パリ協定の発効に際して考える 実現可能なCO2排出削減対策こそが求められる

東京工業大学 名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部・副本部長 平田 賢太郎

NHKの報道「温暖化は暴走状態に入った」に対する対応
今年(2016年)の9月4日夜のNHKスペシャル「シリーズ巨大危機、日本列島を襲う異常気象、次は何が起こるか、最新科学の力で徹底解明」では、“今年(2016年)の今までの観測史上でみられなかった台風の進路変更や、大雨、落雷などの異常気象が地球温暖化によって起こっている。これらは、地球温暖化による日本近海の海水温の上昇に起因する”との気象学者の解説を紹介した上で、地球温暖化は、もはや、引き返すことのできない状態に入ったと報道した。
この「もはや引き返すことのできない地球温暖化」として紹介されたのは、“いま起こっている温暖化によって北極圏の永久凍土が溶け、そのなかに含まれるCO2の28倍もの温室効果のあるメタンガスが大気中に放出され、それが温暖化をさらに加速している。この温暖化が、すでに取り返しのつかない暴走状態に入っているのではないか”との論説であった。
このNHKの報道が正しかったとしたら、確かに、これは大変なことである。すなわち、いま、起こっている地球温暖化が北極圏の永久凍土からのメタンガスによるものだとしたら、このメタンガスが、さらに、温暖化を促進させて、地球気温は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル。国連の下部機関)がいま予測しているCO2に起因するとしている地球気温の上昇幅をはるかに超えた値になる。
まさに、もはや取り返しのつかない温暖化の暴走といってよいだろう。
NHKが、この報道で主張しているのは、この温暖化の暴走の引き金となるのが、CO2 の排出量の増加による温暖化の促進であるから、IPCCの主張する地球温暖化対策としてのCO2の排出削減への世界の協力の必要性であろう。
そこで、私どもがインターネットで、「地球温暖化の加速とメタンガス」で検索してみたら、このような、温暖化へのメタンガスの影響を訴える論説がいくつかあることが判った。
これに対して、国立環境研究所の江守正多氏は、“その可能性は否定できないが、現在、大気中のメタン濃度の増加は止まっているから、その可能性は小さい”との見解を述べている。
IPCCの国内委員を務める江守氏が、CO2に較べて、温室効果が28 倍もあるメタンガスの大気中のCO2濃度と、現状の北極圏の永久凍土の溶解状況の観察結果、さらには、大気温度上昇の観測結果を総合的に判断したうえで、メタンガスによる温暖化の暴走が起こっていないと言うのであれば、それを信用してもよいであろう。
今後も、温暖化の暴走を防ぐためには、IPCCに、これらの観察、観測を、注意深く続けて頂いて、必要があれば、日本だけでなく、世界に警告を発して頂ければよいし、それ以外の方法がないであろう。

 

パリ協定が発効して、世界各国に CO2 排出削減の実行が求められている
上記したように、メタンガスによる温暖化の暴走の脅威が、いまは、起こっていないとしても、もし、その可能性があるならば、その引き金になると考えられている世界のCO2の排出削減を、可能な限り実効のあるものにすることが望まれる。
たまたま、いま(2016年11月4日)、パリ協定が発効して、世界各国にCO2排出削減の実行が迫られるようになった。しかし、このパリ協定では、各国が自主的に提出したCO2排出削減の目標値を承認しただけで、このCO2排出削減の具体的な方策は、それぞれの国に任されている。
このパリ協定の最終目標値は、今世紀の後半の世界のCO2排出量ゼロとなっているが、昨年暮れのCOP 21の協議では、この途中年次の、2030年における現状からのCO2排出量削減比率の値が示されているだけで、その値が、今世紀後半の世界のCO2排出ゼロの目標にどう繋がるかは明らかにされていない。
また、このCO2排出削減対策として、具体的にどのような方策が用いられるかも明らかにされていない。例えば、いま、化石燃料の代替として、再生可能エネルギー(再エネ)の利用・拡大が図られているが、現状では、この再エネの利用は、化石燃料を用いるよりも高くつくから、世界的な経済不況のなかで、この経済性の問題が解決できない限り、世界各国が協力してCO2排出をゼロに導くことはできない。
いま、日本政府のパリ協定への批准が遅れているのも、このようなパリ協定の実効性を保証できるような自国のCO2排出量削減案をつくれないこととともに、世界各国が協力して、パリ協定を実効のあるものにできる方策を提言できないためではないかと考えることもできる。

 

パリ協定を実効のあるものにする方策、それは世界の化石燃料消費の節減以外にない
化石燃料が枯渇に近づき、その国際市場価格が高くなり、それを使えない国や人がでてきているいま、世界にとって、人類の生存にとって最も大事なことは、残された化石燃料を、全ての国が分け合って大事に使うことである。
具体的な方策として、私どもは、全ての国が公平に、2050年までに、一人当たりの化石燃料の消費量を現在(2012年)の世界の平均値、石油換算 1.52トン以下にすることを提言している(文献 1 参照)。
この「世界の化石燃料消費量の節減案(以下、「この提言案」)」では、図1に示すように、先進国では大幅な化石燃料消費の節減が求められる一方で、中国を除く途上国にとっては、まだ、当分の間、成長に必要な化石燃料を消費できる余地が残されている。
したがって、途上国にとって喜ばれる案のように思えるが、必ずしも、そうではないかもしれない。それは、昨年暮れのパリでのCOP 21でのCO2の協議では、途上国が、自国のCO2の排出削減によって、成長に必要なお金を先進国から引き出すことが主体になっていたからである。とは言え、「この提言案」では、途上国では、お金のかかるCO2の排出削減が要請されることはないから、温暖化対策とは無関係に、経済成長のためにODAなどの援助資金の提供が約束されれば、「この提言案」に反対する理由は見当たらないであろう。
問題は、大幅な化石燃料消費の節減を要請される先進国と中国であろう。
しかし、この図1の縦軸の化石燃料消費をCO2の排出量に直してみて頂きたい。実は、「この提言案」と、同じことをやろうとしているのが、パリ協定での温暖化対策としての世界のCO2排出削減への取り組みなのである。

kubota-image20161110

注; 図中星印は、2050年の目標値として決められる2012年の世界平均の一人あたりの化石燃料消費量の値1.52トン-石油換算トン / 年。ただし、各国の目標値は、この値に、人口の増減を考慮した補正を行う。
図1 各国の一人あたりの化石燃料消費量の年次変化と、私どもが提案する「世界の化石燃料消費の節減案」での目標値
(IEAのデータ(エネ研データ、文献1 に記載)をもとに作成)

確かに、先進国にとって、この「世界の化石燃料消費の節減案(「この提言案」)」を省エネルギーの徹底だけで実行するのは大変かも知れない。しかし、「この提言案」の実行によって浮くと想定されるお金で再エネの利用・拡大を図ることができる。
これに対して、もし、私どもの「この提言案」が実施されずに、経済力のある大国が、化石燃料消費の節減よりもCO2の排出削減を優先させて、例えば、IPCCが推薦するCCS(化石燃料燃焼排ガス中からCO2を抽出・分離・埋め立て)技術を採用した場合には、CO2の排出量は減少するが、化石燃料の消費が増大するから、図1に示した私どもの「この提言案」は成立しなくなる。

 

化石燃料消費量配分の公平が世界に平和を取り戻し、人類の生存への道を開く、
いま、世界で、経済成長のために必要な化石燃料消費の配分の不公平が、タリバンに始まりISに至るテロ戦争の脅威を世界に拡大させる原因になっている。
このテロ戦争による世界平和への侵害は、アメリカの主導による軍事力によって解決できる問題ではない。
時間はかかるかも知れないが、図1に示す「世界の化石燃料消費の節減案(「この提言案」)」に全ての国が協力して、その実行を図る以外にないと私どもは考える。
これこそが、パリ協定での各国の合意を実行可能にする唯一の方法である。
また、これが、現代文明を支えてきた化石燃料の枯渇後に、人類が、平和を目指して生存できる道でもある。
日本政府にお願いしたい。遅れていたパリ協定の締結がやっと決まった。COP 22に、是非、上記の私どもの「この提言案」を世界各国に訴え、その実行を促して頂きたい。

<引用文献>
1.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済のいきのこりのための正しいエネルギー政策を提言する、私費出版、2016年

 

 ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

One Comment

Add a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です