から離れるほど、環境収容力がその最大値から小さくなります。
・環境収容力の値が、その最大値から離れすぎない場合にのみ、均衡を維持できます。
・すなわち、3つの社会タイプのどの場合も、において、自然減耗率がその最適値から 離れすぎないことが、環境収容力が安定的であることの必要条件といえます。   

【死亡率・出生率ファクターの影響】  
死亡率・出生率ファクター=(飢餓死亡率―大衆出生率)÷(飢餓死亡率―標準死亡率)と、定義します。
このファクターの大きさは、4つの基本変数のすべてに、連鎖的に影響します。
・飢餓死亡率と大衆出生率の差が大きい場合、先ず、労働人口の減少が大きくなる。 次に、富の蓄積が減少する。そして、格差が大きい社会ほどエリート人口の減少も急速 になる、という連鎖の関係にあります。
・飢餓死亡率と大衆出生率の差が小さい場合、大衆人口の減少が低く抑えられます。その ため、富の蓄積が維持され、人口の環境収容力が確保できる、という連鎖の関係にあり ます。  

5.文明盛衰シミュレーションの結果と評価 
【文明崩壊の2つのタイプ】
HANDYモデルによる文明盛衰シミュレーションの結果、文明崩壊に、次の2つのタイプがあることが発見され、それぞれ、名づけられました。
・ 労働の不足:不平等由来の飢餓による文明崩壊 ⇒ Type-L崩壊
・ 自然の不足:自然資源の枯渇に由来の文明崩壊 ⇒ Type-N崩壊
Type-L崩壊のプロセスは以下の通りです。
格差社会において、富を収奪するエリート人口が伸長すると、大衆の資源利用を歪ませ、次いで、大衆人口を減少させます。 その結果、富の蓄積が減少して、富を収奪して生きているエリートが人口が急減することになります。
Type-L崩壊は、不平等社会においてのみに生じる崩壊タイプです。 歴史的には、マヤ文明の崩壊にあたります。
Type-N崩壊のプロセスは以下の通りです。 自然の減耗が大きいと、自然の再生が間に合わなくなり、富が減少します。すると、飢餓ラインに到達して、大衆人口が減少します。 富の生産の担い手である大衆人口が没落すると、続いてエリート人口が没落します。
Type-N崩壊には、再生可能の場合と、再生不可能な場合があり、自然減耗率の大きさによります。 自然減耗率が最適値よりある程度大きな場合、再生可能なType-N崩壊となります。時間が経過して自然が再成長すると、それが文明再生の引き金になります。歴史的には、ギリシャ、ローマの文明がそうです。 自然減耗率の大きさが限界を超えると、自然が全く崩壊してしまい、その後に文明の構造全体が完全に崩壊します。歴史的には、イースター島の自然の減耗に当たります。 Type-N崩壊が起こるケースとして、自然資源の過度の減耗のみの場合がありますが、それに不平等社会の条件が加わる場合があります。

【不平等社会に対するシミュレーションの評価】
不平等社会は、経済格差が拡大している世界の現実を反映している文明モデルです。  シミュレーションの結果では、文明崩壊を避けることは基本的に困難です。論文著者は、 文明崩壊の場合と文明存続の場合について、自然減耗率と格差比率を助変数として、シミ ュレーションしています。

格差比率が100・自然減耗率は最適で自然再生力ある場合
大衆に対するエリートの格差比率が100であれば、自然減耗率が最適値で、自然に再生力ある場合では、Type-L崩壊、すなわち大衆人口不足による崩壊が起こります。
格差比率100とは、大衆の平均収入がたとえば500万円とすると、エリートの平均収入が5億円の場合です。大衆人口はエリートのために富を蓄積し、その1%しか分け前がない差別構造です。日本ではまだそこまで格差が進んでいないと思いますが、米国では現実の格差比率化もしれません。
文明変数のシミュレーションを時間(年)で追いかけてみます。 変数の自然資源の減耗が富の蓄積を増やしている間は、大衆人口は増えますが、富の蓄積が減り始めると大衆人口は飢餓に陥って減少します。一方、エリート人口は増えていきます。  その後、自然が再生し出しても、大衆人口が減少しているために富の蓄積はかえって減少し、消滅に至ります。残存の蓄積された富をエリートが短期間の間に食いつぶしつつエリート人口はピークに至ります。そして蓄積された富がなくなるに合わせて、エリート自身も消滅します。自然資源は再生して、豊かに残っています。これが、Type-L崩壊による文明の消滅です。

格差比率が100で、自然の再生力がないほどに自然減耗率が高い場合
上述の場合より、自然の枯渇、文明の崩壊も、ともに早く訪れます。まず、自然は再生されずに消滅しますが、その時期に蓄積された富が最も多くなります。その富を大衆人口とエリート人口が食いつぶしつつ人口を増やしていきます。 しかし、蓄積された富のそこが見えてきたころ、大衆人口は飢餓に陥って消滅に向かいます。そして時間遅れで、エリートも消滅していきます。
シミュレーションの結果では自然を消滅させるまで富を蓄積し、その後に大衆人口、エリート人口が繁栄の頂点に達すると、すぐに衰退することになっています。 再生不可能なType-N崩壊に当たります。歴史上の事例として、メソポタミア文明、イースター島の文明が近いと思います。

格差比率が10、自然減耗率は最適値、死亡率・出生率ファクターを制御の場合 文明の安定的な存続の条件を見出すために、文明の基本変数が均衡値をとるように、バースコントロールし、人口の初期値を変えて、論文著者はシミュレーションしています。大衆人口の出生率を倍以上に上げ、エリートの出生率ヲ33%以上下げて、死亡率・出生率ファクターを、①・②の場合の8分の1にまで小さくしています。そして大衆人口の初期値を100倍にし、エリートの初期値も僅少から数千倍に増やしました。  
上述のように助変数を変えることによって、不平等社会において、安定的な文明存続の条件を探索したわけです。その結果、文明の安定的な存続に対応する助変数の解が見つかりました。自然資源も富も、そして大衆人口、エリート人口が、数百年後から長期にわたって安定した均衡状態で続きます。しかし、歴史上に事例があるかどうかわかりません。

格差比率が10、自然減耗率は2倍に、死亡率・出生率ファクターを制御の場合  上述の③の場合の条件のうち、自然減耗率を最適値の約2倍にしたケースです。 この場合、③と比べて自然資源は4分の1に、富は6分の1に減少し、大衆人口もはエリート人口も減少して振動的になります。自然減耗率の2倍程度の差異であれば、振動的であるが、均衡状態になっていると評価できると思います。
・不平等社会において、  ・Type-Lの崩壊は、自然の崩壊よりも、不平等由来の飢餓による労働者の損失によるものです。初期にはエリート不在で得られる持続可能な最適な解がみられるけれど、経済的な格差は最終的な結果を変える:すなわち、エリートの消費は成長し続けて、社会崩壊に至ります。  

【公平社会に対するシミュレーションの評価】 
公平社会とは階層間の経済的格差のない社会のことで、労働者人口と非労働者人口に区分されます。非労働者人口は、学生、退職者、障碍者、知識人、マネージャー、その他の非生産分野の者を指します。労働者と非労働者の格差比率は1で、従って、消費は同量です。
経済格差のない公平社会は文明社会において存在が可能なものなのでしょうか。労働の質が同じであれば、同一労働同一賃金の原則があります。次に、労働の種類によって、大括りして生産労働と非生産労働の質が、将来的に同一に扱えるようになるかどうかだと思います。 公平社会において、文明の基本変数の値は、自然減耗率の大きさが変わると、敏感に変わります。文明が存続するには、文明の基本変数が安定した均衡値に軟着陸しならなければなりません。その場合の自然減耗率が、文明の存続のための最適値となります。
① 自然減耗率を変えて文明盛衰の挙動評価 公平社会における文明の存続・崩壊のシミュレーションでは、自然減耗率を最適値から大きく変化させて、文明の盛衰と、盛衰の特徴を評価します。
自然減耗率が最適値の約2.5倍ですと、文明の基本変数は振動しながら、均衡値に収束していきます。自然資源が大きく減耗しても、再生力が働いており、そのため、基本変数のすべてが同様な挙動をしながら,すなわち、文明の繁栄と衰退を繰り返しながら長い年を経て収束に向かっていきます。 自然減耗率が最適値の3.5倍になりますと、基本変数の振動が増幅され、均衡値に収束しません。文明の繁栄と崩壊をいつまでも繰り返します。 自然減耗率が最適値の5倍になりますと、自然資源の再生が不可能になり、文明がいちど繁栄しますが、急速に消滅に至ります。再生不可能なType-N崩壊になります。

自然減耗率が高い場合の文明救済策 では、自然減耗率が非常に高い場合、文明を崩壊から救済する方法はないでしょうか。 あります。
自然資源の減耗量は、自然減耗率に労働人口の掛け合わせた量に比例します。従って、労働者人口を減らせばよいことになります。 不公平社会では、大衆人口はエリート人口のために10倍から100倍の富を蓄積しますが、公平社会ではその必要がありません。自然減耗率の最適値に対する倍率(このでは5倍)程度の非労働者人口を食わせることは難しいことではないとの考えです。 労働者人口は高い冨を蓄積する能力があるので、公平社会では、自然減耗率が増大した場合、労働者人口の総労働時間の短縮で調整できることになります。

【平等社会に対するシミュレーションの評価】  
平等社会とは、エリート人口のない社会です。別の言い方をしますと、労働者と非労働者 の分立がない、生産労働と非生産労働の分業のない社会のことになります。社会のすべての 人々が、生産労働と非生産労働の両方を、時間調整しながら協同して行う社会になります。  
未開社会は、平等社会が一般的だと思います(長老と子供を除いて)。しかし、人類文明 の初期の文明には平等社会があったと思います。縄文文明がそうだったのではと思ってい ます。
縄文文明は、氷河期が終わって海進のために平野が狭まった日本列島に花咲いた「穀樹・漁労文明」です。農耕文明に比べて、農作業にかかわる時間が少なくて済みます。
高度な文明社会においても、科学技術がまともに進歩して、生産労働時間が大幅に短縮できるようになれば、生産労働と非生産労働の時間分担が可能になると思います。
平等社会において、文明の基本変数の値は、自然減耗率の大きさが変わると、公平社会と同様に、敏感に変わります。文明が存続するには、文明の基本変数が安定した均衡値に軟着陸しならなければなりません。その場合の自然減耗率が、文明の存続のための最適値となります。 平等社会におけるシミュレーションの結果ですが、自然減耗率が最適値の約2.5倍ですと、文明の基本変数は振動しながら、均衡値に収束していきます。自然資源が大きく減耗しても、再生力が働いており、そのため、基本変数のすべてが同様な挙動をしながら,すなわち、文明の繁栄と衰退を繰り返しながら長い年を経て収束に向かっていきます。 自然減耗率が最適値の4倍になりますと、基本変数の振動が増幅され、均衡値に収束しません。文明の繁栄と崩壊をいつまでも繰り返します。 自然減耗率が最適値の5.5倍になりますと、自然資源の再生が不可能になり、文明がいちど繁栄しますが、急速に消滅に至ります。再生不可能なType-N崩壊になります。
平等社会は、遠い未来のことはわかりませんが、文明の構造が単純な時代に成り立った社会です。そのため、人々が生産労働と非生産労働を時間分立制が機能しており、さらに生産労働の時間短縮は考えられません。よって、自然減耗率が高い場合の文明救済策としては、社会の人口の減少に限られると考えます。

6.結言
HANDYモデルによる文明盛衰のシミュレーションは、文明の基本変数と方程式は、文明のエネルギー史観から見て、的確なモノだと考えます。 自然資源の減耗スピードと再生能力が本質的に文明の存続・崩壊を規定することが、3つの社会モデルのどれに対するシミュレーションの結果にも表れています。 自然減耗率には、どの社会モデルに対しても、文明存続を可能にする最適値があります。 自然減耗率を最適値より大きくしていくと、文明の諸要素は(基本変数)は振動的になります。振動幅が小さいと、文明はそれなりに安定的です。しかし、自然減耗率が大きくなると、文明の基本変数は、共鳴するように大振幅で振動を繰り返します。
自然減耗率がさらに大きくなると、文明はいちど栄えますが、過大な減耗率がダンパーになって、文明の盛衰という振動することなく、文明は急速に衰滅していきます。  メソポタミヤ古代文明、エジプト古代文明は、それぞれ何度かの盛衰を繰り返し、最後には自然の枯渇、砂漠化して衰滅したと考えられます。石油という新たな自然資源が発見されるまで続きました。石油が減耗していくと、再び、文明崩壊の状態になるのでしょう。  
シミュレーション結果として、階級格差が進むと文明崩壊が早まります。大衆が富の蓄積をしますが、エリートは格差比率でもってその富を収奪します。すると、大衆は飢餓ラインに達して大衆人口は減少して富の蓄積も減少していきます。
しかし、エリート人口は増え、その分、富の収奪量が増えていきます。  

現在、いわゆる先進国と一部発展途上国で、富の一極集中が、1%の富者、99%の貧者への分極化で進んでいます。しかし、一部の国を除いて、貧者の生活が飢餓ライン以下にはなっていません。しかし、今後、貧者が飢餓ラインに陥ることが、その原因とプロセスは地域・国によって異なるでしょうが、十分に考えられます。そうなると、富の創造の担い手である貧者人口の減少が起こり、エリートも遅れて縮小し、文明社会の崩壊が加速されるように思います。  
では、格差社会で、かつ自然減耗率の高い社会に対して、文明的に救済できる策があるのでしょうか。HANDYモデルのシミュレーションの結果が教えるところは、先ず、格差比率を小さくすることです。次いで、自然減耗率を最適値に近づけること、そしてエリートの出生率を下げ、大衆の出生率を増やすことです。 しかし、これしかないのであれば、石油ピークを過ぎて石油減耗が加速的に進めば、そして生産人口が減少しても富者の強欲収奪が続けば、文明崩壊は避けられないと恐れます。
HANDYモデルは、当バージョンでも文明盛衰の評価に資するところがあります。しかし、このモデルにはエネルギー収支比のコンセプトが入っていません。自然の減耗量がそのまま富の蓄積量になっているからです。  HANDYモデルは、もっと精緻化したほうが良いと思いますし、できるはずです。エネルギー収支比、地域に分かれている文明の相互作用も、モデルに組み込めると思います。超高速の大型コンピュータで、恣意的なアルゴリズムで地球温暖化シミュレーションするのを止めて、間近に迫る石油ショートという自然資源の減耗に着目して文明存続の条件をシミュレーションすべきだと思います。 どなたかしませんか。(以上)

(注) Maryland 大学の Safa Motesharrei et.al の論文は、 “Human and nature dynamics(HANDY): Modeling inequality and use of resources in collapse or sustenability of societies” Ecological Economics 101(2014) NASA(米国航空宇宙局)の助成金等による研究報告です。

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