世界の一国主義の台頭が世界の平和を侵害し、日本経済を苦境に陥れようとしています(その2)化石燃料代替の原子力の利用は幻に終わる。いや、終わらすべきです

東京工業大学 名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部・副本部長 平田 賢太郎

(要約);
① 現代文明社会を支えてきた有限の化石燃料資源代替のエネルギー源として期待されていた原子力エネルギーは、現状では、電力にしか変換できませんから、その利用には大きな量的な制約があります。この単独使用では化石燃料の代替とならない、3.11福島事故で失われる原発電力を取り戻そうと、政府は、国民の多数の反対を押し切って、原発の再稼働を進めています
② 化石燃料代替のエネルギーとして先行した世界の原発電力の利用が停滞するなかで、地球温暖化対策としてのCO2の排出削減の要請が、一時、その利用の拡大を促しましたが、3.11福島の事故で、この原発電力の利用は大きな曲り角にきています
③ 脱原発のための自然エネルギーの利用が言われていますが、原発電力の代替は、当面、節電の実施と安価な石炭火力の利用で賄えます。世界が協力して化石燃料の消費を節減すれば、この石炭火力を嫌われ者にしている地球温暖化は起こりません。
④ 原発の利用に安全性を求めるなら、それは原発を持たないことです。この科学技術の常識に立てば、新しい安全基準が確保されたとして、政治が、経済成長のために原発電力が必要だとして、その再稼働を進めることは許されません。
⑤ 化石燃料の代替としての原発電力の利用は、人類の生存に大きな影響を与えかねない使用済み核燃料廃棄物や廃炉の処理・処分、さらには、万が一の事故の後始末の問題を次世代に積み残す、現代人にとっての許しがたい犯罪です
⑥ 結論として言わして頂くと、化石燃料枯渇後の世界経済を支える化石燃料代替のエネルギー源は原子力ではありません。経済成長の抑制を止むを得ないとした前提の下での再生可能エネの利用とならざるを得ません。これが、化石燃料の枯渇後の世界に日本経済が何とか生き残り、放射能汚染のない地球上で、国際平和の維持のなかで人類が生き残る唯一の道と考えるべきです。

 

(解説本文);

① 現代文明社会を支えてきた有限の化石燃料資源代替のエネルギー源として期待されていた原子力エネルギーは、現状では、電力にしか変換できませんから、その利用には大きな量的な制約があります。この単独使用では化石燃料の代替とならない、3.11福島事故で失われる原発電力を取り戻そうと、政府は、国民の多数の反対を押し切って、原発の再稼働を進めています

日本エネルギー経済研究所編;エネルギー・経済統計要覧(以下、エネ研データ(文献1 )に記載のIEA(国際エネルギー機関)のデータから、現代文明社会の経済成長を支えているエネルギー源種類別の世界の一次エネルギー消費の年次変化を図1に示しました。この図 1 にみられますように、現在(2014年)、化石燃料(石油)資源換算量で与えられる世界の一次エネルギー消費の91.4% と圧倒的な量が化石燃料によって占められています。このように大量の化石燃料が今でも使われているのは、現状では、その使用が最も経済的に有利だからです。
ただし、このエネルギー源として安価な化石燃料の使用が今後も増加を継続すれば、今世紀中にも、枯渇することは確実です。ここで、私どもの言う枯渇とは、現状の技術で採掘可能な資源量が少なくなり、その国際市場価格が高くなって、これを使えない人や国がでてくることです。この化石燃料の枯渇に備えて、その代替として最初に登場したのが、原子力エネルギーの利用です。しかし、原子力エネルギーは、現状では、電力にしか変換できません。その原発電力の全てが、3.11福島の過酷事故で失われたいま、その原発の再稼働を含めた原子力エネルギー政策の復活の是非が国民の大きな関心事となっています。

注; (石炭)等は一次エネルギー消費(石炭)等の略です。 (可燃再生・廃棄物)は、新エネルギーともよばれる再エネ電力と、在来型のバイオマス燃料や廃棄物のエネルギー(一部、電力を含む)の利用量です。
図 1 世界のエネルギー源種類別の一次エネルギー消費の年次変化
(エネ研データ(文献1 )に記載のIEAデータをもとに作成)

現代文明社会のエネルギーの使用形態は、電力と熱に大別できますが、使用上の便利さの追及から、電力利用へのシフトが起こっています。とは言え、化石燃料主体のエネルギー利用状況のなかで、この化石燃料資源量で表した一次エネルギー消費量のなかの一次エネルギー消費(電力)の比率、「一次エネルギー消費における電力化率」の世界各国の値は、図2に示すように、現状では、1/2 以下の30 ~ 40 % 程度です。
また、需用負荷変動への対応力の弱い原発電力には、その利用の際の電力量の比率には制約があり、図2の国別の電力化率の値とともに記載した(図中で原発比率とした)ように、原発電力を隣国の火力発電電力と交換できるフランスやウクライナを除いては、せいぜい約1/4、20 数%程度以下に制約されます。したがって、一次エネルギー消費のなかの一次エネルギー消費(原子力)の比率の値は、図2 に原子力比率として示したように、原発比率の大きいフランスおよびウクライナを除き10 % 以下です。なお、2014年の日本の原発比率および原子力はゼロになっていますが、図2には、3.11福島の原発事故の起こる前の2010年の値を示しています。この日本の原子力比率は、フランス以外の他の先進諸国に較べて、やや高い値ですが、それでもせいぜい(電力化率 1/2 )×(電力中の原発比率 1/4 )=1/8 (12.5 % )程度に止まっていたことが一般には余り知られていません。
すなわち、やがてやって来る化石燃料の枯渇に備えて、その代替として、原発電力だけに依存して現代文明生活を支えるエネルギーを供給することには大きな困難が伴うことを示しているとみることができます。

注; 電力化率;一エネルギー消費のなかの一次エネルギー消費(電力)の比率、
原発比率;一次エネルギー消費(電力)のなかの一エネルギー(原子力)の比率、
原子力比率=(電力比率)×(原発比率);一次エネルギー消費のなかの一次エネルギー(原子力)の比率、 ただし、日本の値のみ、3.11 福島以前の2010年の値を示しています。
図 2 世界および各国の電力化率、原発比率、原子力比率の値、2014 年
(エネ研データ(文献 1 )記載のIEAデータをもとに作成)

このような状況のなかで起こったのが、3.11福島の事故による原発電力の喪失です。原発に義務付けられている11ケ月ごとの定期点検の後、すべての原発が稼働を停止しました。その後、国民の省エネ努力などで、原発電力無で、国内電力に不自由しているとは言えないのに、政府は、いま、この福島事故で失われた原発電力を取り戻さないと、国民の生活と産業用の電力を賄うことができないとしています。すなわち、福島の過酷事故を教訓として作られた新しい安全基準に合格したと原子力規制委員会が認めた原発について、国民の多数の反対を押し切って、順次、その再稼働を進めようとしています。
しかし、考えてみて下さい。3.11福島事故の後始末ができていません。すなわち、放射能汚染地域からの避難を余儀なくされた住民の復帰ができていません。また、経済的な理由で除去の困難なトリチウムを含む汚染水の貯留タンクの量が継続的に増加しています。さらには、事故廃炉の処理・処分の目途が立たないままに、その費用の推定値がどんどん膨らんでいます。このような事故リスクの大きい原発がなくても、日本は電力に不自由していないのに、何故、いま、政府は、原発を再稼働させなければならないのでしょうか?
以下、本稿では、先の「世界の一国主義の台頭が世界の平和を侵害し、日本経済を苦境に陥れようとしています(その1 )経済成長を支えてきた化石燃料枯渇の危機が迫っています」に続いて、「(その2)化石燃料代替の原子力の利用は幻に終わる。終わらせるべきです」 として、3.11 福島以降、国民の多くが願う脱原発を実現させるための私ども科学技術者の視点からの提言を行いたいと考えます。
なお、本稿の詳細につても、(その1 )と同様、私どもの近著(文献2 )を参照して頂ければ幸いです。

 

② 化石燃料代替のエネルギーとして先行した世界の原発電力の利用が停滞するなかで、地球温暖化対策としてのCO2の排出削減の要請が、一時、その利用の拡大を促しましたが、3.11福島の事故で、この原発電力の利用は大きな曲り角にきています

やがてやって来る化石燃料の枯渇に備えて、その代替として、先ず用いられるようになったのが原子力エネルギーです。太陽のエネルギー源である核融合反応の利用が究極の目標でしたが、現実的な実用化では、第二次大戦で使われた原子爆弾のエネルギーとしての核分裂反応のエネルギーが利用されました。
しかし、原子力の平和利用の名の下で実用化された軽水炉型原子力発電所(原発)では、原爆の原料となる濃縮ウラン(天然ウランのなかのウラン235を核分裂反応を起こす濃度まで濃縮した)を用いて、同じ原爆の原料となるプルトニウムが大量に生産されます。したがって、このプルトニウムを使って、軽水炉でエネルギー生産に利用できない天然ウラン中の大きな比率を占めるウラン238を燃料として利用できる235に変換することで、大きな原子力エネルギーの利用が可能となります。これが、“核燃料サイクル”を実現する目的で開発が進められてきた高速増殖炉 “もんじゅ”です。
この高速増殖炉が実用化されない限り、濃縮ウランを燃料とする原子力エネルギーの利用可能年数は、天然ウラン資源の確認可採埋蔵量Rを、その生産量Pで割って求められるウランの可採年数R/Pの値72.5年(エネ研データ(文献1 )に記載のデータからの推算値)に止まると推算されます。その技術開発上の困難と、経済性から、各国が、その開発を断念するなかで、懸命にしがみついてきた日本のもんじゅも、遂に廃炉に追い込まれました。
結局、世界の原子力エネルギーの利用は、天然ウラン資源を燃料として、それを使い捨てにする現用の軽水炉型の原子炉のみとなっています。しかし、上記した(本稿 ① の図2参照)ように、電力需要負荷の変動に弱い原発電力は、総発電量のなかの原発電力の比率が25 %程度に制約されますから、先進国主体の世界の原発発電量は、図3 に示すように2000年代に入って低迷しています。今後の原発電力の増加は、途上国が主体になるのではないかと考えられますが、それに水を差しているのが日本の3.11福島の事故です。

注; 世界およびOECD34の2011年以降の原発発電量の急減は、2010年に、世界の原発発電量の約1/10を占めていた日本の原発電力が、3.11 福島事故の影響により失われた結果によるものです。
図 2 世界、日本、先進国(OECD34)および途上国(非OECD)の一次エネルギー消費(原子力)の年次変化 (IEAデータ(エネ研データ(文献1)に記載をもとに作成)

この現状のなかで、先進国の一員としての日本で、原発電力の利用の拡大が、2000年代に入ってからも進められようとしていたのは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)による地球温暖化を防止するためのCO2の排出削減の要請でした。2009年、自民党に代わって政権を担うことになった民主党の鳩山元首相は、2020年までに1990 年比でCO2 の排出を25 %削減すると宣言しましたが、その根拠となったのが、CO2を排出しないとされる原発電力の国内発電量の50%まで増加させるとの、この図2に示す世界の原子力エネルギー利用低迷の現実を無視した原発の増設案でした。
原発の開発には、その当初から、その安全性が問題にされ、その建設の反対運動がありましたが、技術先進国の日本の原発では、その絶対の安全が確保されているとおっしゃる原子力村の先生方の言うことを信じて、政治主導で、その開発が進められていた日本で、3.11 福島第一原発の過酷事故が起こりました。いま、この化石燃料代替の原発電力の利用は、大きな曲がり角に来ています。

 

③ 脱原発のための自然エネルギーの利用が言われていますが、原発電力の代替は、当面、節電の実施と安価な石炭火力の利用で賄えます。世界が協力して化石燃料の消費を低減させれば、この石炭火力を嫌われ者にしている地球温暖化は起こりません。

いま、3.11 以降、国内で脱原発を訴える人々の多くが、脱原発のためには再エネの利用が必要だと訴えています。
しかし、3.11 以前の2010年度の原発電力量は、国内発電量中の約25 %でした。3.11 以降に失われた原発電力は、国民の節電努力と、火力発電量の増加で賄われています。そのために化石燃料の輸入金額が増加して貿易赤字を増加させたと言われますが、それは、石油危機以降、火力発電用の燃料を高価になった石油から安価な石炭に転換するのが遅れたからからです。この燃料変換を遅らせた理由の一つには、地球温暖化の防止のためとして、石炭の利用が嫌われ者になったことも含まれます。
IPCCは、人類が経済成長を継続して、化石燃料消費を増加させれば、今世紀中の地球上のCO2排出総量が 7兆トンに達し、地球気温が4.8℃上昇して、地球上の生態系に取り返しのつかない変化が起こると主張しています。しかし、私どもの計算では(文献2参照)、地球上で経済的に採掘可能な化石燃料の総量(確認可採埋蔵量)を消費しても、CO2の排出総量は3.23 兆トンにしかなりません。また、今世紀いっぱいの平均の化石燃料の年間消費量を現状(2012年)の値に抑えることができるとした時の今世紀末までのCO2排出総量は2.9兆トンと計算されます。これらのCO2排出総量であれば、IPCCが主張する地球温暖化のCO2原因説が正しかったとしても、人類の歴史の中で温暖化に耐え得るとされる地球気温の上昇幅2℃以内に保つことができます。問題は、このような計算を試みる科学技術者が、世界中、何処にも居ないことです。世界中の気象学者が言うことだから間違いはないはずだと、IPCCの地球温暖化のCO2原因説が科学の原理とされ、それが世界各国のエネルギー政策を支配しています。
これを、言い換えれば、3.11事故で明らかになった安全性のリスクの大きい原発を、地球温暖化を防止するためとして、再稼働する必要性は認められないことになります。

 

④ 原発の利用に安全性を求めるなら、それは原発を持たないことです。この科学技術の常識に立てば、新しい安全基準が確保されたとして、政治が、経済成長のために原発電力が必要だとして、その再稼働を進めることは許されません。

化石燃料の代替としての原発電力の利用であれば、化石燃料資源が枯渇に近づき、その輸入価格が高くなって、原発電力を用いる方が国民にとっての利益になること、すなわち、市販電力料金か安くなることが明らかになってからでもよいはずです。ところが、いま、政府は、そのような計算結果を一切示さないまま、3.11福島の事故の後、安全性の問題で、稼働停止を余儀なくされた原発について、原子力規制委員会が、新しくつくられた安全基準に合格したと認めた原発の再稼働を順次、進めています。この再稼動に反対する原発立地住民を原告とする原発再稼動差し止め裁判でも、この安全性が争点とされ、多くのケースで裁判官はこの政府の立場を支持しています。
しかし、科学技術の知識に乏しい裁判官が、原子力規制委員会が安全と認めた原発は安全だからと政府の要求する再稼働を認めれば、法の力で、科学技術の常識が否定されることになります。例えば、新しく要求されている原発の安全基準のなかに、万が一の事故の際の住民の避難訓練の実施が入っているようですが、規制委員会が認めた安全が、絶対のものであれば、こんな避難訓練など必要はありません。
原発についての絶対の安全は、原発を動かさないこと、もっと言えば原発を持たないことです。これは、原発裁判を裁く裁判官の方にも判って頂ける科学の常識なはずです。政府が、この常識を無視して、原発の再稼働を進めなければならないとしたら、それは事故による安全性のリスクを冒してでも、原発電力に依存しなければ国民の生活と産業用に必要な電力が確保できない場合に限られます。
しかし、原発事故から、6年経ったいま、国民は、原発電力を殆ど含まない電力に特別の不自由を強いられていません。すなわち、事故リスクの大きい原発を再稼働しなければならない理由は何処にも存在しないのです。これは、裁判官の方も含めて全ての人に判って頂ける普遍的な事実です。
にもかかわらず、いま行われている原発裁判では、裁判官の方の多数が、この普遍的な事実の存在を無視して、国民の生活と産業用の電力を確保するためには、3,11で失われた原発電力の回復が必要だとする政府の主張を認めてしまっています。その上で、原発の安全性の確保のための新安全基準の合理性を認めて、多少のリスクがあっても、原発の再稼働は止むを得ないとの裁定を下しています。
したがって、この裁判で、原告側が、上記の原発の再稼働を必要としないとの普遍的な事実の存在を、裁判官の方に指摘して頂ければ、裁判の結果も、当然、変わってくると考えられます。私どもは、上記の原発再稼働を必要としない普遍的な事実の存在を原発裁判に関わる方々にも訴えてきましたが、残念ながら、耳を傾けて頂けませんでした。

 

⑤ 化石燃料の代替としての原発電力の利用は、人類の生存に大きな影響を与えかねない使用済み核燃料廃棄物や廃炉の処理・処分、さらには、万が一の事故の後始末の未解決の問題を次世代に積み残す、現代人としての許しがたい犯罪です

では、何故、原発の安全性についてのこの普遍的な常識を無視して、政府が原発の再稼働を進めているのでしょうか? それは、民主党から政権を奪い返すために使われたアベノミクスの経済成長戦略が、いま、完全に行き詰まっているなかで、それを国民の目から隠蔽して、さらなる成長を進めることができるように見せかけるためではないでしょうか? いま、原発電力が無くとも、国内の電力の供給に何の不自由もありません。
この原発の再稼働による経済的なメリットとして、例えば、関西電力が、高浜原発の再稼働によって電力料金が安くなると言っていますが、具体的な値は示されていません。しかし、この原発の再稼働のために、新しい安全対策のための設備費の償却を入れれば、電力料金は安くなるどころか、高くなることは間違いありません。また、原発の再稼働は、いままで、電力料金のなかに加えられていなかった使用済み核燃料の処理・処分費を積み増すことになります。さらには、3.11福島のような過酷事故が起こった場合の被災住民のへの補償金などを考慮すると、電力会社にとっては、再稼働により電力料金を下げる余地など、絶対に無いはずです。結局、これらの電力料金の値上げでカバーできない金額は、次世代の国民の負担として残ることになります。
原発の再稼働に関連して、この次世代の国民への負担を問題にするときに忘れてならないのは、解決の目途が全く立っていない過酷事故を起こした3.11福島第一原発の廃炉の処理・処分の問題です。原発を再稼働しようとしている人々は、この3.11福島のような過酷事故は、絶対に起こらないとしているとしか考えられません。
狭い国土面積の上に、地震や火山活動が頻発する地に住んでいる日本人として、自分たちの子供や孫のことを考えるなら、こんな恐ろしいリスクのある原発の再稼働を強行しようとする政府の方針に賛成することはとても考えられないはずです。私どもは、このまさに科学技術の常識をはるかに超えた無謀としか言いようのない原発の再稼働は、政治権力による許しがたい次世代の国民に対する犯罪と考えます。
さらに、安倍首相は、自らがセールスマンになって、日本経済の更なる成長のために、日本の原発技術を海外に売りつけることに懸命です。もちろん、再稼働される原発は3.11福島の事故に学んだ絶対の安全対策技術を含んだ原発だと言うのでしょうが、人類の生存を脅かす放射能汚染を拡散しかねない過酷事故のリスクを含む原発の売り込みは、自国さえよければとの一国主義に連なる、非人道的な国際的な犯罪行為と言わざるを得ないと考えます。

 

⑥ 結論として言わして頂くと、化石燃料枯渇後の世界経済を支える化石燃料代替のエネルギー源は原子力ではありません。経済成長の抑制は止むを得ないとした前提の下での再エネの利用とならざるを得ません。これが、化石燃料の枯渇後の世界に日本経済が何とか生き残り、放射能汚染のない地球上で、国際平和の維持のなかで人類が生き残る唯一の道と考えるべきです。

この化石燃料代替の再エネの利用の問題は、本稿(その3 )として次稿で考察します。

 

<引用文献>
1.日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット 編;EDMCエネルギー・経済統計要覧2017, 省エネルギーセンター、2017年
2.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する――電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月5日

 

 ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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