Dmitry Orlov氏の『プーチン大統領の狂気』

 今は昔、2005年4月にエジンバラで開催された石油減耗に関する会議の席でC.J. キャンベル氏は「石油時代の前半が今幕を下ろす。それは150年間続き、工業、輸送、貿易、農業、金融資本の急速な拡大を見せ、人口を六倍に増やすことを可能にした。金融資本は、石油にもとづくエネルギーによって焚きつけられた「明日の発展」を「今日の借金」の適当な担保と信じることで銀行によって創られたのだ。石油時代の後半は今黎明にある。石油と石油に依存するすべて(金融資本を含む)の衰えによって明示されるだろう。それは、現在の金融システムと関連する政治構造の崩壊を予告するものであり、いわば第二次世界恐慌である」と語った。(ASPO NEWSLETTER No 53, Contents No.534

 それから9年の月日が流れたが、その間、私たちは世界的金融危機から抜け出せないままMENA諸国の政変やPIIGSの苦境を目の当たりにし、上記キャンベルの予告を追認しているのである。そして、2014年3月21日、プーチン大統領はウクライナのクリミア自治共和国とウクライナ政府直轄の特別市セヴァストポリをロシアに編入する条約の批准書に署名した。これは現代の覇権国家であるアメリカの意向に公然と叛意を示した歴史的出来事であり、世界の潮流の大きな変化が看取される。

 さて、本稿は、Dmitry Orlov氏のブログCLUBORLOV 2014年3月18日付けの記事” The Madness of President Putin” を訳したものである。最近のウクライナ情勢に関連した啓蒙的内容が記されている。


Juliette Bates

[イタリア語で。ありがとう、マクシミリアン。]
[これを一緒に書くのを手伝ってくれたマックスに多謝。]

 ロシア連邦の大統領が2014年の2月と3月のウクライナの事態に彼のやり方で応じたこと、つまりキエフのネオ・ファシスト体制に同意することを拒否してクリミアの自己決定する権利を認めたのはなぜか、これについて西側のリーダーや評論家が供した様々な説明においてもっとも顕著な説明は、プーチンが狂ってしまった、というものだ。この顕著な説明は、西側それ自体にあてはまるように思われる。

 その昔、国際情勢は、多極的秩序、競合するイデオロギーの多様性、そして、社会および経済組織における二者択一の図式を映していた。その当時に遡って考えると、もう一方の国の行動が二者択一のイデオロギーという観点から理解されよう。ところで、スターリン、ヒトラー、イディ・アミン、ポル・ポトのような過激な人物でさえ、彼らを頭がおかしいと言うことは、彼らが合理的に政治目標を追求する上での図々しさを指す誇大表現の一例である。だが、アンゲラ・メルケル首相が、西側メディアで上演された物語のテーマをまねて、プーチンは「別世界に」住んでいるのかと尋ねるとき、その問いは文字通りの何かを意味しているように思われる。

 私たちは、合意された現実の共通理解にもとづいて人々の振る舞いや論理を説明することができないときに、人の正気を疑う。そういう人々は私たちにまったく予想できなくなり、ちょっとの間普通の会話を続けることができるが、次に首根っ子に掴みかかることになってしまう。そういう人々の行動は、あたかも私たちが住んでいる世界と似て非なる世界に住んでいるかのように、思慮を欠いて乱れているように見えるのだ。プーチンは友達だと述べ伝えた上で、西側はまったく理解できず、びっくりしたように装っている。クリミアの事態を傍観する西側の偽りのショック状態は、ウラジミール・プーチンを孤立させて畏縮させるために計画された戦略のようにも見える。だが、この戦略は奏功しないだけでなく、現実に即せば、偽りのショックから本当のショックへと変貌して裏目に出るだろう。すなわち、西側の治療方法はもうこれ以上奏功しない、自陣営にも他の者にも。

 西側つまり合衆国と欧州連合は、ソビエト崩壊以来、ずっと世界の精神病院の主任精神科医の役割を担ってきた。1990年以前、世界は核兵器を対峙させた二つの競合するイデオロギーにはっきりと分けられていたが、その後、ミハイル・ゴルバチョフは屈服したのだ。彼は「共通の人類の価値」の王者であり、東西両システムのよいところ(ソビエト社会主義における人道的勝利とアメリカ資本主義の魅力的な消費活動の繁栄)を結びつけることによって、超大国の衝突を平和のうちに解決することを欲した。

 ところが、ゴルバチョフが屈服した結果、ソビエト社会主義共和国連邦は分割され、1990年代にはロシア自体も滅亡して分割しかねない瀬戸際に追い詰められた。ゴルバチョフが依然として人気者である西側では、ゴルバチョフがソビエト社会主義共和国連邦の平和的解体を画策したと思われているが、ソビエト崩壊という混乱の余波は、おびただしい死者を伴い、ひどいトラウマになる出来事だった。プーチンがソビエト崩壊を「世紀の最悪の地政学的大惨事」と呼ぶとき、彼の言葉は多くのロシア人の感性に共鳴しているのだ。一方、ロシア人はゴロバチョフのことを“Mishka mécheny” (「狙われた人ミッキー」つまり悪魔によって狙われている)と呼ぶことを好む。

 ソビエト崩壊後、ロシアは競い合えるようなイデオロギーを供することができなかった。実際には、西側の自由主義の植え付けを例外として、ロシアにはイデオロギーがまったくなかった。実効性のある法の枠組みや個人の所有権および市民社会の伝統を欠いていたために、西側の自由主義はすぐに極めて凄惨なギャング主義に堕したのだ。だが、そのときにプーチンが現れ、彼のKGB時代の経験とソビエト後の「権力ある大臣たち」とのコネクションを使って、彼は新しい秩序を作り上げた。まずはギャングたちの勢力を削いで、ギャングたちを押し退けるか吸収するかして、その後、プーチンが言うところの「法の独裁制」を課した。これこそ新しいロシアのイデオロギーにおける最初の重要な構成要素である。すなわち、法が最優先であり、誰もそれを越えられない、たとえ合衆国であっても、というわけだ。

 さて、国内でも国際的にも、プーチンが公布した「法の独裁制」という考えを合衆国で今日施行されている法なるものと比べてみよう。合衆国には今、二通りの人間がいる。まず、法を超越した人々だ。アメリカ政府とNSA、FBI、DODなどの政府機関、ウォールストリートの金融業者、得体の知れない政府からの請負業者、彼らは罪を犯しても起訴されない。また、超富裕層も政治的に結託しており、単純に弁護士にカネを注ぎ込んで合法的に誰かを蹴散らすことができる。

 次いで、その他のみんなは、法の下にいる人々なのだ。世界で最もおどおどした人々であり、賠償訴訟を起こされて預金を奪われる恐怖、あるいは逮捕されて司法取引を認めるように脅されて刑務所にぶち込まれる恐怖を抱いて暮らしているのだ。今では告発なしでも無期限で勾留できるようになっており、世界のどこにいても誘拐されて、「ブラック・サイト」やわかりにくいところに運ばれてしまうこともある。告訴状を知らされることなく裁判にかけられ、秘密の証拠に基づいて有罪にされる。また、わずかな悪事の挑発もしていないのに見てすぐに銃撃される。海外では、結婚披露宴や葬式が誤操縦されたドローン(無人航空機)の攻撃を受けたとき、その背後にワシントンがいなければ、それは戦争犯罪になるのだが、単に「(政治的にやむをえない)付随的被害」で片付けられてしまうのだ。

 情け容赦のないNSAの監視のお陰で、今や私たちにプライバシーはなく、秘密も保てない。たとえば、ドイツのメルケル首相も明らかに「法の下」にいる。エドワード・スノーデンのお陰で、メルケル首相は彼女の携帯電話の会話をNSAが盗聴していることを知り、激しく憤慨して苦情を言った。そこで、NSAは彼女の電話の盗聴を止めて・・・彼女が話すすべての人の電話を盗聴し始めたのだ。まぁなんとも機転が利いているではないか?しかしながら、どうしてメルケル夫人は苦情を言うのを止めたのかに気づいていただきたい。プーチンとは違って、彼女は「狂って」いないからなのだろう。彼女はワシントンが言うことが法であるという合意された現実の中の意欲的関係者であり、ドイツの主権という幻想を維持するためには、彼女が話すことなどノイズに過ぎないのだ。彼女のためにも、彼女の母語であるドイツ語で尋ねてみましょう。“Frau Merkel, glauben Sie wirklich dass die amerikanischen Politiker Übermenschen und die Deutschen und Russen und Ukrainer Untertanen sind?”(訳:「メルケル夫人、あなたは本当に、アメリカの政治家はスーパーマンで、ドイツ人とロシア人とウクライナ人は被験者だと思っているのですか?」)

 プーチンの二つ目の新制度は「主権民主主義」と彼が呼ぶものである。それは外国による政治的操作を完全に浸透させない議会制民主主義のシステムである。あぁ、完全に浸透させない、というのは適当ではないかもしれない。免疫系をうまく維持するにはときどきどこかに軽度の炎症を起こすことがよいように、周期的に暴動警察によって小突かれるモスクワとサンクトペテルブルグの進んでいる人を持つことが健全だと考えられている。そういう進んだ人の多くは、今も西側を崇拝する若者の愚行の中に見出され、その崇拝は万国共通のものであるように思われる。たとえば、スーパーマーケットに入って凍った鶏を膣に詰め込むこと(つまり、プッシー・ライオット)をパブリックアートだと考える、取るに足りない人の一団がいるのだ。彼らは相当に需要のある喜劇的救済を供する西側メディアを見ることを礼賛しているように思われる。だが、それでもロシアの保守主義のファイア・ウォールは西側の進軍を通さずにいる。(コーエン教授が最近指摘したように、アメリカ人によるゲイの権利の扇動よりも前に、ロシア人のゲイは「ファゴット(註:faggot、男性同性愛者のことだが、侮蔑的ニュアンスが伴う)」と呼ばれてきた。今やアメリカ人のゲイは「アメリカン・ファゴット」と呼ばれており、ロシアのゲイの権利はかなり遅れを取っている。)

 再び、アメリカで今行われている出来事の様子とプーチン体制とを比較してみよう。アメリカ合衆国議会が大統領に協力しないので、法令(アメリカのお役所言葉でいう「大統領令」)で支配する計画だと、オバマ大統領は今年の一般教書演説で発表した。それに応じて、今度は議会が国会制定法の遵守をオバマ政権に強制することを企図する法律を起草している。明らかに彼らは、このプロセスについてすでに詳述しているアメリカ合衆国憲法の抄本すべてをどこかに置き忘れてしまったようだ。ともあれ、この際限ない立法権の行き詰まり状態に置かれた彼らのわざとらしい顔つきは、選挙活動資金の提供者の間で悪用される資金の分配という真の仕事を隠蔽する煙幕のように見える。なにしろ今や選挙活動資金は年間数兆ドルに達するのだから。そして、このことに加えて、アメリカ合衆国議会の半数がイスラエルへの忠誠を誓っているという事実を勘案していただきたい。ロシア人の目に映るのは、主権も民主主義もないアメリカ合衆国であり、それは世界で最も太ったハゲタカたちの餌食にされている民主主義の腐敗した死骸なのだ。

 現代のロシア人の理解では、ウクライナにもまた主権がなく(露骨な傀儡政権が跋扈している)、それゆえその政府は非合法なのだ。ウクライナに独立を与えた1991年12月の住民投票は当時効力があった憲法に違反して導かれたものであり、それゆえにウクライナの独立がそもそも違法だったのだ。同様に、最近の武力によるウクライナ政府の転覆はウクライナ憲法に反したものであり、ウクライナはもはや憲法を持たないに等しいのだ。他方、クリミアの住民投票は、合法的な中央権力の不在状態における住民の意思の正当な表現方法であり、それゆえ未来に進むための確たる正当な基礎を与えるものだ。クリミアの住民投票が非合法的だと言明しているアメリカ政府およびその追随国は問題外なのである。そもそも、それらの国々はロシアのために法を創り出す権限はなく、ロシアの内政からは壁で隔てられているのだ。

 * * *

 冷戦の終わり頃から、アメリカ合衆国が世界の精神科医の役割に昇進したことを人は認めることができるだろう。ベルリンの壁が崩れて、西側の資本主義、民主主義、自由主義が勝利したように見えた。そして、世界がうまくやっていく方法や社会を前進させる事柄、また、経済的、社会的および政治的組織における最もよい生産的様式に関する統一的な西側の考え方がこの惑星全体に普及したわけだ。フランシス・フクヤマは軽率にもとても滑稽な論文を『歴史の終わり』に著した。その文脈では、筋の通った新しい考え方を持つことを許す寛大さをロシア連邦に与えず、アメリカは自らの疑いのない卓越性や絶対的ヘゲモニー、思想や行動の理非曲直を説教して調停する役割を有するという幻想を徐々に取り戻そうと試みていたわけである。ところが、この世界が狂ってしまったのか、あるいはプーチンが狂ってしまったのか、どちらかだ。以前の診断には誤診があったように思われる。ジョージW.ブッシュは2001年のスロヴェニア・サミットでプーチン大統領を次のように評した。「私はその男をこの目で見たのだよ。私は彼がとても正直で信頼できることを見抜いたよ。とてもよい対談を持つことができたね。そして、彼の情熱を感じたよ。自国と自国にとって最善の国益に自らを捧げる男の情熱をね。」患者はうまく専門医を欺き、彼が正気であることを精神科医に信じさせた。そして今、患者は暴れ狂い、西側は必至になって彼を精神病院の中に連れ戻そうとしているのである。

 この精神病院の院長への同情もまた無理からぬことである。ウクライナとクリミアにおける事態の進展は西側にとってとても厄介なことなのである。というのは、西側の歴史の連続性という考えに背いているからだ。このため、先進国に位置づけられる西側の国々が先頭を走り、ウクライナのような落伍者を単純に哀れに思って、EUおよびNATOの会員、通貨同盟、IMFの手によるゆっくりと制御された国家破産という道筋に沿って、励ましているわけだ。西側諸国が自らに語り聞かせる物語の中では、ソビエト連邦の崩壊は重要な心理的突破口となった。西側諸国はこの物語を聞いて育っている。というのも、この物語が西側諸国を定義して価値観と目的を与えているからだ。だが、この基本的な前提と基盤を台無しにする何かが著しく心をかき乱している。21世紀における多くの惨憺たる失敗例はもはや看過できず、西側の作り話がますます怪しげに思われるものになっているのだ。9/11のような呼び物に加え、アフガニスタンにおける大失敗、今なお続くイラクの内戦状態、2008年の地球規模の金融メルトダウン、手に負えない失業問題と経済の停滞は21世紀初めのここ15年ほど西側を苦しめて、さらに、リビア、シリア、エジプト、今度はウクライナと、立て続けに大失敗を喫している。しかるに、この度のウラジミール・プーチンとの個別の対決は脆弱な西側の精神に関わるものである、という特別な意義を見出すことは難しいことではない。

 直線的な歴史を歩んできた西側優勢の旅路が終わるように思われる。今回の対決の根底にある矛盾は、クリミアと二流の失敗国の政治的偏向というごく小さな利害関係がかくも大きな問題になったことであり、このことはより深い意味があることを示唆する。この政治的動乱は、「国境地帯」と文字通り訳されるウクライナという東西を分かつ肥沃な土地に根を張っており、衰退期にある西側のヘゲモニーの強烈な象徴の役目を果たしている。この対決は歴史的に重要な意味を持ち続けることだろう。なぜならば、西側の精神科医で世界の警察官たる権限が公然と楯突かれているからだ。西側が勝利したという束の間の幻想にひびが入っているわけである。私たちは歴史が終わった後の段階つまり根本的に新しい未来には進んでいなかったのである。患者たちが逃げ出しているのであり、まるで精神科医が端から狂人だったかのように見えてくる。

 そこで、この問題のお門違いなところについて考えよう。地政学のチェスボード上では、困窮した東欧の政治的人質として以外に、西側にとってのウクライナとは何だろうか?全般的な傾向が調和するロシアとの併合が拒まれねばならないのはなぜだろう?ロシアにとってウクライナは、歴史的にはロシアの一部であり、最も初期のロシアすなわちキエフ大公国の首都があった場所(ここから首都はモスクワ、サンクトペテルブルク、そして再びモスクワへと移った)である。その地はロシアが11世紀にわたる共通の言語、文化および政治的歴史を有する領域なのだ。また、ウクライナの半分はレーニンとフルシチョフによって気まぐれに加えられたロシアの土地なのだ。実は私もハルキウ(註:ウクライナ北東部の都市)がロシアだと思って育ったが(その通りだからだ)、ある時そこに行くには今ではビザが必要であることを知って驚いたことがあるのだ。なぜならば、間違った国境が定められて、都市の名もハリコフに変わったからだ。(ウクライナ語への変換に迷うならば、ロシア語を選んで、‘y’と‘o’ と‘e’ は‘i’で置き換え、‘i’はy’で置き換え、‘g’は‘h’で置き換える。逆変換するには、ロシア人を必要とする)昨年の12月に示されたように、ハルキウのロシア人やウクライナの他のロシア人居住区には不適当な国境が定められており、22年間、不安定で機能不全のおそろしく腐敗した政府の支配下にあった。彼らが心ゆくまでロシアの国旗を振るのは何ら不思議なことではないのだ。

 まぬけなジョン・ケリーでさえ最近では、ロシアがウクライナに「正当な利害」を有することを容認するように聞かされた。また、ウクライナを巡ってロシアに異義を唱える際に、オバマが再三宣言するのを好む架空の「レッドライン」を西側はまだ越えてはいない。だが、キエフにネオ・ファシストの反ロシア体制を作った際、二本の黄色の線を引いて、正面衝突を暗示していた(註:アメリカでは、黄色の二本線のセンターラインは高速道路のはみ出し規制を表す)。問題は、その衝突でどちら側が生き残るかだ。ロシアの戦車の列か、それともジョン・ケリーのリムジンか?西側による先制攻撃はビザの発給制限とロシア高官およびビジネスマンの口座凍結だった。なお、対象となる人々は西側に銀行口座を持っていないか、先週の金曜日(註:3月14日)にすでにお金を引き出しており、また、アメリカ合衆国に渡航する予定はない。

 そして、ロシアは「相応に」対処することを約束した。その兵器庫にあるものは、巨大な金融バブルを弾けさせて2008年の金融崩壊の再来を導くものだ。石油と天然ガスの支払いに法定不換紙幣の代わりに金を要求することから始まって、米ドルの準備金を(中国と協力して)投げ売りすること、天然ガスのバルブをわずかに右回りにひねって経済崩壊の近道の路頭にEUを投げ出すこと、ロシア領土を通過する供給経路を許可した現在効力のある協定について不可抗力を宣言して再供給なしのままアフガニスタンに駐留する米国とNATOの軍隊を置き去りにすることが挙げられる。もしもロシアが断固たる措置を選ぶとしたならば、そういうことになる。また、ロシアはほとんどあるいはまったく何もしないことを選ぶこともできたが、そうすると、ウクライナの国債が債務不履行になって金融業界へ悪影響を及ぼし、また、ヨーロッパへの天然ガス輸送を台無しにするウクライナの大混乱への不安も募って、ぐらついている西側の金融業界という砂上の楼閣を大破するに十分なものになっただろう。

 では、西側のグローバル・ヘゲモニーに残るものは何か?世界の精神科医を務める西側の権利に残るものは何か?それをどう解釈するかは、あなたの自由だが、いくつかの教訓は明白であるように思われる。ロシアの視点からは、ワシントンと良好な関係を持つことは選択の余地を残しているが、ウクライナはより重要な問題であるようなのだ。ロシアが本当にワシントンに望むことは、ワシントンが世界の出来事に干渉することを止めて欲しいということなのだ。アメリカはいなくてもよいのである。他方、ワシントンはロシアの協力を必要とする、アメリカがもしもアフガニスタンから無事に軍隊を引き揚げたいならば、また、国際宇宙ステーションを訪ね続けたいならば、そして、シリアやイランのような場所での飽くなき大失敗の後でも顔をつぶさずにいたいならば。

 EUは新しい主人を選ぶように頼まれてはいないが、ワシントンの命令への奴隷的服従は悪影響を導き、モスクワの落ち度がなくとも陰鬱な来年の冬には凍え震えていることになるかもしれない。だからEUは、その明らかな自己利益に反することをするのではなく、それが叶うように行動を始めるべきなのだ。

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