アベノミクスを支えるための「日本再興戦略2016」の幻想

東京工業大学 名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部・副本部長 平田 賢太郎

物価の2 % アップを目標としたアベノミクスの成長戦略は、政権奪取後2年の目標どころか、4年経ったいま(2017年1月)も、その達成に程遠い状態にある。政府は、道半ばと言うが、経済の専門家の間でも、どうやら、アベノミクスは終わったとの声が出てきている。このアベノミクスの目標を達成させるために、安倍政権の官邸官僚がつくりあげたのが日本再興戦略である。具体的には、インタネットと人工知能(AI)を用いた無人工場や自動運転車などの開発による産業の改革で、これを第4次産業革命とよんでいる。しかし、この産業の改革で成長を続けることができるのは第3次産業革命の盟主となったIT産業などの多国籍企業であろう。国内では、雇用の減少などの問題も予想される第4次産業革命により、アベノミクスのさらなる成長をもたらすことは不可能と言ってよい。成長のエネルギー源である化石燃料資源が枯渇に近づき、資本主義社会の終焉が言われるいま、拡大する貧富の格差を抑え、世界の平和を取り戻すためには、世界の全ての国が協力して、成長を抑制することで、残された化石燃料を大事に分け合って使う以外にない。化石燃料資源のほぼ全てを輸入に依存する日本の経済を破綻の淵に陥れようとしているアベノミクスの成長戦略と、これを支えるための日本再興戦略は幻に終わらざるを得ない。

 

アベノミクスの妄想を支えるために官邸がつくった夢物語「日本再興戦略 2016 」
2015年につくられ2016年6月に改訂、閣議決定された「日本再興戦略2016」は、実現不可能なアベノミクスの「さらなる成長」を何とか実現可能と見せかけるために、産業界の協力を得て、安倍政権の官邸官僚がつくり上げようとしている実現不可能な夢物語である。
この夢物語「日本再興戦略 2016」によると、いまや、世界経済の成長を担うようになった中国などの新興途上国の経済にも大きな陰りがみえる世界経済の「長期停滞論」が言われるなかで、これを克服して、アベノミクスが主張する戦後最大の名目GDP 600兆円の成長目標を達成するためには、
① 新たな「有望成長市場」の戦略的創出、
② 人口減少による人手不足に対応するための「生産効率向上」、
③ 新たな産業構造を支える「人材育成」
の三つの課題に向けてのアベノミクスの「さらなる成長」が求められるとしている。
そして、そのためには、第4次産業革命の実現が必要だとして、
“時代は大きく変わろうとしている。日本は、いま、歴史的な変換点にある。そのなかで、変革を恐れず、変革の時代を乗り越え、成長戦略を軌道に乗せ、日本を世界一魅力のある国にする”
との空虚な官製のスローガンが躍っている。
しかし、この経済成長戦略「日本再興戦略2016」であるが、産業革命以来の資本主義社会を支えてきた地球上の化石燃料が枯渇しようとしているいま、その成長のエネルギー供給が不足して、この戦略の推進の前提となる名目GDP 600 兆円の成長目標の達成が実現できないから、安倍政権の官邸がつくったこの夢物語が日の目を見ることはない。

 

アベノミクスの成長戦略の指標:“名目GDP 600 兆円”の達成は、国民の目をあざむくまやかしである
上記したように、「日本再興戦略 2016」では、第4次産業革命の実現を可能にするアベノミクスの成長戦略目標として、名目GDP 600兆円の達成が掲げられている。
ところで、このGDPは国内総生産とあるが、国内の通貨を基準とした名目GDPの値と、国際的基準通貨となっている米ドルで表される実質GDPとが用いられている。
この「日本再興戦略2016」では、アベノミクスの成長戦略の効果を示すために、自民党による政権交代後、名目GDPが30 兆円増加したとある。
しかし、エネルギー経済研究所(以下、エネ研と略記、文献1 )の統計データでは、政権交代前の2011年度と2014年度の比較で、名目GDPは15 兆円の増加に止まっている。
この30 兆円と15兆円の違いは、アベノミクスの効果を大きく見せようとする意図的なものであるとしても、2011年度の名目GDP 474兆円に対し、2014年度までの3年間の名目GDPの増加は、僅か3.2 %(= 15 / 474)に止まっている。
これは、政権交代後の日銀の異次元金融緩和政策による円安誘導により、輸出産業の振興を図った結果、米ドルを基準にした日本円の値を、90 円から110 円に、20 % も低下させた結果の値である。
しかし、いま、マイナス金利の金融緩和の下でも、これ以上の円安は望めないから、アベノミクスの成長目標の名目GDP 600 兆円の値、すなわち、2014年の名目GDPの値489兆円 との比較で、22.7 % ( = ( 600 -489 ) / 489 ) もの大幅なアップが、如何に無謀で、実現不可能な目標であるかが判って頂けると思う。
次いで、この“名目GDP 600 兆円”の目標が、国際的にみても、非常識な目標であるかを見るために、IEA(国際エネルギー機関)のデータ(エネ研データ(文献1 )に記載)から、世界および各国の最近(2008年~2013年)の5年間の実質GDPの上昇率の値を図 1 に示した。
この図1 に見られるように、特にOECD 34として表される先進諸国のGDPの上昇率の値は、日本での1.40 %(年率0.28 %)も含め、せいぜい年率1 % 程度以下に止まっている。

図1 世界および各国の最近(2008年~2013年)5年間の実質GDPの変化(上昇率 %)の値(IEAデータ(エネ研データ(文献1 )に記載)をもとに計算した値、ただし、実質GDPの値の米ドル換算に用いた為替レートは2010 年の平均を用いたとある )

したがって、世界経済との比較で、この日本の2014年度の名目GDP 489 兆円から22.6 % 増しの600兆円にすることは、夢物語以外の何ものでもないと言ってよいであろう。
いま、世界経済の成長を支えてきたエネルギー源の化石燃料の枯渇が近づき、世界平均のマイナス成長が強いられると言われるなかで、先進国の日本が、こんな非現実的な成長目標を掲げるアベノミクスの成長戦略の実施で世界経済をリードすると言っても、物笑いの種になるだけではなかろうか。

 

第4次産業革命の実現では、グローバル企業の成長のなかに国家が飲み込まれてしまう
この“名目GDP 600兆円”を前提としたアベノミクスの「さらなる成長」を支えるための日本再興戦略のなかで、日本産業が世界をリードする戦略とされるのが、第4次産業革命である。
この第4次産業革命とは、産業の変革のために必要なビッグデータ(例えば、個人の健康データ、車の走行データ、工場の稼働データなどが挙げられている)を生かすインターネットと人工知能(AI)の導入によって、生産・供給システムの自動化、効率化を図る「産業インターネット」を構築することであるとしている。
結果として、人間の関与が抑制される「スマート工場」などを主体とする新しい産業や、「自動運転車」が横行する車社会がつくられる。
この第4次産業革命の推進で、日本は欧米に後れを取っているとされるが、果たして、今の日本で、このような産業革命を実現させる必要があるのであろうか?
IT産業を主体とする第3次産業革命で大きく成長した、グーグルなどの多国籍企業が、ビッグデータを持ち、人工知能(AI)の開発研究を行って、この第4次産業革命のイノベーション技術の成果を、いち早く取り入れようとしている。
すなわち、これらの第3次産業革命の盟主となっている企業が、資本主義社会構造の延長のなかで生き残り、さらに大きな利益を上げる途を探している。
しかし、人間の単純労働力を必要としない、これらの新産業が主体となる社会が実現することは、これらの新産業に従事できない人々にとっては、いままで生活のための賃金収入を得てきた雇用の場を失うことになり、結果として、いま問題になっている格差社会の拡大をさらに助長させることになる。
また、いま、国内の産業が、さらなる成長の場を途上国に求める産業のグローバル化が進行して、国内の雇用の場が失われているなかで、この第4次産業革命の進展が、さらなる雇用の不安定に伴う格差拡大のリスクを大きくする。
すなわち、いま世界経済で大きな問題になっているグローバル企業に国家が吸い取られのではないかとの懸念が現実のものとなってしまうであろう。

 

第4次産業革命によるアベノミクスの「さらなる成長」は不可能である
さらに問題となるのは、日本再興戦略としての第4次産業革命実現の目的が、アベノミクスの「さらなる成長」の実現のためとなっていることである。
しかし、この経済成長にはエネルギーが必要である。産業革命以降の経済成長を支えてきた化石燃料資源が、いま、枯渇を迎えようとしている。
ここで、化石燃料の、したがってエネルギー資源の枯渇とは、その供給可能量が減少して、国際市場価格が高くなり、使いたくとも使えない国や人が出てくることと私どもは定義している(文献 2 参照)。
世界中で、この化石燃料の枯渇の影響を最も早く受けるのは、そのほぼ全量を輸入に依存している日本である。
いや、化石燃料が枯渇しても、再生可能エネルギー(再エネ)があるではないかと言われる。しかも、この再エネは国産で、その利用に外貨を必要としない。
しかし、この再エネは主として電力にしか変換、利用できない。
さらに、現状では、この再エネ電力の生産・利用には、化石燃料エネルギーの消費が必要である。もし、この再エネ電力を再エネ電力でつくらなければならなくなると、その利用効率は大幅に低下するから、化石燃料枯渇後の再エネ電力に依存しなければならない社会では、どうしても、経済成長を大幅に抑制せざるを得なくなる。これが科学技術の原理である。
すなわち、化石燃料資源の枯渇が現実のものとなってきているいま、第4次産業革命の実現によって、アベノミクスの「さらなる成長」を実現することは不可能である。
言い換えれば、このアベノミクスの「さらなる成長」を前提とする第4次産業革命の実現も不可能で、それを選定とした日本再興戦略は幻想に終わるを得ない。

 

世界各国の貧富の格差の縮小のためには、残された化石燃料資源の均等配分に世界の協力が求められなければならない
上記したように、日本再興戦略の実行を可能にするアベノミクスの「さらなる成長」には、そのためのエネルギー資源の十分な確保が前提条件になる。
しかし、成長のためのエネルギー資源としての化石燃料のほぼ全量を輸入に依存しなければならない日本経済は、世界の全ての国との平和共存の上で、初めて、その生き残りのためのエネルギー資源を確保しなければならない現実を、私どもは、厳しく認識しなければならない。
資本主義経済社会の成長のためのフロンテイアとしての植民地から、第2次大戦後、独立したとは言え、先進諸国の経済発展を支えたエネルギー源としての化石燃料が枯渇に近づき、その国際市場価格が年次高騰するなかで、途上国の多くは、経済成長に立ち遅れ、先進諸国との間の貧富の格差が大きく拡大している。
この経済格差の下で貧困に喘いでいる人々の大きな不満が、宗教と結びついて出てきたのがタリバンに始まり、イスラム国(IS)に至る国際テロ戦争ではなかろうか?
いま、世界の平和に深刻な影響を与えているこの国際テロ戦争を、経済大国が主導する軍事的な手段で解決することはできないと考えるべきである。
新興国の中国を含め、経済力のある大国が、現状のまま、化石燃料消費の増大を継続すれば、その資源量は急速に枯渇を早め、国際間の貧富の格差をさらに拡大させる。
この国際間の貧富の格差を解消する手段として、私どもは、経済成長のエネルギー源として地球上に“残された化石燃料を、世界の全ての人ができるだけ均等に分け合って大事に使う”ことを提言している(文献2参照)。
具体的には、全ての国が、今世紀中の一人当たりの年間平均の化石燃料消費量を等しく、現在(2012年)の世界平均値1.54トン/人にするとし、この目標の達成を2050年とする。
IEA(国際エネルギー機関)のエネルギー統計データ(エネ研データ(文献1 )に記載))から、この私どもの提言案を図示したのが図2である。
この提言案に対し、それは、実現不可能な理想論ではないかとの反論があるかも知れない。しかし、この図2の縦軸を化石燃料の消費量から、化石燃料の消費に伴うCO2の排出量に置き換えて頂けば判るように、これは、今回(2016年、11月に)締結された、パリ協定が求めている地球温暖化対策としてのCO2の排出削減の目標に等しくなる。
この図2に見られるように、この2050年の目標値の達成は、先進諸国には、大幅な化石燃料消費の節減が求められるが、中国を除く途上国では、まだ、化石燃料消費の増加の余地が残されている。
なお、この世界の化石燃料消費を節減する私どもの提言案が実現すれば、IPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)が主張するCO2の排出に起因する地球温暖化の脅威が起こることはないことも私どもは明らかにしている(文献 2 参照)。
したがって、この図2に示す私どもの化石燃料消費の節減案は、いま、IPCCが地球温暖化対策として政治に要求しているCO2排出削減を、世界の全ての国が協力して実行できる唯一の方策でもある。
すなわち、この私どもの提言案の実行こそが、貧富の格差の拡大によるテロ戦争を防止し、難民増加の問題を解決して、世界平和のなかで、人類が生き残る唯一の道である。

 

注; 図中星印は、2050年の目標値として決められる2012年の世界平均の一人当たりの化石燃料消費量の値1.54トン-石油換算トン / 年。ただし、2050年の各国の一人当たりの化石燃料量の目標値は、2012年の世界平均の値に、それぞれの国の人口の増減を考慮した補正を行った値とする。
図2 各国の一人あたりの化石燃料消費量の年次変化と、私どもが提案する「世界の化石燃料消費の節減案」での目標値
(IEAのデータ(エネ研データ、文献1 に記載)をもとに作成した(文献2))

日本再興のために政治が取り組むべき課題について考える
いま、日本経済を苦境に陥れているのは、実現不可能なアベノミクスの「さらなる成長」によりもたらされている世界一とも言われる国家財政赤字の累積と所得格差の拡大であろう。この問題に対して、安倍政権は。いま、アベノミクスの「さらなる成長」が達成できれば、税収の増加で、財政赤字も解消できると安易に考えているようである。しかし、化石燃料エネルギー資源が枯渇を迎えようとしているいま、そのような考えは妄想に過ぎない。
さらに、将来の問題として採り上げなければならない大事な課題として、少子高齢化の進行のなかでの社会保障制度の破綻がある。しかし、この社会保障制度の破綻を防ぐには、貧しい人々を苦しめる消費税を25 %に引上げても難しいとの指摘もある(文献 3 参照)。
これらの日本経済を苦境に陥れている諸問題を、アベノミクスの「さらなる成長」で解決しようとして、政治により創り出されたのが、人工知能(AI)やビッグデータを用いた無人工場や自動運転車などの開発・利用などの第4次産業革命を前提とした日本再興戦略の夢物語である。
繰り返して訴えるが、この「さらなる成長」を続けるにはエネルギーが必要である。経済学の専門の方には、余り認識されていないが、このエネルギー資源となる化石燃料が枯渇を迎えている。いま、現代文明社会を支えている産業振興のための科学技術のイノベーションも、エネルギーが無ければ起こらない。具体的に言えば、AIを用いた無人工場や自動運転車も、エネルギーが無ければ動かないのである。
もちろん、将棋の名人に勝てるAIをつくるにはそれほどのエネルギーは必要としないかも知れないが、国内の全ての工場をAIで動かすには、このAIをつくるための人件費を含めて大量のエネルギーが必要であろう。このエネルギーの必要量は誰も計算していない。どだい、工場が全部無人になったら、今まで、そこで働いていた人はどうなるのであろうか? すなわち、AIを用いる第4次産業革命の行く先は、何もわかっていないのである。しかも、AI を用いた無人工場や自動運転車で、事業利益をあげることのできる企業は極めて限られている。これを言い換えれば、このAIの利用による日本再興戦略が、アベノミクスの成長戦略に貢献することは無いと考えるべきである。これが、科学技術によるイノベーションの限界と言ってよい。
ではどうしてこのようなことが、日本再興戦略として政治主導で進められるのであろうか? それは、アベノミクスのさらなる成長が政治権力の維持に利用されているからである。しかし、成長のエネルギー資源が枯渇に近づいているいま、デフレ対策としての景気回復を目的として、消費を煽って、物価を引き上げようとしても、それが、何の利益ももたらすことがないと考える多くの国民は、将来のことを考え、政治の要請に応えて、無駄な消費をしようとしない。結局、さらなる成長を財政出動に求めるアベノミクスは、世界一と言われる国家財政赤字を積み増して、日本経済を破綻の淵に導くことになる。
この日本再興戦略にどれほどの国民のお金が注ぎ込まれるかは、判っていないが、かつて、日本の最高の叡智を集めているとされる学府の長の主導で進められた「バイオマス・ニッポン総合戦略」の地球温暖化対策としてのバイオ燃料の開発・利用拡大の国策の推進で、5年間で、6.5兆円の税金が、何の遺産も残すことなく消え去ったと同じ二の舞を踏むことの無いようにと願っている。いや、日本経済には、そんな余裕がない。

<引用文献>
1.日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット 編;EDMCエネルギー・経済統計要覧2016, 省エネルギーセンター、2016年
2.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、私費出版、2016年
3.志賀 櫻:タックスイーター、――消えゆく税金、岩波新書 2015年

 ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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