パリ協定とトランプ現象 トランプ大統領がパリ協定の見直しの機会をつくる?

東京工業大学 名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部・副本部長 平田 賢太郎

 パリ協定からの脱退を予告していたトランプ米大統領候補
米大統領選で、トランプ氏は、IPCCの主張する地球温暖化のCO2原因説は、一部の人々によるデッチ上げだから、自分が当選すれば、パリ協定からは脱退すると宣言していた。
これに対して、パリ協定に関わってきた人々の多くは、どうせ、トランプ氏が当選するとは思っていなかったから、このトランプ氏の発言には余り注意を払ってこなかった。
ところが、いま、思いがけないことが現実になって、これは大変だと、大慌てしている。
この秋(2016年11月)のパリ協定の発効を受けて、モロッコで開催されたCOP 22でも、大統領選に勝利したトランプ氏に対し、パリ協定からの離脱の考えを改めて、協定の枠組みの維持に指導力を発揮して欲しいと訴える声を反映して、COP 22の閉会に際して、「温暖化対策は全ての国の責務」とする行動宣言を共同で採択したと報道されている。
ところで、このCOP 22の最終日の全体会議では、パリ協定を具体化するための詳細ルールを18年までにつくるとした工程表が採択されたとある。
と言うことは、いままで、パリ協定で決まっていたことは、各国の国別の自主的なCO2の排出削減比率の目標値と、先進国による途上国での温暖化対策の実施に必要な支援金の支出の方針だけで、各国がCOP 21に申告したCO2の排出削減の目標値をどのような方法で達成するかなどの具体的な対策は、何も決められず、それぞれの国の今後の政治に任されていたことになる。
したがって、このような現状では、パリ協定から離脱せざるを得ないとするトランプ氏の発言にも一定の根拠があると言ってもよい。

 

世界経済の不況のなかで、お金のかかる温暖化対策の実行には大きな困難が伴う
パリ協定が求めている地球温暖化対策としてのCO2排出量削減の根拠となっている「地球温暖化のCO2原因説」は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)によってつくられた地球上の気候変動のシミュレーションモデルを、スーパーコンピューターを用いて解いた結果に基づいた科学の仮説なのである。
この仮説に対しては、懐疑論とよばれる反論がある。この懐疑論では、現在、進行中の地球温暖化は、気候の周期的な変動によるもので、やがて、温暖化は終わり、寒冷化が始まると予測している。夏は暑いが、冬は寒くて、年平均の温度は上昇していない。また、気温の観測点が、都会に集中していて、観測結果にヒートアイランド現象が影響しているから、温暖化は起こっていないとの主張もある。しかし、これも科学の仮説である。
いずれの仮説が正しいかは、今後の気象の観測結果によって明らかにされるであろうが、その結果が出るまでには時間がかかる。
それはともかくとして、問題になるのは、温暖化防止の具体策として、いま、IPCCが推奨する方策、石炭燃焼排ガス中からCO2を抽出、分離して、埋め立てる CCS 技術に見られるように、CO2の排出削減にはお金がかかることである。
現在、このCCS技術が、最も確実に効果の上がるCO2の排出削減策で、しかも、最も安価だとされているようだ。しかし、いま(2013年)、世界の3.75 % しか、CO2を排出していない日本が、その排出量12.34 億トン-CO2 (エネルギー経済研究所(エネ研)データ(文献1)記載のIEA(国際エネルギー機関)のデータから) の全量をCCS技術で削減するとして、そのコストを6 千円/トン-CO2(実際には 5~15千円/トン-CO2とされている)すると、年間 7.4兆円ものお金が必要になる。世界中で同じ方法を適用しようとすると、年間1,000 兆円近いお金が必要になる。
問題は、IPCCの訴える地球温暖化のCO2原因説が科学の仮説である以上、このようなお金のかかるCCS技術でCO2の排出を削減してみても、温暖化が防止できるとの保証がないことである。
いま、世界経済の成長のエネルギー源となっている化石燃料資源が枯渇に近づき、その国際市場価格が上昇して、使えない人や国が出てきているなかで、途上国はもちろん、先進国でも、このようなお金のかかる方法を使って、地球温暖化の防止に必要とされるCO2の排出削減を実行しなければならないと考えるかどうかには大きな疑問がある。

 

エネルギー資源量(化石燃料)の制約から、温暖化の脅威は起こらない?
IPCCの第5次調査報告書(2013~2014年)によれば、今後も人類が化石燃料の消費を継続してCO2の排出量を増加させれば、その累積排出量は、7.3兆トンに達し、地球気温が4.8 ℃上昇して、生態系に取り返しのつかない脅威が起こるとされている。
しかし、現在の科学技術の力で経済的に採掘可能な化石燃料の資源量として公表されているBP社による確認可採埋蔵量の値(2013年末)をもとに、私どもが試算したCO2の累積排出量は、3.2兆トンにしかならない。また、世界各国が協力して、残された化石燃料を、大事に分け合って使う方法として、世界の化石燃料の年間消費量の今世紀中の平均値を、2012年の値に抑制するとした「私どもの提言案」を実行すれば、今世紀末のCO2の累積排出量は2.8兆トンに止まる(以上、文献2 参照)。
このような累積CO2排出量の値であれば、もし、IPCCによる地球温暖化のCO2原因の仮説が正しかったとしても、今世紀中の地球気温の上昇幅は、地球環境の歴史のなかで、人類が、何とか我慢ができたとされている大気温度の上昇幅の2 ℃以内(文献3参照)を保つことができる。
したがって、IPCCが訴える地球気温の上昇による脅威のみを問題にするのであれば、CO2の排出削減のために、いま、慌ててお金をかける必要は存在しない。

 

今すぐのCO2排出削減が要請するために、異常気象が温暖化のせいにされた
いや、もっとおかしなことが起こっている。それは、最近、頻発するようになったとされる異常気象が、IPCCによって、地球温暖化のせいとされていることである。
確かに、海水温の上昇によるとされる台風の異常な行動など、異常気象と温暖化には関連があるかも知れない。しかし、これも科学の仮説である。
この科学の仮説と、上記した温暖化がCO2の排出増加に起因するとの科学の仮説の二つの仮説が掛け合わされて、CO2の排出を削減すれば、異常気象を防ぐことができるとするのは、もはや、科学の領域をはみ出た「科学の迷走」とも言ってよいのでなかろうか。
いずれにしろ、防ぐことができるかどうかも判らない異常気象を防ぐための途上国のCO2の排出削減に必要なお金を先進国が負担するとして、そのお金のやりとりがCOP 21での協議の対象になっている。
何のことはない。COP 21の協議は、先進国と途上国の間の貧富の格差を解消するための両者間の金銭取引の場になってしまったと言ってよい。何ともおかしな話である。
すなわち、この異常気象に関係した途上国と先進国の金銭取引は、地球温暖化と離れて、別の場で協議されるべきである(文献 2 参照)。

 

温暖化より怖いのは化石燃料消費の枯渇による国際的な貧富の格差の拡大である
いま、地球上の化石燃料資源が枯渇に近づき、その国際市場価格が上昇するなかで、世界の平和を脅かしているのは、この化石燃料の配分の不均衡に伴う先進国と途上国との間の貧富の格差の拡大である。
この問題を解決する方策として、私どもは、世界中の全ての国で、今世紀中の一人当たりの年間平均の化石燃料消費量の値を、現在(2012年)の世界平均の値1.53石油換算トンとすることを提言している。
IEA(国際エネルギー機関)の統計データ(エネ研データ(文献1 )に掲載)から、現在(2013年)の各国の一人当たりの化石燃料消費量の値を表 1 に示す。

表 1 世界各国の現在(2012 年)の一人当たりの化石燃料消費の値(石油換算トン)
(エネ研データ(文献 1 )に記載のIEA統計データをもとに作成)

世界 日本 米国 カナダ 英国 ドイツ フランス イタリア ロシア ブラジル
1.54 2.38 5.76 5.21 2.50 3.20 1.86 2.06 4.60 0.85
中国 韓国 台湾 インド インドネシア オーストラリア アフリカ 中東
1.96 4.40 4.07 0.407 0.702 3.18 0.230 3.12

この表1 に示すように、化石燃料資源量を世界各国が均等に分け合って大事に使うとする「私どもの提言案」は、先進諸国にとっては、一人当たりの化石燃料消費の大幅な削減が要求される反面、中国を除く途上国では、まだ、化石燃料消費の増加が可能であることを示している。
また、この表1の化石燃料消費の値を、CO2の排出量に置き換えて頂けば判るように、この「私どもの提言案」は、パリ協定のCO2排出削減を実行可能とする方法となる。
すなわち、化石燃料の枯渇に備えて、世界中の人が、それを大事に分け合って使えば、貧富の格差の解消につながる。したがって、この「私どもの提言案」こそが、貧困な途上国が、お金を使わないで、COP 21で合意された地球温暖化対策としてのCO2の排出削減目標を達成できる唯一の実現可能な方策、すなわち、パリ協定の実行策になる。

 

 米国のパリ協定離脱を防ぐためには、パリ協定の内容を変えなければならない
いま問題となっているトランプ次期米大統領の選挙中の発言のうち「TPPからの離脱」は、大統領就任後、直ちに実行すると明言したが、「米国はパリ協定から離脱すべきである」が、今後、どうなるかは、まだ判っていない。
しかし、現行のパリ協定の目的が、CO2の排出削減である限り、その効用に疑問があることを指摘したのであれば、このトランプ発言は、一概に避難されるべきではないと考えてもよい。
それは、現在(2013年)、世界のCO2排出量の22.6 %を占める米国が、パリ協定で約束したCO2の大幅な削減と、途上国への支援を行うためには、上記したように、多額の国費が必要になると予想されるからである。
パリ協定には、締結後4年間は離脱できない仕組みができているとのことだから、トランプ氏の大統領就任期間中、CO2排出削減の努力をしなければ、国際的な非難は受けるかもしれないが、国内では、あまり問題にはならないだろう。
もしかすると、そのうちに、懐疑論者が言うように、温暖化が止まる兆候が出てくるかもしれない。
また、地球温暖化がCO2に起因するとの科学的な証拠が得られないなかで、CO2排出削減にお金をかける必要がないから、地球温暖化対策としてのCO2排出削減の方法は見直されるべきとの声が強くなって来ることも予想される。
さらには、成長のエネルギー源としての化石燃料が枯渇に近づいて、資本主義経済が終焉を迎えようとしているいま、人類にとっての真の脅威は、この化石燃料の配分の不均衡がもたらす先進国と途上国との間の貧富の格差による世界平和の侵害であるとの上記した私どもの懸念と同じ声が大きくなるかもしれない。
米国内の余りにも大きくなった貧富の格差を問題にする人々の票を集めて大統領選に勝利したトランプ氏による「米国のパリ協定からの離脱」の発言が、この協定のあり方を見直すきっかけになることも考えられる。
実は、私どもは、昨年(2015 年)暮れのパリのCOP 21に向けて、世界平和を取り戻すために、CO2の排出量削減ではなく、化石燃料消費量の節減への世界の協力を訴える本稿で上記した「私どもの提言案」を、故澤昭裕氏が主宰するNPO 国際環境経済研究所(ieei)のウエブサイトに投稿・掲載して頂いた。同時に、COP 21の日本政府代表の方の目に触れるようにと、私どもなりの努力もしたが、政府関係者からは完全に無視された。
今からでも遅くない。これからのCOP 23 の場でもよい。是非、この「私どもの提言案」を、パリ協定を実効のあるものに変えるするために役立てて頂きたいと切に願って止まない。

 

 トランプ現象で、世界がどう変わる?そして日本がどうなる?
トランプ米大統領の実現で、パリ協定のほかに、世界の政治や経済がどう変わるかが、いま、大きな問題になって、メデイアは、これを「トランプ現象」と騒ぎ立てている。
日米同盟関係の今後が心配な安倍首相も、先進国首相のなかでは真っ先にトランプ氏の私邸に駆けつけたが、まともな約束ができなかっただけでなく、その直後に、トランプ氏は、安倍政権がその批准に懸命になっているTPPについて、明確な離脱の意志を公表した。
選挙戦時のトランプ氏が対日関係で発言していた、駐留米軍の軍事費の100 % 日本側負担の要求なども、どうなるかは今のところ不明だが、確かに言えることは、米国が「一国主義」、すなわち、他国のことに一定以上は関与しなくなることは確かであろう。
いや、米国だけではない、英国のEU離脱に代表されるように、EU加盟各国でも、台頭が著しかった一国主義に、トランプ現象が拍車をかけている。
やがて、この一国主義の流れは、世界に広がり、保護貿易による世界経済の一層の停滞をもたらすことも懸念されるが、これは、自由貿易を基盤とする産業のグローバル化により、世界の富が多国籍企業に吸い取られ、国家の利益に還元されないようになった結果である。
この先進諸国の一国主義が世界の流れとなるなかで、化石燃料の全量を輸入に依存する日本が、アベノミクスのさらなる成長を掲げて、財政出動により、GDP(国内総生産)を増加させようとしても、それは、実現不可能なだけでなく、いますでに、世界一と言われる国家財政の赤字を積み増すことで、日本経済を破綻の淵に陥れることになることは間違いない。
いま、経済成長のエネルギー源の化石燃料が枯渇に近づき、マイナス成長が強いられるなかで、日本経済を破滅の淵から救うには、異次元金融緩和アベノミクスの成長戦略を廃棄して、このマイナス成長のなかで、志賀櫻氏の著書(文献4、5 )にあるように、破綻している社会福祉政策の抜本的な改革と国民の利益を守る財政再建のための税制改革を両立させて、格差のない社会を創造する地道で厳しい行政改革の努力を政治にお願いする以外にない。
米国第一主義を唱えるトランプ氏に、日本経済に与える悪影響を緩和して貰うように依頼することはできない相談ではあろうが、今回のトランプ現象が、この日本経済を破綻の淵から救い出すための政治改革を促すきっかけになれば幸いである。

 

<引用文献>
1.日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット 編;EDMCエネルギー・経済統計要覧2016, 省エネルギーセンター、2016年
2.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、私費出版、2016年
3、杉山太志;環境史から学ぶ地球温暖化、エネルギーフォーラム新書、2012年
4.志賀 櫻;タックス・イーター――消えてゆく税金、岩波新書、2015年
5.志賀 櫻;(タックス・ヘイブン――逃げて行く税金、岩波新書、2013年

 

 ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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