人類史のエネルギー革命における科学技術と資本の役割(2)

田村八洲夫(もったいない学会理事)

4. 資本主義社会と生産三要素の構造
5. 石油ピークでの生産三要素の変化
6. 文明とエネルギー

4. 資本主義社会と生産三要素の構造
生産三要素において、資本が資源と労働を支配する「資本主義」は、18世紀に勃興した産業革命によって、多くの国で支配的な経済体制となっていきました。10,000年前の農業革命が、磨製石器の製造と土器の発明という技術革新によって、余剰農産物量が質的拡大したことにありました。そして産業革命は、蒸気機関の発明という技術革新によって、石炭余剰エネルギー量が質的拡大したことにありました。換言すれば、ともにエネルギー収支比(EPR)の革命的な向上、EPR革命ということができます。
石炭のEPR革命は、石炭の拡大再生産と基幹産業(製鉄、船舶、鉄道等)の「石炭化」による高度成長を興しました。そのため資本は国境を越えて幾何級数的に拡大し、国際金融資本に成長していきます。一方、労働は、資本間の拡大競争の下で、低賃金と長時間労働を強制され搾取されていきます。資源は石炭の生産ピーク以前のため、資本の強欲によって減耗・枯渇に至る時代ではなかったですが、19世紀半ばに、イギリスをはじめ、石炭の過剰利用によって、大規模な環境汚染(水質、大気)をおこしました。資本が成長しても国民福祉へのトリクルダウンはほとんどなく、階級対立が深刻になっていきました。そのため、様々な社会主義運動、とりわけマルクス、エンゲルスによって資本主義における階級闘争の理論と運動が展開されていきました。そして第一次世界大戦中に、ユダヤ人レーニンがロシアに入り、社会主義革命を起こしました。しかし最近、この革命の背後に、国際金融資本があったと語る識者がいます。マルクス理論と全く異にするスターリンの暴政などを思うと、さもありなんと思います。余談ですが、日本の幕末の開国運動から日清・日露戦争の背後に、ロスチャイルドの力があったといわれています。
石炭産業がまだ成長期にあった頃、石炭よりはるかに優秀な石油のEPR革命が、1859年に、米国ペンシルバニア州ドレークでの機械掘りの成功によって始まりました。そして20世紀初頭には、石炭を「降板」させて石油が文明のエネルギーになっていきました。石油のEPR革命は、幾何級数的成長する国際金融資本と、彼らが支配する石油メジャーのカルテルの下で、石油の可採埋蔵量の確保と石油の拡大再生産によって、文明構造の「石油化」が世界的に進められていきました。
このように、資本主義社会における生産三要素の関係は、石炭と石油のEPR革命の進行の中で、資本が労働と資源を支配する構造が確立し、さらに科学技術と、環境も支配することがクリアになっていきました。

 

5. 石油ピークでの生産三要素の変化
1940年代から60年代にかけてペルシャ湾岸諸国を中心に、ブルガン油田、ガワール油田をはじめとする超巨大油田の発見が続きました。どれもエネルギー収支比(EPR)が高く、低コストで生産し、低価格で大量に供給できるため、欧米の資本主義国の第二次大戦後の復興と経済成長に、石炭に替わる石油EPR革命を興し、文明の構造を変えてしまいました。
1970年に米国が国産石油の生産ピークに至るのとほぼ軌を一にして、メジャーによる石油支配とブレトンウッズ体制が崩れ、産油国のみで構成するOPECが石油価格を支配するに至りました。OPECによる石油価格の高騰が2度にわたって起こり、1990年代に向かって、米国の経済不況と国際的地位の低落が進んでいきます。
1980年代中葉から毎年の世界の増大する石油消費量が、石油発見量を上回り、遠くない将来に石油の必要量を使えなくなることの不安が資本主義諸国に広がりました。この期に石油開発の技術革新(三次元探査、水平掘削、四次元モニタリング、油層シミュレーション等)が飛躍的に進みましたが、意に反して超巨大油田の発見は極端に少なくなりました。地球にある石油資源が有限であることが痛感されたわけです。
幾何学的成長が前提の世界的な資本主義体制(共産主義経済も資本主義経済の一翼)は、エネルギー戦略として、省エネルギー、二酸化炭素排出削減、原子力発電等の新エネルギー転換を導入しました。そして、過去のデータの恣意的扱いと2100年までのコンピュータシミュレーションが正しいとする「地球温暖化」論が「低炭素・原子力発電是認」の形で、そして「地球温暖化」論を批判するものを「懐疑派」としてバッシングする形で、「宗教」のように広がりました。そして、2005年に、世界の石油生産がピークに至ったと、国際エネルギー機関が声明しました。
1990年代より、2005年の石油ピークを挟んで今日に至るまでの間、世界的な資本主義体制は、生産三要素の構造と関係を大きく変えてきています。
第一に、「資源」は、自然の恵みである一次エネルギーとして採取するものという前提を無視して、科学技術の力で石油代替エネルギーを工業的に製造しようとすることです。
第二に、資本が金融工学のシステムを開発利用して、マネーがマネーを生むカラクリを構築し、実体経済の成長抜きで、資本の幾何学的成長を企てることです。
第三に、ロボット工学とIoT技術による労動の創造的発揮の縮小、人間の疎外化です。
すなわち、科学技術を動員し、資本の傘下に、しばしば国家資本主義的に組み込んで、社会構造の格差化と、人間の機械への従属をいっそう進めてまで、大資本の利潤を強欲的に維持しようとする三要素への変化と思います。

 

6.  文明とエネルギー
文明の構造は、社会が選択する主要エネルギーによって変わる。歴史を振り返ると、人類が文明の時代に入ってから、文明社会の生き血であるエネルギーは、森林材を主とする自然エネルギーの時代、そして石炭の時代、それから石油の時代へ変化した。この文明エネルギーの時代変化は、それぞれ技術革新による、卓抜たるエネルギー収支比革命(EPR革命)がもたらしたものであった。
EPRとは、自然にあるエネルギーを社会に採取するにあたり、投入するエネルギーの何倍のエネルギーが生産できるか、という指標を意味します。入力エネルギー×(EPR-1)は、余剰エネルギー、あるいは正味エネルギーといい、社会において文明活動に使えるエネルギーに当たります。余剰エネルギー量が多いほど、物質的により豊かな文明社会を維持できることになります。EPR=1は余剰エネルギーがゼロを意味します。文明社会の維持に、最低どれだけのEPRが必要か、という議論があります。詳述は別の機会に譲り、EPR>10が、文明維持のエネルギー条件とされています。
石炭のEPR革命は最盛期において、EPRは50を超えたと思われますが、石油生産の最盛期のEPRは100の水準が陸上超巨大油田において得られたと語られています。石油文明の社会が石炭文明の社会よりも、如何に物質的に豊かであるか、という実感とも符合するものです。
石油文明が終焉の今日、有限資源の石油生産のEPRは、世界平均で10台といわれています。北海油田のEPRは急激に低下し、2020年にはEPR=5、大水深海域の油田のEPRも5-8程度とされています。シェールオイルのEPRも米国のホットスポットでEPR:3-5程度です。これでは地域の石油文明の維持に資することができません。しかも、1バーレル40~100ドルもします。石油が世界の経済成長に寄与していたころのEPRが非常に大きい石油の取引価格は、現在価値で20ドル/バーレルの水準でした。石油生産会社はEPRが低いゆえ、石油価格が上がらないとやっていけない。しかし、石油価格が上がると、エネルギーコストが上昇し、文明社会の維持と成長が立ちゆかなくなります。
石油文明で経験した物質的な豊かな社会を、ポスト石油後も維持したいと、誰もが願望します。それには、対局をなす2つの方角があると考えます。
① EPRが低くても石油代替エネルギーを人工的に作りだし、格差社会を増長させてまでも石油文明と同様な、多量のエネルギーを消費し、多量のエントロピーを社会に排出する経済体制の選択です。典型は「強欲資本主義」として、7章で取り上げます。
② 地域に分散する自然エネルギーを、生態を含む自然の循環に依拠して地域社会で有効利用する「自然との共生」への回帰が前提であり、科学技術の力で、自然エネルギーのEPRを10以上に、スピーディにできるかがカギだと思います。エントロピーを自然の循環の中で処理できます。典型は「里山資本主義」として8章で取り上げます。
現実の社会の文明転換は、上述の①と②の対局の間で、地域的、歴史的、その他の条件で、バリエーションある形態がとられるでしょう。

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